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禍根の縁、三度


「ふぃー。無事お仕事終了。何事もなく終わってよかったよかった」

「んだな。もっと話が拗れると考えてたんだが、楽に終わらせられて良かった」


 雲一つない青空が空を覆う十二時頃、とある村から積を先頭に五人が現れる。

 此度の依頼はここ最近頻繁に行っていたものと同様のクレーム対応であり、町の規模がかなりの大きさであったため五人がかりで行っていた。

 とはいえ事前に警戒していたような事態は一切なく、さしたる問題もなく話を進める事ができ、彼らは予定よりも早く帰路に着くことができた。


「しっかしどうした蒼野。交渉の際ずっとしかめっ面とは。普段なら先頭に立つお前が最後尾で沈黙を貫くってことは…………何か余計なことでも考えてたのか?」

「…………ああ。実はちょっとな」


 舗装された道路が地平線の先まで続く道を進む最中、積が仕事に当たる前から不調そうな蒼野に探りを入れると、彼はしばしば沈黙を貫いた後、何かを決心したように頭をあげた。


「実は出発前から考え事をしててな。大きな発見ではあったんだが、正直まだ確証を持てないんだ。だから話そうかどうか迷ってたんだ」

「ほうほう。半信半疑な話ってことか。一体なんだ?」

「ここに来る直前までお前は視聴覚室に籠ったままだったな。てことはパペットマスター関連か?」


 探りを入れる積に比べ直接的な物言いで話の内容を尋ねる康太。

 その二人の話を聞いた蒼野が立ち止まり積と康太の二人が続いて足を止めると、ゼオスと優もそれに従い足を止め、少々言いずらそうな様子の蒼野の方に体を向けた。


「それで。気になることってのは?」

「…………もう一度言うが、俺は康太の言う通り仕事に出るまでの間視聴覚室でパペットマスターに関するデータを色々閲覧してたんだ。それで一つ気付いたことがあって……でもやっぱ間違ってる可能性もあるんだよなー」

「正誤に関しちゃとやかく言っても仕方がねぇさ。てか正しい事しか口にしちゃいけないとか言いだしたら、喋れる事が一気に減るぞ~」

「そうね。積の場合十分の一くらいしか喋れなくなっちゃうわね」

「俺今すっごくいいこと言ったのにひどい!」


 積の発言に対し優が言葉を差し込み、それに対し積が涙目で反論する。

 そんないつも通りの風景は蒼野の心を穏やかにし、抱いていた疑念を口にするだけの余裕を与えた。


「初めてあいつと出会った時、手の届く範囲にいる多くの人たちを救えなかった事」

「ん?」

「これまでの戦場での戦いぶりに被害者の名簿。途中で善さんやミレニアムも乱入してきた西本部近くの公園での戦い。そして先日ジコンで見た奇妙な光景」


 口にすれば様々なことを思いだす、ジコンから飛びだしたことで始まった新たな生活。

 ベルラテスやエルレインという常人ならば決して踏みこめない土地を訪れた経験に、貴族衆を筆頭に四大勢力の最高位と出会った記憶。

 優やゼオス、それに積を筆頭に様々な出会いがあったが、記憶として最も強烈に残っているのは――――血に濡れた狂気の笑みだ。


「それを経て俺なりに仮説を考えた。正直、馬鹿らしいと言われるような仮説だ」

「いいさ。言っちまえ言っちまえ!」

「そうDEATHヨ。私自身モどのような仮説ナノか、大変興味ガありマス」

「「!?」」


 最後尾を歩く蒼野の方に体を向けていた四人全員が、耳障りな声を聞きつけ考えるよりも先に振り返る。


「さア」

「う、嘘だろ…………」

「君ノ考えを教えてクダサイ」


 そこにいたのは蒼野の話に出てきた渦中の人物にして神教が最も危険視する狂気の人形師。

 彼は日の光を遮る分厚い黒雲を背後に引き連れ、討ち取るべき命の前に現れた。




 朝彼らが見た天気予報によれば、今日は一日中太陽が照りつける快晴であるという事であった。

 それを聞いた蒼野達は夏の日差しにやや億劫な気持ちになりながらも仕事に臨み、こうして帰路についていた。

 時折雲が掛かることはあれど太陽は延々と猛暑の日差しを大地に注ぎ続けており、今日一日こんな天気が続くのだろうと彼らは想像しながら町から出ていたのだ。


「オヤァ……どうしたノDEATHかミナサン。まるで幽霊デモ見たかのような視線じゃアリマセンカ?」


 しかしその様な彼らの想像はいとも容易く裏切られ、どんよりとした黒雲が彼らの身に迫り、それを前にした五人の胸にズシリとした重さがのしかかる。


「なんで……あんたがここにいる?」


 『不安』や『不吉』といった想像を掻きたてるその雲の先頭を歩くその男はまさにその象徴であり、突然現れた衝撃から蒼野の口から突いて出た言葉は自然と強張る。


「オヤおや? その口調では用事がなければ現れテハいけないと言っているヨウDEATHヨ?」


 その通りであるしできれば用事があっても現れて欲しくはない。


 そう考える一行を傍目に車道のど真ん中に立つ奇術師は両手を広げ、自身の存在を彼らに示す。


「そうだといったら?」


 目の前に存在する狂気に呑みこまれてはいけない。そう考えた蒼野が普段と比べ一際強い声で言いきると、頬が避けるような笑顔を張りつけていたパペットマスターがより一層酷薄な笑みを浮かべ、一歩ずつゆっくりとだが近づいて来る。


「とても残念DEATH…………シカシ! 此度は貴方達に用事があって来たので問題ありまセン」

「用事、お前が俺達にか?」

「エエ。今日は――――貴方達を殺しニ来ました」


 殺しに来た


 それは台詞にすればほんの一言の、とても短くあっさりとしたものだ。

 しかしそれを聞いた瞬間ゼオスを含めた五人全員の体が強烈な金縛りに襲われ、おびただしい量の冷や汗が全身を伝った。


「な、ななななんで俺達が殺されなきゃならないんだよ! 『十怪』みたいな化け物は、兄貴みたいな化け物を狙ってろよ!」


 このままでは死んでしまう。

 そんな状況で最初に動きだしたのは人一倍恐怖心が強い積であり、これ以上ないくらい動揺した様子で手足をバタつかせながら目の前に存在する狂人に対し疑問を投げかけ、


「君タチが私達の対策をしているノと同時ニ、私たちも君達の対策を日々行ッテいマス。そこで出てきたのDEATHよ。君たちの名前ガ」


 彼は不快感を神経を逆なでするような物言いで、彼らを狙う動機を語る。


「俺たちの名前?」

「そうDEATH。しかしそれも当然と言えば当然でデショウ。西本部襲撃以降、君たちギルド『ウォーグレン』にはとても手を焼きマシタ。本当に……とてもネ」


 パペットマスターの言葉でここ数週間を振り返ってみると、彼の言い分は理解できた。

 世界各地で反乱勢力の鎮圧やその芽を摘むことは日々行っているのだが、確かに彼らギルド『ウォーグレン』はかなり活躍していた。


 放って置けば大きな脅威となるオーバーを食い止めたことから始まり、西本部襲撃の際のパペットマスター妨害。鋼鉄城でのボルト・デインの撃破に竜人族の『境界なき軍勢』への参加阻止。


 第三者視点で見ても、その活躍ぶりは明らかなものだ。


「それに加エテ個々人の能力モ極めて厄介ダ」


 古賀蒼野のノーリスクかつ即時発動の時間の逆行。

 ゼオス・ハザードの空間移動。

 それらを筆頭にして優秀な回復役兼戦闘員の尾羽優に、危険を前もって知ることで回避できる古賀康太。

 そして様々な物質の生成が可能な高練度の『製作者』原口積。


 そして世界最強格の戦士『超人』原口善。


「規模ハ小さいDEATHガ、宝石揃イだ」


 そのように説明されれば蒼野達自身でもその特異性をしっかり理解することができ、思わず納得してしまう。確かにそれは、狙われるのには十分な理由だ。


「DEATHカラ私が! 君たちを仕留めに来マシタ! これ以上我々の邪魔をサレヌよう! この私ガ!! 始末するタメに!!!」


 人形師の言葉に呼応するように体にかかる圧が強くなり、ただ対峙しているだけだというのに膝が曲がる。殺意に屈服し全てを諦め頭を垂れたくなる。

 

「俺たちを始末するだと。はっ! アンタにそれができるのかよ!」

「ン?」


 その状況を打破するため、蒼野は普段はしないような勝気な笑みを浮かべながら彼を睨み、周囲一帯に届くような声を上げる。そして賭けではあるが、自らが気付いたパペットマスターの弱点を投げかける。


「俺はわかってるんだ。あんたには致命的な弱点があるって」

「ホウ。私の弱点? その表情を見るニ中々のものラシイDEATHネ。ぜひ私にも聞かせてホシイ」

「とぼけるな。あんたは内心でこの状況に毒づいているはずだ」


 力強い蒼野の声にパペットマスターを含めた全員が蒼野に視線を注ぎ、呼吸をすることさえ億劫になりながら次の言葉を待つ。

 相手を小馬鹿にするような声と悪魔のような笑みで相手を見るパペットマスターでさえ、今この一瞬だけは、真顔で彼を見守り次の言葉を待ち構える。


「だってそうだろう。あんたは――――子供を殺せないんだから!」


 そうして蒼野の口から告げられた、嘘のような告白。

 それを聞いた四人の子供たちは信じられないという顔で彼を凝視し、当の本人であるパペットマスターはただじっと彼を見つめていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回は早々と遭遇。

これまでのように迂回などは全くなく、真正面からの衝突となります。

そして語られる人形師の弱点


詳しくは次回!


それではまた明日、ぜひご覧ください

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