ギルド『ウォーグレン』と包帯男
「援護に来た。状況は?」
「ぜ、善殿!? こ、このような前線に来ていただき、ほほほほ本当にありがとうございます!!」
「肩の力を抜けって。今はお前らの上司でも何でもねぇんだ。むしろ、雇われてる立場だぜ」
視界を奪うほどの梅雨明けの豪雨の中、善が全身を覆い隠すほど伸びた草に身を隠していた迷彩服を着こんだ兵士の側にまでやってくる。
彼らは善を目にすると明らかに動揺し、その原因をしっかりと理解した善が彼の肩を叩き多少なりとも緊張を和らげる。
「あ、ありがとうございます…………そ、それで現在の状況なのですが、目の前にいる人物が邪魔をしていまして」
「どれどれ…………見た事もない奴だな」
すると彼は現在障害となっている人物を説明するのだが、その風貌はかなり変わったものであった。
大雨によりはっきりと見えるわけではないのだが、障害となっている人物はどうやら真っ白な包帯を全身に巻いているようで、それを自由自在に操り、神教を中心とした連合軍がそれ以上進めないよう道を防いでいた。
「硬化されてるのに加え、属性耐性も高いのか。近接戦は?」
「かなりのものです。先程から五人態勢で順次襲い掛かっているのですが、のらりくらりと躱されてしまい。こちらのほうが先に体力を使いきってしまったのです」
「つっても、俺にできるのなんて殴る蹴るだけだしな。ま、いっちょやってみますか」
説明を受け、敵の手ごわさをしっかりと認識した善。
とはいえ彼が取れる戦術というのはかなり限定的で、敵の情報を知ってなお、自身の信じる力を貫くことを選んだ。
「情報が欲しい。今までの戦闘データを見せてくれ」
「こちらにございます!」
「サンキュー」
指示を出すと求めていた情報を渡され、一瞥したところで自身の身を隠していた草木から飛びだす。
「原口善か」
「おう。行くぜ!」
自身と相手の視線が絡み合い、短い問いかけに対し返事を行い、彼は疾走しだした。
「「パペットマスターが子供に優しくしてたのを見ただぁ?」
「蒼野君蒼野君、君は何を言っているんだい。熱か? 幻覚か? それとも洗脳か……って、その場合操ってるのはパペットマスターかよ! やばい!」
「善さんも積もそんなに驚かないで下さい。俺は正気ですよ」
ジコンでの騒動から三日が過ぎ、落ち着きを取り戻したギルド『ウォーグレン』。
善が二日ほどかけた依頼を終え戻って来た次の日の朝食の時間に、自身の目が確認した奇妙な光景を蒼野が説明した。
「本音を言えば流石のオレもその発言は正気を疑うな。分かってんのか蒼野? お前が見たって言ってるのはあのパペットマスターだぞ?」
今朝の朝食のメニューはご飯にわかめと豆腐の味噌汁。里芋の煮っ転がしに塩鯖で、匂いが嫌いな優を除いた男性陣は追加で納豆を準備しており、彼らは皆、納豆の入った皿を片手に持ち、一心不乱に混ぜていた。
その様子は様々で、善と積の二人は兄弟そろって先に付属のタレをかけて混ぜ合わせ、蒼野は何もかけずに混ぜた後にタレを投入。その状態で中央にくぼみを作ったご飯の上に乗っけていた。
「そう言いたい気持ちはわかるけど、本当に見たんだって。後で良助と里香の二人に確認したらいい。俺達が見たパペットマスターの特徴を、しっかりと口にすると思うぞ」
「にわかには信じがたいな」
康太の当然の反応に対してもすぐさま反論すると、そう告げる彼の姿に嘘偽りがない事を認識し康太が渋い表情を浮かべる。
「てかその情報がほんとならよ、その二人はパペットマスターの野郎から人形やら絵本を貰ったわけか?」
「え、まあはい」
「…………まあ昨日はゴタゴタしてて話す機会がなかったかもしれねぇが、その情報だけは早く教えて欲しかったな。もしかしたらパペットマスターの正体に繋がる情報かもしれねーぞそれ」
「す……すいません」
納豆にネギとタレ、それに追加でしょうゆをかけて滅茶苦茶に混ぜ始める康太に視線を向けていた善が蒼野の方に向き直りそう発言すると、蒼野がしくじったことを認識し苦い顔をした。
「まあその件については俺が後で調べておく。今日は非番だからジコンに直接行って聞いてみてもいいしな。それよりもお前らには一つ重要なお知らせがある」
「……重大なお知らせ?」
そのあと善がパペットマスターの件について一端終わらせ話を変えると、生卵と一緒に混ぜた納豆をご飯に乗せ、ネギと醤油を垂らしたものを一気に頬張るゼオスが、口元の汚れをティッシュで拭い取りながら視線を向ける。
「ああ。俺はここ二日ほど『境界なき軍勢』の大軍と戦ってたんだが、その際敵をいくらか捕獲してな。その内の一人を今このキャラバンで預かってる」
「ぶーー!?」
全員の意識が自身へと向けられたのを確認し話し始める善。
その内容を聞き、積が飲んでいた食後の緑茶を思いきり吹きだした。
それがまっすぐに自分に飛んできたのを確認した蒼野が時間を戻し、お茶を積の口の中に戻すが、積の驚きは凄まじいもので、何とか飲みこむ事はできたが、気管に詰まり咳込んでしまった。
「い、いきなりですね」
無論蒼野や康太からしても思わぬ内容であったが、目の前の人物が危険を顧みずそんな事をするわけがないという確信を持っていたため、積ほど驚くことはなく話の続きを黙って待った。
「いやいやいやいや! なんでお前らそんなに落ち着いてるんだよ! このギルドに恐ろしい犯罪者が同居してるんだぞ! もっと慌てふためけよチクショー!」
「……それを言うなら俺も危険人物だぞ?」
「お前は別だ別! もう慣れた!」
「……滅茶苦茶だな」
積が機関銃の銃弾を撃ちだすかのような勢いでしゃべり出すのだが、蒼野と康太は沈黙を貫き、唯一返事をしたゼオスに対してはそんな乱暴な答えを返した。
「アンタら驚き過ぎ……と思ったけどそっか。思い返してみれば、ゼオスが来て以来初めてのことなのね」
慌てふためく積の様子を頬杖をかき半目で覗きこむ優であったが、ゼオスが来た時期と蒼野や康太が来た時期を思い出し、一人納得していた。
「そー言えばギルドに来たときに言ってたっけ。確か、奥に牢屋みたいな部屋があるんだっけ?」
「ああ……そんな事も言ってたっけな。完全に忘れてたぜ」
優の発言を聞き、蒼野がギルドにやって来た当時の記憶を思いだすと、同じタイミングで部屋の案内をされていた康太も思い出す。
本来の用途は近くに刑務所などがなかった際、そこに移動するまでのあいだ罪人を繋いでおくための場所であったのだが、早いうちにゼオスが来て以降は、移動に関してはどうとでもなっていたため、蒼野や康太もその存在を忘れていた。
「い、いや……それでもやっぱ、正体不明の犯罪者と寝食を共にするのは不安だぞ。うん!」
「そりゃそうだな。まあその点に関しては、今から説明を行うつもりだ。短い期間とはいえ、最低限知って置くべき情報はあるからな」
全員が食事を終え、手を合わせて挨拶をする。
それから役割分担をして片付けを終えると、善が近くに会ったリモコンを弄り天井から液晶画面を出現させ、牢屋と思わしき場所の中身を映しだした。
「善さんこの映像ってもしかして」
「ああ、ギルドの中にある牢屋の映像だ」
蒼野の問いに対し淡々と答える善。それに対する各々の反応はといえば蒼野と康太それに優は興味深げ、ゼオスは無関心、そして積は腫物を見るような目で、中にいる包帯で全身をグルグル巻きにした男の姿を確認していた。
「こいつについてわかっている情報は少ない。本名もわかっておらず、全身をグルグル巻きにした華奢な姿から、俺達は『マミー』という名称を付けた」
「マミー……」
「残されている過去の文献によるとだ、包帯をグルグル巻きした死体に関する名称らしい。まあ詳しいことはわからん。
んで、こいつの階級については、『十怪』の一角ギャン・ガイア率いる軍団の副将みたいな扱いらしい」
「そ、そんなやばい奴が何でここに来てるんだよ! いつもみたいにゼオスの力でラスタリアに置いてこればいいじゃねぇか!」
なおも淡々とした様子で説明を続ける善であるが、閉じ込めてる人物の階級を明かされた瞬間、彼のお塔とは目に見える形で動揺。
「『境界なき軍勢』との戦いが激化した事で神教が始まって以来最大数の犯罪者を収容する状況になっててな。どこもかしこも一杯になってるんだ。んで、その肩代わりを各々の組織がする事になった」
積が告げた質問に対しても当たり前であるという様子で言葉を返すと、積は瞬時に言葉が思いつかずに沈黙。
「『境界なき軍勢』の副将なんっつー厄ネタを持って帰った理由は?」
「まあ、俺が一番適任ってことになったんだよ。万が一暴れられてもすぐに取り押さえられるし、部下たち個々人の実力もある程度あるから、人質にとられるような危険性は少ないだろうってな」
「くわぁぁぁぁ! クソ兄貴の実力と頼りがいが恨めしい! そしてありがとうございます! すっごくうれしい評価です!」
「怒ってんのか喜んでんのかどっちだおめぇは。まあいい。事情に関してはそんなところだ、話しを戻すぞ」
蒼野の身の安全を考えた康太が後を追う形で質問をすると善がまたも答え、すると積が自身の真っ赤に染めた頭を抱え、部屋中に聞こえる大きさの声で唸りだした。
それから善が話し始めた『マミー』の情報は、神教が知っている情報量と変わらぬものであった。
戦闘時は全身に巻いている包帯を伸ばし伸縮自在な攻撃を行う事が特徴なことや、この戦いに参加した動機が、ゲゼル・グレアが死んだことによって、今なら自分の力でも世界を変えられると踏んだという事。
それ以外の情報は得られていないことを説明した。
「ん? 重要な情報が抜けてないッスか?」
話を終えこれ以上情報がない事を伝える善であるが、その瞬間に康太が待ったをかけた。
「なにか問題でも?」
「問題もなにも、そいつの個人情報について全く明かされてないッスよ。本名がわかんねぇってのは分かりましたよ。けど全身グルグル巻きの変態野郎だとしても、包帯をめくっちまえばそいつに関しての情報があれこれわかるじゃないッスか」
康太の疑問はもっともなものだ。しかしそれを聞いた善は顔を歪め、髪の毛を掻き毟りながら気が進まない様子で口を開いた。
「……その点に関しちゃ本当に情報が一切ねぇんだ。悪いな。何せ包帯をめくったところで、個人の情報に繋がる情報は一切出てこなかったからな」
「どういうことッスか?」
「奴の包帯はただ攻守に使うだけのものじゃないらしくてな。使用者は分からねぇんだが、奴自身に掛かってる強力な呪いを、これ以上進行させないための役割も担ってるみたいなんだよ」
「呪い封じ…………つまり黒魔術ってこと?」
「そういうこった。おかげさまで、調査に挑んだ数人が死にかけた」
黒魔術は闇属性が得意とする領分の一つで、闇属性粒子に加え自らの血肉を注ぐことで、様々な効果を持つ呪いを発現させるものだ。
その力は犠牲にする血肉の量や質によって大きく変わるのだが、最高位の呪いの力は、耐性のない相手を即座に絶命させる程のものである。
「俺も立ち会った中で中身を調べたわけだが、ほんの少しめくっただけで周囲が強力な呪術に襲われてな。個人情報は一切調べられなかった。
解呪の方法がわかるまでは、逃げられないよう牢屋に放り込んでおくって結果になったんだよ。
ま、気になることがあるなら本人と話してみるといい。少なくとも牢屋に閉じ込められた状況で暴れまわるような野蛮人じゃあねぇから対話は可能だし、情報が得られればラスタリアから報酬も送られる」
残念そうに善が語り、場に静けさが訪れる。
それから少しして誰も質問しないのを確認した善が今日の依頼内容を読み上げ解散。蒼野達五人が一斉に立ち上がった。
「そっちは牢屋のある方向だぞ。行くのか?」
蒼野が康太と一緒に部屋を出てすぐ、積がゼオスを連れ牢屋のある方角へ歩き始める。
「んまあ怖いのは確かなんだが関心もあるんだよな。壁越しに煽る程度なら攻撃もされないだろうし、看守もどきでもしてみますわ」
「性格悪いなテメェ。てかキレて反撃されたらあぶねぇだろ」
「アニキ曰くセキュリティーは万全らしいし、そのためにゼオスを買収して護衛を頼んだんだ。何とかなるって! ところで、お前ら二人はどこに行くんだ?」
康太の指摘に対し、極めて楽観的な態度で返事をする積。
「俺たちは視聴覚室だ。昨日パペットマスターを見た時からどうにも引っかかってな。康太にも手伝ってもらって、違和感の正体を突き止めるんだ」
その問いかけには隣にいる蒼野が答え、それに対し積は渋い顔をした。
「うへぇマジかよ。あいつの戦いって見てるだけで胸が押しつぶされる感じがするから嫌いなんだよな。もう十分対策はしてるだろうによくやるよほんと」
「……貴様の行動に逐一文句を言うつもりはないが、二時間もすれば全員で仕事だ。それを忘れるなよ」
「わかってるって。仕事に支障が出ない程度に抑えるさ」
二人の言葉を聞き終え、康太を連れ視聴覚室まで移動する蒼野。
彼は康太に手伝ってもらいながら、早送り再生で資料として残されているパペットマスターの戦闘記録を閲覧し始めた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事でパペットマスター編がスタート。
といっても今回は、本編に入る前の準備段階…………というより外伝扱いの話。
詳しい内容に入るのは、もう少し後の話です。
それではまた明日、ぜひご覧ください




