古賀康太VS尾羽優
「ゲームセット。第四試合、勝者青コーナー」
「ふん! 猿にしてはよく戦ったわ。それは褒めてあげる。でも、もうわかってるでしょ。この戦い、アタシの勝ちよ」
四度目の摸擬戦が終わり、康太の勝利を告げるアナウンスが部屋全体に響きわたる。
にもかかわらず勝ち誇っているのは全てのペイントボールを割られた優であり、ペイントボール一つを残し自分に勝った少年に対し、胸を張りそう宣言した。
「勝負は最後までわからねぇもんだ。そんな事言ってる暇があったらな、次の試合の準備でもしとけ」
「言われなくても!」
四度目の戦いはこれまでで最長の戦いであった。
一戦目三戦目は優が自身に有利な近接戦闘を仕掛けやすく、なおかつ障害物の少ないフィールドを選び、一戦目は三十秒。三戦目は十秒ほどで康太を下した。
二戦目と四戦目は康太が遺跡フィールドを選択。結果二戦目は三十秒もかからず勝利したが、四戦目は康太の銃を使った戦術に優が慣れてきたため泥仕合となり八分程戦いが続いた。
「さあて、さっさと決めますか」
そして第五戦目、二人で行う最後の摸擬戦。
実力が伯仲している場合、この摸擬戦は基本的に一勝目を取った方が勝つ。
互いに白星を上げていったとしても、勝負を決める五戦目の決定権を一戦目の勝者が持つからだ。
だから優はさして考える素振りすら見せるフィールドをそれまでと同じタイプの、障害物の少ない『平原フィールド』を選び、できるだけ二人の出現位置を近くするよう設定。
その指示に従いフィールドが変更され、康太と優の体が決まった場所に転送。
最後の試合が始まる合図が木霊し、一戦目と三戦目同様に優が走りだそうと重心を前に傾け、
「え?」
その瞬間、彼女の右膝のペイントボールが撃ち抜かれた。
「アンタ!」
思わぬ展開に動揺する優であるが、康太はさして心を動かされた様子もなく、冷めきった目で獲物を見つめながら機械のような正確さで続けて引き金を絞り、銃弾を二発三発と撃ちだしていった。
それらは優の腹部や足元を捉え彼女の速度を確実に削いでいき、一瞬態勢が崩れたところで、左肩のペイントボールを割った。
「おいおい、あんだけイキってたくせにこのザマか。ずいぶん呆気ないな!」
「こ、の…………」
一度冷静になり体勢を立て直さなければならない。
そんな彼女の当たり前の思考は、康太がいやらしげな口調で煽り嘲笑することで塗りつぶされ、『逃げ』や『回避』という当たり前の選択肢を半ば強制的に『攻める』というものに変化させる。
「調子に乗るな!」
うら若き美少女が決して出してはならないようなドスの利いた声で言いきり、水属性の障壁を張り突進する優。
対する康太は余裕を崩すことなく引き金を絞り、残る三ヶ所以外にも様々なところへと向け銃口を向け、引き金を絞る。
「そんなもんねぇ、本気を出したアタシに通用するわけないじゃない!」
吠える優の言う通り、鉄でできた銃弾は全て弾かれ明後日の方角へと飛んで行き、近接戦に持ちこんだ優が、康太が防御の姿勢を取るよりも早く頭部と右肩に設置されているペイントボールを破壊する。
「アハ!」
康太が顔をペイントボールから溢れた青色の液体で染めた様子を見て、狂気すら滲み出ている表情をする優。
そんな優の表情が、防御を捨てて撃ちだした康太の跳躍弾が左膝のペイントボールを撃ち抜かれたことで凍る。
「う、そ…………」
全く予想していなかった試合運びを前に愕然とする優。
そんな彼女の姿を目にした康太は鋼鉄のように意識を研ぎ澄まし残る二ヶ所に狙いを定める。
「大渦!」
「ちぃ!」
自らの勝利だ。
そう確信した康太であったが、その思いを打ち砕くように巨大な鎌の一振りに合わせ大量の水が渦を形成。あらゆる攻撃を防ぎ、敵の体を押し流す攻防一体の技が発生する。
「面倒な事しやがる!」
渦潮の射程圏内から逃れるように康太が後退し、雷属性を込めた銃弾を撃ちだし少女を包みこむ大渦ごと感電させようと画策。
しかしそれを見据えていたように優は大渦を打ち消し、上空へと飛びあがり康太を追い越し着地。
康太が銃を構えるよりも早く鎌の柄で右手に持っていた銃を弾き飛ばし、着地と同時に放った肘打ちで康太の腹部を捉えた。
「っっっっ」
攻撃によるペナルティーで重力が体にのしかかり、危機感を持つ康太。
それに応えるかのように直感は自分の身に災いが振りかかるのを感じ取り、銃身で投擲された長い針を弾くが、迫る優に対抗することはできないと判断し、拡散弾やスモッグ弾でかく乱しながら距離を取る。
「逃がさないっての!」
それからしばらくの間、逃げる康太を優が追いかけ、ついにその腕が康太を捉える。
そのまま地面に叩きつけ康太の全身に再び重力が襲い掛かると、体勢を整えるよりも早く康太を連続で殴打。
康太が自力では動けないほどの重さが全身を襲い、それを見た優が拳を振り下ろす。
「来い!」
「えっ!」
が、それは自身の膂力に頼った場合での話で、属性粒子を使えば話は別だ。
少ない量の木属性粒子を振り絞り自分を持ちあげるように木の幹を下から生やし優の拳を躱し窮地を脱出。
その後虚空に弾丸を作りだし、そのまま発射。
銃から撃ちだす場合と比べ速度が足りないため優に弾かれてしまうが、木属性を利用した弾丸はその場で跳ね、優の右肩のペイントボールを破壊。
「っ!」
表情を歪める優はしかしそこで後退はせず、康太へと向け直進。
未だ重さの抜けきっていない彼を射程圏内に納め、勢いよく康太を蹴りつける。
「面倒な野郎だ!」
「いいから…………くたばれ!」
「ま、ず!」
それは康太の両膝のペイントボールを破壊し、それでもなお勢いを失っておらず、空中で一回転すると、残る最後のペイントボールに狙いを定める。
「――――ゲームセット!」
しかし最後の一撃が康太に届くよりも早く、戦の終わりを告げる電子音が部屋全体に木霊。
玉のような汗が二人の頬を伝い、激しい戦いを終えた反動から荒い呼吸を繰り返す。
互いを見る視線は険しく、二人が相いれないのをありありと示していた。
「第五ゲーム勝者――――なし! よってペイントバトルの戦績は2対2! 引き分け!」
「ああもう!」
「勝ち切れなかった……か」
その結果二人は、胸に溜まった不快感を吐きだすかのように同じような口調で言葉を吐きだした。
こうして、犬猿の仲である二人の初めての戦いが終わった。
「勝てる戦いを落としましたね、優」
「うぐっ!」
休憩を一切取らずに戦っていた二人の元に蒼野とヒュンレイが駆け寄ってすぐ、この戦いの総括をヒュンレイが告げた。
「え? そうなんですか?」
「ええ。まあこれについてはどちらかと言えば康太君が戦上手だったと褒めるべき点なんですがね」
この戦いは先に述べた通り一戦目に勝利した側が有利になるシステムだ。
その事については康太も早々に気が付いており、だから康太は最初にステージの選択権を優に奪われた時点で、既に最終戦にまでもつれ込む未来を思い浮かべた。
「その上で、彼は劣勢の第五戦を制するための策を着々と練っていたんですよ」
「二戦目では圧勝しながらも四戦目で僅差まで追い詰められたように演出し、近接戦闘が主体となる一戦目と三戦目はわざと呆気なく負ける」
「そうして近接戦ならば絶対に勝てると思わせておいて、五戦目では裏を掻く」
「あと、根拠のない予想なんですけど、恐らく五戦目の間は結構煽ったんじゃないんですか? そうやって、優が正常な思考を取り戻すのを妨げたように思うのですが」
「おっしゃる通りですよ。そしたらホイホイ釣られやがりましてね。おかげで、うまい事事が運びましたよ」
肩を竦め小馬鹿にしたように笑う康太。
その動作を見届けた蒼野とヒュンレイが優の方を向くと、彼女は二人から視線を逸らした。
「ま、負けてないからセーフよセーフ。というか、あと五秒あったら勝ってたはずよ!」
「まあ、否定はしませんが」
とはいえ、負け惜しみのように口にする優の言葉もまた真実ではある。
ペイントボールの数で劣勢に立たされ、冷静な判断能力を失っていた優であるが、結果的には康太を押し、引き分けの状況まで持って行く事ができていた。
そもそも康太自身、真っ向から戦えば負けるとわかっていたから、策を弄する必要があったのだ。
「ま、他の反省点に関しては後で録画した記録を見て振り返りながら指摘しましょう」
が、重要なのはそこではないのだ。
必敗の戦いを引き分けまで持っていった康太の戦運びや腕前がこのギルドにとって重要なのだ。
「では、残り少ないキャラバン散策を進めていきましょう」
時間を瞬時に戻す希少能力持ちの古賀蒼野。
同年代では最強クラスの優を相手に、冷静な判断力や多彩な手、その他諸々の技術を利用し引き分けまで持っていった古賀康太。
優はいい人たちを連れてきてくれた。
ボロボロに砕けたフィールドを最初のオーソドックスな訓練室に戻しながら、ヒュンレイは内心でそう呟いた。
ご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今日こそは、という事で短いながらも康太VS優です。
明日で今回の話は一段落なのでよろしくお願いします。




