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演目終了 ―――奇妙な遭遇―――


「見つけた!」


 ゼオスがシャンスを無事見つけられた一方で、属性粒子を撒いていた蒼野は、探していた二人の子供たちを見つける事に成功していた。


「子供部屋か。意外に近くにいたな!」


 二人の少年は現在蒼野がいる宿舎の一つ下の階におり、さして動き回っている様子もなくその場にとどまっている事を理解。


「あいつら!」


 その事実を知れたからといって蒼野の胸から不安が拭えたわけではない。

 動いていない理由がわからず、無事かどうかがわからないうちは、やはりどうしても不安が残る。

 ゆえに蒼野は全速力でで校舎の廊下を走りだした。


「頼むから無事でいてくれよ!」


 ここまで急いでいる理由は他にもある。二人の子供に覆いかぶさるように一つの影を感じ取れるからだ。


 その影の正体が何者であるのか蒼野にはわからない。


 しかし足をバタバタさせるような子供たちの動きと、覆いかぶさるように存在する謎の影というシチュエーションは、蒼野に不安感を抱かせるには十分であった。


「この先か!」


 敵の姿は確認できないため、脅威の程はわからない。

 しかし出だしこそ最も重要であると考えた蒼野は一階に降りると足音と息を潜め、いつでも攻撃できるように剣を抜き、角を曲がったところにある子供部屋の側まで接近。

 内部にいる者達にばれないよう、恐る恐るという様子で中を覗き見た。


「っ!?」


 そうして中の様子を見る事に成功した蒼野ではあったが、中の光景を見た彼は目を疑った。


 目の錯覚ではないか、夢でも見ているのではないかと考えてしまった。




「王子様は悪い魔法使いと戦いを繰り広げます。信頼できる友と力を合わせ、勇猛果敢に挑みかかります」

「わぁ~すごいすごい!」

「ねぇねぇお兄さん。それどうやってるの!?」

「そんなことよりも、続きを早く早く!」


 唖然とする蒼野の視線の先で、二人の少年の大歓声を受けながら、簡易的な小道具と人形を使った演劇が広げられている。

 その腕前は蒼野のような素人が見ても一目でわかるほど高度なもので、使い手の意思に反応し、まるで生きた人間のような動きを見せている。

 問題はそれを行っているのが蒼野が何度か対峙した人物であり、こんなことを絶対にしないと言いきれる人物である事だ。


「あ、貰ったアメがなくなっちゃった……」

「おやおや、良助君は食いしん坊なんだね…………むぅ、残念ながらあと少ししか持っていなくてね。二人で仲良く分け合いなさい」


 見事な人形劇を片手で行い、空いた手をポケットに突っ込み青と白の縞模様の包装に包まれたキャンディーを取りだしている青年。


 色素が抜けきった真っ白な髪の毛に病的な白い肌をした、毒々しい紫色のスーツで身を包んだ青年。

 『十怪』の一角パペットマスターこそが人形劇の演者であり、楽しそうに笑う子供たちを前にして蒼野が見た事もない穏やかな表情を浮かべている。


「違うよ! このアメがおいしすぎるんだよ!」

「これは嬉しい事を言ってくれる。それはそうと………………さあ! 物語も大詰め! 仲間に託された勇者は、悪い魔法使いへと駆け寄っていく!」

「「がんばれー!!」」


 優しげな視線で彼らを見る姿にはこれまで幾度となく見てきた恐ろしさは破片もなく、人形劇をしながら行われる、少年達の頭を撫でる姿には慣れを感じる。


「こうして勇者は悪い魔法使いを退治し、村に平穏が戻ってきましたとさ」


 狂気に染まった笑みを浮かべ、血に染まった姿を晒す気配はそこにはない。


「はい、おしまい」

「「わーお兄さんありがとう!」」


 驚くべき光景を前にした蒼野が呆気に取られているうちに人形劇は終わりを迎え、小さな二人の観客の全身全霊の拍手を受け演者は優雅にお辞儀をした。


「お兄さんすごいね!」

「そうよそうよ! あんなふうに人形を操れるなんて、まるで魔法使い!」

「ハッハッハッハッハ。うれしい事を言ってくれるね。だが私は魔法使いなどではないよ。ちょっと人形を使うのに慣れた、ただのお兄さんだよ」

「そうだねそうだね! でもそんな事よりさ! 今度またここに来て、僕と里香ちゃん以外にも魔法を見せてよお兄さん!」


 魔法ではないと言っているというのに、そう言いながら困ったように苦笑するパペットマスターが二人の頭に手を置き、再び優しく撫で始める。


「私は極度の人見知りで、知らない人ガたくさんいる場所には、恥ずかしくて出ていかないようにしているんだ。こんな大きな宿舎には、普段は中々来れないんだ」

「そっかぁ…………残念」

「フム………………そうだ!」


 一目で落ち込んでいるとわかる姿を見せる二人の前でパペットマスターが一瞬だけ考えるそぶりを見せるが、名案を思い浮かんだとでも言うように手を叩くと、二人の前に先程の演劇で使った勇者と仲間達、そして魔法使いの人形に舞台となる背景を差し出した。


「お兄ちゃん?」

「これを君達にあげよう。見たくなったのなら、誰か人形劇が得意な人に渡して演じてもらうといい」

「でも魔法を知らなきゃ誰も演じられないよ?」

「おお、これは失念していた。年を取るとボケてくるからものだな。さあ、これが人形劇を行う事ができる魔法の書だ。この本を渡して、魔法を唱えてもらいなさい」


 魔法の書とは一体なんの事だと思った蒼野が、もう少しだけ顔を出し中を覗くと、パペットマスターが慈愛に満ちた瞳で、二人に対して一冊の絵本を渡している。


(しまっ!)


 より詳しく見ようと蒼野が体を突き出すが、同時に部屋の扉に足のつま先がぶつかってしまい、部屋の中に聞こえるほどの物音が生じてしまう。


「どうやら君たちにお迎えが来たようだね。さあ、もう不安も吹き飛んだだろう? 帰るべき場所に、帰るといい」


 物音に反応したパペットマスターが二人の子供にそう告げながら笑いかける。

 すると少年は笑いながら元気よく頷くのだが、もう一人の少女は不安そうな表情で彼を見つめる。


「お兄さんはどうするの?」

「…………私も家に帰るとするよ。二度と会う事はないかもしれないが、君たちが健やかに育つことを願っている」


 部屋の壁に掛かっていた丸時計を一瞥し、そう答える人形師。

 そう言えば子供たちは迎えの者のところまで戻ってくれると考えての台詞だったのだが、意外な事に子供たちはその場から動かず、彼をじっと見つめていた。


「どうしたんだい?」

「もしよかったらおじさんも一緒に行こ!」

「そうだね。行こう行こう!」

「…………ふむ」


 その後飛び跳ねながら口にした二人の言葉に、彼は思案する。


 少し前と比べ、自分の素顔は知れ渡っている。

 これは二度にわたり対峙した子供達の情報が原因で、その結果、彼は昔ほど自由に動くことができなくなっていた。


「そうですね。せっかくだから、ご挨拶でもしておこうか!」

 

 とはいえ無駄な殺生を避けるため、自身の情報は一部を除いて知らされていないことは人形を通して知っており、多少警戒はしたものの、子供たちの言葉に快く応じ、手を繋ぎながら音の方角へと歩き出す。


 まさかその先に、三度目の遭遇となる少年がいるとは知らずに。


「うん、ありがとうお兄さん! いつか僕も、人形劇に出てた勇者になれるように頑張るよ!」

「…………そうかそうか」


 そう告げる少年に対しそのように言葉を返し、彼は更に先へと進んでいく。


 避けられない危機は、もうすぐそこまで迫ってきていた。




(ど、どうする! どうする!)


 自身へと一歩ずつ近づいて来る脅威を前に、蒼野の脳が勢いよく動き続ける。


 しかしその結果は芳しくなく、彼の頭に名案と呼べるものはなに一つ浮かばなかった。

 自分の顔を覚えられている時点で詰みな事、加えて目の前で起きた異常事態に思考の大半が奪われたことが大きな理由だ。


(不利な事は否めないが……戦うしかない!)


 その結果導きだされた答えは最善手からはあまりにも遠く、しかしその事実に気がつかない当の本人は、無謀にも実行しようと自身の殺傷力のない剣に風を纏う。


「え?」



 その瞬間、予想だにしない事態が彼の体を襲う。


 

 彼の全身からみるみる内に力が抜け、手足が大量の鉄塊でも括りつけられたかのように重くなり、その場から動けなくなる。


「なん!?」

 

 その事実に小さくだが声を上げると同時に強烈な倦怠感に身を包まれ、頭部に靄が掛かったかと思えば強烈な睡魔に襲われ、抵抗するために能力を発動しようとするが間に合わず…………彼は意識を手放した。





「「ひっ!?」」


 突如聞こえて来た二つの音に、子供たちが肩を揺らす。


 最初に聞こえてきたのは何かが木でできた地面にぶつかった音であり、続いて響いたのは分厚いガラスを突き破る甲高く耳障りな音であった。


「…………二人はここにいるといい。私が見て来よう」


 自分の足にしがみつきながら震える二人に優しげな声でそう告げ、両手に糸を垂らしながら、人形師は音の発生源へと近づいていく。


 一歩、二歩、三歩


 空きかけた扉の先にいる人物に警告するかのように革靴の音をさせながら近づいて行く彼に対し、扉の向こうからは何かをまさぐるような布が擦れる音が聞こえ、彼が扉に手を掛けたところで音は収まり、えも言えぬ空気が周囲に漂う。


「お、お兄ちゃん?」

「大丈夫だよ。私はね、実はすごく強いんだ」


 震える声で尋ねる子供たちに対し、振り返ることなくそう告げる人形師。


「誰が出て来ようと―――――――」


 そのまま言葉を続ける彼は、しかし最後まで言いきる前に口を閉じ、疑問符を浮かべる子供たちに続きを言うよりも早く扉を開いた。


 そしてそこで


「君ハ?」


 彼は俯いたまま動かない少年を背負う、一人の青年と出会った。


「驚かせてしまい申し訳ない。安全な場所に避難したはいいが、どうやらまだ逃げきれていない子供がいたらしくてね。探しに来たんだ」

「……そうデしたか」


 人形師が目にしたのは、黄土色の短髪を短く切り揃え、丸メガネを付けた着ている白衣とは不釣り合いな筋骨隆々な肉体を備えた偉丈夫。


「あ! 久しぶりお兄ちゃん!」

「おお! 良助に里香! 無事だったのか!」

「うん! 魔法使いのお兄ちゃんと一緒にいて、とっても楽しかったんだ!」

「そうかそうか! それは良かったな!」


 自身を知っているのかどうかを観察したところ敵意はなく、二人の子供が嬉々とした様子で彼に飛び着いたのを見て知り合いだと判断。


「この子達の親戚でしたか。それでは、後の事は任せても?」

「ああ。任せてください。二人を安心させてくれて、ありがとうございます」


 敵意を微塵も感じさせずお辞儀をする姿を見ると糸を引っ込め、穏やかな笑みを浮かべながらお辞儀を返した。


「もしよければこの後お茶でもいかがですか? 二人を助けてくれた、お礼という事で」

「残念ながら予定が詰まっていまして。ありがたいお誘いなのですが、今回はご遠慮させてもらいます」

「そうですか…………残念です。あ、もしよければお名前でも!」

「私は名乗るほどのものでもありません。それでは私はこれで」


 その後行われた提案や会話を半ば無理矢理躱し、踵を返し帰路につく人形師だが、その最中、ある疑問を抱き振り返り、


「自分は名乗らない上でこのような事を聞くのは失礼かもしれないのですが、貴方のお名前は?」

「私の名前? あなたと同じく、名乗るほどの者ではないですよ?」

「…………」

「とはいえ、子供たちを救ってくださった方に隠し事をするのも失礼か」


 彼の質問に対し青年は蒼野を背負っていない開いた片腕を自身の胸元に持って行き、


「土方…………土方恭介と言います。今回は、本当にありがとうございました」

「いえいえ。大したことはしていませんので、お気になさらず」


 そう名乗ると人形師は言葉を返し、彼らは真逆の方角へと歩き始めた。









ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


此度の物語も最終盤。

色々な謎を含み、この物語は終わりへと向かいます。


次回は後始末回


最後まで色々たっぷりな話なので、お楽しみに!


それではまた明日、ぜひご覧ください

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