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演目続行 二頁目


「キャァァァァァァ!? なになになんなの! 一体なんなのよこの人形は!?」


 暖かな日の光が差し込む学校の廊下をとある女性の悲鳴が埋める。

 全身を黒の修道服で包みこんだシスター、シャンス・N・マクシームは、子供たちに危険が迫っているという康太の声を聞きジコンに戻ってきたのだが、それから数分経った今、背後から迫ってくる脅威に対し息を切らしながら逃げ続けていた。


「も、無理……」


 最初は木の壁を形成する事で時間を稼いだり木の槍を作りだし迎撃してきた彼女であったが、迫り来る意思のない人形の軍団はどれだけ怪我を負っても足を止めず、片腕が吹き飛んだというのに一切怯まずに追いかけてきたため、気味が悪くなり逃げの一手を選んでいた。


「こ、こうなったら虎の子の宝石を!」


 属性粒子は様々な物体に溜めることができ、使用者の意思によりその粒子を開放させ、その特性に沿った攻撃を行う事ができる。

 溜められる量は物質によって変わってくるのだが、大量の粒子を蓄積するのに最もポピュラーなのが、各々の属性に応じた特殊な宝石だ。

 百万円ほどするようなものでも、ごく普通の使い手の粒子を一週間分ほど貯蓄しておくことができるが、数千万、数億、数十億とするものは果てが見えない程大量の粒子を溜めておくことが可能で、大富豪などが自衛手段として蓄えておくことが多々ある。


「校舎を壊さない程度に調整。調節!」


 貴族衆の一員であった彼女ももちろんその奥の手を持っており、十億に届く金額の翡翠色の宝石を一つ、ポケットから取りだす。


「愛に満ちた大地の神よ。私を導いてください――――」


 下の階へと続く廊下を急いで降りながら、ブツブツとそう呟くシャンス。

 基本的に何らかの物体に溜められた粒子は、砕いた瞬間に中身全てを放出する仕組みになっている。ただ物によっては放出する量を調節することが可能で、その場合大抵は個々人が設定した呪文を唱える必要があり、今シャンスが行っているのもその類の物である。


「これで!」


 それらの工程を終えると彼女はそれを投擲し、宝石は地面に衝突すると呪文によって調節された量の木属性粒子を溢れさせ、追いかけてくる敵対者に巻きつき廊下を奔る。


「な、何とかなったかしら」


 大小様々な揺れと物音が発せられ、百メートル先まで伸びている廊下を無数の太い幹が貫通。

 数多の人形を飲み込みながら建物全体を破壊していき、粒子の放出が終わった頃には、百メートル以上の長さをした校舎が豪快な音をたてながら崩れ落ち、外に出た彼女はその光景を前にして目を点にしていた。


「…………や、やりすぎたわね。蒼野に怒られちゃうかしら?」


 目の前に広がる光景を前にしてシャンスがぼそりとそう呟き、走った事により生まれた疲労を回復するため、胸に手を当て水属性粒子を使った術技で疲れを癒す。

 傍から見れば隙だらけな姿であるのだが、戦士ではない彼女は、その時難は去ったと油断していたのだから仕方がない。


「え?」


 彼女が背後から忍び寄る影に気がついたのは自らの体が巨大な影に覆われた時で、慌てて背後を振り返った時にその瞳が映しだしたのは、無数の手と四つの目を張りつけた奇妙な縦長のオブジェだった。


「あ……………………」


 死んだ……


 自らの体を覆うには十分な大きさを誇るそれが、自分に対し様々な凶器を向けた無数の手を伸ばした瞬間、彼女は自らに訪れる悲惨な未来を思い浮かべ、


「…………烈十字」


 そんな彼女の耳に、静かだが力強さを感じる声が聞こえてくる。


「え、え……えぇ?」


 と同時に彼女に襲い掛かってきていた奇妙なオブジェが巨大な十字架の斬撃に吹き飛ばされ、次いで襲い掛かった紫紺の炎に包まれると、その身を崩壊させる。


「な、なに?」


 突如横から割り込んできた攻撃を前にした彼女が唖然としていると、崩壊した校舎の瓦礫から数体の人型の人形が飛びだし、銃口を向けながら彼女の身に迫ってきた。


「きゃっ!?」

「……ちっ」


 撃ちだされた銃弾が彼女に届くまで、さして時間はかからない。


「っっっっ!」


 その隙間をゼオスは無理矢理詰める。

 漆黒の剣を滑り込ませるだけでは間に合わないため自らの片腕を差し出し、弾ききれない数発の銃弾をその身で受けきり、なおも速度を緩めずに一気に距離を詰め、


「……死ね」


 手にしている紫紺の炎を纏った漆黒の剣の一振りで全ての人形を斬り飛ばし、


「……怪我はないか」


 空を埋める炎が消え去った時、周囲に充満していた殺意は消え去っていた。


「………………蒼野?」


 それから少しして、背後に僅かだが視線を移した少年の姿を前に彼女は困惑する。

 なにせほんの一年少し前まで何度も見ていたはず瞳が、鋭利な刃物のように冷たく、肌の色もやや薄暗い。


「そ、それより早く傷を!」

「…………時空門」


 片腕からおびただしい量の血を流す少年を前に彼女は声を震わせるが、彼はそんな事は一切気にしない様子で自らの能力の名を口ずさみ、黒い渦が目の前に現れる。


「…………俺の傷については気にするな。好きでやったことだ。それよりきさ…………あなたを俺たちのギルドに移動させる。いなくなった少年二人の捜索は引き受ける。すぐに移動を」

「君は………………ゼオス君?」


 口を挟ませない勢いで話を進ませていた彼であったが、彼女の口から零れ落ちた自らの名を聞き、何かを考えるよりも早く、ほぼ反射的に振り向いてしまった。


「………………古賀蒼野から聞いたのか?」

「ええ。自分とそっくりな姿をした、とても強い奴がいるって。どこにでも行ける能力を持ってて、すごく助かってるって」

「……余計な事を。まあいい、その男は俺の事だ。味方だと理解していただけたのならば早く中へ」


 忌々しげに呟くゼオスではあるのだが、内心は様々な感情が混ざった複雑な気持ちであり、普段ならば決してしないほど優しげな口調で彼女へと向け傷を負っていない腕を伸ばした。


「……ちっ!」


 しかしその最中、彼の全身に嫌な痺れが襲い掛かる。

 それが先程無理矢理受け止めた銃弾の効果であるのは明白で、自身の失態に恨みを抱くと、彼の腕に暖かな熱が注がれた。


「さっき受け止めた銃弾の影響でしたら、恐らく痺れ毒の類だと思います。その類なら何とかできると思うから、じっとしてて」

「…………承知した」


 それが自身の傷を癒すものであると理解したゼオスは素直に応じ、人形の追撃がない彼ら二人だけの頬を穏やかな風が撫でた。


「あの……一つだけ聞いていいでしょうか?」

「……なにか?」

「間違ってたらごめんね。ゼオス君…………小さい頃に一度だけあたしと会わなかった?」

「!」


 傷が癒え、体の中に滞留していた毒素が消える。

 それにより普段の調子を取り戻したゼオスが立ち上がると彼女がそう投げかけ、その内容を聞き、ゼオスは目に見えるくらい明らかな動揺を見せた。


「………………それも古賀蒼野が言ったのか?」

「ううん。私がそう感じただけ」

「…………」

「もう十年以上前になるかしら。一度蒼野にそっくりの子が現れたことがあってね。お話を聞きに来たかと思ったんだけど、すぐにいなくなっちゃって」

「…………………………」

「その時また来るように言ったんだけど………………やっと、来てくれたのね」


 優しげな、聞く人の心を落ち着かせる声でそう口にするシャンス。

 それを聞いたゼオスは天を仰ぎ


「…………そんな昔の事を貴方は覚えていたんだな」

「昔から物覚えはいい方なの。だからしっかり覚えていたわ」


 実を言うとゼオスは、これまでジコンに来ることを避けていた。

 かつて彼の心に初めて温かさというものを教えてくれた彼女に、どうしても会いたくなかったのだ。


 その理由は彼自身にもわからない。 

 殺し屋であった自分が対峙するにはあまりにも不適応な人物であったからか、忘れられていて虚無感に襲われるからか、理由は本当にわからない。

 ただ何か大切なものを失う事を恐れ、彼はこの場所を訪れるのを避けていた。

 以前蒼野に誘われた際、断りを入れたのもそのためだ。


「……そうか。感謝する」


 けれど今、彼の心には十年前に感じたものと同じ温かさが宿り、その影響か口調は安心感に包まれた穏やかな物へと変化していた。


「ねぇ、貴方について詳しく教えて頂戴。いいでしょう?」

「………………面白い話は少ないぞ?」

「なら、面白そうなところだけ話して」

「……承知した」


 好奇心をちらつかせる声色と口調でそう言いきる彼女にゼオスは反抗する気にはなれず、黒い渦に入って行きながら話を始めた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の物語…………というより全ての物語の中で絶対にやらなければならない話その一。

ゼオスとシャンスの出会いです。

恐らくゼオス・ハザードという人間における分岐点でもあります。

今回の物語はもうちょっと重要な話が続くので、今後の考察やらでもご利用ください


それではまた明日、ぜひご覧ください

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