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世界最高の風使い


 蒼野とは比較にならぬ風を纏い、余裕を感じさせる笑みを浮かべながら現れた男の姿に、獣人の女は目を見開く。


 その男が誰かなど、聞く必要はなかった。

 テレビや雑誌で日夜取り上げられ幾度となく目にした、こと風属性の扱いならば世界一と呼ばれる青年。

 彼が現れた瞬間、勝負の趨勢が一気に傾いたのを場にいた全ての者は肌で感じ取った。


「さあて、これで邪魔せず能力を行使できるようになったと思うけど、どうかな蒼野君?」

「!」


 シロバの発言を聞いた結果かどうかはわからないが、蒼野は無我夢中で能力を使い、今度こそ誰にも邪魔されることなく自分の体に接触させる。

 すると半透明の丸時計は秒針を逆時計回りに動かし始め、十秒ぶんほど戻ったところで時計は消失。蒼野は正常な呼吸と思考を取り戻し、上半身を持ちあげ、自身を守るように立っている青年を見上げた。


「し、シロバさん。シロバさんですよね!? どうしてここに?」

「以前善と話しをしてね。聞くところによると君は僕のファン! らしいじゃないか。で、一度会ってほしいと頼まれてたものだから、今日来てみたわけだ。戦場のど真ん中に突っ込んでると聞いた時はどうなることかと思ったけど、いやー会えて良かった良かった!」


 戦場に見合わぬ底抜けに明るい声で彼は語り、振り返り蒼野の肩をバンバンと叩き続ける。


「あ、ありがとうございます。でもシロバさん、今状況が……」

「おっと、そうだったね。まずは、この町を救わなきゃいけない」


 その様子に目を丸くする蒼野に感化されたシロバが振り返り視線で見据えた先には、パンサーとその部下たちが銃を構えて待ち構えており、殺気を充満させ二人を睨みつけていた。


「いやはや全く、どいつもこいつも殺気立って! 二十七人…………いやそこの林にあと二人ほど隠しているから二十九人か。微塵も油断してないな。もうちょっとこう……気楽にできないものかね君たちは」


 一人一人の殺意は『十怪』の面々に比べれば劣るものであったが、今目の前にいる相手は二十人を超える人数の集団だ。結果、これまで蒼野が感じた事もない程大きな殺意が二人に襲い掛かり、その脅威に晒された蒼野は、気圧され一歩後方に下がる。


「さて、正直面倒なことこの上ないのだけれど、この問題を解決するために彼らを撃破する必要があるわけだ。けどまあ、この場は僕一人で十分だ。蒼野君。君は住民の避難や治療に回ってくれ」

「え?」


 それを受けてなお平然とした様子でシロバがそう口にすると、蒼野が戸惑いの声を出し彼を見つめた。


「なんて顔するんだい君は! そりゃね、僕の華麗な戦いを見たいっていうのは良く分かるよ! でも今は人命救助に力を尽くす場面だ。

 なら便利な能力を持っている君はそっちに回るべきじゃないかな? 誘惑に耐え、使命を全うするべきじゃないかな?」

「え、あ、へ…………そうですね」


 滝のような勢いでまくしたてるシロバの姿に動揺を隠せない蒼野であったが、シロバがもう一度背を押すと体は驚くほど軽くなっており、足は自然と町の方へと進んでいた。


「じゃあ後で色々話そうね蒼野君~~~~」


 周囲に花園でも見えているのではないかというほどの気の抜けた笑みを浮かべながら、町へと走っていく蒼野を見送るシロバ。


「驚いたな」

「ん?」


 それを最後まで確認したうえで、銃人達を束ねるパンナは彼に話しかけた。


「楽しいことに目がなくそれ以外の事は人任せ。かっこつけたがりだが泥臭いのは大嫌い。加えて極度のめんどくさがり屋。それが南本部長の性格だと思ったが?」

「空気を読める、が抜けてるよパンナちゃん。確かに人任せで解決できるならそれに越したことはないんだが、流石に君たち全員の相手を彼には任せておけない」

「っ!」


 そう語りながら片目を瞑り、片手を動かし自身へとかかってくるよう挑発するシロバだが、彼女はそれを見ても動かない。


「でもまあ、君の言う通り僕は面倒事が嫌いだ。だからこれは提案なんだが、すぐにこの町を襲っている君の部下たちを撤退させてくれないかい? そうしてくれるのなら、僕は君達を追わず、人命救助や町の修復を優先する事を誓おう」

「なに?」


 その様子を見たシロバが出した提案を彼女は疑惑の目を浮かべながら問い返すのだが、声の調子を一切変えることなく、シロバは口を動かし続ける。


「いや別に変な提案じゃない。というより、当然の提案だ。

 この町の人たちは助かる!

 君たちは無様な敗北を晒さずに助かる!

 そして僕も交渉一つで仕事が終わって助かる!

 ここで起きた事自体はうやむやにできないから蒼野君辺りにしっかり報告してもらうが、死傷者は出てない雰囲気だしね。大多数がハッピーな案だと思うんだがどうかな?」


 曇りのない綺麗な瞳で、心底から良いことをしたとでも言いたげな表情で語るシロバ。


「舐めるなよシロバ・F・ファイザバード」


 それを前にしたパンナの言葉に、殺意とは別の、尋常ならざる怒気が宿る。

 シロバの提案をこの上ない侮辱であると殺意を纏い、


「この戦いは私たち自身の意思で始めた戦いだ。それをそう簡単に降りていいはずがない!」


 彼女が自身の答えを口にすると、彼女の背後に控える部下が引き金を絞り、百発を超える銃弾がシロバへと牙をむく


「んもう、仕方がないなぁ!」


 それら全てが蒼野が纏っていた物とは比較にならない勢いの風圧の壁に阻まれ、明後日の方角へと吹き飛んで行く。


「あらよっと!」


 それを見届けたシロバが――――空を叩く。

 その動作が何を示すのか彼ら全員理解がしており、副隊長格であるパンナが指示を出すよりも早く、回避の意思を固める。


 が、遅い


 彼らが動き出したり防ぐ構えを見せるよりも早く、風の塊は鍛え上げられた肉体に到達し、彼らの腹部に鉄の塊が貫通したかのような衝撃が襲い掛かった。


「っ!」

「逆転の目が僅かとはいえ存在するとすれば、それは周囲にいる君の部下によるものだ。悪いが先に、手を打たせてもらうとすると」


 蒼野が風の大砲を作成するときとは比較できない量の風属性粒子を圧縮し、拳程度の大きさの風の塊を作成。それが彼らの肉体を抉った物体の正体だ。

 シロバの狙い通り腹部に当たった十数人はその場で昏倒したが、林に隠れていた二名を含めた残りの面々は直撃だけは何とか回避し、シロバの前に躍り出た。


「クソガキィ!」

「おお怖い怖い!」


 彼らのうちの約半数が最新鋭の機関銃を懐から取りだし、引き金を絞る。


「そんな怖い人達は――――退場してもらおうか!」


 それを視認したシロバがそう叫ぶ中、数秒にわたり硝煙と銃声が彼らのいる空間を支配する。

 それらは全て中心にいる若い風貌の青年に注がれるのだが、中心にいる彼は一歩たりとも動くことなく、先程同様に空を叩き、機械の粋に応戦する。


「!」

「いやぁ強い強い! クロムウェルさんのところの兵器なんだろうけど、科学の進歩は凄まじいね!」


 その結果は、誰もが一目でわかるものであった。 

 空間全体を鉄色に染めるおびただしい量の銃弾は、シロバが撃ちだした風の塊に全て跳ね返され、持っている機関銃は砕かれ、背後へと吹き飛ばされる。


「まあでも、まだ僕には敵わないなぁ!」

「っ!」


 間髪入れず残りの面々が直接攻めてくるのだが、その行く手は目には見えない風の壁に防がれ、身を硬直させたほんの一瞬の間に、風の塊が今度こそ彼の体を貫いた。


「あらよっと!」

「「っっっっ!」」

 

 間髪入れず、大地に沈んだ彼らの体に圧縮した風の壁を押し付ける。

 すると彼らは抵抗する暇なく大地に沈み、数秒のあいだ足掻いたかと思えば、幾らか痙攣した末に痛みや息苦しさを理由に意識を失った。


「二十人以上の同士をこうもあっさりと…………」

「ノンノン! 二十人じゃないよパンナ。正確な数はわからないけど百数十人くらいかな?」

「!」


 その言葉を聞き、彼女は驚愕に目を見開く。その数が何を示していたのか、瞬時に理解したのだ。

 そしてその様子を見て、シロバは笑った。


「君が言ったんじゃないか。僕は面倒事が嫌いだって! いやまさにその通り! だから君だけを対象から外した」


 彼は分かっていたのだ


 自身が現れ、その上でパンナ一人だけを放置する。

 そうすれば、彼女はどのような手を打ってくるか。


「通信か何かでこの場所に集めようとしたからだろうね。この町の中で、君の仲間だけは他とは違う動きをしてたから分かりやすかったよ。あとは君だけになったわけだけど、一応聞いておくよ。これでもまだやるのかい?」


 一歩も動かず獣人百数十人を圧倒した青年の瞳が、残されたただ一人の戦士を射貫く。


「貴様!」


 その瞬間、彼女は動いた。

 蒼野相手には見せなかった全力の脚力で地面と平行になるように跳躍し、目前の敵の頭部を粉砕しようと肘を出す。


「流石はメタガルンの副隊長! いい蹴りだ!」


 他の獣人の進行を妨げた風の壁が容易に砕かれるのを見届けるよりも早く、青年の体が空に浮かぶ。


「ちぃ! そのまま動いていなければよかったものを!」

「いくら僕がめんどくさがりでも、『メタガルン』の副隊長相手を前にしてそんな真似はしない。ちゃんと戦わせていただくさ!」


 空振りに舌打ちをするパンナに、快活に笑うシロバ。

 それがこの戦いを終わりへと導く第一歩だった。




 風属性の使い手として世界一。

 様々な才能に恵まれた万能の才人。

 そんなとある青年の戦闘は、巷では以下のように評価されている。

 


 世界で最も美しい戦場舞踏であると



「ぬぅん!」

「ひゅう! 危ないねぇ!」


 パンナが繰り出した驚異的な蹴りの軌道から離れるため、大きく後退するシロバ。


「お返し」

「っ!」


 結果その一撃を容易く躱す事になるのだが、気がついた時には彼女の腹部にはシロバの片足が深々と刺さっており、彼女は口から胃液を逆流させながら後方へと吹き飛んで行き、ジコン正門へとその体を衝突させる。


「よっと」

「くっ!」

「おお避けた!」


 重力を無視した動きで空に浮かんだ青年の蹴りが彼女へと襲い掛かると、彼女は自身が出した氷の柱で体を突きあげそれを回避。

 同時に懐にある革袋から取り出した機関銃の銃口を下へと向け、大量の銃弾を叩きこむ。


「残念。外れだ」

「!」


 しかし銃弾は目標に届くことなく大地に突き刺さり、声がする方に顔を向ければ、青年は彼女の真横に存在していた。


「そら!」


 急いで守りを固めるパンナであるが、両手を交差させ更に氷の壁を展開した時には彼の姿は正面になく、いつの間にか真後ろに移動しており、強烈な踵落としを彼女の脇腹に叩きこんでいた。


 蒼野を圧倒したパンナが、手も足も出ないという結果。

 それは単純に一秒間の間に行える行動回数の差もあるが、それ以上の理由が存在していた。


 それが風玉による自由な方向への高速移動であった。


「もういっちょ!」


 蒼野が回避や不意打ちに徹した動きに使うそれを、彼はあらゆる角度と速度、あらゆるタイミングで行う事ができる。

 蒼野ならば酔うような不規則な体の揺れにも完全に慣れている彼は、相手の予測だにしない動きを行い翻弄するのだ。


「イルイーガ!」

「んん~! 単純すぎて美しくない…………いやその愚直さはむしろ美しさに転化される! いいなそれ!」


 攻撃の姿勢を見せたかと思えば回避に徹し、後退したかと思えば背後に敷いた風玉を爆発させ前に跳び出て攻撃に移っている。

 前に敷いた無数の風玉を爆発させることで凄まじい速度を発することもできる。


「よっと!」


 そんな縦横無尽かつ不規則な移動を行える彼は、時には肩で、時には膝で風玉を爆発させ、敵対者を完全に翻弄。

 人間とは異なる生物の如く空を舞い相手を翻弄する。


「じゃあウルフェンさんによろしく」


 真上に跳んだかと思えば地面に足をつけていたシロバが、パンナの顔を両足で挟み地面に叩きつける。


「!」


 大地に叩きつけられた彼女が痛みに耐えながらも視線を上へ移せば、自身を見下ろす風の申し子の姿が。


「イルブロア!」


 まだ勝負は決まっていないと足掻く彼女が撃ちだしたのは、視界を奪うほど広範囲の氷の光線。

 それを前にした彼は続けざまに行った風玉の爆発でその射程から難なく移動し、


「ロイヤル」

「っ!?」


 強烈な風圧でなおも立ち上がろうとする彼女の体を地面に縛りつけ、その体の至る所に目でしっかりと視認出来るほどまで風属性粒子を圧縮した風玉を設置。


「スピア!」


 彼女の体に数多の蹴りを撃ちこむのと同時に、それらも炸裂。

 彼女の体を表面上は傷つける事のない風の大砲となり、全てが破裂し終えた頃には、彼女は痛みに耐えきれなくなり意識を失っていた。


「ふう。あとは『メタガルン』を除いた面々の対処だけど…………まあそれはもう十分にできてるようだからいいかな。めんどくさいし!」


 これが南本部長


 これが貴族衆Fの家系の当主


 世界最高の風属性の使い手、シロバ・F・ファイザバードである。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事でちょっと長めの今回の話。

南本部長にして貴族衆の家系の長、シロバ・F・ファイザバードの戦いをこれでもかと注ぎこんだ内容でした。


気に入ってもらえれば幸いです。

さてジコンに襲い掛かった危機は彼の手によって一気に遠ざかったわけですが、先日も書いた通り今回の話はこれだけでは終わりません


どうなるかは……ぜひ明日また見ていただければと思います


それではまた明日、ぜひご覧ください


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