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リンプー・N・マクシームの謀

「シスターが……」

「貴族衆出身だと?」


 リンプーの発言を聞き、蒼野と康太は思わず言葉を失う。

 しかしそれは当然の事であろう。

 貴族衆といえば生まれた瞬間から勝ち組と言っていい境遇の存在だ。

 それを投げ捨て境界付近という危険な場所に来る理由が彼らにはどうしてもわからなかったのだ。


「な、なんでそんな立場の人がジコンに移住を?」


 だからこそまず口から出た質問はその点で、蒼野が思ったままの言葉を口にするとシスター、いやシャンスは少々俯き、普段の明るさからはかけ離れた声でポツポツと話し始める。


「ジコンに住む人たちは本当に優しかった。来たばかりで見ず知らずの私を温かく迎え入れてくれ、事情を話さないにも関わらず毎日笑顔で接してくれた。

 一銭の価値にもならない花の王冠を受け取って私を褒めてくれた…………私の欲しかったもの全てがこの町にはあった」


 彼女のその発言に対し蒼野と康太は誇らしさを覚える。

 自分たちが生活していた場所は、貴族衆の家系が住む場所と比べれば小さくて地味な場所だ。

 恐らく誰もが、比べるまでもないと一蹴するような田舎町だ。


 そんな自分たちの生まれ故郷を、自分たちが最も敬愛する女性が素晴らしい場所であると断言する。

 それは彼らにとって最高に嬉しいことであった。


「要するにあまりの住み心地の良さに居ついちゃったってことね。下らない!」

「おいアンタ! その言い方はねぇんじゃねぇか?」


 そんな彼女の評価を一蹴する言いぐさを前にして、康太が明確な敵意を顕わにした。


「この人はこの町を愛してた。その事自体にはなんの問題もねぇはずだ。なんでそれが気にいらないのか知らねぇが、その思いを馬鹿にする必要はねぇんじゃねぇか?」

「なぜ気にいらないのかですって? そんなの当たり前じゃない。姉さんはその思いが原因では故郷を捨てたのよ。我が家が没落する理由となった村を許せるわけないじゃない!」

「没落?」


 リンプーの発した言葉が気になった蒼野がそれを繰り返すと、彼女はほんの一瞬寂しそうな表情をしたかと思えば怒りと苦々しさが混ざった表情を彼らに晒し、その言葉を口にした蒼野を指差した。


「そこ! その単語を口にしない」

「!?」

「今アタシが心底嫌な単語は『没落』と『カマキリ』よ! 今後これを口にした場合、敵対行動と判断し攻撃に映ります!!」

「お、横暴だ……」

「とはいえ、できれば納得して返してもらう事が好ましいのは確か。いいわ。説明しましょう」


 昂った感情をそのまま口にした彼女ではあるのだが、蒼野が後ずさりして本気で引いた顔をすると我に帰り、咳払いをして気分を持ちなおすと、地面で落ち込んでいる姉の姿を一瞥し説明を始めた。


「アタシ達マクシーム家は神聖都市ランムルを本拠地にする貴族衆よ。貴族衆の中でも最古の歴史を持つ名家の一つなんだけどまあそれはいいわ」

「ランムル……確かそこは神教始まりの地だったはずですよね。あれ? でもN?」


 ランムルは長い歴史や神教の修練場としてかなり有名なため、観光地としてもかなり有名な都市だ。

 そのため蒼野も名前程度ならば以前から知っており、最近になり詳細を調べたりもしたのだが、その際と比べ貴族衆内の地位を示すアルファベットが後退している。


「そう! アナタが疑問に持つ通りよ。ここ最近アタシ達マクシーム家は勢いを失いつつあってね。下位にいた貴族衆の台頭やら、ギルドがメキメキと力を付けた影響なわけだけど、数週間前からは『境界なき軍勢』なんていう迷惑な犯罪者集団の影響まで出始めった」

「さ、災難ですね」

「そう。本当に災難だわ。ほんとにもう……ムカつく!」


 自身の地位を指摘されるとリンプー・N・マクシームが耳に響く叫び声を発するのだが、蒼野が同意するとさらに高い声を発し、その勢いだけで教会の窓が軋んだ。


「で、このジコンに来た理由はなんだ?」


 超音波を発する彼女を前にして蒼野が両耳を軽く塞ぐ中、腕を組み鋭い視線を飛ばす康太。


「問題はそこ! つい先日の事なんだけど匿名で二十年間行方不明だったお姉ちゃんの居所についての情報が入ったの!」

 

 弱者ならばそれだけで身動きを封じ込められるその視線を前にしても彼女の口は乾く暇なく動き続け、その指摘を聞き二人は僅かにだが体を硬直させた。


「二十年って……えーとシスターが出て行ったのは……」

「十八を過ぎたあたりよ。だから今は恐らく三十八、いえ誕生日を迎えているはずだから三十九よ!」

「三十九……」

「そこはそんなに重要じゃないじゃない! なんで反芻するのよ康太」

「す、すまんつい!」

「下らない言い争いは後! とにかくその情報が得たからアタシは姉さんを迎えに来たの。悔しいけどアタシは上に立つものとしてはそう優秀じゃない。何でもできる姉さんには遠く及ばない」


 やや俯き心底悔しそうに呟くリンプー。しかしその姿を見て蒼野は疑問を抱く。


「えっと、話しを聞いている限りリンプーさんがシスターを取り戻しに来たのはマクシーム家の力を取り戻す為なんですよね?」

「そうよ」

「理由はわかったんですけど、疑問が残ります。シスターは本当にあなた達の力になれるんですか? 二十年の経験の差があるんですよ?」


 当然と言えば当然の疑問を聞き、リンプーが何かを口にするよりも早く、シャンスが蒼野の言葉に同意し、彼の背後に隠れる。


「そ、そうよ。今のお姉ちゃんはこの町のシスターよ。リンプーちゃんが期待しているような活躍はできないと思うなぁ~」

「…………あなたはこの町の経済状況がどうなっているか知ってる?」


 すり寄るような目で妹を見ていた姉の目が、妹の鋭い指摘を前に僅かに揺れる。


「え、いえ特には?」

「巨大な図書館に町一帯を覆う巨大な壁。他にも建物の建築やらをやってるのに、ここ二十年近くは右肩上がりの黒字経営よ」

「?」

「詳しくないあんた達にもわかるように一言で言うとね、ただの田舎町でこの結果はありえないの」


 田舎町の発展具合としては異様であると語るリンプー。

 しかしその手の話題に関しては二人とも疎いため首を傾け、すると彼女は簡潔かつはっきりとした口調で言いきる。


「あのね、当たり前の事だけど大きな事業を展開すればお金がかかる。新しいものを作ればまたお金がかかる。町のシンボルになるような図書館や外敵から身を守るための巨大な壁を作ったりしたら、そりゃもうすごい費用が掛かるの!

 それを行ったにもかかわらず、小さな田舎町が二十年間借金一つ作ることなく運営を続けてきた。これははっきり言って異常なの!」


 そんな事は自分にはできない。だからそれができる姉が帰ってきてほしい、そう暗に伝えるリンプー・N・マクシームだが、蒼野は戸惑いの表情を変えず、康太の表情は硬い。


「事情は分かったが本人がそれを望んでねぇ。この件については手を引いてもらおうか」

「言いきるわね…………けどこっちも二十年間探し続けていた姉がやっと見つかったの。そう易々と引き下がるわけにはいかない」

「ならどうするつもりだ? ここでオレと蒼野相手に喧嘩でも吹っ掛けてみるか?」


 腕を組みドスの効いた声で語る康太に、それを前にしても一歩たりとも引く様子を見せないリンプー・N・マクシーム。

 強硬手段に出られたとしても康太は負けるとはサラサラ思っておらず、銃をちらつかせながら、闘志を放ち始めた黒服たちを睨みつける。


「野蛮ね。でも言ったでしょ。全てを決めるのは姉さんだって」

「さっきからそんな事を言ってたけど、どういう事なの妹ちゃん?」


 彼我の実力差がわからない程リンプー・N・マクシームは落ちぶれてはいないと、姉であるシャンスは知っている。しかしなおも余裕のある態度を崩さぬ妹の姿を彼女は訝しげに思いそう尋ねる。


「さっきも言ったと思うけど、最近『境界なき軍勢』に誘惑される住民がいくらかいてね。そいつらを利用させてもらったの」

「おいアンタまさか!」

「そのまさかよ! 連中はウザったい『境界なき軍勢』と頻繁にコンタクトを取ってってね。そこにあたしも加わって、これからあたしが行く場所に襲撃をかけるように働きかけたの!」

「う、うそだろ!?」


 動揺する蒼野の姿を見て得意げに笑うリンプー・N・マクシーム。

 シャンスと類似した容姿を備えているというのに、その顔に浮かぶ笑みに慈愛に満ちた印象は微塵も湧かない。

 尊大で、横着で、どこまでも意地汚い、悪魔のような笑みであった。


「今すぐそいつらを止めろ!」


 銃口を突きつけ叫ぶ康太であるが、彼女の余裕は崩れない。康太が引き金に手を挙げるよりも早く右腕を上げると、後ろで控えていた部下全員が懐から黒塗りのハンドガンを取り出し、康太に照準を合わせた。


「言ったはずよ。この行動はお姉ちゃんの態度次第……ってね。お姉ちゃんが今ここで戻ってきてくれると誓えば、あたしが彼らを止めてあげる」

「…………う」


 場の空気を完全に支配し、全能感に酔いしれた彼女の口から、この事態を最も安全に収束させる甘美な提案が行われる。するとシャンスの瞳にはこぼれ落ちる寸前の量の涙が溜まり、嫌々といった様子で口を開きかけ、


「絶対にこいつの提案に乗るんじゃねぇぞシスター」

「こ、康太…………」

「あら、という事は町がどうなってもいいって言うこと? 中々薄情ね君」

「そうじゃねぇ……そうじゃねぇよ馬鹿野郎! 分かってねぇみたいだから言ってやるがよ! 連中にそんな甘い見通しの提案が本当に通ると思ってmmのか!」

「え?」


 それまで余裕を崩さなかったリンプーが、切羽詰まった康太の声を聞き硬直。


「なに、を…………言っているの?」


 次に口から出てきた言葉の裏には確かな困惑があり、そのような声を絞りだす彼女に対し、康太は強烈な敵意を込めた視線で睨み返した。


「連中がお前なんぞの思い通りに動くかって言ってんだ! ミレニアムやそれに従ってる奴らの目的は打倒神教だがな、騒ぎにかこつけて暴れたいような馬鹿共はいくらでもいる。そんな奴らが、本当に思い通りに動くとでも思ってんのか!」


 苛立ちが募った康太の怒声を聞き彼女の顔が青くなっていき、それに合わせるかのように町の入口から爆発音が聞こえてくる。


「康太!」

「え? え? うそ…………まだあたしは、攻撃しろなんて命令してない!」

「クソッ、来やがったか! 話は後だ。外に便利な移動能力持ちがいる。あんたらは地下に移動して、そいつの能力でギルド『ウォーグレン』に移動しろ。ここから距離が離れてるそこなら追ってもこねぇ!」

「あ、アタシは」

「あ?」


 蒼野が急いで外へと出て行き現場に向かい、康太もそれに続いて出て行こうとするが、その時リンプー・N・マクシームの口から声が漏れ、彼の視線がそちらに向く。


「アタシはこんな結果になるなんて思ってなかった! 少し脅せばお姉ちゃんは傾くってわかってたからやったの。こんな……こんな!!」

「っ」

「そ、そうよ。これはあたしのせいじゃない! あたしは悪くない! あいつらが勝手に……約束を無視して攻めてきたのが悪い!」

「もしそうだとしても、きっかけを作りだしたのはアンタだ。それで罪がないなんて絶対に言わせねぇ。もし無罪で帰ってこれたとしても……オレが許さねぇ」

「ひっ!」


 ドスの効いた康太の声を耳にして、今度こそ彼女は恐怖を感じ、涙声を発しながら尻もちをつき、ジリジリと石の地面を後ずさる。


「…………法に裁かれるのか、オレに裁かれるのかはまだ分からん」


 それを見て、康太の心から急速に戦意が失せていく。


「とにかく今は…………さっさと逃げろ」


 気が晴れたわけでもなければ、あまりに哀れな姿に敵意を失ったわけでもない。

 彼が親と慕う女性に似通った風貌の女性をこれ以上おびえさせることが康太にはどうしてもできなかったのだ。


「シスター、ここから地下に行ける通路はあるのか?」

「ええ。あるわ」

「よし、じゃあそこから非難をしてくれ。すぐに空間移動系の能力者をそっちに送る。そうすりゃ俺達のギルドに逃げれるはずだ」

「わかったわ。久しぶりの再会がこんなのでごめんなさい康太」

「気にすんなって。この一件が終わったら、最近あったことを話すから楽しみにしててくれ」


 そう言って優しげな笑みを浮かべながら、康太は戦場へと走りだした。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


恐らくこれまで中々なかった、明確なやらかし発生回。

これまでの話っていうのは結構個々人の意思によって起きた事態ですが、

こういう本人の思惑とは違う形で事態が発生することはなかったと思います。


リンプーのやらかしによってこれからどうなるのか?


それについてからはまた明日


それではまた次回、ぜひご覧ください


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