想定外の来訪者 二頁目
「シスター!」
「無事か!」
声をあげながら、荒々しい足取りでドアを突き破る蒼野と康太。
敵意剥きだしの彼らの目にまず飛びこんできたのが、教会の中心辺りにいる、十数人の黒服にサングラスを着た男たちの姿だ。
「!」
「シスターはどこだ!?」
彼らを敵と判断した二人の意識がそちらに注がれる中、間髪入れず目に飛び込んできたのは、彼らが敬愛の念を抱いているシスターの姿であり、それを見た瞬間武器に手をかける。
「あ…………ああ! 来ましたよリンプー様。シャンス様がお呼びになったであろう少年達です! まず一度彼らと話をしませんか?」
「うっさい! アタシはもう少しこの馬鹿の頬を引っ張らないと気が済まないわ!」
「ひたい…………ひたいよー。たふけてー」
「お、落ち着いてくださいリンプー様! まずは誤解を解きましょう!」
しかしそんな二人を前にしても彼らは慌ててはいるものの敵意を抱いている様子はなく、時折二人の方に目をやるものの、基本的には隙だらけの背中を見せながら中心にいるシスターともう一人の人物に話しかける。
「ど、どういう状況だこれ?」
「リンプー様が無礼を働いてしまい申し訳ありません! それで突然で申し訳ないのですが、リンプー様を止めるのを手伝ってはいただけないでしょうか?」
それを確認した蒼野と康太の敵意が揺らぎ、蒼野が戸惑いの声をあげると、男の内の一人が彼らに歩み寄り、謝罪の言葉を口にしながらそう口にする。
「あ、あぁ」
あまりにも情けない声を上げる男の様子に蒼野の敵意は完全にかき消され、武器を収めながら黒服たちが作りだした囲いに近づいて行くと、中には二人の女性がいた。
一人は彼らが敬愛するシスターだ。白のウィンプルをいつものように頭に被り、その美しい銀の髪を隠している。
もう一人は、どこか見覚えのある容姿をした勝気そうな女性だ。
「こ、康太。あの人って」
「…………マジか」
誰に似ているかはすぐにわかった。瞳の色こそ違うものの、銀色の髪をし美しい容姿を備えているその女性は、目の前にいるシスターと瓜二つなのである。
そんな似た容姿をした二人が、なだめようと必死になっている黒服の男たちに囲まれ、子供の喧嘩の如きものを行っている。
「おいアンタ! 俺達の親であるシスターに何をしてやがる!」
思わぬ人物の登場に驚きを隠せず戸惑う蒼野だが。康太は違う。
子供の喧嘩レベルではあるのだが、康太からすれば親であるシスターに手をあげることは絶対に許せない事であり、黒服たちを左右にかき分け二人の元へと詰め寄り、事の真相を知ろうとドスの効いた声をあげ顔を近づける。
「ふうん。シスター……ね。ずいぶんと親しげにそう口にするけど、アンタこいつの本名を知ってる?」
「…………今それは関係ねぇだろ」
その問いに対し康太は正確な答えを返すことができない。
そう。彼女がここに来たのは二十年ほど前なのだが、その本名を聞かれることは極端に嫌っていた。
だからこそ彼女の本名を知る人物は二十年もの間ここにいるにも関わらず誰一人として存在しておらず、その身ぶりや仕事の内容から『シスター』という愛称がつけられた。
「その様子を見るに親と慕う人の名前も知らないのね。滑稽だわ!」
「テメェ!」
「アンタはこの話題は今この場に必要ないものと切り捨てたけどそんな事ないわ。コイツの名前は今この場においてとても重要よ」!
「あ?」
「ま、それはそうとまずは自己紹介からね」
ドスの効いた康太の声を聞いても目の前の女性はなおも余裕の態度を崩さない。
華やかな社交界の席で挨拶するかのような態度ですっと立ち上がり、薄い胸に手を置き、口を開く。
「はじめまして野蛮な少年。あたしは貴族衆マクシーム家の現当主、リンプー・N・マクシームです。以後、お見知りおきを!」
「貴族衆」
「またかよ」
「あ、あら。反応が薄いわね」
普通に人生を送るのならば、貴族衆の当主陣と出会う機会などそうそうない。
しかし蒼野と康太に関して言えば、ここ一年ほどで六大貴族含め貴族衆の様々な人物達と出会ってきた経験や、それ以外の勢力のトップ陣と出会ってきたため、その程度では驚かなくなっていた。
「ま、まあいいわ。問題なのはアンタ達が親と認識する女の正体よ」
その様子に肩透かしをくらった様子を見せるマクシーム家当主であるが、彼女は一度だけ咳ばらいをすると気を取り直し、ない胸を張って声をあげた。
「シスターの正体…………」
それについては蒼野や康太に限らずこの町に住む全ての住民が気になっていた話題であった。
それが明かされるとわかった瞬間、それまで敵意をまき散らしていた康太も動揺し、それを見たリンプーの顔に蠱惑的な笑みが浮かべられる。
「彼女の名前はね、シャンス・N・マクシーム。マクシーム家の前当主にして私の姉! そして……二十年前に突如姿をくらませた裏切り者よ!!」
私が家を出た理由は、目の前の幸福に疑問を抱いたからという、言葉に出せば多くの人が頭を捻る、しかし詳しく聞けば同じような人がいるのではないかというような理由だ。
自慢になってしまうのは自覚しているのだけれど、子供の頃の私を一言で言うのならば『何でもできる子』だった。
小学生になる頃には当主である父直々に当主としての心構えを伝授され、すぐにそれを覚えると実際に仕事の一部を学ばせてもらった。
それに加えて六大貴族としての在り方を教えてもらうと、水を吸いこむスポンジのようにすぐにそれらを吸収していった。
そんな日々が続き、当主としてメキメキと成長していく私を見て、父と母はいつも笑いかけてくれた。
「お父さんお母さん見て見て! 私こんなに大きな王冠が作れたの!」
そんなある日の事だ。
執事や家政婦と一緒に遊び、草や木の蔓をベースに、誰にも負けない綺麗な花の王冠を作った。
周りの人たちの物や市販のものと比べても明らかに出来が良かったのは今でも鮮明に覚えているし、実際それを見た誰もが私を褒めてくれた。
「ああ、うまくできたね。ところで今朝の課題は全てできたかい?」
「あ…………はい。終わりましたわお父様」
「そうかそうか! では…………ふむ…………素晴らしい! ことこの分野に関してならお前はもう父さんを超えているな!」
だから父に対しても同じ反応を期待した私だったのだが、父の態度はあまりにも素っ気ないものであった。
私が笑顔で渡したそれを一瞥すると、社交辞令と一目で判断がつくような答えを返し、すぐに自らが課した課題の結果の確認を行う。
それはもしかしたら当主の座としてみた場合、当たり前の話なのかもしれない。
「………………」
しかしその時私はふと考えてしまったのだ。
もしかしたら父と母は、自分を愛しているのではなく、次期当主の器となれる私の才能を愛しているのではないか?
真偽ははっきりとはわからない。
ただ一つはっきり言えるのは、その日から父と母が自分に送る笑顔が徐々に色あせて見えていき、そして恐ろしくなっていった。
当主として必要なことを覚えるたびに、父と母は褒めてくれた。
しかしそれに一切関係のない事をどれだけやっても、返されるのはありきたりな賞賛の言葉で、それよりも朝に出す課題に目が向けられる。
もし自分ができないような仕事がやってきたり、大きな失敗をしたとき、父と母はどのような表情をするのだろう?
「これと……これと…………これも」
それが心底怖くて、いつか訪れるその結末から離れたくて、私は十八になりすぐに家を出た。
それはもちろん私にとって初めての家出で、誰の指示もなく、付き添い一人おらず行われた初めての行動だったのだが、外の世界についても前もって詳しく勉強していた私は、さして苦労することもなく周囲に馴染んだ。
あれから、もう二十年が経った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
最初の物語に出ていたシスターの身元が明かされる話。
さてここからどうなっていくか
激動の中盤戦、こうご期待
それではまた明日、ぜひご覧ください




