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想定外の来訪者 一頁目


「それじゃあそういう事でよろしくお願いします」

「神教から歩み寄ってくれるというのならば、これ以上過激な活動をしようとも思わない。よろしく頼む」

「わかりました。そうお伝えしておきます」


 そう言って蒼野に康太、そしてゼオスの三人が滞在していた家屋出ていき、そのまま町を去る。

 彼らがいたその場所は、砂漠地帯の一角にある村であり、ある交渉をするためにその場所に訪れていた。


「ここ最近こんな仕事ばかりだな。たくっ、世の中にはクソみたいな思考の奴が多いこって」

「…………その時々の情勢を読み、最善手を打つ。そこまで言われる筋合いはないと思うが?」

「そう言えば聞こえはいいかもしれないが、これはちょっとなぁ」


 康太に対するゼオスの指摘を聞き、疲労の色が見える息を吐きだす蒼野。無表情を貫くゼオスの様子こそわからなかったものの康太も同様の様子で、二人はここ数日の仕事の内容に心底うんざりしていた。


 『境界なき軍勢』の名が知れわたるにあたり世界中の様々な村や町、場合によっては大都市が動きを見せるようになった。

 大別すれば、現状を維持し所属している勢力の傘下に収まろうとする場所と、『境界なき軍勢』に入ろうとする場所に分かれるのだが、後者についてはいくつかのタイプに分別ができるようになっていた。


 その内の一つにして過半数が、今日蒼野達が訪れた町などが行う脅迫まがいの行為を行うタイプだ。

 これは少数の村や貧しさが目立つ町が特に行う手段で、現状の改善要求を投げつけ、それを了承しなければ『境界なき軍勢』に下ると吹っ掛けてくるのだ。


「多少は突っぱねてもいいと思うんだがな」

「イグドラシル様は用心深いことで有名だ。それならこういう形を取るさ」


 彼らは単純な戦力で見れば烏合の衆に過ぎない。しかし問題は全く別のところで、神教に対する造反者が増えるという事だ。


 力こそ最大の正義とされている惑星『ウルアーデ』だが、神教が世界を平定してからそのバランスは徐々にだが変化していた。

 科学やお金、何より人々が守る法というものに日を追うごとに重点が置かれ、二大宗教の対立という最大の問題は残しているものの、一般的な文明レベルは大きく成長していた。


 それと同時に大きな力を得たのが情報だ。

 科学や文明の発展はそれまで能力を行使しなければ時間がかかり不自由であった情報の交換・保管を万人が行える簡単な物へと変え、それまで面倒事を嫌い『情報』というものに関心が薄かった人々に新たな価値観を与えた。

 戦闘面で見れば過去の戦闘記録を遡ることで相手の弱点や得意な型を知ることができ、日常生活面で見れば世界中で話題になったニュースやその町の名物料理がどこにあるかを、僅かな時間で知ることができる世の中になった。


 が、情報は良い面だけを移すものではなく悪評なども世間に簡単に流すことができ、それこそが神の座イグドラシルが恐れている点であった。


 現状神教から離反している数はそれほど多くはない。それは神の座イグドラシルのこれまでの実績、千年にも及ぶ平和な治世を認めてのものだ。

 しかしもし今このタイミングで良からぬ噂や悪評を流されれば、真偽を確かめるよりも早く人々の心は傾き、状況を悪化させる危険があると神の座は判断。

 離反者が増加し『境界なき軍勢』が強化され、そのタイミングに合わせ賢教も攻めこめば、最悪現状の戦力では対抗できない可能性さえある。


 それを阻止するためにさし向けられたのが蒼野達のような交渉係であり、相手の要望を聞き、妥協案を出し、それを神教本部に送り届けるのが今の彼らの仕事であった。


「それにしても普段の仕事に加え住民たちの要望を聞きいれる時間まで作るなんて、神の座は同じ人間なのか?」

「流石に仕事は分担するだろ。こういう脅迫染みた行為を行う場所だって十や二十じゃない。これ全てを自分で確認するとか苦行だぞ」

「……最も全ての要望が通ることはありえんだろうがな。いや千年の時を生きた怪物ならばそれさえ可能なのか?」

「ん? 電話?」


 転送装置がある場所まで歩いて行きながら話をする蒼野達であるが、その時康太が懐に入れていた電話が幾度かにわたり短く揺れる。

 依頼の進捗状況を話す際メールではなく電話を使っていた康太は、普段通り善から連絡が来たのだと思い液晶画面を開き、相手の名前を確認するより早く耳に当てるが、


『た、助けて康太~~』

「なっ!?」


 その時彼の耳に入ってきたのは、約一年前まで毎日聞いていた、敬愛の念を抱く相手の声だった。


『し、シスター……シスターなのか!? 一体どうした!!』

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。き、緊急事態。緊急事態よぉ。今すぐ助けてー」

「お、おい……シスター? シスター?」


 普段絶対見せないような取り乱し方をしながら受話器越しに叫ぶ康太の姿に若干後ずさる蒼野だが、蒼野自身も慕っている人物の名前を康太が叫んだ瞬間、表情を引き締め康太の肩を掴んだ。


『い、いや…………来ないで……乱暴しないで………………』

「おい……………………おい!!」


 康太は叫び声を前に動揺したかと思えば真剣な表情で闘志を纏い、善に連絡しすぐにジコンに向かう許可を得ると、蒼野がゼオスに能力を使うように懇願。


「……仕方がない。今回だけだぞ」


 自らの能力を移動用の乗り物のように使われるのは心底不服なゼオスだが、慌てた様子で頼みこむ同じ顔をした少年の懇願に二つ返事で応じ、


「よし行くぞ!」


 善に連絡を終えた康太が二人にそう伝え、ゼオスが能力を使いジコンへと黒い渦を繋げる。


 そうして彼らは、敬愛するシスターがいるジコンへと舞い戻った。




「……俺はここで待っている。貴様らは用事が済んだら戻って来い」


 黒い渦から抜け出したゼオスがいの一番に伝えた内容。それを聞いて蒼野と善が信じられない言葉を聞いたと顔をしかめる。


「…………これは貴様らが自分たちの意思でやってる行為だ。仕事じゃない。ならば、俺が付き合う道理もなかろう」

「冷静に考えろゼオス。テメェの強さはどこで使うもんだ? ここだろ?」

「恐らく中には敵がいるはずだ。そいつと戦闘になった際は、ゼオスの力が必要になる」

「………………………………知らん」


 その点を譲る気はないとでも言うような突き放した口ぶりが二人に対し投げかけられる。


「お前の意見なんぞ……」

「聞いてねぇ!」

「…………なに?」


 通常ならばそれを聞けば康太はともかくとして蒼野は渋々ながら引き下がるのだが、生憎今回に限ってはそうではなかった。

 力強い物言いをしながらゼオスに一気に接近した二人は、動揺しすぐに構えることができなかった彼を挟みこみ、両腕を掴んだと思えば蒼野の風で全身を拘束。足を引っかけ宙に浮かせると康太が作りだした鎖で更に全身を縛り、二人がかりで担いでジコンの中へと入って行った。


「……貴様ら」

「テメェの意見なんぞ知ったことか。シスターを助ける可能性が僅かにでも上がるんだ。今回ばかりは首根っこ掴んでもついて来てもらうぞ」

「そーいう事だ。諦めろゼオス」


 恨みがましく抗議するゼオスであったが担ぐ二人はそれさえ無理矢理抑え込み、町の中へと入り教会へと向け走りだす。


「…………?」


 シスターを助けるという目的を前にして周りが見えなくなっている蒼野と康太であったが、そうではない様子のゼオスはふと違和感に襲われる。


 敵が攻めてきたにしては町がやけにのどかなのだ。

 人々は大通りで普通に買い物をしており、大通りから離れた公園では年寄りが鳩に餌を与えている。

 住宅街では自分を背負った康太と蒼野を、人々は奇妙なものを見るような目で凝視しており、更に視線を移せば井戸端会議をしている奥様やジョギングをしている青年を目にした。


「……おい古賀康太、古賀蒼野。貴様ら何か勘違いをして」

「うっしゃ着いたー!」

「突撃ジャー!」

「…………待て貴様ら。この状態で戦場に飛びこんだとしても俺は何の役にも立たんぞ。せめて拘束だけは解いていけ」

「…………逃げない?」

「……逃げん」

「ならその言葉を信じるとしよう。俺たちが合図を送ったら、不意打ちをかませよ」

「……承知した」


 その必要はない気がするが、


 顔を合わせ頷いた蒼野と康太が全速力で駆けていく行く姿をその場で待機しているゼオスがしばし見守り、二人が中へと入って行ったのを確認し、自分があの中に入らずに済んだ事に安堵の息を吐く。


 そうして、中に入った二人の戦意が消えるのをただじっと待ち続けた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回から中盤の本筋が始動。

その最初の話の部隊は蒼野と康太の故郷ジコンです。


彼らを呼ぶシスターの真意とは?


それではまた明日、ぜひご覧ください

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