エルレインからの帰還
「すまなかったね。出来る事なら、何一つ辛い思いや不快な思いをせずに帰ってほしかったんだがね。とにかく、転送装置の側にまで移動しよう。ついて来てくれ」
『教皇』の住処を足早に出た七人がゴロレムを先頭にして来たときとは別の道を歩き、様々なローブを着こんだ面々の横を足早に通り過ぎる一行。
「…………人のいない場所へ誘導さえしてもらえるのならば、それで十分だぞ。転送装置の場所まで歩くことなどせずとも、俺の能力で帰還はできる」
「お、ゼオスにしては珍しい発言。明日は季節外れの雪かな」
「…………うるさいぞ原口積」
「文句か鉄拳かどちらかにしてください!?」
ゼオスの気遣いを茶化す積に、文句と鉄拳が飛来する。
その速度は油断していた積の目では捉えきれぬ物であり、笑っている彼の頬に直撃し、涙目になりながらそう言い返した。
「ゼオス君の提案は至極当然のものだな。だが残念ながら、この霧の都には空間移動避けが張ってある。転送装置の利用こそ認可されているが、他の空間移動ではここに入ることも出る事もできない」
そのやり取りを微笑ましい様子で見ていたゴロレムはメインストリートの人垣を抜け、裏路地に入って少し進むと、小さくとも綺麗に整備された、コンクリートとレンガで作られた小屋の前にまで移動。
不思議な事にその小屋には入口らしき場所が存在せず、蒼野が不審げな顔をするのだが、ゴロレムが壁に触れると巨大な魔方陣が彼らの前に現れ、コンクリートので固められた壁の一角が塵となって消え去り、奥へと続く道が出現した。
「さっきの話の続きになっちゃうんですけど、気にしないで下さいゴロレムさん。それにアビスちゃん。大変な事も確かにあったけど、お土産の代わりにこんなすごい物を貰っちゃったんだから。アタシ達も善さんも大喜びよ」
「そうか。それは良かった」
その奥にある機械が見慣れた形状をしているのを確認すると、弾んだ声で少女が中へと入りそう告げ、ゴロレムとアビスが柔らかな笑みを浮かべる。
「そーそー気にしないで下さいって。あでも! アビスちゃんはシャロウズさんをよーく叱っときな。俺の知る限り、親バカなんてロクなもんじゃねぇぞ!」
「……まあ、その点には同感だな」
「ダロォ!」
「そうですね。パパには私から厳しく言っておきます!」
続いて積とゼオスがそのような事を言うとアビスが同意し、その様子を見て積が楽し気に笑う。
「観光中は緊張して頭の外に飛び出てたんですけど、そういえばもう一ヶ所観光名所がありましたよね。確か雲を突き破る塔かなんかが」
「それはまたえらく古い話だな。確か百年以上前の話だぞ」
「え。今は観光名所じゃないんですか?」
「ああ。実はこの霧は年々その厚みを増していてね。外部に対する強力な障壁になっているんだが、その影響で霧の海の中に捨てて来たものも幾らかあるんだ。まあ、空間を拡張させているから、私生活においてなんら問題がないんだけどね」
「そうだったんですね」
その横では蒼野が見る事ができなかった観光名所に関してゴロレムと語りあい、落胆の声を上げた後、転送装置の中へ移動。同時にゴロレムが装置自体を起動させ始めた。
「んじゃ、帰りますか。またな」
「ええ。また」
すると最後に残ったアビスと康太は笑いながらそう短く口にして中に入り、それを見届けた蒼野が意外そうな目で彼を見る。
「いいのか? もっと色々と話さなくて?」
「問題ねぇよ。合うのはちっとばかし大変かもしれねぇが、俺も彼女も、生きてさえいれば話そうと思えばすぐに話せる。だからここで、別れを名残惜しむ必要はねぇ」
そう語る義兄弟の顔は爽やかなもので、それを見た蒼野も嬉しそうに頷いた。
「なんだよ。えらく満足げじゃねぇか」
「いや別に」
「装置が起動する。みな、浮遊感に気をつけてくれ!」
その様子を不思議な様子で康太が見つめる中、ゴロレムの声が小屋全体に響き彼らは虚空の彼方へと消えていった。
「お、帰ってきたか」
事務作業をしていた善の耳に聞き覚えのある機械音が聞こえてくる。
すぐに椅子から立ち上がり見に行った先で彼が目撃したのは、光の帯から姿を現した見知った五人の姿で、その姿を見て彼にしては珍しく心が躍った。
「おうおかえり」
数年の間とはいえ神教に従事しており、なおかつセブンスターの一角であった善は、エルレインに入るにはあまりにも適していなかった。
それゆえ彼ら五人が持ちかえるエルレインの新鮮な情報は彼にとってもかなり貴重なもので、現場で撮った写真などを見せてもらう事を密かに期待していたのだ。
「さて、賢教の面々以外余人がほとんど入ることのできないエルレインの観光はどうだった?」
口に花火を咥え、出来るだけ普段通りに接しようと考える善であるが、その言葉は普段よりも僅かに高揚気味であり、聞く者が聞けば思わずニヤけてしまう声色であった。
「「…………」」
「あ? どうしたんだよ?」
「いや……そうですね」
が、それに対する彼らの表情は浮かないもので、それを見た善が不審げな声をあげる。
「楽しかったですよ。生で見るのが難しいと言われてた観光名所を見れて楽しかったですよ。でも写真はほとんど撮れなかったです。すいません」
「アビスちゃんとゴロレムさんにお礼は言ったんだけど、なーんか帰って来たらどっと疲れが出てきちゃった。アタシちょっと寝てきていい?」
「…………うまいものを食えた」
「楽しかったよ。中々いけない観光名所に行けたし、貴重な体験ができたしな。でもダメだな! 振り返ると命の危機しか思い出せねぇ!」
「オレはその…………目標に到達するまでにそびえる壁が高すぎて割と絶望しましたよ。あ、全体で見ると間違いなく楽しかったッスよ」
「おいおいどうなってやがんだ。ロクな答えがねぇぞ!」
五人それぞれの返事を聞き、善が心底からの突っ込みを入れる。
「まあいい。どうせ話しちゃならない内容もあるんだろうが、話せる範囲でいいから教えてくれ。コーヒーを淹れて来てやるから食堂で待ってろ」
「俺はミルク大さじ三杯と角砂糖二つだ。間違えるなよクソ兄貴!」
「オレはブラックで」
「……リンゴジュースをいただこう」
「色々言われてもワケわかんねぇよ。調味料一式置いておいてやるから、好きなようにしろ。あとゼオス、リンゴジュースは自分で入れろ!」
そう言いながら善がコーヒーを淹れ始め、部屋に戻りたがってる優を含めた全員が、食堂に移動。
「さて、じゃあ話してもらおうか。エルレインはどうだった?」
「あ、その前に言っておきますね。もし俺達がエルレインにとって不都合な事を言った場合、恐らく爆発四散します。他の面々なら俺が何とか時間を戻すんですけど、俺が爆発した時は何とかしてください」
「エルレインは修羅の国かよ…………」
蒼野の返事を聞いた縁が半信半疑といった様子で返事を返し、彼らはエルレインで体験した、貴重な体験を話し始めた。
「あ、帰り際に聞けたことなんですけど、雲を貫くほど高い塔っていうのは、今はもうなくなってるらしいです」
「なんだ、そうなのか。個人的にはそこから見える景色に興味あったんだがな」
「もし行けたとしても、それは話せないんじゃない? ほら、それって場所を特定する情報になっちゃうから」
「ありえるな。そう考えると、やっぱ情報規制が厳しいな」
「まあ当たり前といえば当たり前じゃね? それって結構重要な事だしなぁ」
「まあな」
空を紅く染めていた夕日が沈む中、アタシ達は今日あった事をできる限り話してた。
「…………そうだな。あとはやはり、食事がうまかったな」
「ああ。そういやさっきもそんな事言ってたなお前。なんでだ?」
「…………詳しい技術は分からんが、食事に特化した力を開発していたようだ。まあ、知っていたところで話せんだろうよ」
「ほう。そりゃ興味あるんだがな。残念だな」
重要な情報も些細な情報もごちゃ混ぜで、頭に浮かんだ内容の危険度だけを考え好き勝手に話す光景。
それは普段の仕事の報告やお出かけから帰った後の会話と何ら変わりないもので、そんな日常的な事をしていると、自然と疲れは吹き飛んでいく。
「あ、そうそう。あと賢教最強戦力の『聖騎士』の座に関する話なんですけどね」
「おい待て積! そりゃあぶねぇんじゃねぇか!?」
「いや本人も隠す気はなかったし、大丈夫だろ」
「そうかもしれないけど、警戒するに越したことはないな。何かあった時は俺に任せろ! 死んでも田無意が残ってるなら、時間を戻して生き返らせてやる」
「は、話す気が失せる!」
「アハハハハ!!」
いつも通りの話のペースに、和気あいあいとした空気に当てられて、心底楽しくて私は笑う。
こんな毎日が、ずっと続けばいいのにと――――ふと考える。
「ほっ。大丈夫だったな」
「ああ。良かったよ」
「あ、それでだな兄貴。このシャロウズさんってのはアビスちゃんのお父さんでゴバァ!?」
「うお!? 積が後方に吹き飛んだ!?」
「な、なんでだ?」
「あれじゃねぇか。家族の繋がりとかはダメなんだろ。ほら、人質の心配とかでよ」
「ああなるほど。それは確かにありえそうね」
だからアタシは、ううん……この場にいる誰一人として、考えてもいなかったんだ。
この後に、あんな大変な事が起こるなんて
アタシ達の多くの人生を左右する、あんな事が起こるなんて
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で2章における日常編は終了。
同時にこの『革命狂騒劇』は序盤を終え、中盤へと移行します。
最後に語られた優の不穏な発言の真意は?
これから彼らに待ち受ける試練とは?
血沸き肉躍る死闘が中心の第2章は、ここから山場へと向かい進んでいきます!
それではまた明日、ぜひご覧ください




