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幕間:教皇と枢機卿


「この度は本当に申し訳がなかった!」


クライシス・デルエスクが消え、今度こそ辺りに平穏無事な静寂が返ってくる。

 すると冷静になったシャロウズが子供達に向き直り、石でできた床を砕く勢いで頭を地面に叩きつけ、謝罪の言葉を口にする。


「本当です。この賢教を守る最後の壁、『聖騎士』の座としてもう少し自覚を持ってください」

「いやアビスちゃん。怒ってる聖騎士様にそこまで言わなくても」

「いや今回はあいつの挑発に釣られた俺が全面的に悪い。口喧嘩で勝てるよう、しっかりと訓練をしておくよ」

「あ、必死に耐えようっていう選択肢はないんですね」


 飛び散る床の破片から身を守りながら優が苦笑いを浮かべ、蒼野や積もそれに釣られて苦笑いを浮かべる。

 するとアビスが恥じるような表情を見せたかと思うときつい目でキッと睨み、シャロウズは萎縮したかのように体を丸め、おはぎのようになった。


「さて、大方の事情は察することができるのですが、詳細を知っておきたい。誰か教えてくれないかな?」

「あ、はい。じゃあ俺が説明します」


 ゴロレムがそう口にすると蒼野が手を上げ説明を始め、足りない部分は娘のアビスが付け足していく。


「なるほど。そう言う事でしたか。蒼野君、アビス、説明ありがとう」

「……そもそもの疑問として、なぜそこまでクライシス・デルエスクを敵視する。話を聞く限り、毛嫌いしているようだが」


 全てを聞き終え納得したゴロレムだが、その横にいるゼオスは事の発端、シャロウズがクライシス・デルエスクを嫌う理由を尋ねる。


「それは……」

「…………伝えてもいいぞゴロレム。どのみちこの件については賢教の中だけでなく全世界でも、ある程度は知れ渡っている噂だ。まあ、真偽のほどはわからないがね」


 ゼオスの問いに対し言い淀んでいたゴロレムだが、咳ばらいをしながら立ち上がったシャロウズは少々気だるげな様子でそう告げ、彼の許可を得たゴロレムはなおも迷った様子を見せるが、数秒のあいだ逡巡した後、ため息を吐いてから口を開いた。


「…………まあ君たちの中にも知っているものはいるかもしれないし、言ってもいいか。

 実は以前から枢機卿クライシス殿は教皇の席を狙っていると噂が立っていてね。それが原因でシャロウズ殿は彼を嫌っている」

「教皇の席を狙ってる、か」

「確かに、聞いたことがある話ね」

「どういう事ッスか?」


 その話を聞き、蒼野と優は聞き覚えがあるとでも言いたげな反応を示し、残る三人が少々驚く。


「教皇様がお体を悪くし始めたのは今から数年前からだ。これに合わせるように奴は演説の回数を増やし指示を固めていき、今や賢教内に置いて最大の人気を誇る人物となっている」

「加えて教皇様の看護については、薬の調合こそ専門家のエリファス様がやっているのだが、看護の大半は彼が仕切っている。にもかかわらず教皇様の体調は優れることなく悪化する一方。

 この事実を前提にして、賢教の内外問わず様々なところで陰謀論や暗殺説が広がっているんだ」

「それについては確かに聞いた事がありますけど、実際のところはどうなんですか?」


 シャロウズとゴロレムの話を聞き、噂の真偽を問う蒼野。

 それに対しシャロウズとゴロレムの二人は顔を合わせ、念話で僅かに会話をするとゴロレムが口を開いた。


「実は匿名で、彼が裏で暗躍している画像が何度か送られてきている」

「匿名なためどこまで信用できるかはわからないのだがね。少なくとも合成写真の類ではない事は言いきれる証拠だった」

「そんな事が……」


 二人からもたらされる情報を聞く蒼野達だが、先程までの騒ぎの影響か人々が徐々にだが集まり始め、喧騒が周囲を埋め尽くし始めてきた。


「今日はもういい時間だ。周囲も騒がしくなったことだし帰るといい」

「帰りの案内は私が引き受けます。シャロウズ殿とアビス君は先に自宅へ帰還なさってください」

「いえ、私も見送りに行きます。いいですか?」

「モチロンだ。娘ともども頼んだぞゴロレム。私はここに集まってくる者達をなんとかしておこう」

「わかりました」


 シャロウズが周囲に散るように指示を出し、ゴロレムとアビスが蒼野達を引き連れ階段を下り、転送装置に続く道を歩き始めた。




「ふむ。うまくいったか」


 車椅子を押していたクライシス・デルエスクが持っていた本に目を向け小さく呟く。


 彼が今いるのは、賢教において最高の権力を持っている『教皇』の座の私室だ。

 七枚の色鮮やかなステンドグラスが張られた豪勢な造りの部屋には、霧を貫いて入って来た日光が差し込むことで部屋全体を淡く照らしており、真っ赤な絨毯を筆頭に他では見られない豪勢な物が揃っている部屋全体を明るくしていた。


「さて…………」

 

 彼は天蓋の付いた豪勢なベットの横に置いてある椅子に座り、本から視線をあげ、そこに横たわっている人物に目を向ける。


「五分間と時間制限があり焦りましたが、何とか間にあってよかったです。具合はいかがですか教皇様?」

「…………」


 彼が視線を向けた先にはベットに横たわるアヴァ・ゴーントがいるのだが、彼は話しかけられたというのに一切反応することなく、沈黙を貫いたまま窓の向こうを眺めていた。

「………………教皇様?」

「……………………」


 再度呼んでも反応は一切帰ってこず、じっと見つめ観察して見たところで調子を崩している様子はない。


「はぁ……ゴーント、無視はやめろ」

「無視をしたくなるわしの気持ちも考えてほしい。今回の件、どうせまた君がいらぬちょっかいをかけたのだろうデルエスク」


 なので無視をする理由を察した彼が頭を抱えながら砕けた口調で話しかけると、そっぽを向いていたアヴァ・ゴーントが彼の方に向き直り、蒼野達の前では見せていない親しげな様子で彼に話しかける。


「何も話を聞かずに断定するとは。流石にひどすぎやしないか?」

「清廉潔白かつ真面目な彼から喧嘩を吹っ掛けることなど滅多にあるまい。どうせ君が悪だくみをして、彼を困らせたのだろう」


 わかっているぞとでも言いたげな口調で言いきるアヴァ・ゴーントを前に、彼は反論をする事ができない。

 あの場で起きた事態の原因がまさに言われた通りだったからだ。

 なので少々不服な様子を見せながらも自身の頭を掻き毟り、それを見て老体は目を細めた。


「全く、お前と彼は何故仲良くできないのかね。君たちは私なんかよりも遥かに重要な賢教の大黒柱なんだぞ?」

「私は賢教をこのまま存続させたい保守派で、奴は慎重派と名乗りながら、その実世界中で繋がりたいと考えてる中途半端野郎だ。そもそもの問題として、ソリが合わん」

「お前の場合、意図的に合わそうとしないだろう」


 そう言いながら深く息を吐くアヴァ・ゴーントが、ベットの横に設置された小さな机の上に置いてあるリンゴを取り、クライシス・デルエスクに投げつける。


「まったく――――ほら、出来たぞ」


 受け取った彼は懐からナイフを取りだすと、目にも止まらぬ速さでそれを繰り、綺麗なウサギ型のリンゴを八つ作り皿に置く。


「うむ、綺麗だ。じゃが僅かに直線が乱れておる。八十点」

「何様だお前は」

「教皇だが?」

「…………あぁ。そういえばそうだったな」

「料理の腕だけは君に負けたことがない自覚があるんだがなワシは」

「一言余計だ」


 教皇アヴァ・ゴーントと枢機卿クライシス・デルエスクは幼い頃から付き合いがある幼馴染だ。

 とはいっても見た目の年齢差からその事実はほとんどの者が知らず、両者ともに公私をわきまえ公の場では厳格な態度で接しているため、人数が増える事もなかった。

 しかし周囲に他の者がいない状況になれば、両者ともに他の者には決して見せない程フランクな態度で話を始めるたほど、仲の良い関係であった。


「ふう、満腹満腹。さて一仕事させてもらおうか」

「残ったのは簡単な書類仕事だけか。それならば薬を飲んでひと眠りしろ。残った分は俺が終わらせておいてやる」

「むぅ…………仕事をやってくれるのは素直に嬉しいんだが、眠るのは断りたいものだ。久々に気分がいいんだ。もう少しおしゃべりをしようじゃないか!」

「ダメだ。お前自身そこまで意識していないのだろうが、確実に疲労は溜まっている。一度しっかり休み、体の調子を整えろ」

「…………正直、薬に効果があるのかはあまり言いきれないがね」

「なに?」


 皿を片付けようと立ち上がったクライシス・デルエスクであるが、耳に入ってきた老いた親友の弱弱しい呟きを聞き彼を見つめる。


「エリファスは賢教一、いや世界一の薬師だ。彼女に治せない病はない」

「……病、か。実を言うとね、これは単に寿命が迫って来ているだけではないかと思っているんだ」


 彼ら二人は揃って長寿族であるのだが、その寿命の長さには大きな違いがあった。

 三百年近くの時を生きてきた結果、アヴァ・ゴーントは年老いた男性の姿に至り、対するクライシス・デルエスクは今が最も活気に溢れてるとでも言いたげな二十代後半の男の姿をしている。


「寿命ならばそれを止めるのは果たして本当によいことなのか。私には甚だ疑問だ。賢教は私抜きでも充分に回っている。それを思えば、このまま静かに眠るのもよいのではと思ってしまうよ」

「…………もしも今お前が死ねば、賢教は俺の保守派と、革新派と慎重派の連合で戦争がおきるだろうな。その途中で神教は全てをかっさらい賢教消滅まで見えてくるぞ」

「それは……素直に困るな」

「だろう。ならば………………」


 部屋に取りつけてあるキッチンに移動し、毎日飲むように勧められていた薬を置き、


「お前はまだ死ぬべきじゃない。いや………………生き続けなければならない、義務がある」


 それを砕くと八分目まで水が入ったコップに混ぜて溶かす。


「今日の分の薬だ。書類整理に関しては、お前が眠っている間に終わらせておいてやる」

「デルエスク」

「ん、なんだ? 言っておくが、寝かせるなという抗議は聞かないぞ?」

「そうではない。今はおとなしく眠るさ。でだ、目が覚めたら流行の芸人の話でもしよう。その後にテレビで彼らのコントを見るんだ。楽しそうじゃないか?」

「…………そうだな、とても楽しそうだ。ならもう寝ろ。見たい番組の時間になったら起こしてやる」

「そう、だな。夜の七時には…………起こしてくれ」

「あぁ。わかった」


 表情や仕草には出ていなかったがやはり疲れていたようで、教皇アヴァ・ゴーントは薬を飲むとほんの十数秒で眠りに落ち安らかな寝息を立てる。


「さて……」


 それを見届けたクライシス・デルエスクは頼まれていた書類仕事に一切手を付けず部屋を出ると、人気のない場所で小さな球体を取り出し、それを耳に当てる。


「私だ。進捗状況について確認させてもらいたい」


 その企みを聞く者はその場には誰もいない。


「ああ。毎度の如く釘を刺しておくが面倒事は避けたい。シャロウズやゴロレムには絶対ばれるな」


 聞いている者がいなければ止める者も存在せず、


「ああ。達成した際の報酬は以前から話した通り相応の地位だ。その地位を得たければ、しっかり働いてもらうぞ」


 知られてはならないその計画は、水面下で一歩ずつ進んでいく。


「――――――――頼んだぞ」


 彼の視線は彼方へと飛ばされ、彼方にある野望の塔をじっと見据えていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


教皇と枢機卿サイドの今回の物語における締めです。

次回は蒼野達サイドの描写をして、今回の物語は終了です。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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