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教皇 アヴァ・ゴーント


「おいおい。敵陣のど真ん中で意識を失うなよお前!」

「…………まずい、まずいぞ。俺さっき普通におじいさんとか言っちまった!」

「色々な意味で大丈夫かよお前」


 積の質問に対するアビスの答えを聞き、顔を蒼白くして魂を飛ばしていた蒼野。

 彼は康太に頭を叩かれ意識を取り戻すと、自身が行ったあまりにも無礼な行為を思い出し急激な吐き気に襲われる。

 そんな蒼野の背中を康太が擦りなだめる彼の横で、積の脳裏にはある疑問が浮かぶ。


「一つ聞いていいかな。俺も他の奴らも、たぶん初めて教皇様を拝見したんだが、そもそも何でこれほどまで顔を隠すんだ? 賢教視点で考えても、指導者が顔を隠すってのはデメリットの方が大きくないか?」

「それは……」


 顔を隠すことにより神秘性が増し偶像崇拝に至るというメリットはあるかもしれないが、現在実質賢教を治めているのはクライシス・デルエスクであるため、その効果も薄い。

 そのような推論を重ねた末に口に出した積の疑問に対し少女は口ごもった。


「しかしなぜ御身がこのような場所に。普段でしたら寝室の方にいるはずでは?」

「今日はすこぶる快調でね。運動不足の解消も兼ねて散歩を行っていたんだ」

「エリファスはいずこに?」


 そんな子供たちの様子など全く知らぬ様子で跪いていた両者が質問を投げかけると、老人は悪戯をしでかした子供のような笑みを浮かべ、楽しげな様子を見せた。


「彼女に見つかればすぐに寝室に連れて行かれてしまうからね。こっそりと抜け出てきたんだ。二人も、この事は秘密にしてくれると嬉しい」


 エリファスめ。目を離したな。


 犬猿の中である両者が内心で同じ愚痴を思い浮かべ、彼女の処遇についてすぐさま考えるが、その行為に意味がない事を理解すると肩を落とす。


「そこまで落胆しないでおくれ。私だってたまには外に出たいんだ。此度の事は許して欲しい」

「い、いえ……」

「御身を責めているわけではないのです」


 二人の反応が自分の行為に対する落胆であると察すると、それを感じ取った二人が慌てて頭をあげ、それを否定。


「寝室に運動不足。それにたまの散歩……もしかして教皇様は体が……」


 語られる内容を聞き蒼野が疑問の答えを察すると、彼女は頷いた。


「ええ。私が生まれてすぐくらいの事らしいのですが、教皇様は体調を崩すことがとても多くなったらしいです。それで普段は自室にお籠りになられ、賢教内の重要な式典などで顔を出す時以外は、書類作業など最低限の仕事をされる程度にしているとの事です」

「あの咳はただの風邪ではなくて、重い病気だったのか…………」


 確かに蒼野が見た咳込み方は一般の者と比べ激しいものであり、あのような発作がところ構わず起こり、それが命に関わるというのならば、人前に出るのは難しいと思わせる程のものであった。


「咳だと? 君は一体何の話をしている」


 その時蒼野に向けて強烈な敵意を向けたクライシス・デルエスクが立ち上がるが、彼の着ている服の裾を教皇が掴んだ。


「そう殺気立つでない。彼はわしを助けてくれた恩人じゃよ」

「助けた? 恩人?」


 シャロウズの放った一撃を前にしたときと比べ、遥かに驚いた表情で蒼野を凝視するその姿は、子供たちだけでなくシャロウズからしても驚くべきものであった。


「確か君は古賀蒼野君だったね。教皇様に一体何をした?」

「え……」


 殺意から解放された蒼野が消耗しきった思考を回転させ考える。

 時間回帰についてはできる限り人には話さないようにするというのがギルド『ウォーグレン』で決めたことだ。

 これは戦術的・戦略的意味合いはもちろんの事、その希少性から身を脅かす危険が襲い掛かる可能性があるためだ。

 今回ももちろんそうしなければならない場面のはずなのだが、相手は賢教の実質指導権を握る男だ。

 ごまかそうと下手な嘘をついて、後々命を脅かすような事態になるのだけは避けたかった。


「えっと、俺の能力は対象にした相手の時間を戻せる能力です」

「時間を戻す…………希少能力か?」

「はい。希少能力です……………………!?」


 興味深い様子で話を聞き続けるクライシス・デルエスク。それに対し蒼野は驚愕に顔を歪ませる。


「希少能力か。という事はまさか前準備などが一切必要ないのか?」

「ええ。俺が能力を使うよう念じると、すぐに発動できます」

「ほう………………」

「そ。それは凄まじいな」


 本来蒼野は最初の発言以外は知らぬ存ぜぬで押し通すか、多少ぼかして伝えるつもりであった。

 しかし今現在、蒼野は男の質問に対し全て正確な情報を話しており、その様子を側で見ていた康太達も、彼の思わぬ行動に目を丸くしている。


「戻せる時間はどれほどだ? それほどの能力、何十年も戻せるわけではなかろう」

「そうですね。生物でしたら五分ほど、それ以外のものは……」

「喋りすぎだ蒼野君。能力の情報は使用者の命綱と言ってもいい情報だ。親切心でそれ以上はなす必要はない」


 止めようとしても一向に止まらない口に蒼野が四苦八苦していると、側にまで近づいて来たシャロウズが蒼野の肩に触れなだめる。


「あ……」


 するととめどなく溢れてきていた言葉の波はすっと引き、少年は慌てた様子で自分の口を抑え、


「だが……これが誰かによる、何らかの力を行使したことによる強制であるとするならば……」


 その様子を見たシャロウズが目を細め鉄のように固い声を発し、


「その者は我らが主を助けて下さった恩人に対し、言葉では言い表せないほどの侮辱をしたことになる…………」


 敵意を隠さずクライシス・デルエスクを睨みつけ、それを受けた彼は肩を竦める。


「そう邪険にするなシャロウズ。少なくとも教皇様の前で戦うつもりは俺にはない。貴様とて同じだろう?」

「…………遺憾だが貴様の言う通りだ」


 これ以上この場で戦う意思がない事を示すようにシャロウズが手にしていた槍を溶かし、クライシス・デルエスクもそれを見届け闘気を隠す。

 するとそれまでの殺気だち歪んでいるかのように思えた空間に穏やかな空気が戻ってくるのだが、


「ゴホッ!?」


 時を同じくして教皇アヴァ・ゴーントが再び咳込み始めた。


「教皇様!」


 誰もが驚く中、最初に動きだしたシャロウズが彼の背を擦り少しでも症状を和らげようとするが、老体の彼の口から漏れる咳込みは延々と続き、咳は悪化を辿る一方であった。


「時間としてはちょうど五分か?」

「え?」

「恥を忍んで頼みたい。君の力で我らが主を助けていただきたい」


 シャロウズだけでなくアビスも慌ただしく動き出し、二人の空気に感化された康太や優も回復術を使い始める中、一人冷静にそれを眺めるクライシス・デルエスクが蒼野の肩を抑える。


「我らが主の命を助けるのだ。報酬は弾まさせてもらう。いかがかな?」

「あなたは…………何を言っているんだ?」


 古賀蒼野という人間を探るような口ぶりで話すクライシス・デルエスク。大抵の人は気圧されるその様子を前にしても、意外な事に彼はそれほど動じない。


「敵方の大将の命を救うのは不満かな? だが断れば命はないと思ってもらおう」

「そうじゃない。そんなこと聞くこと事態がおかしなことだと言ってるんだ」

「なに?」

「目の前に俺の力で助けられる人がいるんだ。そんなもん助けるに決まってるじゃないですか!」


 それどころか自分の能力についてさらに知られるリスクなど一切顧みず、躊躇なく能力を発動し半透明の丸時計を展開。

 苦しそうに咳を続ける老人の体の時間を再び五分間だけ戻す。


「おや…………また咳から解放された?」

「これが蒼野君の希少能力『時間回帰』か。凄まじい効果じゃないか!」

「だが、どうやら蒼野君の能力では時間を戻すことで窮地から脱出できることはできても、肝心の症状が悪化する未来事態は止められないようだな」


 驚きの声をあげるシャロウズの背後から、焦りや不安を感じさせない声が聞こえてくる。

 振り返ったところで目にしたのは、余裕を一切崩さず、『教皇』や『聖騎士』といった並々ならぬ人物を見下す第二位の姿だ。


「貴様…………この危機的状況を前になぜ余裕がある?」

「当たり前だろう。目の前には対処できる蒼野君がいるんだ。

 焦ることなく、冷静に対処すれば、解決する事態となったならば、無駄に焦る必要はなかろう」


 賢教の頂点に立つ人物の危機を前にしてなおも余裕を持った口調で話す男を前にして、シャロウズの胸に再び火が点き敵意を注ぐ。

 が、それを受けても当の本人はさして焦ることなく、余裕を感じさせる足取りで教皇の前まで歩いて行く。


「何をするつもりだ!」

「五分後に再び咳込むとわかっているんだ。教皇様には急いで部屋に戻っていただく。部屋にならばエリファスが作った咳止めもあるからな」


 クライシス・デルエスクがポケットから白紙の紙とペンを取り出し、近くの壁にそれを押し付けると立体的な車椅子の絵を描き、それを地面に叩きつける。


「本日は普段と比べ幾分か歩かれお疲れでしょう。教皇様、こちらへ」


 すると瞬く間に地面が膨張し始め、ものの数秒で絵と同様の形をした車椅子が出現。

 クライシス・デルエスクが『教皇』アヴァ・ゴーントにそこに座るように勧める。


「待て。教皇様の部屋に貴様が連れて行く必要性はないはずだ。その大役は私が担おう」

「よいよい。ちょうどわたしも彼と少し話をしたいと思っていたのだ。部屋までの案内はクライシスに任せるよ」

「し、しかし……」

「そう心配するでない。大丈夫だ」

「…………わかりました」


 シャロウズが悔しそうに項垂れる中、教皇の許可を得たクライシス・デルエスクが車椅子を押し始める。

 すると彼は警告するような視線で自身の怨敵を凝視し、そのそばを二人は通り抜ける。


「さっきの一撃はなんですか? 恐ろしい威力でしたよ?」

「ゴロレムか」


 そのまま進んでいく二人が階段の側で足を止め、クライシス・デルエスクが一度だけ地面を叩きスロープの付いた坂を作りだし昇り出そうとすると、ゼオスに呼ばれていたゴロレムが上に登ろうとする枢機卿と目を合わせた。


「なるほど、これはあなたが……」


 二人が坂を登るよりも早く飛び降りたゴロレムが周囲一帯の惨情を確認し、全てを察しため息をつく。

 がそれが枢機卿の足を止める理由になることはなく、車椅子を引き四十五度近くの角度がある急な坂を上り始めていた。


「お待ちください、猊下」

「なにかね?」


 革新派の重役であるゴロレムと保守派のまとめ役であるクライシス・デルエスク。

 彼らはその立場上対立しているのだが、ゴロレムの性格が温厚なこともありシャロウズとクライシス・デルエスクほど犬猿の仲というわけではない。

 そのため石造りの階段を登り一息つける場所につくと、クライシス・デルエスクは彼に対し気軽に返事をして振り返る。


「様子を見ればここで何が起きたのかはわかります…………その上で、さしでがましいようですが、一言だけお許しください。

 猊下の立場上神教に関わるものを放って置けないことは分かります。しかし……彼らにだけは手を出さないでいただきたい。いや手を出さない方がよいかと」

「ほう。理由は?」


 彼の知るゴロレム・ヒュースベルトとは宗教の垣根なく全ての者に対し優しい人物だ。

 逆に言えば仕事などがない限り特定の人物にこだわることがない。

 そんな彼が忠言をすることは大層珍しく、時間が迫っている中でも僅かにならば耳を傾けようと思ったものであった。


「彼らは前西本部長、ゼル・ラディオスの残した遺産だからです」

「…………そうか」


 その後彼が口にしたゴロレムの答えを聞き、男は天を仰ぎ息を吐く。

 それから少しの間何かを考えるかのような素振りを見せると、車椅子をそこに置いたまま階段を降り始める。


「どうしたのじゃ?」

「申し訳ありません。すぐに終わらせますので少々お待ちを」


 そう言いながら階段を降りた彼が階段を降り彼らの元に戻ると、シャロウズが臨戦態勢に入り、蒼野達全員が一歩引く。


「これを君たちに渡そう」


 彼が着ていた黒のコートの奥に手を持っていった事で全員が動揺するが、取りだしたものを見て首を傾げる。


「羊皮紙?」

「重要なのはその中身だ」


 そう言いながら羊皮紙に五芒星を指で描くと、真っ赤な光が発せられ、その中から鳥の羽が刻まれた金色の指輪が現れた。


「こ、これは?」

「前西本部長ゼル・ラディオス大司教は、死ぬ寸前に私に対しメッセージを込めた羊皮紙を飛ばしていた。それがこれだ。ここには君たちに賢教での自由な行動権を保証する旨と、ギルド『ウォーグレン』に神の座を決める投票の際、票を入れる旨が書かれている」

「なっ!?」


 驚くべき内容を聞き蒼野達が動揺するが、彼はそれを優の手に押し付けると何かを言われるよりも早く踵を返し歩き始めていた。


「ま、待ってください。ゼル・ラディオスさんは何故これを俺達に?」

「知らん。ただ一つ言えるのは、君たちの事を大層気にいったのだろう。

 あの賢温神寒を地で行く男が、だ」

「!」

「…………もう一つ言い忘れていた。先程は私の目的に巻きこんでしまってすまなかった。教皇様の件と合わせ、その謝礼もギルド『ウォーグレン』に送らせてもらう」


 そう口にしながら去っていく彼は、それ以上いくら止めたところで戻ることはなく、ゴロレムとゼオスを含め全員に見送られながら車椅子を引き上の階へと消えていった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


一連の騒動の終幕回。

クライシス・デルエスクという人物の性格やら各々の立ち振るまいがよくわかる回です。

あと数話で今回の物語は終了!

その後は二章終了まで穏やかーな話は皆無ですので、もう少々お付き合いいただければと思います


あ、あと見直した時、ゼオスの動きがめちゃくちゃになってたので、ちょっとしたら直すと思います


その事についてはtwitterで報告するかと思うのでよろしくお願いします

https://twitter.com/urerued


それではまた明日、ぜひご覧ください

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