賢者の武器 アルマテス
シャロウズが手にする神器『賢者の武器』(アルマテス)は、銀河そのものを吸収し撃ちだすわけではない。
そのような事をすればその銀河に住む生命全ての命を奪う事になるため、善良な心を持っている彼の場合、罪の意識に耐えきれず膝を折る事になるだろう。
そもそもの問題として、操作下にない広大な銀河を圧縮し投げ槍の先端に装填するなど、いかに賢教最強の座とはいえ不可能な領域で、それが可能なのはアイビス・フォーカスのみである。
では彼が槍の先端に装填している銀河は如何なるものか?
それこそが賢教の象徴となっている大賢者がかつて手にしたと言われる神器『賢者の武器』(アルマテス)の能力だ。
その能力は『疑似天体・疑似銀河の作成』
自身が作りだした亜空間の内部に、神器の中に記録されていた『銀河の雛形』を映しだし、その形成に必要な粒子を流し込むことで銀河を一つ一つの星から作成。前もって作りだしていた雷霆を纏う黒雲に、亜空間から現実へと繋がる穴を作り、槍の先端に支配下にある疑似銀河の力を集中させるのだ。
この能力の恐ろしい点は二つあり、一つは銀河の作成に必要な粒子が神器から無限に生成される点。それゆえこの神器の使い手は、この強力無比な能力の発動にごく僅かな『起動に必要な粒子』しか必要としない。
「相変わらず凄まじい力だな。これが神器の能力無効に引っかからないとは。出鱈目だな!」
そしてもう一点が、この馬鹿馬鹿しい威力の一撃は、神器による『能力無効化』の対象にされないということだ。
疑似天体の作成から銀河の作成、更に亜空間から現実世界までの移動は、間違いなく能力の範疇である。
しかし現実世界に持ってきた巨大な力を純粋なエネルギーに変えた瞬間、それは単なる様々な粒子の塊という扱いになり、神器の能力無効化の影響を受けなくなるのだ。
これに加えてあらゆる能力は神器の前には意味がなく、単純な威力勝負以外ではこの技を止める障害にすらならない。
ゆえに、多くの者はこう口にする。
『聖騎士』シャロウズ・フォンデュが槍を使えば、それだけで勝負は終わると
「阿僧祇楼壁」
そのような破格の一撃に対し、クライシス・デルエスクは真正面から挑みかかる。
攻撃の余波を前にして自身の身を縮ませる仲、唯一顔を上げれた蒼野が目にしたのは、懐から濃紫の色が溢れたかと思えば、凄まじい勢いで主を守るように立ちふさがる無数の木の板だ。
「じ、神器か!?」
見た目は薄汚れた薄い木の板ではあるものの、その姿から放たれるのは間違いなく世界最強の証たる強烈なオーラ。
神器である以上その硬度は世界最高クラスである事に疑いようがなく、それは勢いよく現れたかと思えば主を守る強固な壁へと変化。
「うおっ!?」
神器は世界最硬度の物質であるというのは周知の事実であるが、それらの硬度は厚さや物質によりある程度のランク付けがされている。
例えば薄い紙のような神器ならばそれ単体で見た場合ほかの神器よりも硬度は劣り、逆にミレニアムが装着しているような鎧の神器を筆頭に、盾や壁などの防御系の神器ならば、同タイプの他の神器と比べ一段と固い。
となれば、如何なる攻撃が迫ろうと数多の壁が全てを阻むはずなのだ。
しかし最強クラスの威力を有したランスはその当たり前の常識すら打ち砕く。
「流石は開祖賢者王が使ってたと謳われる武器だな」
「え?」
あらゆる物質の中で最高硬度を持つと謳われる同じ神器さえ嘲笑うかのように破壊し、一直線に進んでいく白と黒の相克。
それを前にすれば如何なる者も万策尽きて、死を享受する、
それが蒼野の思い浮かべた未来だ。
がしかし、彼はそこで思いもよらぬものを目にすることになる。
「あ、あれは!?」
ほんの僅かなあいだ続いた拮抗の瞬間
「さてこれで足りるか…………」
その間に、クライシス・デルエスクは更なる神器を展開していたのだ。
それも一つや二つ程度ではない。
武器などに比べれば数少なく希少な盾の神器が、彼を中心に二桁展開されており、守りを固めているのだ。
それは完全に防ぎきる事こそできないが主が自由に動けるだけの時間を見事に稼ぎきり、
「ちっ」
その作りだした時間を用い、クライシス・デルエスクは万象を破壊する黒と白の相克の射線上から退場した。
「小癪な」
「へ?」
敵組織最大の敵という事を忘れ、目の前で起きた事実に感動さえ覚える蒼野。
しかしそんな彼に対し、更なる驚きが襲い掛かる。
「どうやったかは知らんがよくやるものだ。ならばその曲芸染みた動き、もう一度見せてみろ」
当たり前の事であるが粒子さえ残っていれば能力とはいくらでも使う事ができるものである。
それはどれほど強力な能力であろうと変わりなく、神器『アルマテス』も能力の発動に必要なごく少量の粒子さえ残っていれば、何度も発動し、疑似天体や疑似銀河を作成可能なのである。
「神器アルマテスの私情による利用…………まぎれもない違反行為だ。その罪の重さ、その身で思い知れ」
シャロウズが手元に戻っていた神器で大地を小突くのとほぼ同時に、駆けだすデルエスク。
それを前にした彼は疑似天体の作成には不可能であると理解し、空を覆う雷霆を纏った黒雲をエネルギーに変換。
「ううむ。いきなり暗くなったのう。体調がよかったから散歩には最適じゃと思ったんじゃが、残念じゃ」
「「なっ!?」」
そのまま手にしていた神器を投擲しようとするシャロウズだが、その瞬間、彼の耳に声が聞こえてくる。
すると彼はそちらに視線を向け、確認できた存在を前にしてこれまでにないほど狼狽え、クライシス・デルエスクも声のした方角を確認し驚愕の表情を浮かべる。
「ま・に・あ・え!!」
シャロウズが持ち手から離していた槍の柄を人差し指と中指で挟み、投擲の瞬間までの時間を稼ぎ、
「こうなれば致し方あるまい」
それにより僅かではあるが時間を得たクライシス・デルエスクがそう呟くと、右手に持っていた剣を投げ捨て、地面に手を置く。
「乖離の壁群!」
男の叫びに呼応するように真っ白な壁が対峙する両者の間に現れる。
「あれは!」
「また神器か!」
シャロウズの背後に控える蒼野が、現れた障壁の正体に気が付き再び声をあげる。
それとほぼ同じタイミングで投擲までの時間を稼いでいたシャロウズが攻撃の矛先をずらし、黒い光でその身を染めた白金の槍が、現れた壁へと不自然な角度へ衝突。
「!?」
先程と比べ激減した威力と、誤った角度の衝突により二つの神器はこれまでにないほど長いあいだ膠着状態を続け、
「ふっ!」
その間にクライシス・デルエスクが大地を隆起させるとその軌道を明後日の方角へと変更させ、立ちふさがった障壁を破壊したかと思えば空の彼方へと姿を消していた。
「すっげぇ……」
その言葉が誰の口から漏れたのかはわからない。
だが伝説とまで言われる神器壊しの瞬間を目にすればその感想は至って普通のものであり、口に出す出さないの違いはあれど全員が砕け散った神器の名残に目を奪われていた。
「はっ! いやそれより! あの二人はどうなった!」
目の前の光景に心奪われる一行。
最初に目を覚ました積がそう口にすると順次意識を取り戻し、シャロウズが目の前にいないことを理解。
どこに行ったのかと思い周囲を見回していると、壁の向こうでうずくまっているのを確認し全員が急いで近寄った。
「シャロウズさん!」
まさかやられてしまったのか?
そう考え切羽詰まった声をあげる康太だが、よく見てみるとうずくまっているのではなく片膝をつき臣下の礼を行っているのであり、その横では同じ姿でクライシス・デルエスクがいることにも気が付いた。
「一体…………なにが?」
「蒼野見て!」
思わぬ光景に唖然とする蒼野だが、そんな彼の袖を引っ張った優が指差した先には、先程目にした老人の姿があり、二人は彼に向けて礼をしていることがわかる。
「いやいや。そうかしこまらなくてもよい。顔を上げてくれ」
「いえ……しかし」
「現人神であるあなたの前で見るに堪えない姿を見せ、我々二人にはあげる頭がございません」
驚くべき光景を前に一瞬何も考えられないでいた蒼野であったが、賢教において比類する者がいないとされる実力者二人が頭を垂れる人物など一人しかいないと理解。
「アビスさんアビスさん……つかぬことをお聞きするが今二人が頭を垂れているのはもしかして……」
「あ、はい。先程私を慰めてくださったのは賢教の指導者。『教皇』アヴァ・ゴーント様です」
恐る恐るといった様子で積が少女に尋ねると、思った通りの返事が返され彼らは全身から脂汗を流し始めた。
「うぐっ!?」
そして蒼野は、心臓に対する負荷によりうずくまった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
世界最強格の実力披露回。
今回の話で出て来た疑似銀河に関しての捕捉ですが、
時間をかければかけるだけ、本物の銀河に近づきます。
時間にして十秒ほどかければ、本物の銀河と同じだけの出力が出せますが、まあ仕掛けが大げさなので、間違いなくそれまでの間に阻止されます。なお、今回は八秒ほどの溜め時間です。
あとクライシス・デルエスクが使った神器『阿曽儀楼壁』は
単純に無限に近い数の壁を生成するというものです。
出現するスピードが凄まじいため、守りに使うのはもちろんの事、足場として利用したり、
挟む・叩くなど、攻撃にも使えます
それではまた明日、ぜひご覧ください




