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其れは間違いなく困難な壁であり 二頁目


「えっと………………冗談です、よね?」

「いや冗談ではないさ」


 目の前の男が口にした内容を恐る恐る聞き返す蒼野は、彼が何の迷いもなく言いきった姿を前にして、康太と比べ一歩遅れ、シャロウズ・フォンデュという人間がアル・スペンディオと同類の親馬鹿である事を理解。


「……まあ殺すのは本当に危ない人間。マフィアだったり危険な犯罪者の場合だ。私も熱くなりすぎた。すまないね」


 その返事に対する子供たちの様子があまりに怯えていたため、彼は自身が熱くなりすぎたことを認識し頭を下げながら謝罪した。


「しかし娘を愛している気持ちは本物だ。危ない存在でないとしても、娘に見合っていない存在であると考えれば、やはり私は受け入れられないと思う」

「ちなみにシャロウズさんがその……認める条件ってのはどのようなもので?」


 すると怯えた気持ちこそあれど好奇心も胸に抱いていた積が少々上ずった声でそう尋ねると、シャロウズは腕を組み、初めて思い悩んだ姿を子供たちに見せる。


「そうだな……基本的には性格に問題がなく、愛し合っているのならば問題はないかな」

「そ、そこら辺の感覚は一般的なんですね!」

「感覚?」

「あ、いや……なんでもないです」


 すると彼は頭の中でまとめた考えを口に出し、その内容が想定よりも一般的なものであり蒼野や康太が胸を撫で下ろすが、


「ただやはり求めるのは力だな。どのような危機が迫っても絶対に娘を守れる程の力。二大宗教が睨み合い命の価値が軽いこんな世の中だ。その点は重要だ」

「ち、ちなみにどの程度の力をお望みで?」

「そうだな……やはり私を倒せるほどの力を求めたいな。それほどの強さならば娘との交際を認めてやらんこともない」

「……………………世界最強格より強い力ですか?」

「そうだ」

「ええ~」


 返された答えを聞き、積は思わず息を漏らした。

 すると優と蒼野が康太の事が気になり視線を向けるが、シャロウズからは見えない角度で俯いていた彼は、口から魂を垂れ流し、燃え尽きて真っ白になったかのような姿に変化していた。


「パパの…………」

「ん?」

「…………」


 康太に注目していた蒼野と優そして積は気が付かなかったが、腕を組んだまま状況を見守っていたゼオスとシャロウズだけは、アビスが震えた声を出している事に気が付き視線を向ける。


「あ、アビス?」


 肩を震わせ怒気を放っている娘の姿を目にして慌てた様子を見せる世界最強格。

 彼は恐る恐るといった手つきで娘の肩を優しく掴もうとするのだが、指先が肩に触れた瞬間、彼女は勢いよくそれを払いのけた。


「パパのバカ! 私言ったよね! それ以上言わないでって! それなのにどうして喋っちゃうの!」

「いやこれは質問されたから答えただけで…………」


 激情をそのままぶつけてくる娘の姿にシャロウズが困惑し、賢教最強の男とは思えないほど狼狽え彼女を説得しようと足掻くのだが、


「もういい! パパなんて大っ嫌い!」

「んな!?」


 それを耳にした彼女は大粒の涙を流しながら椅子を勢い良く引き立ち上がり、顔に手をやったまま部屋から出て行く。


「しゃ、シャロウズさん! これまずいんじゃないですか!」

「…………」

「し、死んでる……」


 全身を康太同様真っ白にして白目を剥き、泡を吐く姿を目にして積がそう呟く。

 無論彼らはこんな事で世界最強の一角が死ぬなど思ってもいないのだが、全身から生気が失われ涙を流し続けるその姿は、その肩書きにふさわしくない、この上なく情けないものであった。


「ちょ、クソ猿起きなさい! アビスちゃんが部屋を飛びだしちゃったわよ! 良く分かんないけど、これってまずいんじゃないの?」

「そ、そうだ。確かにそうだ! テメェに諭されるのは癪だがまずは彼女に追いついて落ち着いてもらおう。蒼野、場所は探れるか?」

「もうしてる。行くぞ!」


 動かぬシャロウズはひとまず置いておき、蒼野達は急いで部屋を出る。するとゼオスだけが先頭を走る蒼野とは別の方角へと走っていき、それを見た蒼野が足を止める。


「どこ行くんだよゼオス!」

「……部屋を出たらゴロレム・ヒュースベルトに会う約束だっただろう。そもそも、ここは奴やアビス・フォンデュ抜きで歩くには危険な場所のはずだ。ならば後付けにはなるが、自由に動き回れる許可を貰うべきだろう。貴様らが追っている間に、俺が奴を呼んでおく」

「なるほど理に適ってるな! あの二人抜きに歩いて、誰かに声をかけられたら即処刑とかやってられないもんな! よし行って来いゼオス。てかぜひ行ってくださいお願いします!」


 ゼオスの提案は確かにありえる事であり、最悪の未来を想定した積が震えた声でそう告げ、彼らは二手に分かれ行動開始。


「あ! いた!」

「ど、どこだ!? どこだ蒼野!?」


 部屋から飛びだした彼らが、アビス・フォンデュを見つけるのに大した時間はかからなかった。

 蒼野が城内に自らの風属性粒子を撒いたことで見知った少女の輪郭を捉える事ができたため、二つ下の階層にいる事はすぐにわかったからだ。


「あの角を曲がってすぐに庭園に出れる道があって、そこで丸まってるっぽい」

「うし、ならすぐにいくぞ」

「あ、ちょっと待ってくれ康太! ただ一人だけじゃなくてな、もう一人誰かいるみたいだ!」

「そりゃ……庭園だから他に誰かいたっておかしくないだろ?」

「そういう事じゃなくてだ、誰かがアビスさんに話しかけてる」

「そうかい。だがやる事はかわらねぇよ!」


 警戒しておいてくれと言いたい蒼野の気持ちはしっかりと理解できるのだが、だからといってここで静観しているという選択肢は康太にはない。

 康太が先頭に立ち優と積が横並びで付いて行き、最後尾を蒼野と戻って来たゼオスが守る形で角を曲がり、芝生が敷かれ様々な花が飢えてある花壇と木でできたベンチがある庭園に足を踏み入れる。


「アビスちゃんに……老人?」


 優が口にした通りその場にいたのは一人の老人であった。

 金の刺繍がされた白いローブに身を包み、銀色の立派な髭と髪を蓄えた老眼鏡を掛けたその人物は、目を真っ赤にしながら何かを話し続ける少女の側で片膝をつき、静かに彼女を見守っていた。


「おや? アビス君。彼らは君の話に出てきたお友達ではないかい?」

「え、あ………………みなさん」

「いきなり飛び出たから驚いた。その……大丈夫か?」

「ええ、みなさんご迷惑をおかけしてすいません」


 先頭を走る康太が芝生の上を駆け彼女の側に近づくと、少女は恭しく礼をする。


「調子は――――」

「大丈夫そうね」


 目元が赤いのは変わらないが呼吸は正常、表情にも余裕があり、康太の背後からそれを確認した積と優が他には聞こえぬよう小声で確認。


「どなたか存じ上げませんがありがとうございました」

「よいよい。ここで日光浴を行なっていたら見知った顔が見えたのでな。何やら取り乱している様子じゃったので、話を聞いただけじゃよ」


 康太が心配そうに彼女を見守る側を蒼野が横切り老人に話かけ、老人は穏やかな声色でそう告げた。


「さーて、じゃあまずはお父さんに謝りに行こうぜ。あのまま放っておいたらシャロウズさんは餓死するんじゃないかって状態になってたしな」

「ええ、そうですわね」


 積がおちゃらけた様子で伝えると、アビスもクスリと笑いながら歩き始め、それを見た康太が見惚れて一瞬硬直するも優に頭を叩かれ正気に戻りついていく。


「あの……ありがとうございました。き……」

「ゴホッ。ゴホッゴホッ!」


 振り返りお礼をするアビス。

 老人は静かに手を振りそれを見送るが、彼らが中庭に出る直前に咳込み始め、その声を聞いた蒼野が背後を確認すると、急いで彼の元まで戻っていく。


「大丈夫ですか? 淡でも詰まりましたか?」


 そう聞いている間にも老人の苦しそうな咳は続き、背中を擦るが止まる気配は一向にない。


「…………時間回帰」


 自らの能力は敵地ではそう無闇に使うべきではない。

 そう言われてはいるが友人であるアビスを落ち着かせてくれた手前放ってもおけず、そもそも困った人達を見捨てる事ができない蒼野は、老人の時間を五分逆向。


「おや? 咳が止んだ?」

「大丈夫ですか。お昼のおやつに喉に残るものでも食べましたか?」

「う……ん。まあそんなところじゃ」

「そうですか。お気をつけて」


 老人の咳が和らいだのを確認すると蒼野が胸を値で下ろしながらそう伝え、中庭の出入り口で待つ仲間の元へと戻っていく。


「ふむ珍しい。彼の能力かの?」


 老人と彼らが話をしたのは、ほんの一分ほどのことで、蒼野が戻って老人の咳を止めたのはほんの十秒ほどの短い時間の事だ。

 しかしこの短い時間が、彼らの明暗を分けることとなるのだ。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


親バカ二話目。そして意味ありげな老人登場。

今回の物語は結構後々に繋がる伏線も多いのですが、今回のはそう言うのがないのであっさりめ


また明日も更新するので、ぜひご覧ください


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