古賀蒼野VSヒュンレイ・ノースパス
『では、始めましょうか。これ以降は摸擬戦終了時までスピーカーは使わないので、電源を落としてください』
康太と優が観覧席に入ったのを確認し、ヒュンレイがそう宣言すると同時に空間が変化。
二人がいる空間が、大小様々な建物に蜘蛛のように張り巡らさられたコンクリートの道と塀で形成された住宅街へと変化。
一軒家やビルが並び、高低差もあるため、先を見通しにくいのがこのフィールドの特徴だ。
これに加え蒼野の力を十全に発揮させるため、フィールド全域に強風が吹いており、風属性粒子として使うことが可能な蒼野にとっては有利になる条件も加えられている。
「了解です。よろしくお願いします」
耳に付けたスピーカーから聞こえてくる開始の宣言を聞き、電源を切る。
それから風の属性粒子を強風に混ぜ、瞬く間にヒュンレイの位置を探りだす。
「いた!」
この場所から直線距離でおよそ二百メートル、十字交差点のど真ん中に立っている事をすぐに理解し動きだす蒼野。
「さて、ヒュンレイさんはどの程度の実力なのかなっと!」
ヒュンレイからすれば新しく入ってきた二人を見極める試験となる今回の摸擬戦だが、蒼野達からしても今回の摸擬戦は重要な意味を持っていた。
なにせこれから自分たちが働く武闘派ギルドの上司となる人物。そして優が上司と仰ぐほどの者なのだ。
どれほどの存在であるか、自分の目で判断したい気持ちはどうしても存在しており、それがこれほど早いタイミングで行えた事は幸運だった。
「よっと!」
ヒュンレイの姿が視界に入るのと同時に、風刃をまっすぐに飛ばす。
「風刃・襲牙」
それからすぐに壁に別の風の刃を打ちこむと、刃はコンクリートの壁の中を走り、ヒュンレイの元へと勢いよく向かって行く。
「来ましたか」
最初に撃ちだした風の刃がヒュンレイから見ておよそ2メートルの位置にまで近づいた瞬間、ヒュンレイがその存在を察知し足元から氷の壁を出現させそれを容易く防御。
「氷の壁かった!?」
鉄の壁に爪楊枝が衝突したかのような勢いで明後日の方角へと弾き飛ばされた風の刃を空から目にして、蒼野が声をあげる。
「流石にそう簡単にはいかねぇか。けど、もう一方はどうだ!」
だが蒼野に取って一撃目は囮で本命の一撃は次だ。
最初の一撃と違い、もう一方は壁に隠れて進んでいるため、威力はともかくまっすぐに進んでくる斬撃と比べ更に見えにくい。
それが真横まで迫った瞬間突然現れるのだ。これならばペイントボールを一つくらい割れるのではと蒼野は考えていた。
「むっ、そこですね」
「あちゃあ……防がれたか。ってあれ?」
のだが、その一撃をヒュンレイはいとも容易く防いで見せたのを蒼野は空から確認。
その様子を見た蒼野は流石は優の上司であると感心するが、その時ふとした違和感を覚える。
「あの棍棒、いつの間に出したんだ?」
最初に蒼野が視認したヒュンレイは両手に何も持っていない状態であった。
しかし今の彼は、右手に肘から手首程度の長さの小さな棍棒を構えており、それを使って蒼野の撃ちだした風の刃を叩き落としていた。
その棍棒を出す瞬間を、蒼野は確認していないのだ。
「ふむ。あの辺りでしょうか?」
風の刃が這っていたコンクリートの壁にそっと触れ、氷属性の粒子を流す。
するとコンクリートの壁から蒼野のいる方角へと無数の氷柱が伸びて行き、空にいる蒼野の足元まで伸びていく。
「そこですね」
蒼野に浮かぶ蒼野の位置を捉えたと同時に、強く地面を踏むヒュンレイ。
「おいおいなんだこりゃ!?」
部屋の天井付近にある観覧席から覗いていた康太が、思わず声をあげた。
ヒュンレイが一度強く地面を踏んだ瞬間に現れたもの、それは拡大された訓練室の天井まで伸びるほど巨大な氷山で、空に浮かんでヒュンレイの様子を伺っていた蒼野を、瞬き程の間に呑みこんだ。
これが摸擬戦ではなく命を賭けた殺し合いならば、並の者ならば一瞬で葬れるほどの威力だ。
「あら、初見であれに対応したのね!」
が、蒼野はそこまで弱い戦士ではない。
右肩と右膝に付けたペイントボールを破壊されながらも身を翻し、何とか躱すと一気にヒュンレイに肉薄。
「行きます!」
「ええ、どうぞ」
蒼野とヒュンレイの視線が重なり、掛け声を発し剣を打ちこむ。
風属性の特性である軽量化をフルに活かし、重さよりも手数に特化した蒼野の斬撃は、これもまた並の物ならば耐えきれない程の猛攻である。
が、ヒュンレイ・ノースパスという男はその範疇を大きく逸脱している。
蒼野の連撃を全て持っていた小さな棍棒で捌ききり、空いた左手で小さな氷の球を作りだし、親指で撃ち出し蒼野の右足を撃ち抜く。
「ぐっ!」
その威力は、蒼野の想像を超えるものであった。
最初の氷山の衝突で重くなっていた右半身はその一撃に受け耐えきれず、蒼野は姿勢を崩し片膝をつく。
「そこです」
すぐに風属性粒子を右半身に流し立ち上がろうとする蒼野であるが、それよりも早くヒュンレイが地面から生やした氷柱が蒼野の額と左肩、それに左膝を貫き、蒼野のペイントボールは瞬く間になくなった。
『ゲームセット! 勝者赤サイド。五分後に、第二ゲームに移行します!』
そうして鳴り響いた電子音が勝負の終わりを告げ、それを聞き観覧席が下へと降り、強風が止む。
「蒼野!」
「康太か。すごい強さだな。正直歯が立たなかった」
小走りで近づいて来る康太に対し朗らかな表情でそう伝える蒼野。
「あ、でもこれって、もしかしてあんまりにもひどい結果を出したら受け入れ拒否とかある感じなんですか。それだけはやめていただきたいんですけど!」
しかしすぐにこの摸擬戦の目的が自分たちの実力判定である事を思い出し、危機感を感じ顔を青くしながらそう伝えるが、ヒュンレイは穏やかな笑みを浮かべそれを否定した。
「いいえ。優がスカウトした人物です。その時点で資格はあると思っていますよ。それに、最初の氷山を受けて5つ割られなかった時点で十分な見込みありです。最初の奇襲で呑まれて、それでおしまいなんて事のほうがよっぽど多いですから」
そうは言いながらも、ヒュンレイには多少ではあるが落胆の気持ちがあった。
尾羽優は優秀な部下だ。
善とヒュンレイが鍛えた彼女は並大抵の戦士ならば片手であしらえる程の強さを備えており、そんな彼女が性格だけでなく強さという面でも太鼓判を押した二人であったのだ。
一般的な兵士と比べれば十分に強いのは確かなのだが、彼としてはもう一段上を望んでいたのが本音であった。
「さて、この5分間は先程の戦いの復習です。それと、ステージチェンジと初期位置設定の権利は敗者側に与えられるので、それもよく考えてください」
とはいえ、十分な強さを備えているのは確かだ。
加えて、エンジンが掛かるのが遅いタイプや、初見よりも二度目以降の戦いのほうが強いタイプの戦士も数多く存在する。
それらの可能性に希望を抱きながらヒュンレイは待合室の方へと歩き始め、その背後では蒼野と康太が何らかの話をし始め、
「時間です。では、第二戦に映りましょう」
そして彼の想定を覆す二戦目が始まろうとしていた。
「二戦目のフィールドは…………峡谷ですか」
ヒュンレイと蒼野が摸擬戦を行う二戦目のフィールドは縦に長く、障害物が多いためまっすぐな道が極端に少ない川を挟んだ巨大な渓谷であった。
天候の設定はと言えば先程同様狂強風であるのだが、先程と比べても風に逃げ道がないためその勢いは凄勢いを増していた。
「初期転送位置は…………先程同様見えませんか」
障害物が多いため何とも言えないところではあったが、少なくとも視認できる距離には蒼野の姿は見えず、勢いの激しい川の中にある巨岩の一つに転送されたヒュンレイは顎に手を置き僅かな間だが思案に暮れる。
「とりあえず止めておきますか」
それからすぐに巨岩から飛び降り、足場を確保するため川を凍らせようと考えるヒュンレイ。
「そこだ!」
そのタイミングを待っていたという様子で、水中に身をひそめていた蒼野が飛び出てヒュンレイに対し風の斬撃の連撃。
「!」
咄嗟の事ながらもしっかりと反応したヒュンレイではあるが、それでも五ヶ所に向け放たれる攻撃全てを完全に不意を突かれた状態で受けきることはできず、左膝のペイントボールが割れ、赤い液体が服に飛び散った。
「やっぱ最初に足場を固めに来ましたね!」
「これは一本取られましたね」
穏やかな笑みで言葉を返しながらも、まさか転送位置を水の中にいじっているとは思ってもいなかったため、ヒュンレイは素直に蒼野を賞賛。
加えてさっきまで足をつけていた巨岩が破壊され、二人は風属性の独壇場たりえる空中に移動。
「ふむ」
足の裏から氷の柱を出し、足場を作ろうとするヒュンレイを、自由自在に飛びまわる蒼野が翻弄する。
「一勝、貰っときますよ!」
声をあげ、不安定な足取りのヒュンレイを追い込む蒼野。
「いえ、残念ながらこの程度では勝ちを譲れませんね」
その思惑をヒュンレイは否定。
蒼野が瞬きせずにしっかり見ていたにもかかわらず、先程同様細長い棍棒を取り出し、蒼野を振り払う。
「ま、だだ!」
そうして距離を取られ足場を形成しようとするヒュンレイを前に、蒼野は僅かに距離を離されながらも圧縮した風の塊を撃ちだし、ヒュンレイの左脚全体に何度も衝撃を与えた。
「ふむ。この戦いの肝をしっかりと理解している。いいですね」
この戦いは相手の体についているペイントボールを全て破壊することがルールの摸擬戦だが、重要な事はどうやってその状況まで持っていくかだ。
勝利条件こそ5つのペイントボールの破壊となっているこの摸擬戦だが、開幕からそれを狙った行動というのは恐らく5戦のうち良くて一回しかできないほど難しい。
万全の相手のペイントボールを割るというのは、それだけの難易度なのだ。
だからこそ難しいペイントボールの直接破壊に固執するよりも、相手の抵抗力を奪い、一分以内に打倒することのほうがよいとされている。
「とはいえ、そう易々と負けるつもりはありません」
だがそれは、ペイントボールの破壊と比べた場合の難易度の話だ。テストされる側が勝つのは、それを理解していてもなお難しい。
この摸擬戦の意味合いは力量の調査。
つまりそれがしやすいよう、一発逆転の目が作りにくく、力量差がある場合、強者がそれより下の者の観察が行いやすいように設計されている。
だからこそヒュンレイは蒼野に付き合うことなく、守りの姿勢を固め一分二分と時間を稼ぎ、蒼野が放つ攻撃一つ一つを観察していく。
「いい腕ですね。ジコンの住民がよく鍛えられているというのは本当の事らしい」
二大宗教の一般兵と比べても頭一つ二つ抜きん出るほどの属性粒子の操作や近接戦闘の能力。加えて冷静な判断力。
それを齢16でやってしまっているとなれば、優の推薦した人物は確かに稀有な才能の持ち主だ。
「風刃・斬雨!」
「むっ!」
少年の掛け声に合わせ降り注いだ十数本の細長い風の刃のうち数本が、ヒュンレイの体に衝更し全身に掛かる重さを付与する。
それによりヒュンレイは空中で姿勢を保つことができず、重力に従い勢いの強い川へと向け落下。
「もらった!」
制空権を完全に抑えた蒼野が、勝機を見出しヒュンレイへと喰らい掛かる。
「いいえ。残念ながら、貴方が釣られたのです」
しかしそうした時点で、蒼野は完全にヒュンレイに術中に嵌っていた。
一直線に向かって行く蒼野。
そんな彼に対し体勢が崩れたままのヒュンレイは氷の塊を5つ作り、蒼野が反応するよりも早く5ヶ所に設置されているペイントボールに向け一戦目同様に発射。
「い!?」
予期していなかった反撃を前にして蒼野が裏返った声をあげ、真下へと向け落ちて行っていた進行方向を無理矢理変更。しかし全段回避は間に合わないと瞬時に判断しその場で剣を構える。
「こなくそ!」
風を纏った剣で襲い掛かる氷の球を弾き返すが、それでもペイントボールが三つ割れる。
「これで第二戦も終わりですね」
加えて、急降下をしていた蒼野が空中で静止した場所は、ヒュンレイの完全な射程圏内であった。
故に持っていた棍棒で残るペイントボールに狙いを定め、
「小人の瞬突」
蒼野の動体視力では決して捉えられない速度の突きが、続けざまに放たれ残るペイントボールへと襲い掛かる。
「っ!」
とはいえ、自分に対し知覚できないほどの勢いで危険が迫ること程度ならば蒼野でも充分に理解できる。
だから彼は自分の前面を覆うように巨大な半透明の丸時計を展開。
「こ、これは!?」
それに触れた瞬間、ヒュンレイ・ノースパスは激しく動揺する。
ヒュンレイの体が本人の意思に反し一切動かないのだ。
それから数秒して動きだしたかと思えば先程の重力の増加によってバランスを崩した瞬間まで巻き戻される。
「時間の逆行か!」
たった一度受けただけで、全てを察したヒュンレイだがその驚きは大きい。
時間を操る能力というのはいくつか存在する。
物によって範囲や戻せる時間は大きく違うが、例外なく当て嵌る特徴として実際に行動に移すまでかなりの時間を要するというデメリットがある。
広範囲に効果を与えるものはもちろんの事、人一人の時間を一分戻すだけでも、数秒はかかる。
だが今目の前の少年は何の前準備もなく、瞬時に能力を展開し彼の時間を戻したのだ。
紛れもない『希少能力』。それも得難き力だ。
そう思いながらヒュンレイが視線を蒼野を勧誘した少女へと向けると、彼女は腕を組み勝ち誇ったかのような表情で彼を見つめており、それを見たヒュンレイは納得した。
確かに、彼は手放すには惜しい人材だ。
そう思案し柔らかな笑みを浮かべたところで、ヒュンレイが体勢を整えるまでもなく、残ったペイントボール全てが割られた。
ご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で摸擬戦一回戦、蒼野VSヒュンレイです。
個人的には綺麗にまとまったので満足。
次回は康太VS優の予定です。




