古賀康太と仲間達、賢教に行く
「この情報が指し示す意味までは分からねぇ。ただこれが二つの意味を持つことは分かる」
「二つの意味?」
一夜が明け、朝食を摂り終えた後、蒼野がゼオスと共に善が仕事をする事務室に訪れる。
彼らを呼びだした善が説明を始めたのは、先日夜に送られてきたゲゼル・グレアの残した遺産、神器『星の刃』(アロンガスト)についてだ。
「まあそう難しい話じゃねぇよ。一つは昨日ちょうどお前らに話してた『卒業祝い』にあたる品だってことだ」
「卒業祝いって……まさか神器がですか?」
淡々と説明する善の言葉を黙って聞いていた蒼野であるが、その内容が信じられないとでも言いたげな様子で聞き返す。
「……神器を卒業祝いで手放すなど、狂気の沙汰だぞ。原口善、貴様正気か?」
「ああ正気だ。信じられねぇ気持ちも理解できるが、こいつは間違いなく卒業祝いの品だ」
無論ゼオスからしても善の答えは信じられないものであり、遠慮することなく言い返すのだが、善の答えは変わらず、これは卒業祝いだと言いきった。
「もう少し説明するとな、そう思った理由は俺や聖野が修行を終えた時に渡したものと同様の木箱に入ってたからだ。丁寧に包装されてたってのもその時と同じだしな。間違いねぇよ。
それに加えてだ、ゲゼルの爺さんは大分前からこいつは使わずに『天の剣』一本で戦ってたからな。
もう必要ないってことで渡したと考えるのなら、まあ百歩…………いや千歩譲ってギリギリ理解できる」
そんな理由で渡すわけがない
蒼野が胸中でそう反論をするとどうやら口にした善からしても半信半疑のようで、腕を組み気難しい顔をしていた。
「問題なのは送られてきたときに一緒についてきた紙だ。これの意味については一晩考えたんだが、恐らく『宿題』なんだろうさ」
「…………宿題だと?」
続いて語る内容に関してはある程度確信を持てるようで、紙の端を持ちヒラヒラと弄る姿を前にゼオスがその真意を尋ねる。
「答えがわからんから意味については語れねぇがそうとしか思えねぇ。一言で言うなら、この暗号を解けってことだろ」
そしておそらくその答えこそが、ゲゼル・グレアが蒼野とゼオスの二人にこの神器を送ってきた理由であると彼は考える。
「すまん善さん。そろそろ時間なんだが、まだ掛かりそうか? なんなら二人はおいていくが?」
「おいおい、エルレインに行ける機会なんてこれを逃したら一生ない可能性だってあるんだぞ。善さん!」
それから自身の頭の中で描いた様々な考察を語るべきかと考えた善だが、彼らの会話の中に康太の大声が割って入り、彼らの意識が別の事態に向けられる。
「そうだな。これの意味を解く必要があるにしても、今すぐ取りかからなけりゃ手遅れになるって代物でもねぇはずだ。時間に遅れないうちに行ってこい」
「了解!」
「っと、忘れるところだった。とりあえずこいつはお前に渡しておく。今のところはそれが一番いいはずだからな」
「……使い手ではない神器を持っていたところで大した意味はないと思うが」
「持ってるだけで能力の無効化は発動するんだ。持っておいて損はないだろ」
「……それもそうだか」
これまで語った様々な内容は現状完全な推測でしかなく、それを裏付ける証拠はない。
なので今現在それを手元に置いておく必要はないと判断し、康太と蒼野の後を追おうと歩き出すゼオスに神器を渡す。
「『星の刃』……爺さんの死と同時に消えたものと思ったが……今更出て来るとはな。たく、面倒な事をしてくれるぜ」
しばらくすると部屋の中に滞在していた慌ただしい空気が消失し、誰もいなくなったことを確認した善が深々と息を吐く。
『星の刃』(アロンガスト)は二人の卒業祝いとして送られてきたものだ。この点については確信を持って言いきれるため死んだ彼の意に沿って神器は蒼野に渡しておいた。
一緒についてきた『懐刀は牙に還る』という文章は恐らく暗号の類であり、意味が分からない蒼野やゼオスならばギルドの面々に聞くことも想定していたはずだ。
つまりこれは彼ら二人だけではない。善や他の面々も含めたギルド『ウォーグレン』に対する『宿題』、いや『挑戦状』であると彼は認識していた。
「天国で見てろよ爺さん。あんたが俺達に送った残した最後の『依頼』、必ず解いてやるぜ」
明確な意思を口に出し、亡き師匠に誓う善。
答えはどれほど先にあるのかはわからなかったが、それでもこの問題に最後まで取り組むことは決めていた。
「分かってることを書きだしてみるか」
そうしてやることを決めれば次は確認だ。彼はさして時間を取らずとも片付けられると認識している書類の束を脇に置くと、机に置いてあったペンとメモ用紙を取り出し、現状わかっている事と推測を分けてまとめ始める。
確定要素
・神器が送られてきたのは蒼野とゼオス宛て
・送られてきたのは死んでから一月以上経った昨日。
・宿題の内容『懐刀は牙に還る』
推測
・一つ目の蒼野とゼオス宛てという点に関しては、卒業祝いという名目であるが、これほどのものならばイグドラシルやアイビス・フォーカスに渡すべきであったはず。つまり彼らには渡したくなかった可能性がある。
・昨日届いたとされる理由は大きく二つ。一つは完全な偶然。もう一つは蒼野とゼオスが『天の剣』を抜くタイミングに合わせたため。何らかの意図を感じられる後者だが、その場合の理由は不明。
・宿題の内容に関しては、『懐刀』の部分は恐らく『星の刃』そのものを示している。刃渡り三十センチほどのこの小刀は、主戦力を『天の剣』においていた師のサブウェポン……すなわち『懐刀』に当たるものと考えられる。
問題は後者の『牙に還る』部分であり、この点が理解できない。恐らく情報不足が原因である。
「……わざとわかりにくい暗号にしたのか?」
推測の一つであるイグドラシルやアイビス・フォーカスにとられたくないという点を正解と考えた場合、暗号にしたのはその対策の一環ではないかふと思う。もし取られたとしても、その本当の意図までは知られないような対策ではないかと思ったのだ。
だとすれば、この情報量の少なさも理解できる。
恐らくはよっぽど頭を捻らなければわからない謎が含まれているはずなのだ。
「まあこんなところか」
とはいえ、情報がすくないためこれ以上先に進めることができないことも確かであり、自分一人で何の手がかりもなく進める事は不可能であると理解し切り上げる。
「こんな時あいつがいればな…………」
すると目前に迫った謎を前にしてらしくもない言葉が口から漏れるが、すぐに頭から払いのけるように頭を左右に振り続ける。
「…………そういえば、爺さんの手からはかなり前に離れたはずだよな『星の刃』。のわりには『天の剣』と違ってずいぶんきれいだったが……いったいどういう事だありゃ」
と同時にそのような考えが脳裏に浮かんだのが、それが死んだ友からの天啓であるかどうかは誰にもわからない。
とはいえこれも確定要素の一つであるためメモ帳に記入しておき、彼は山のように積まれた事務仕事に戻った。
「たくっ、話があるのは結構だが、もう少し余裕がある時にして欲しいもんだ。この機会を逃したら、いかにお前といえどブチ切れてたぞ」
「ご、ごめん」
「……俺の場合どうしていた」
「………………どうだろうな。冗談抜きで四肢を撃ち抜くかもしれん」
「……過激だな」
「いや撃ち殺されなかっただけましかもしれないぞゼオス」
善の部屋を出た三人が早足で歩き、常日頃から使っているギルド専用の転送装置の場所にまで移動。
「お、来た来た。もうあと五分ほどしかないぞ。早速行こうぜ」
その先で既に待っていた積と優が三人を手招きし蒼野とゼオスが乗ると、電話で伝えられた一回限り使用可能なパスワードを康太が入力する。
「来い康太。お前が乗り遅れて来れないとか、本末転倒だぞ」
「わかってるって」
転送装置の下からこれまで見たことのない真っ白な光が溢れ、五人の体を包みこむ。
その僅か一秒後、五人全員の体を浮遊感が襲い彼らは少々気分を悪くして目を閉じるが、再び目を開けた時、四方八方が霧に覆われた空間に出る。
「ここが」
その後康太が一歩前に歩くと目の前の霧が張れ、そこには見知った二人の姿があった。
「ようこそ諸君。歓迎するよ」
転送装置の中から現れた五人の姿を確認し、アビスより一歩前に出ていたゴロレム・ヒュースベルトが恭しく礼をする。
それを見た五人が慌ただしい様子で同じようにお辞儀をすると、背後にいたアビスが柔らかな笑みを浮かべ康太の手を引き前へ進むと周囲の霧全てが霧散し、そうして彼らは到着した。
世界を掌握する最大組織の一角である賢教
その総本山にして最大の都市、首都『エルレイン』が彼らの眼前に広がっていた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて今回からは賢教首都エルレインに突入。
前回から続く日常回です。お楽しみに。
神器の謎に関しては、ゲゼル・グレアの色々な考えが混ざったものとなっています。
正直今の時点で答えに辿り着くのは不可能ですが、今の時点で開示できる大きな問題もあります
それではまた明日、ぜひご覧ください




