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空に太陽 地に営み 童には思い出を 二頁目


「おっちゃんおっちゃん。看板におすすめって書いてあるトロピカルフルーツ味ってのを一つ」

「あいよ。シナモンチュロスもおすすめだけどどうだい。セット価格になるよ」

「あーじゃあそれも一つ」


 砂浜から少し離れた位置にある僅かにだが行列が作られている店舗の一つで、優が少々億劫げな声を発しながら買い物をする。

 店の前にある看板には様々なフルーツの果汁とソーダを割ったトロピカルフルーツ味のジュースが大々的に宣伝されており、他にもフランクフルトやチュロスがおすすめと書いてある。


「じゃあジュースとチュロスのセットで六百五十円ね」

「はーい」


 蒼野達の側から離れて数分。

 海岸に沿って開いている周囲の出店を見て回っているうちに彼女は幾分か冷静になり、先程の事を思い出し、少々言いすぎたと反省していた。

 古賀蒼野という人間は人並みかそれ以上には相手の事を思いやることができる人間だ。

 康太や積のように人の短所をからかう人間ではなく、ゼオスのようにデリカシーや常識が欠けている人間でもない。

 今回の件であれ普通に聞く分には何ら問題のないものであり、それを聞いた蒼野には一切非がない。


「優、ここにいたのか」

「蒼野」


 だから後で謝らなければならないと彼女は考えるのだが、他の人が相手ならばスッパリと出来るはずの行為が、何故だか蒼野を相手すると考えた瞬間強い抵抗を覚えてしまう。


 どうするべきか、などと考えながら目の前で作られていく商品を眺めるのだが、そんな彼女の元に蒼野がやってくる。

 額から汗を流し肩で息をする様子を見れば、自分を探すためにそこら中を走りまわっていた事がすぐにわかり、罪悪感が全身にのしかかる。


「さっきはごめん!」

「え?」

「考えなしに聞いちゃって悪かった。そうだよな。海に入らない様子から、もっと頭を回すべきだった!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 これは今すぐにでも謝らなければ、そう考えていた優が口を開くよりも早く蒼野は頭を下げており、慌てて蒼野に静止をかける優。


「さっきの事はいいの。むしろあそこで起こるアタシの方に問題があったの!」

「いや、理由はどうあれ怒らせたんなら俺が悪かったんだ」

「そんな事ないって! アタシが怒った理由って自分でもすっごく理不尽だと思うもの!」


 それに反応した蒼野が頭をあげ優が逆に謝ると、蒼野が再び謝礼を口にして、この状況を受け入れがたい優は慌てた様子で言葉を吐きだす。


「……いいわ。これ以上続けても押し問答になるだけだし。謝ってくれてありがと蒼野」


 それでもなお自身が悪いという意志を撤回しない様子の蒼野を見て、彼女は根負けしてその言葉を受け取る。


「それで一つ頼みがあるんだが、いいか?」


 すると蒼野は安堵した表情をして顔を上げるのだが、


「ん? なに?」

「この後俺とチームを組んで、あいつらとビーチバレーをしてくれないか」

「…………」


 それから彼が口にした言葉を聞き、優の胸中に苛立った気持ちが湧きあがる。


 怒る理由がわからないのは仕方がないことではある。それは優だって理解している。

 しかしそれにしても怒らせてすぐならば直近の話題は避けるべきだ。もう一度怒らせてしまう可能性があるからだ。


「………………」


 相手の事を思いやることが可能な蒼野がそのことに気付かず口にしたことが少々気に障った優が、不満げな表情で蒼野を見つめる。


「いや悪い。言葉が足りなかった。場所を移すから今度は優も混じってみんなでビーチバレーをやろう」

「へ? 場所を移す?」


 その変化を察知した蒼野が両手を前に出し慌てて言葉を付け足すと、優の表情が再び変化。意外な言葉を聞いたという様子で目を丸くする。


「ああ。試合する場所を浅瀬から砂浜に変えてもらった。康太とかは渋ったけれど、頭を下げたら渋々だけど折れてくれたよ。後は優が来るだけだ」

「ちょ、アタシ一人のためにそこまでしたの!? なんで?」

「優だけ退屈そうだったからな。そんな姿を見せられたら辛いさ」

「な、なんでアンタが辛くなるのよ」


 蒼野の答えは優思ってもみなかったものであり、怒りの感情は彼方へと飛んで行き聞き返す。


「孤児院にいた時にな、今の優と同じような奴がいたんだ。みんなに混ざって遊びたくても理由があって遊べない奴。そいつが優と同じような表情をしてたことがあって聞いて見たらやっぱりみんなと遊びたかったって言ってた」

「それでアタシもその子と一緒だと?」

「一緒ってことはないだろうが、同じところは幾つかあるとは思ってる。で、そんな奴を俺は放っておけないから、こうやってみんなに場所を変えるように頼んだってわけだ」

「そう……」


 優は自分が水属性を使いである事に関しては別に嫌悪感を抱いてはいない。むしろ感謝している。

 自分の手で人の傷を治せ、命を救える事自体はこの上ない誇りに思っているためだ。


 しかし海や巨大な湖で起こる事件、もっと言うと水中に関する事件に関しては強い嫌悪感を抱いている。


 その理由は明確だ。


 過去に数回、彼女は水害における事件において人を助けられなかった。

 一緒に働いていた人の協力で大事に至らなかったこともあるが、その逆で人を助けられず死なせてしまったこともあった。

 だからこそ本人からすればかなりデリケートな問題であり、その話題を出されれば例え気心が知れた仲の人物といえど苛立ちを募らせてしまうのだが、少なくとも今の蒼野に対して文句を言うのはどれだけみっともないことなのかは彼女自身理解していた。


「へいお嬢ちゃんお待たせ。トロピカルフルーツ味にチュロスだよ!」


 何より、自分勝手な憤りに対して誠意に答えてくれた蒼野に対して怒りの感情は一切湧かず、素直にうれしいと思えた。


「ありがとう」


 その言葉が誰に向けて告げられた言葉か、少女は語らない。

 ただ万感の思いを籠め、短く、小さな声で、そう口にする。


「…………ねぇ、蒼野は本当に悪いと思ってるの?」

「そりゃ、普段は康太以外には滅多に怒らない優が怒るんだ。よっぽどの理由だと思ってるよ」

「そう。ならここのお題を払ってちょうだい。それでチャラよ」

「それだけでいいのか? 十分な給料をもらってるから、その位なら朝飯前だぞ?」


 チュロスを頬張り、優がレジの横に置いてあるつり銭トレイを指差しそう言うと、蒼野はさして文句を言うことなく千円札を店員に渡し、おつりを貰った。


「…………ほんとうに悪、むぐっ!?」

「うーん、やっぱダメね。あたしの心の傷と蒼野の頑張り、ううんお返しが対等には思えないわね」


 それでもなお謝罪の言葉を口にしようとする蒼野の口に優が口を付けたチュロスが突っ込まれ、蒼野の口を塞いでいた。


「……アタシの方こそごめん。アンタが知りもしないことで不用意に怒っちゃって……どうかしてたわ」


 顔を僅かに紅潮させた優が蒼野に謝り、チュロスを頬張ったまま目をパチクリさせ動かない蒼野。


「…………」

「はい終わり! この話題終わり!」


 すると無言の重圧に耐えきれなくなった、持っていたジュースに付いていたストローに口をつけ思いっきり中のジュースを吸いこみ、火照った頭を冷ましていく。


「それより蒼野がわざわざみんなに頼んでビーチバレーの場所を浅瀬から砂浜に変えてくれたんでしょ。なら、思いっきり遊ばなくちゃ!」


 弾むような声で走りだしたかと思えば振り返り様に満面の笑みを見せる優。

 対する蒼野は短い時間で起きた様々な出来事と結果にしばしの間立ち尽くしていたが、彼女が見せた太陽のように明るい笑みを見れば自然と頬は緩み、すぐにでも追いかけようという気になった。


遅くなってしまい申し訳ありません

本日分を更新です


話の内容としては先日までとは打って変わり、日常的な話です。

個人的にはけっこう気に入っているので、皆さまにも楽しんでいただければ嬉しいです


それでは、よければ明日もまたご閲覧ください


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