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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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古賀蒼野と古賀康太、ギルド『ウォーグレン』に行く 三頁目


「待ってたわよ、二人とも」

「私もいるんですけどね」

「ここは?」


 蒼野や康太が入った部屋は、タイル張りの床と壁で四方を囲った以外は何も置いていない部屋であった。

 ただこの部屋は他の部屋とは違い、これまでどの部屋にもあった窓の類がなかった。

 最大の違いは部屋全体の大きさで、これまでの部屋とは比べ物にならない、果ての見えないほどの広さを備えていた。


「何だと思う? 何だと思う?」

「おいおい、俺たちはクイズをしに来たわけじゃないんだぜ。さっさとこの場所について教えろクソ犬」

「…………あーなるほど。分かったかもしれない」


 部屋の明るさに反しどこか閉塞的な空気が漂う部屋全体の中で、康太の声が反響。

 奇妙なのは康太の暴言を受けた優の反応で、これまでならばすぐに暴言で返していたのに対し、今の彼女はニコニコ笑うだけで何の反論もしてこない。

 ただその目にはこれまでよりも明確な敵意が秘められており、それを見て蒼野はこの部屋がどのような用途で使われるのかを理解した。


「おい、そろそろ説明しろ。時間の無駄だ」

「そう騒ぐな康太。答えさえすればそれでいいんだろ。おそらくここは…………訓練室だ」

「訓練室?」

「正解!」


 困惑の声をあげる康太を前に、優が心底嬉しそうな声をあげながら肯定。

 ヒュンレイが入口からリモコンとモニターを取りだすと、小躍りし始めそうな様子の優にそれを渡した。


「蒼野が今言った通り、この部屋は訓練室よ。一人から百人以上が使う事を想定して作られた、キャラバン作成時に一番お金を使ったスペース」


 そう言いながら優が手元の機会を弄り始める。

 すると部屋の至る所にどこに伸びているのかもわからない穴が空き、視認できるほどの大量の粒子が放出。瞬く間に部屋全体に充満し、それに合わせ部屋の形や大きさが変わっていく。


「こいつは…………」

「す、すっげぇ!」


 部屋いっぱいに充満した粒子は瞬く間に地面に付着し、綺麗に切り揃えられた草原へと変化。

 その上で更に木々が現れ、それまで何もなかった部屋は一瞬で森林の一角へと変化。

 彼らが足場としている床も盛り上がり、土を踏んだ感触で地面が沈み、屋内とは思えない自然の一部が部屋に現れた。


「ま、マジか」


 早送り映像でも見るような速度で変化していく部屋の内部を目にして息を呑む康太。


「うっ!」

「いや驚くのはマジで分かるが気絶するな。ここで気絶されたら困るぞ俺は」


 胸を抑え、意識をどこかへと飛ばしかける蒼野であるが、そんな彼の頭を叩き意識を鮮明にする康太であるが、今回ばかりは蒼野が気絶するのも頷けるというものである。

 なにせ彼らの目の前で、何もない空間が大自然へと変化したのだ。

 その驚きは筆舌に尽くしがたい。


「この変化は十数年前に開発された空間記憶を利用したものです」

「空間記憶?」

「はい。優の持っている機会には十数種類の地形の雛形があらかじめ設定されていましてね。ボタンを押すことでその形の模型となるものを訓練室全体に張り、そこに決められた属性の粒子を一定量流し込んでこのフィールドを作りだしているんです」

「な、なるほど。説明されてみるとそこまで難しくないような…………」


 さも当然と言う様子で語るヒュンレイの説明を聞き納得する蒼野だが、隣で聞く康太はそれがどれほど凄まじいことなのかを理解し息を呑む。

 個人の思うままに空間を広げ、なおかつ好きなようにフィールドを弄れる。

 それにどれだけの粒子は必要か、考えるだけでも恐ろしい量になる。


「さ、じゃあさっさと始めましょ」

「あぁ?」


 そうして驚く康太に対し、再び優が敵意を飛ばす。

 それに対し苛立ち半分困惑半分といった様子で答える康太であるが、そんな彼の肩を蒼野が叩いた。


「ほら、ここって話を聞く限り武闘派ギルドだろ」

「? そうだな」

「とするなら、まあもちろん仕事をする上で重要な確認があるじゃないか」

「お前何言って…………!」


 蒼野の言っている話の内容をいまいち呑みこめない康太が疑問を投げかけるが、その途中、自分の背後から何かが襲い掛かってくる事に直感で気が付き、その場で大きく跳躍し後退。

 自らの身に危険襲い掛かると告げられた方角に、康太が顔を向けた。


「いきなり何しやがるテメェ!」


 彼が目にしたのは、先程まで自分がいた場所に向け拳を撃ちこんでいる尾羽優の姿。

 足踏みをしたであろう草原が大きく凹んでおり、その一撃がどれほどの威力であったのかを雄弁に語っていた。


「あら? 不意打ちに対して反応できるかどうかのテストよ。ま、ここまで完璧に避けられるなんて思っちゃいなかったけどね」


 康太に対し突如攻撃を打ちこんだ優はさして悪びれる様子もなくそう告げ、それを聞いた康太の額に幾つかの青筋が立つ。


「そうかい。何をするかよーく分かったぜ。つまりここで、俺たちがどの程度の実力なのかを調べようっていう事だな」

「そゆこと」


 挑発的な笑みを浮かべる優に対し、康太が懐にしまっておいた二丁の拳銃に手をかける康太。


「だけどな、うっかり死んじまっても文句言うなよ犬っころ!」


 そのまま引き金に指を置き、彼女に照準を合わせ、荒い口調でそう宣言を行うと、


「上等! 豆鉄砲程度で、アタシをどうにかできるなんて思わないことね!」


 対する優はそれに対し怖気づくことなく空に浮かぶ康太へと向け跳躍。

 掌から出した水属性粒子を自身の身長以上の大きさを誇る大鎌へと変化させ、一秒後には肉体を貫いているであろう銃弾に対し意識を注ぐ。


「いやいや、落ち着きなさい二人とも」

「げぇっ!」

「これは!」


 そんな二人の間に割って入るのは、その様子を黙って見ていたヒュンレイだ。

 彼が足の裏で地面を小突くと、そこから氷の道が伸びて行き、空中でぶつかり合おうとする優と康太の二人の間に割って入った。


「少し落ち着いてなさい優。康太君の言う通り、このまま君たち二人が戦い合った場合どちらかが大怪我を負う可能性が高い。私としてはそれだけは避けたい」

「っ!?」


 氷の道はただ二人を阻む障害物として機能しただけで終わらず、強力な冷気を放ち康太と優の腕まで範囲を拡大。

 冷気に触れた二人の腕が凍りつき、襲い掛かる凍傷の痛みに顔を歪めながら二人が地面に膝を付けた。


「康太! 優! 大丈夫か!」

「大丈夫ですよ。手が壊死するような温度ではありません。まあ、しばらくの間暴れさせない程度の固さの氷ではありますが」


 蒼野にそう説明しながらヒュンレイは優が持っていたものよりも一回り大きな機械盤を操り、虚空に緑色のモニターを浮かびあがらせる。


「これでよし。さて、これから行う事自体は優の言う通りです。蒼野君と康太君は、ちょっと待っててくださいね」


 そう伝えながらもヒュンレイは機械盤から目を離すことなく操作を続け、


「さて、これでいいはずです。では説明をしましょう」


 数分後、浮かんでいたモニター全てが消え去るのと同時に顔を上げ、蒼野達三人の方に向き直った。


「これから我々が行うのは、模擬戦闘です。ルールは的当て。頭部、両肩、両膝に付けた合計五ヶ所のペイントボールを割るか、十分後に多く残しておいた方の勝利とします」

「ルールの方は分かったんですけど、模擬戦っていうのはどう事ッスか?」

「この部屋の機能を利用したものなんですけどね。今回の戦いでは服の下にこれを着てもらいます」


 ヒュンレイが部屋の四隅の一角から取りだしたのは、至るところがゴツゴツとしている黒いタイツのようなものであった。


「戦闘訓練用の戦闘服です。この服を着ている者同士が戦った場合に限り、対峙する相手の攻撃を接触寸前で粒子に分解し、触れるはずだった粒子の量に応じて体に衝撃と重さを与えます」

「衝撃と重さ?」

「論より証拠。蒼野君は戦闘服を着てそこに立ってください」


 ヒュンレイに促されるままに蒼野が立ち上がり、戦闘服を着こんで同じように服を着こんだヒュンレイと対峙。


「避けないで下さいね」


 それを見たヒュンレイが正方形の形をした氷の塊を作り、蒼野の肩に僅かに触れる軌道でそれを振り抜く。


「へぇーこんな風になるんですね」


 正方形の氷の塊が肩に触れる寸前、触れた氷が霧散し、小さな衝撃が蒼野の肩に奔る。

 同時に蒼野の肩が僅かに重くなり、ほんの少しではあるのだが腕を動かす邪魔をするような感覚に襲われた。


「どうだ蒼野?」

「衝撃の方はそこまでなんだが、重くなるっていうのが面倒だな。今回はさして影響の出ない程度で済んだんだが、恐らく、攻撃の規模によってはもっと重くなるんじゃないかな」

「ご名答。今のはレベル1の衝撃にレベル1の重さの付与。衝撃に関してはレベル5まで。重さはレベル10まで存在し、重さは150まで蓄積されます」

「なるほど」


 確かにこの方法ならば怪我をすることなく、完璧な再現とまではいかないが、ある程度真剣勝負に近い形にまで持っていけるであろうことが蒼野にもわかった。


「それと、重さは永続的には残りません。一分したところで一分前に受けた重さは半減。更に一分経つことで完全に取り除かれます。ゴホン!」


 その場で抵抗するだけでなく、逃げることにも意味がある。そう示唆するかのような説明をヒュンレイが行い、一度だけ咳込み彼ら三人の方へ向き直る。


「で、模擬戦は三本先取が勝利条件。そこまでない理解したら後は戦うだけ。やるわよエテ公」

「上等だ。夜明け前にめちゃくちゃにされた礼を、ここで返してやるよ。んで、負かした後、土下座で謝罪させてやる」

「あら、奇遇ね。アタシも同じことを考えてたのよ。楽しみだわー悔しそうにしながら土下座して、泣きながら謝るアンタの姿!」


 最後に優がそう口にして康太に対して鎌を構え、康太も銃を強く握り再び臨戦態勢である事を示す両者。


「血気盛んなのは若い者の特権ですが、君たちの戦いは後です。先に私と蒼野君が勝負をしますよ」

「「え?」」


 そんな二人の出鼻を、またもヒュンレイが挫いた。


「な、なんでよヒュンレイさん」

「いや君たち腕が凍ったせいで戦闘服を着れていないじゃないですか。流石にその状態では戦わせられません。それに、二人とも腕の感覚がまだ戻りきってないんじゃないですか? そんな状態で戦うより、十全で戦ってもらわなければ困るんですよ」

「ぐっ……そりゃそうッスね」


 ヒュンレイの正論を受け、康太が嫌々と言った様子でだが銃をホルスターにしまう。

 それを見て優も流石にこの場は手を出すべきではないと考え、鎌を水に戻し掌にしまい、一度だけ軽く息を吐いた。


「この勝負は後々の強化メニューのために映像記録として残させてもらいます。さ、二人とも部屋の奥にある観覧スペースに入ってください。壁一面は攻撃を通さない安全地帯です。観覧スペースの中で、私と蒼野君の戦闘でも見ててください」


 そう伝えられ康太と優が歩き出すが、同じ方向に向かっていると気づいた瞬間優が真逆の方角へと歩き始め、入口から見て左右に分かれるような形で観覧席に座った。


「…………むぅ」


 二人の間でどのような事があったのかはヒュンレイにはわからない。

 しかしこのまま仲たがいが続くようならば、古賀蒼野は別として古賀康太をギルドに置いておくのは難しいかもしれない、そんな予感に彼は襲われた。

 そしてそんな思惑を胸に抱きながら、蒼野とヒュンレイによる摸擬戦第一回戦は始まった。



ご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で摸擬戦開始です。

そこまで長く続かないのでお気軽に見て下さい。


あと、今日明日にでもtwitterを始めようと思うので、

その際はまた連絡させてもらうので、よろしくお願いします。

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