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剣聖の遺産 二頁目


 それが見つかったのはゲゼル・グレアが死亡してから数日後の事であった。

 神教にとって幸運であったのは、見つけたのが神教に対して悪意なき人物であったことである。


「ここから少し歩いたところに本当に?」

「らしいぞ。まあ俺でさえ詳しい場所は教えてもらえなかったんだけどな」

「俺が今日ここに来たのは、休暇もそうなんだけど案内人としての役割もあるんだ。心配しないで下さい。しっかり案内しますよ」


 海を真下に敷き険しく切り立った崖に突き刺さったそれを見つけたのは、この海水浴場で海の家を経営している老夫婦であった。

 彼らは資料やテレビで何度も目にしたものを目の前にして飛びあがったものの、ラスタリアに連絡するべきだというように判断し、すぐにその考えを行動に移した。

 その結果神教は他の勢力による情報の独占が行われるよりも早くその重大な情報を手に入れることができた。


 以降は徹底的な情報規制を行う事で賢教にのみその情報を知らせず、今日に至るまで大きな争いは起こらずに済んだ。


「ここを曲がって少し歩いたところが例の場所です」

「おう、ご苦労さん」


 聖野の言う通りに進み、アイビス・フォーカスの力により迷路のように歪められた不思議な空間を歩き続ける一行。

 そうして善の身長の三倍はある巨大な岩の間を抜け角を曲がると、そこから百メートルほど続く上り坂の頂上に目的の物は刺さっていた。


「ぜ、善さんあいつ!」

「マジか。なんであの野郎がここにいやがる」


 が、そこで思いがけない人物を彼らは目にする。

 切り立った崖の先端に刺さっているは銀の長剣。誰もがその名を知る現代最強の剣士と呼ばれたゲゼル・グレアが所有していた神器、『天のレクイエム』。

 その剣の前に『境界なき軍勢』の幹部格、ソードマンがいるのだ。 


「!」

「待てお前ら」


 思わぬ男がいた事で善を除いた三人が急いで臨戦態勢を取るが、目の前の男が自分たちに背を向けたまま踵を揃え背筋を伸ばしてまっすぐに立ち、胸の前で手を合わせて僅かに頭を下げている姿を見て、善が前に出て静止する。


「そこにいるのは原口善……それにその部下たちか。いや一つ以前感じたのとは違う『気』が混ざっているな。誰だ?」


 振り向くことさえせず瞬時にこちらの正体を見切ったことに少々驚きながらも善は無言を貫き、男が合わせていた手を離し、頭をあげるのをじっと待つ。


「まあ…………誰でもいいぁ。ここで戦うつもりはこちらにはないし、原口善にそのつもりもなさそうだ。ならば大した問題じゃない」

「…………」

「ああそれと、お参りを無事に終えさせてくれて助かったよ。心から感謝する」


 振り返ることなくそう告げるソードマンに、常日頃から纏っているような闘志はない。

 穏やかで、寂しい声色で、雲一つない空を見つめそう口にする様子に善は口を挟まない。


「この場所の情報はかなり厳重に隠蔽しといたはずだ。『十怪』が何で知ってるんだ!」


 その横で険しい顔をしながら彼を指差し啖呵を切る聖野であるが、ソードマンはその言葉に対してもさして反応を示さず、ぼんやりとした様子で、崖に刺さった剣とその横に安置されている真っ白な石で作られた墓に再び目を向けた。


「一剣士として、世界最強の剣士である彼についてはよく調べていてな。加えてここ最近、名のある剣士や戦士達が頻繁にここを訪れている情報を聞けば、ある程度は察せられる」


 とはいえ、このまま無言を貫けば望まぬ未来を辿る事を察したのだろう。

 彼は依然振り返ることはないがそう返事をする。


「む」

「ま、俺の場合それに加えて確かな有力な情報屋からの情報があったんだけどな」


 穏やかな口調で答えるソードマンだが、百八十度向きを変え彼らの方を見下ろした時の表情は隠しきれない寂しさを感じられる表情で、敵対している組織の幹部であると頭ではわかっていたというのに、蒼野達は閉口し、なぜか胸を締め付けられた。


「原口善。敵であるお前に聞くのもおかしな話なんだが」

「?」

「ゲゼル・グレアは…………本当に死んだんだな?」

「…………ああ。死んだよ」


 その事実が今でも受け入れられないと言いたげな男の姿に善は思わず憐みすら覚えるが、それでもなぜか今だけは、嘘偽りなくまっすぐに真実を告げることが重要であり、目の前の存在に対する礼節であると確信を持つことができた。


「そうか…………そうかぁ」


 その答えを聞いたソードマンがもう一度空を仰ぎ、虚空に消え入るほど力のない声が口から溢れ出る。

 まるで幼い頃の友を失ったかのような空気を発しながら、剣聖と呼ばれた男の死を悼む。


「邪魔をして悪かったな。俺は去るよ。君たちはあの剣が抜けるか確かめてみるといい」


 それから数秒間、戦場では決して見せぬであろう大きな隙を晒した後、一度だけ大きくため息をついた彼が不安定な岩肌の上を歩き降りてくると、善達四人の側にまで近づいて行く。


「俺達があんたを逃がすと思うのか?」

「待て聖野。今ここで戦えば観光客共にこの場所の事が露呈する。そうすりゃ爺さんの残した神器を賭けた無駄な争いが起きる。ここが手を引け」

「流石原口善。聡明だ」


 善に自分、それにゼオスと蒼野という現状の戦力と目の前の男の強さを見比べ、戦うべきだと考えた聖野が一歩だけ前に出るが、善の説明をしっかりと聞くと上げかけていた拳を控え、ソードマンが四人の脇を通り時空の歪みの方へと歩いて行く。


「そうだ。一つ確認したい。ゲゼルの死因、あれは本当に動画の通りなのか?」


 とその時、ふと思いだした様子でそう口にするソードマン。


「その数分後に死体が見つかったんだ。イグドラシル様直々に調べた結果、致命傷に至る痕跡はそれしかないってことだったし間違いないはずだ」


 その点については世界中の動画で確認できる事実であるため、いかに機密保持を叫ぶ聖野といえど隠そうと思うような情報ではなく、何らかの感情を抱くこともなく素直に答えた。


「ん、そうか。いや色々とすまないな。ありがとう」


 それだけ聞き終えたソードマンは、今度こそ歪んだ空間の迷宮へと足を踏み入れた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて本日の話はこれまでとは全く別の人物に視線を移します。

といってもこの一話でまとまっていますが。


と同時に今回出て来た神器、これについては次回でもう少し深く語って行きますが、

過去話に出ていた他人に対する譲渡です。

まあ詳しくはまた明日


明日もぜひご覧ください

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