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剣聖の遺産 一頁目


 青い海、白い雲、人々のハツラツとした声が所々で聞こえてくるにぎやかな砂浜。


「いいやっほぉぉぉぉぉぉ!」


 多くの人々が訪れている海水浴場とは一線を画す、富裕層が大半を占めるビーチの一角で、積が飛び跳ね声をあげる。

 アルに対し素材を渡し終えた彼らが今いるのは、戦士たちの都ロッセニムから少し離れた位置にある海岸沿いのビーチで、先頭を走る積に続き蒼野達もその光景に惹かれ走りだしていた。


「なぁ兄貴! 確認だけどさ、今日は本当にオフなんだな?」

「ああ」

「普段なら絶対に遊び出来れなそうな場所だけど、遊びまくっていいんだな!」

「いいぜ」

「飯代やら何やらは全部兄貴持ちなんだな!!」

「今日だけはな」

「ひゃっほーう。ならすぐにネットで競馬券を買うぞぅ! 大穴一本狙いだ。後はそこらの町で別荘を買うぜ!」

「おいこら。んなことは許してねぇぞ馬鹿野郎!」


 振り返った弟の言葉に苛立ちを募らせ、最後尾から駆け出しすぐに追い付くと、彼の頭を小突く善。


「冗談だ冗談。そんな兄貴に目を付けられる真似せず、今日はおとなしく遊ぶよ!」


 普段ならば頭にできたたんこぶについて文句を口にする積であるが、今回ばかりはそれらの行為を笑い飛ばし、更衣室へと向け走りだしていく。


「このクソ熱い中テンション高いなあの野郎」

「まあ積ってこういう場所が好きそうだしな。それにしても熱い」

「……そんなに熱いか?」

「炎属性使い基準で語らない。それよりほら! アンタらも設営を手伝いなさい。アタシと蒼野だけじゃ手が足りないのよ」


 仕事の依頼でもなければ決して来ない土地を前にして浮かれる一行。

 普段ならば多少なりとも億劫に感じる作業さえ彼らは笑顔で行い、手早く済ませてしまうと革袋からクーラーボックスを取り出し、中に入っていたスポーツドリンクを口に含み一息ついた。

 

「しっかし善さんは何でここに来た理由を教えてくれないのかね?」

「さあ? でもまあ危険な理由じゃないって言ってるからあまり気にしなくていいんじゃないかしら。ベルラテスの件でも身に染みたと思うけど、善さんは危険な場所に飛びこませる場合は何らかのサインを示すタイプだから」


 善がこの場所を選んだ理由は未だに明かされていない。

 ただ物騒なことは一切ない事と休暇である事だけはしっかりと説明され、彼らはこの場所に連れてこられた。


「四人ともご苦労さん。あとは着替えるなりなんなりして好きに遊んでくれ…………ああだが、蒼野とゼオスは着替えた後でいいから少し時間をくれ。連れていきたい場所がある」

「連れて行きたい場所、ですか? まあわかりました」


 善にそう言われた子供たちが、残った仕事を彼に任せゴミのない砂浜を歩き更衣室へと入って行く。それから数分すると積と康太、そしてゼオスが更衣室の外で合流した。


「おーい蒼野! まだ時間かかりそうか?」

「ああ。なんなら先に行っててくれ。どうにもアルさんに渡す素材を入れた際に、どっか別の場所に跳んで行っちまったみたいでな。まだ時間がかかる」


 康太の格好はごく一般的なもので、康太は海の波が脇に書かれた青と白のトランクス型の海パンを履いており、トレードマークの土方恭介から貰った黄色い鉢巻を肩に掛け縛っている。


「いやーいいねいいね水着美人! 目の保養になる!」


 対する積はといえば黒いトランクス型の海パンを履いており、手首の辺りには銀色のリング状のアクセサリーを装着し、首からは金のネックレスをかけ普段同様真っ黒なサングラスをかけていた。

 真っ赤に染めた髪の毛を合わせたその格好の第一印象は『チャラい』の一言である。


 が、問題はその二人ではない。


「ゼオス君ゼオス君」

「……なんだ?」

「いやそのな……せめて着替えよう。ここ海だよキミィ」

「…………? 海に来ただけで着替える必要があるのか?」


 いの一番に出てきて他の面々を待っていたゼオスであったが、その服装は普段とは一切変わらぬ黒一色であり、真夏の海水浴場には場違いな喪に伏したような空気を周囲に漂わせ、康太や積、それに周囲の観光客を僅かにだが引かせていた。


「いやだって熱いだろその格好」

「……この程度で熱いと思うほど俺はヤワではない」

「炎属性の使い手基準じゃなくて一般人基準でだ! てか海水浴場に来たら普通着替えるだろ!!」


 炎属性の使い手は基本的に強力な熱耐性を持っており、それゆえ夏の日差し程度ではものともしない者達ばかりである。


「…………?」

「もしかしてお前、海水浴がどんなものか知らないのか」


 しかしだからといって海水浴場で普段と同様の暑苦しい服装で来るかと言われれば別である。

 そこは周囲の空気を読み、大半が海にふさわしい格好をするものだ。


「…………カイスイヨク?」


 なのでさも当然と言う様子で普段通りに過ごし、積の言葉に対してもあまり要領を得ない様子で首を傾けるゼオスを前に康太が指摘。

 それに対しゼオスはなんの事かわからず首を傾けながら、少々言いなれない様子で反芻した。


「…………知らんな。大体ミズギというものもよく分からん。貴様らや他の連中が着ている下着の事か?」

「お前が言ってる下着って言うのが海水浴におけるオーソドックスだ。こう言う場所では海に入って遊んだりするからな。水気を吸っても大丈夫な服に着替えて、はしゃぎまくるんだ」

「…………私服に近い者達もいるようだが?」

「そりゃ店の従業員やらだ。遊びに来てる奴らは、基本的には着替える」

「ついでに言うと出会いの場でもあってもだな! 普段は見せない姿を見せることで火が点いた男女が、情熱的な日々を送るのも特徴だ!!」

「んな事を教えなくてもいい。まずは基本を教えろ基本を!」

「おーい、時間を掛けすぎだ。待たせるのも悪いんで、一度こっちに集まってくれ!」


 早口でまくしたてる積の腹部を小突き苦言を呈する康太。そんな彼らの様子を遠くで見ていた善が声をあげ、先に出ていた三人が彼の元へと移動。


「お?」

「……貴様達は」

「げぇ!!」


 その先で出会った面々を前に各々が別々のリアクションを取った。


「やあゼオス君。久しぶりだね!」


 彼らの目の前にいたのは、以前蒼野とゼオスが参加した、貴族衆の次期当主達が集まるお茶会の際に目にした面々。


 レウ・A・ベルモンドにルティス・D・ロータス、そしてシリウス・B・ノスウェルの三人だ。


 その三人を見たゼオスは彼ら全員を知っていたため然程驚くことなくレウのあいさつに頷き、康太はといえばルティス以外の二人の事をほとんど知らないため困惑の混じった声をあげ、最後に残った積は声を裏返らせ一歩後ずさった。


「いて!」

「お前は…………聖野か」


 そこで誰かにぶつかった積に気が付き康太が振り返ると、見覚えのある小麦色の小さな姿を確認しその名を口にする。


「善さん、これって」

「まあもうバラしていいと思うから言うが、貴族衆の見知った面々からこの海で一緒に遊ぼうって言われてな。ちょうど行く用事もあったから了承したんだ」

「聖野が来たのは何でッスか?」

「お前らもここ三週間働きっぱなしだったがこいつも同じでな。結構体にガタが来てるっつー話を少し前に聞いたところだったから、姉貴に頼んで休みを作ってもらったんだよ」

「なるほど」


 聖野参加の理由を聞いている康太であるが、その横では積が両手を前に構えルティスを前に警戒態勢を取り続けていた。


「何で隠してたクソ兄貴!」

「まあお前がそういう態度をとるってのはなんとなくわかってたからな。あ、休暇ではあるがもちろん依頼も兼ねててな。積は今日一日ルティスの護衛だ」

「どこが危険のない休暇だ! 完全な拷問じゃねぇか!!」

「まあ! ひどいわ!」


 積の心底からの叫びにルティスが悲しそうに瞳を拭うと、それを見たレウが残念そうに積を見つめ、シリウスが少々顔を強張らせながら積を睨んだ。


「君がルティスからよく話を聞いていた積君だね。

 ルティスは君と会うのをとても楽しみにしていたんだ。その気持ちを少しは推し量ってもらいたいな」

「それに昔から仲の良かった面々の一人として告げさせてもらうがルティスはとても善い子だ。加えて言わせてもらうと、彼女ほど美しい者はそうはいないぞ?」


 レウの心からの悲しみを伝えるような言葉に少々居心地が悪くなり、シリウスの言葉にはすぐに返せず押し黙ってしまう。

 シリウスの言う通り、確かにルティス・D・ロータスは年齢に見合わぬ美しさを備えていた。


 長い間部屋にこもりっきりであったため光を浴びず陶器のような輝きを兼ねた白い肌。膝下まで伸びた美しい白金の髪に、百六十センチにギリギリ届かない可愛らしい身長。

 年齢と比べほんの少し幼い顔と、それと相反するように大人の豊満な肉体を持ったルティスは、髪色を更に白くしたようなビキニを着ており、その上から白を基調とした肌と水着が透けて見えるワンピースを着こんでいる。


 一言で言うならば周囲の人たちと比べ数段美しい。


「…………正直綺麗だと思うよ。それもとびきり! 恐らくですけどね! この海にいる中で一番きれいなんじゃないですかね!!」

「ならばなぜ?」

「冷静に考えてみてくださいよ! どれほど美人だろうが、心を読める存在が! 世界有数の財力を駆使して! ところ構わず近寄ってくる! はっきり言って怖い! 俺は怖い!!」

「ルティス君」

「なあにシリウス?」


 積の心底からの苦労が二人に伝わり、ルティスの側から積の側に移動する二人。


「少しは加減しろ!」

「いやです。それより聞いた、子の海にいる中で一番きれいだって。キャーー!」

「つ、都合のいいところしか聞いていない…………」

「僕もシリウスさんも長い間君と友人として過ごしてるけど、たぶん初めて君が怖いと思ったよ…………」

「ふっ」


 そのような会話を行い繰り広げられる茶番を見ている康太がその様子を鼻で笑う。


「どした康太」

「いや、色恋沙汰ご苦労さんと思ってな。ああいうのを見てると恋愛ってのは面倒だと思ってな。相手に歩調を合わして色々するのが楽しいのかもしれねぇが、オレは一人でいた方が気楽でいい」


 するとその様子が気になった聖野が尋ね、肩をすくめながら皮肉げに笑う康太。


「遅れてすいません。慣れないことの連続で、ここに来るまで時間がかかってしまいました!」

「いや、いいぜ。むしろよく来てくれた。ここでの時間が楽しい思いでになってくれればいいんだが。更衣室は向こうにあるから、そこで着替えるといい」

「え?」


 そんな彼の表情が、その時背後から聞こえてくる善と、彼と話していた女性の声を聞き硬直。

 何かを考えるよりも早く首を後ろに向けると、賢教所属の少女アビス・フォンデュがそこにいた。


「な、なんで…………彼女がここに?」

「ん、ああ。実はロータス家の令嬢から話しを受けた時っつーのが、ゴロレムさんと会って『境界なき軍勢』の対策を練ってた時でな。海で遊ぶ話をしたら貴族衆や神教の同い年の奴らと仲良くするチャンスだと言われてな。彼女も参加させたいと頼まれたんだよ」

「な、なるほど…………そうッスか……」


 それを聞いた康太の挙動は先程までと比べ明らかにおかしくなり、ゼオスがため息をつき聖野が意味ありげな笑みを浮かべる。


「…………古賀康太」

「あっれぇ。俺さ俺さ、さっき色恋沙汰なんてくっだらねぇみたいな意見を小耳に挟んだんですけどぉ。なぁなぁ康太。今どんな気持ちどんな気持ち!」


 すると面白い話のタネを聞きつけた積がルティスを引きずりながら康太の前に顔を突き出し馬鹿にして、


「……」

「おわ! 無言で銃をぶっぱなすな。こっちにはロータス家のご令嬢までいるんだぞ!」

「しるかてめぇ! 一辺! 死んで来い!」

「てかなんで銃持ってるんだよ。さっきまでなかったじゃん!」

「アホ! どこにいても最低限使えるように、自前の銃くらい錬成できるよう練習しとくわ!」

「それ俺のお株奪ってる!」

「このクソ熱い中元気だな二人とも」

「……そんなに熱いか?」

「いや熱いよ。めっちゃ熱い」

「おっと、蒼野が来たか。なら少し時間をくれ。ここに来た本来の目的をやりに行くぞ」


 走りまわる康太と積を傍目に話をする聖野とゼオス。

 蒼野がやって来たのはその時で、それを確認しゼオスと聖野の背後から善が声をかける。


 気がつくと着替えに手間どっていた蒼野が小走りで彼らの側までやってきていた。


「俺とゼオスには別の用事があるみたいなこと言ってましたけど、一体なんなんですか?」

「そうだな。道すがら説明させてもらうが……単刀直入に言うとな、お前らにはあるものに触れて欲しい」

「あるもの?」


 もったいぶった言い方をする善に少々疑問を感じながらオウム返しで言葉を返す蒼野。


「ああ。俺の師匠、ゲゼルの爺さんが残した神器だ」


 彼に対し、善は周囲に聞こえない程の大きさの声でそう告げた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


蒼野達の休日が本格始動。

同時にここに来た目的の開示でございます。

神器という事で少々物騒に思われるかもしれませんが、終始ゆるーいはずです。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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