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黒海研究所 三頁目


「おお! 来たか諸君!」


 部屋に入って来た子供たちを見たアルの開口一番の台詞はそんなものであった。

 扉に入る前と全く同じ真っ白な壁と地面をした部屋の奥で彼は自前のノートパソコンを弄っており、蒼野達が来たのを確認するとにこやかな笑みを浮かべ近づいてきた。


「モニター上で会話することは多々あったが、こうやって実際に会ったのは久しいな。、まあとにかくだ、黒海研究所へようこそ」

「それをお前が言うのか。ここの所長は俺なんだがな」

「お前はシッシ!」


 先頭に立つ蒼野に握手を求めアルが手を差し出し、そう口にするアルの様子を見たメヴィアスが苦笑する。

 すると煙たがるように彼はそう告げ、それを見た蒼野達の大半が苦笑した。


 同じ三賢人に属しているとはいえ、彼らは仲良しこよしの友人関係ではない。

 むしろ競い合う立場の人物なので当然の反応ではあるのだが、ある意味では一流の戦士たちよりも希少な人間たちが、その座に似合わぬ子供じみた事をするのが可笑しくて仕方がなかったのだ。


「はいはい。まあ疑うわけではないが、仕事の方はしっかり頼むぞ。私の研究だからといって、嫉妬からよからぬことを企むなよ」

「そんな自分の名誉を傷つけるような事はせんさ。例え依頼相手がライバルだとしても、だ」


 部屋から出ていく男を前に男は狐のように細い目を僅かに開きながらそう告げ鼻を鳴らす。

 そのまま自動扉が閉まって行くのを最後まで確認すると子供たちの方へと向き直り、にこやかな表情を浮かべながら近寄って来た。


「で、依頼の品の方はどうだった? 結構貰えたのか?」


 買ってきた玩具を待ちわびた子供のような様子で先を急かし先頭に立つ蒼野の肩を掴み揺らすアル。


「あ、はい。これです」

「ほうほう! いやいいなぁ! 思ってた量の三倍ほどあるじゃないか! でかした!!」

「デリシャラボラスさんを止めたお礼って言う事で、段ボールいっぱいになるくらいにくれたんです」

「そうかそうか! 竜人族相手に勝ったか。やるな少年少女!」

「あ、アルさんは彼らの正体を知ってるんですね」


 戸惑った様子の蒼野が指定されていた者を渡すと、彼が周囲に気を配る様子もなくそう口にして、気になった積が聞き返す。

 すると彼は大きく頷きながら先程まで座っていた椅子と机がある場所に移動し、開いていたページを保存した後に閉じると、別の設計図を開き弾める。


「それは?」


 それを覗いた康太が尋ねると彼は視線をそちらへ移し、


「職人たちと一緒に作ってる武器の設計図だ。前に行ってた籠手のものだな」


 そう説明。


「ああそうでしたか」

「うむ。お前たちが持ってきた素材はな、固さと柔軟さを備えているんだ。他の素材では中々そういう柔軟性はなくてなぁ…………あ、そもそもの話としてあの場所は素材の宝庫でな。土や水みたいな物から、発掘される鉱石まで、全てが他にはないような最高品質のものなんだ。科学者や職人なら、誰だってほしくなるよな。まあそれを無理矢理持ってこうとしたから、私は中に入る事を禁止されてるんだが。それとお前達の質問の答えとしては、もちろんイエスだ。とはいえ最初はかなり警戒されてなぁ。そりゃもう動きにくかったもんさ。どうやって信用を得たかというとだな」

「あ、もういいです。そこらへんでストップしてください」


 その後誰に問われることもなく早口で様々な情報を続けざまに語りだすと、思考が追い付かなくなって来た康太が頭を抱えながらそれを静止。

 アルは残念そうな表情を浮かべ口を閉じるが、その時ふと気になる事を聞いたという様子で積が手を上げた。


「最高品質の品って言いますけど、他じゃ取れないんですか? てか物質の正体さえわかるなら、無限に錬成すればいいんじゃ?」

「おい積!」

「悪い悪い。俺も万事屋をやってた経験上、こういう話は気になってな」

「たくっ。あ、アルさん。別に聞き流してくれていいッスよ」

「いや答えよう。これほど素材を持ってきてくれたんだ。」


 面倒事を嫌って康太がそう告げるのだが、アルは落ち着いた口調でそう応え、


「安心しろ。康太君やゼオス君に嫌な顔されるんでね。短くまとめるさ」


 二人の嫌な空気を察し、悪戯な笑みを浮かべながらそのような言葉を吐き説明を始めた。


「ま、簡単に言うなら、あの場所に住む奴らが他と比べ一際屈強だからだな。だから他にはない素材が取れる」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。例えば雪積もる『ムスリム』なら強い氷属性の使い手が育ちやすいだろ。それは環境に合わした人間が育つわけだ。竜人族の場合もそれと同じだ」

「場所が良かったから。竜人族は強くなった。いやもしかしたら生まれたのだと?」

「あ、いや悪いな。彼らの場合逆だ」

「逆?」


 そうして話を続けていくと、康太も興味関心を抱き耳を傾け、それを見たアルが腕を組み自身満々な様子を見せた。


「あの場所にある様々な素材は、ベルラテスの住人の強さに引っ張られて強くなったんだ。彼らが全身から発してる粒子が自然に影響を与えて、結果として他にはない貴重な素材が生み出された」

「人が自然に影響を与えたと?」

「そういう事だ」

「…………信じられんな」

「驚くことはあるまい。自然と人間は、昔から影響を与え与えられの関係なんだ」


 そのように話してから彼がアルが語るのは、人と自然、いやこの星や宇宙の摂理と呼ばれているものだ。


「まあひとまとめに言ってしまうと、自然の影響や人の行動で未来は大きく変わるというだけの事なのだけどな。我々の星で例えるなら、来る日も来る日も戦ってるゆえに、戦士として大きく発展してるわけだ。例えばだが、君たちは体に穴が空いたとして、気にせず動くだろ?」

「ええまあ」

「だが他の星の住民は違う。私が旅行に行った限りでは、銃に撃たれればそれだけで死んでしまうし、それこそ擦り傷一つで結構な痛みが襲い掛かって、動けなくなってしまうんだ」

「マジすか」

「うむ。言うなればこれは、戦うために得た『機能』というわけだ」

 

 告げられる内容を聞き彼らは唖然とする。そのような人たちがいるなど、考えてもいなかったんだ。

 続けて語られる人が音速や光速で動くのが一般的と思っていた彼らは、他の星ではそうではないという事が信じられず目を丸くし、更に語られる内容の数々に息を呑む以外の方法がない。


「ま、優れてるのは肉体面や戦闘面、後は粒子についてだけだがな。探せば分かるが、科学に関しては我々の世界は後進国で間違いない」


 続いて彼は少々寂しそうな表情を見せながらそう説明し、


「ま、だからこそ私は、この星の科学を周囲に誇れるものにするために一大プロジェクトに挑んでいるわけだがな。君たちが取ってきてくれた素材の余剰分は、そいつに回すつもりだ」

「それは一体?」

「ん。宙の果てを見通す機械を作ろうとしているんだ」


 彼らの問いに合わせて、自らの目標を口にした。


「宇宙には果てがあると?」


 その内容もまた初めて聞くもので、


「そこらへんは実際にはわからなない。だがその事についてはどれだけ科学が発展した星の科学者もわからないらしいからな。その答えがわかれば胸を張れると思うと考えてるんだ」


 そう語るアルの目はいつもの狐目から一切変わらない。

 ただ全身から溢れ出る空気は幼い子供のように希望に満ちており、ある種のカリスマを持っている事を即座に理解できた。


「あ、もしかして今日ここにいるのも、素の目標を叶えるために『黒い海』の力を利用するってことですか?」

「鋭いな。その通りだ。正体不明ではあるが、黒い海には他にはない強いエネルギーがあるとされている。謎を解明しルールに当てはめ、大量生産に活かすことが私の得意分野だからな。強いエネルギーは、喉から手が出るほど飛びつきたいものなのさ」


 そう自信をもって語るアルの姿を子供たちは尊敬のまなざしで見つめるが、


「それでだ」

「はい?」

「この物質の生成について聞かれたが、それについては難しいと言わざる得ない。というのもだね……」

「あ、この後予定があるんで、ここらで失礼しますね。今日は貴重な時間をありがとうございますアルさん」

「む、予定があるなら仕方がない…………というか、お礼を言うのは私の方なんだがね」


 話が長くなるのを察すると積がすぐにそう告げ、彼らは黒海研究所を後にすることにした。


 アルの長話よりも海に行く方が優先順位が高かったのである。









ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話は完全な説明回。


アルの目標やら、この物語の中で他に存在している惑星との差別点についてです。

今回の黒海研究所の話は急遽つけ加えた話なのですが、なぜそのような事をしたかというと、今後の展開に挟むのは中々難しく、かといって端折ってしまうと少々不親切であると思ったからです。


ですから普段よりも強引な話運びに見えてしまうかもしれませんが、ご了承いただければ幸いです。


次回からは舞台が変わって海となります。

続く彼らの休暇を、穏やかな心でご覧いただければありがたいです


それではまた明日、ぜひご覧ください





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