その胸に情熱を
蒼野達五人が戦場から撤退して十五分が経過した。
父親が死んだというのに一切物怖じしない様子のゲイルに少々驚く一行は、ギルド『ウォーグレン』の拡大化させたリビングに『アトラー』の一般兵を含め全員が集結。此度の戦いの戦果を確認した。
「まとめるぞ。今回はフォン家の当主は救出できず。戦い事態は外部に知られず終結。んで、捕獲することはかなわなかったが、ボルト・デインの消失により事実上『エグオニオン』は無力化。『境界なき軍勢』に一大戦力が参加するのは阻止できた、てとこか」
「康太も助けられた。この結果を忘れるなよバカアニキ」
「っと、そうだな。すまねぇ」
深刻な表情をした兄に対し積が口を挟み、善が謝罪。
そこまで聞き終えるとクドルフを中心とした『アトラー』の面々は立ち去り、ゲイルも統治している『マテロ』へと帰ろうした。
「ゲイル!」
「ん?」
「今回は………………本当にごめん!」
すると此度の結果を理解した蒼野が深々と頭を下げ、
「おいおい。謝んなって」
それを前にしたゲイルは穏やかな声色でそう友人に告げながら肩を数回叩いた。
「今回の件は完全に事故だ。お前らは何も悪くねぇ。そもそも二手に分かれた時点で親父の件は俺とクドルフさんの担当になったんだ。だから、本当にお前らに責任はねぇんだ」
「いや、康太の救出に掲げた人員を少しでもお前の方に回していればこうはならなかったはずだ。だとしたら、やっぱりこれは!」
「………………例えばの話だが、あの時お前がクドルフさんの提案を断ってこっちに兵をよこすと言ったとしたらm恐らく俺はそれを断ってた。お前たちを頼った癖に、最後は自分で決めようとムキになってたはずだ」
「………………」
「むしろお前らはよくやってくれたよ。オーダー通り世間に知られることなく、少人数で『エグオニオン』相手に立ち回り勝った。親父は死んじまったが、これならフォン家当主の反逆は知られることもない。それだけで十分な結果だ」
「いやそれでも!」
「てか大前提でだ、ボルト・デインさん相手に五人揃わずに勝てたのか思うのかおたくは?」
そう口にするゲイルを前にして、蒼野とその後ろに控えている四人はしばらく言葉を返すことができなかった。
彼らは分かっているのだ。
目の前の少年がどれだけ言葉を並べようと、心の底では決して言えない傷ができたであろうことを。
言葉を聞けば聞くほど、この選択と結果は最善であったと。
「…………お前は」
「ん?」
「お前はこれからどうするんだ?」
それからおよそ十秒ほど、彼らの間には沈黙が漂っていた。
このままではいけないと五人の誰もが思っており、その結果最初に口を開いたのは康太であった。
フォン家がその地位をあげたのは付いているアルファベットの番号を見ればすぐにわかることだ。
なんの問題もなく順調に進んでいけば、これからさらに上へと上がってもおかしくなかった。だが父が死んだことによる影響は少なからずあると考え康太が疑問を口にすると、ゲイルは持っていた祖父の帽子と父が使っていた鞭をじっと眺めた。
「そうだな。とりあえず六大貴族を目指す。じいちゃんが見た景色を俺も見てみたい」
「そうか……」
「んでもってクソ親父とじいちゃんが辿り着いた真実とやらを俺も調べる。これが俺の目標だな」
答えの前半部分を聞き、一同は何とも言えない表情を浮かべ、蒼野が短くそう口にする。
しかしその後迷いなく言いきるゲイルを前にして、蒼野達五人は目を丸くした。
「おいおいおいおい、お前の父ちゃんはもう調べるなって言ったんだろ?」
「肉親の最後の願いだぞ。それを踏みにじっちまうのか?」
次いで告げられる積と康太の当然とも言える疑問を、しかしゲイルは鼻で笑い飛ばす。
「当然だ。俺の人生は俺のもんだ。例え肉親の最後の願いであったとしても、それに縛られるなんてごめんだ」
「だけどもしその真実って奴に辿り着けたとしても発表することができないんだぞ。それでもいいのか?」
「馬鹿言うな。クソ親父曰く世界の危機らしいぞ。発表するに決まってるじゃねぇか」
「おま……おまおまおまえ!? それをここで言うなよ。俺たちまで巻き込まれたらどうする」
ゲイルの発言を受けた積が顔を青くして早口でまくしたてるがゲイルはそれを笑い飛ばす。
「そう怯える必要もねぇよ。この位の事、歴史の解明を目指す奴なら誰でも言ってる。それで死んだやつなんて過去一人もいない。不審死になるのは、もっと有名になった奴、恐らくクソ親父やじいちゃんみたいに何か大きなことに気が付いた奴ばかりのはずだ」
「本当か? 今日おやすみなさいをして目をつぶったら、それが永遠の眠りになるとかないだろうな!?」
「ありえねぇよ。そんな話聞いた事ねぇ」
積が心底怯えた様子でそう口にするとゲイルは笑った。
快活で、憂いなどは抱いておらず、生きる希望に満ちた笑顔を浮かべて笑った。
「そうか。その答えを聞けて良かったよ。けど積の言う事も最もだ。お前の軽率な発言に巻きこまれて、死ぬのはごめんだからな」
「ひっでぇ言い方だな。まあ当然か………………さて、俺もそろそろ帰るとするよ。やるべきことはまだまだたくさんあるんでな」
その表情を見た蒼野が安堵した様子で口を尖らせると、ゲイルは彼らに背を向け、腕をヒラヒラと振りながら部屋を出て転送装置へと向かっていく。
「待てゲイル。お前がこの世界の真実とやらを解明するのはいいんだが、それを発表しようとしたら恐らく死ぬぞ。その点はどうするんだ?」
そんな彼に対し廊下で待っていた善が声をかけると、ゲイルは振り返りニヤリと笑って見せた。
「愚問ですよ善さん。真実とやらを公表して死ぬというのならその謎も解く。俺もじいちゃんも考古学者なんて名乗ってますけど、実際には探求者って言った方がしっくりくる。
だから解く。解いて解いて解きまくって、この世界に存在する謎全てを暴く」
「そうかい。そりゃ大変だな」
「ええ、また困ったことができたら来るんで、その時はよろしく頼んます」
「お手柔らかに、な」
言いきったゲイルを前にして、善が楽しそうに笑う。
その笑みは悪戯を思いついた悪ガキのようなものであり、それを見届けたゲイルの体が光に包まれ、その姿を消す。
「しまった」
そうして自らのホームに帰ってきたところでゲイルは気が付いた。
デューク・フォーカスに関する情報を一切集めていない、と。
「親父さんが死んでどうなることかと思ったが、懸命に前に進もうとしてやがる。強いな」
ゲイルが姿を消してすぐ、善が腕を組みながら言いきる。
善の目は他人の『気』を視認することができ、その形から大まかにだが感情を読み取ることができるのだが、彼が確認したゲイルの心は逆境に立たされても前へ進もうとする強いものであった。
「さて、これで依頼は終わりなんだが、最後に恒例の点数チェックだ。耳かっぽじってよく聞けよ」
これならばあの少年は大丈夫だ
そう確信を得た善はリビングへと通じる扉を通り、その場で待っていた五人に対しそう告げた。
「「うぇ~」」
それを聞いた瞬間、ゼオスを除いた全員が意気消沈した『気』を放ち、その気持ちが表情にまで現れる。
「さてまず総合点を言うとだ、七十五点ってとこだ」
「あ、あら意外に点数が高い」
そんな彼らに対し善が自身の判断を告げると、優は少々驚いた様子で彼を見つめ、他の面々もその点数の高さに目を丸くした。
「ラピスさんを殺しちまったのは大問題だが、もう一方の世間に知られることなく仕事を完遂させるっていう依頼は完遂してる。仲間も無事助けられたしな。んでそこから十怪と同等のボルトの爺さんを撃破した分を含めこの点数だ」
拡大していた空間を元の状態に戻し椅子に座り腕を組む善。
それに続いて子供たちも席に座り、机の上に置いてあった茶菓子に手を伸ばしながら彼の話に耳を傾ける。
「半年前から目標に掲げてた戦闘方面に寄った『十怪』の撃破。それと同等の相手を見事撃破したわけだ。おめでとさん」
「てことはもしかして俺たちが五人揃えば敵なしか!?」
「思い上がるな。十怪と同ランクを撃破したとはいえ、ボルトのおっさんの実力はちょうど真ん中辺りだ。素の実力は玄灯やソードマンと比べたら劣るし、危険度だけで言うのならパペットマスターやギャン・ガイアには遠く及ばない。他の野郎を前にして、油断できる点は一切ねぇよ」
「ちぇー」
調子に乗った発言をする弟対し念押しするような口調でそう言うと、彼は頭の後ろで手を組み、口を尖らせて拗ねた。
「ただ総合的に見れば後々に続く十分な結果だが、個人で見た場合明暗が分かれる。今回最大のミスをしたのは誰かと言われれば康太だ。三十五点ってとこだ」
「オレっすか?」
全員が今回の依頼の最大の失敗はゼオスがボルト・デインを殺してしまったゼオスであると考えていたため、善の指摘に眉を吊り上げ、当の本人も意外そうな表情を見せる。
「そうだ。今回最大の問題失態はな、お前がボルトの爺さんに捕まったことだ」
「いやでもあの状況はやばいッスよ。逃げきれないって頭が思いっきり警報を鳴らしてましたからね?」
「その警報ってのはお前の『勘』だろ。それに頼りすぎずに行く事がお前の目標の一つじゃなかったのか?」
「………………そうッスね」
しかし善が指摘を行うと、あの時自らが直感に従い無抵抗で捕まったのを思い出し顔を曇らせる。
確かにあの場面で康太は自らの勘が危険を察知したので従ったのだが、思い返せば諦めが早すぎたようにも思えた。
もしあそこで捕まっていなければゲイルに全員で着いていく事ができ、ゲイルの父親を死なせることがなかった可能性が高いことにも思い至り、自身の失策である事を認めた。
「んでもう一人大きな失敗を犯した奴がいるんだが、これは自覚があるな?」
「……俺だな」
その後告げられた善の言葉にゼオスが即座に反応すると、彼は頷きそれを認める。
「ゲイルの親父さんの件についてはまあ仕方がないとして、ボルト・デインの死はお前が何としてでも阻止するべきだったな。つっても、第一優先は自分の命だ。間違っちゃいねぇがよ」
「…………重要なのは俺自身の力か」
「流石に良く分かってるな。それがわかってるなら、言うことはねぇよ」
ゼオスに対するコメントはそこで終わり、次いで蒼野と優の二人を交互に眺める善。
「逆にお前ら二人はいい動きだったみたいだな。ボルトの爺さんを撃破する決め手になったのは優の修行の成果らしいし、蒼野に至っては新しい能力の使用法まで見つけてきた」
「いやぁ」
「それほどでも」
「ただ蒼野のその新しい使用法については改善の余地ありだな。使用中は集中力をめちゃくちゃ使うから他の事はできず、んでもって展開できる時間もかなり限られてるとなると、強いことは分かるんだが使いづらさの方が目立っちまう」
「ですよねー」
その後行われた善の指摘に対しては全面的に同意でき、照れくさそうにしていた蒼野は頭を掻き肩を落とした。
「さて、残ったのはお前になるんだが」
「さ、流石に今回は及第点は超えてるだろ!」
二人に対するコメントを終え最後に残った弟に向きあう善。
じっと凝視され一瞬肩を震わせた積は、立ち上がると同時に両手をまっすぐに伸ばし、飛んでくるであろうと考えていた拳骨から身を守る体勢になっていた。
「なぜ身構える?」
「いやだって最近俺がサボってるせいでめっちゃ拳骨飛んでくるじゃん。今回もそれかと」
「サボってる自覚があるのかよ! まあ今はその件はいいんだよ。今回のお前の評価だが」
そう言いながら一歩前に進む善を前にして、積はサングラス越しに目を瞑り身を縮ませるが、
「よくやったな。今回はお前が最高得点だ」
拳骨が飛んでくると身構えていた積の頭に手が置かれ、そのまま撫でられながら言われた言葉は、完全に彼の不意を突いたものであった。
「え?」
露とも思っていなかった言葉を聞き、声を裏返らせる積。
「何でそんなに驚いてるんだよ。最後に優が決められたのはお前がボルトの爺さんの片足と片腕を奪ったからだし、蒼野が康太連れて帰ってくるまで時間を稼いだ件も、お前が耐えきれなかったらできなかった。その結果を見れば今回誰が一番うまく戦ったなんて誰でもわかるだろ?」
善の言っていることに間違いがないとはいえ、それでも積を含め全員がこの評価には驚いた。
というのも普段から積はサボり気味であり、それゆえか基本的に彼に対する兄の評価は厳しく、赤点の回数は全員の中でダントツ。五人の中で最低点を取ることもダントツであった。
「ほ、本当に俺が最高得点?」
「ああ。下から順に二十五点。五十点。七十五点が二人でお前が九十点だ」
「…………あ、ありがとう」
積自身も兄の言葉が信じられないといった様子で、普段よりも和らげな声色で言葉を発している。
「ま、ミーティングはこれで終わりだ。とにかくよくやったなお前ら。ボルトの爺さんを倒せたのは素直にすげぇと褒められる。それと積はサボってる自覚があるのなら矯正していけよ。戦場で油断してミスなんて一番あっちゃいけないことだからな」
こうして『エグオニオン』における戦いはゲイルの要望通り、世間を騒がすことなく秘密裏に処理された。
各々がなすべき課題を理解し、思いもよらぬ評価を受けた者がいた。
それら全ては、明日からの糧になるだろう。
「残念DEATHよ本当ニ。君ニハぜひ生き残ッテ欲しカッタのDEATHが……」
しかしだ。ギルド『ウォーグレン』に特大の衝撃を与える事件が起きたのはそれからすぐの事であり、彼らはその結末に度肝を抜かれる事となる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
此度もここまで見ていただき本当にありがとうございます。
独立国家を舞台にした物語も次回で完結!
今回の物語はゲイルを主人公に置き、なおかつ子供たち全体の変化や成長をお店できればと思い執筆させていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
そこまで殺伐とした内容ではないとはいえ、連続してバトルタイプの物語が続いたと思います。
という事で次回の物語は息抜きとなる日常編です。そちらの方も楽しみにしていただければと思います
それではまた明日、ぜひご覧ください




