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崩壊デュエット 一頁目


「ラピス殿……ラピス殿は無事か!?」


 瓦礫の雨が降り注ぐ中、ソードマンが慌てた様子で駆けていく。

 彼は周囲一帯が砂煙で覆われると、持っていた剣が放つ風圧でそれらを払いのけ、時折降ってくる塊を斬りながら手探りでの捜索を行う。


「こっちだ…………来いソードマン」

「そこか!」


 すると掠れ気味ではあるが耳に届いた声に従い、彼は急いでその場に近づいて行く。


「…………っ」


 その先で目にしたのは、砂埃を被ってはいるが無傷で目の前の光景に驚いているゲイルの姿。


「な、なんで……」


 そして下半身から胸の位置までを巨大な鉄の塊で潰され、一目で致死量とわかる血液を垂れ流しているラピス・R・フォンの姿であった。


「なんで俺を助けてんだよクソ親父!!」


 その姿を目にしたソードマンが顔を伏せる中、その横で尻もちをついていたゲイルが吠える。


「あんた言ったよな! この世界の隠された真実を掴んだって!」

「ああ…………」

「この戦いに勝ってそれを知らしめるって!」

「そうだとも…………」

「なのになんで! ここで!! 死んでるんだよ馬鹿野郎!!!!」


 それは十余年生きて来た少年が思いだす限り、人生で最も大きな咆哮。

 最大まで瞳を開き、喉が裂けるのではないかという勢いで声を振り絞り吐きだした絶叫は、大好きな祖父が死んだ時でさえ発さなかったほどの声量であり、怒りというよりはむしろ理解できない行為に対する感情の爆発であった。


「そりゃあ…………息子の危機だからだろうな…………気が付いたら……体が勝手に…………動いてやがった………………」

「ふ、ふざ……けんな!」


 さも当然という様子で父はそう語るが、それを聞いたゲイルは更なる混乱に襲われる。


 父ラピスは一言で言うなればダメな人間であったと彼は思う。


 領主として才能がなかったのはもちろんの事、父として自分にうまく接していられたかと言われれば決してそうではない。

 今回貴族衆全体を裏切ってまで『境界なき軍勢』についたと知った時には、心底見下したものだ。


 だというのに混乱が解けていくと、ゲイルは怒りよりも先に悲しみに襲われている。

 既に見捨てており、死んだところでどうという事はないと腹を括っていた。

 目に見えないところで死んでくれるなら、それに越したことはないと思ってさえいた。

 しかし今実際に唯一の肉親である父の死を前にして――――そうなった理由が自分を助けるためだと聞いて、彼は激しく動揺した。


「ふざけんな…………ふざけんな。ふざけんなぁぁぁぁ!」


 その時、とある考えが脳裏によぎる。


 目の前の男はなぜあれほど六大貴族の座に執着していたのだろう?


 目の前の男はなぜ貴族衆に反旗を翻し、テロリストという汚名を被ってまで手にしたという真実を世間に公表しようと思ったのだろうか?


 もしかするとそれは、不器用ではあるが、今自分を助けたように家族のためではないだろうか?


 実は六大貴族の座を取り返そうとしたのも、祖父の残してくれたものを取り返したかっただけの話であり、今回の騒動も含めたあらゆる行動は、ただ家族を思っての事だったのではないだろうか?


 そんな証拠一つない馬鹿みたいな仮説を思い浮かべ、少年は血相を変えた。


「おい…………おい! おい!!」


 目の前に決して勝つことができない強敵がいることさえ忘れ父の体を揺するが、彼の父はわけのわからない事を口にしてから、ピクリとも動かない。


「起きろ……起きろよクソ親父! 好き勝手やって俺や他の奴らに負債を抱えさせて、勝手に死んでんじゃねぇ!!」


 不思議な話であった。

 ほんの数秒前まで憎くてたまらないはずだった相手だというのに、今は話したくてたまらない。


「…………ゲイルか?」


 そんな思いが通じたのかどうかはわからないが、父であるラピスは、鈍重な動作で瓦礫に潰されていない両腕と頭を動かし、声の方へと頭を向ける。


「気が付いたかクソ親父! おい教えろ! お前はなんで!!」


 一瞬顔を綻ばせるもすぐに聞くべき内容に頭を切り替え口を開くゲイル。

 しかし逸る気持ちをゲイルが口にするよりも早く父は手を息子の顔の前に出し静止すると、


「父さんのような死に方だけはしないと誓ったんだが、まさか同じ答えに辿り着いて死ぬとはなぁ……」


 自虐気味な口調でそう笑い息子の頭に手を置く。


「おいてめぇ、勝手に悟ってんじゃねぇぞ!」

「ゲイル…………お前は……………………俺や父さんみたいになるんじゃねぇぞ」


 その後そんな事を口にしたかと思うと彼は僅かに手を上げたかと思えば、羽のような軽さで一度だけ息子の頭を叩き、残った上半身を床に預けたかと思えば、ピクリとも動かなくなった。


「そんな事はどうでもいいんだ! それより俺の質問に…………おい」


 衝動をそのまま口にしていたゲイルの声が、目の前で動かなくなった父の姿を見て固いものに変化する。


「馬鹿かてめぇ! わけわかんねぇことを遺言にして死ぬつもりかよ! いい加減にしろ!」


 そう言いながら何度も体を揺するがこれ以上何か答えが返ってくることはなく、男の体を満たしていた血液だけが彼の膝に触れる。


「おい! おい!!」


 それでもなお諦めきれないゲイルが肩を揺すり続けるが、頭上から落ちてきた瓦礫の山がゲイルの意識を現実に戻し、


「ふん!」


 目前に迫った窮地をクドルフが動くよりも早くソードマンが振り払う。


「っ!?」


 その一撃はこれまでのものとは次元が違うものであり、たったの一振りが発した風圧だけで瓦礫の雨を明後日の方角へ吹き飛ばし、その代償に彼が手にしていた二本の剣は砕け散った。


「…………ラピス殿の息子である君に心から詫びる。すまなかった」

「な、なに?」


 唖然とするゲイルとクドルフを前にして、片膝をついたソードマンが頭を垂れ、握り拳を地面に付ける。

 それから発せられたのは、敵であるゲイルに対して口にするにはあまりに不釣り合いな言葉であり、冷静さを保つことができないゲイルの口からは動揺の言葉が漏れ出た。


「今回の俺の任務は君の父親の護衛だ。それを果たせなかったのは我らにとっての大きな痛手だが、息子の目の前死なせてしまったとなっては、それ以上に大きな問題だ」

 

 目の前で言葉を紡ぎ続ける男をゲイルとクドルフは信じられない目で見るが、これだけは言える。


 彼は本気だ

 

「だからこそここに誓おう。いつか必ずこの失態に報いると。君に命の危機が迫ったのなら、必ず助けに行く。全力で君を危機から救うと」


 その誓いはソードマンからすれば一切得のないものであり、本日何度目かもわからぬ動揺がゲイルに襲いかかるが、ゲイルが何かを告げるよりも早く、新しく作りだした水の剣を一振りしラピスの上に覆いかぶさっている瓦礫や鉄塊を吹き飛ばす。

 その後顔についている血を丁寧にぬぐい取り、潰れた下半身を水属性の再生力で形だけでも戻しクドルフに渡すと、振り返ることなく部屋を去っていった。


「くそっ、どいつもこいつも、誰も俺の言葉に耳を貸さねぇ! 好き勝手やって進んでいきやがる! 好き勝手やって死んでいきやがる!!」


 天井が崩れ、零れ落ちる月の光が少年を部屋を照らす。

 誰も答えることのない発言をしたゲイルは空に浮かぶ月を見上げ、


「だったら俺だって言うことは聞かねぇ。俺だってやりたいことをやってやるさ」


 これからの人生で進むべき道を決めたのであった。


遅くなってしまい申し訳ありません。

そしてここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回からが此度の戦いの後始末。

といってもそれは悪い意味ではなく、今回得た報酬の確認となります。

ただまあ、人死にが出て報酬確認というのもなんだかな、と思ったので。


次回は蒼野達サイドです。


それではまた明日、ぜひご覧ください


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