古賀蒼野と古賀康太、ギルド『ウォーグレン』に行く 一頁目
「うし、ギルドに入るっていうのならまずは俺達の『キャラバン』に案内しなくちゃいけねぇな。着いて来い」
蒼野と康太を迎え入れた青年、原口善が太陽の光を背に浴びながらそう口にすると、優を含んだ三人を手招きしながら、登ってきたときは使わなかったエレベーターへと向け歩いていく。
「確か少人数のギルドなんですよね? じゃあギルドの形はキャラバン型ですか」
「ああ。そうだ」
いの一番に男についていく尾羽優の姿を視界に収めながら蒼野と康太の二人もついていき、善と優に続いてエレベーターに乗り地上に降りるためにボタンを押しながら蒼野が尋ねる。
この世界におけるキャラバンとは、言うなれば移動式の仕事場の形の一つを指す。
主な利用者は四大勢力の一角ギルドであり、土地に建物を建て経営する一般的な形に対し、キャラバンは少人数で形成されたギルドが住居を兼ねた建物で寝食を共にし、受けた依頼を達成していくという形が多い。
これが大人数になった場合が『要塞型』。仕事ではなく生活に重点を置いた場合が『移動住居型』と呼ばれるものである。
前者の場合の代表は『アトラー』というギルドが当てはまり、後者の場合は『メタガルン』というギルドが当てはまる。
「んで、そのキャラバンはどこにあるんッスか?」
「こっから数分歩いたところだ。まあそう焦るな」
二大宗教を分かつ境界線を超え、『試練の森を』と間にある綺麗に切り整えられた草原の上を歩き始める一行。
「見えてきたな。あれが俺の作ったギルドのキャラバンだ」
「あれが!」
善が宣言した通り数分歩いたところで目的地であるギルドに到着。
そうして蒼野と康太が視界に収めたのは、煙突から煙を出す通常の者と比べ一回り大きな一軒家であった。
蒼野と康太がその建物を見た際に抱いた第一印象は可愛らしい建物というものであった。
クリーム色の壁に等間隔に備えつけられた四角い窓。赤色の煉瓦で作られた屋根に真っ白な煙をモクモクと吐きだす煙突。
それらに加え壁の至る所に温かみのある木の装飾が成されている建物は、童話に出てくるようなメルヘンチックな雰囲気を纏っていた。
とはいえ土台となる足元は趣が違い、木やコンクリートではなく鉄でできたカバーの上に茶色の塗装でコーティングしており、その下からは僅かではあるのだが武骨なデザインのキャタピラが見えていた。
「なんつーか、ちょっと意外な感じだな」
正直なところ、自分たちよりも一歩前を歩く荒々しい見た目の男が仕事をしている場所としては少々以外な印象を抱いた康太。
「どう? びっくりした?」
「そうだな。びっくりしたよ。ギルドの事はもちろん知ってたけど、キャラバンは滅多に見られないからな。これからここで住むとなると、結構ワクワクするな!」
「まあ同感だがな。加えて言うなら、ちと面食らったな。なんつーか、善さんの印象とはかけ離れた建物だからな」
屈託のない笑顔を見せる蒼野に対し少々驚いた様子で腕を組み率直な感想を口にする康太であるが、すぐに自分の前を歩く人物の事を思い出し、焦った様子で顔を向けた。
「ま、そりゃそうだわな。俺が住むにしては、ちと可愛すぎるっていう自負はあるぜ。だがまあ、こっちのほうが客受けがいいんだよ」
「そ、そうでしたか」
怒鳴られることさえ覚悟していた康太であったが、思ったよりも冷静な返しを受け胸を撫で下ろす。
「あら~、もしかしてお猿さんは善さんが叫ぶと思ってビクビクしてたのかしら? その様子じゃモンキーじゃなくてチキンね」
「んだとコラ!」
そんな様子の康太を指差し小馬鹿にしたように笑う優に対し、殺意が籠った視線を返す康太。
その様子を見た原口善は奇妙なものでも見た様子で目を丸くした。
「珍しいな。お前がそんな風に人をいじり倒すなんてよ。だけどまあ、これから同じ釜の飯を食うんだ。仲良くしろ優」
「す、すいません」
「それと、古賀康太もだ。少し馬鹿にされたくらいで殺気を飛ばすな」
「す、すいません」
康太と優の二人が、呆れの混じった穏やかな善の声を聞き素直に謝り、頭を掻き毟りながら息を吐いた。
「ま、こんな見た目の俺も悪いんだがな。けどこいつは敵に対する威嚇なんだよ。自分で言うのもなんだが、そこまで荒い気性はしてねぇよ」
康太に対し穏やかな口調でそう語る善が、入口へと繋がる階段部分を登り、扉を開く。
「ここが、ギルド『ウォーグレン』の受付だ」
「おぉ」
「外から見たよりもずっと広い!」
建物の中は、外見とはまた一風変わった内装であったのだが、それ以上に驚いたのはその広さで、内部の広さは外見の倍以上ある。
「空間の拡張をしてるからな。まあ、この建物の実際の大きさはかなりのもんだぞ」
「ほぇー」
真っ白な大理石の床に人の顔を反射する程まで磨かれた茶色い壁。
部屋全体を照らす灯りは温かみを感じさせる電球色で、入口からまっすぐ進んだところにある机は、善や優の住む居住区と来客を隔てるように壁いっぱいにまで伸びていた。
それに加えていくつかの本棚が置いてあり、左右には黒革のソファーや机の数々が設置。ギルドのロビーというよりはホテルのロビーに近いものであるように蒼野には思えた。
「さ、入りな」
「次は中の案内ッスか。にしても、すごい金の掛けようでッスね。あんまり名前を聞いた事のないギルドだったんすけど、『ウォーグレン』ってのは金持ちギルドッスか?」
「まあ応接用のスペースだからかなり金を使ってるのも確かだが、世間一般のギルドと比べたら大分金持ちだとは思うぜ」
「へぇー」
善の言葉に適当な相づちを打ちながらついていく康太に続き、内装をまじまじと見ていた蒼野も小走りで中に入る。
「そ、それで…………次はどこを見せてくれるんですか?」
思っていたよりも大分しっかりとした建物である事を理解した蒼野が、目を輝かせながら天井スレスレの高さを飛び善の真横まで移動する。
「慌てんな慌てんな。これからお前らが住むための宿舎だ。色々知りたい気持ちもわかるがな、その前に時間だ」
「時間、ですか?」
「ああ。飯の時間だ」
善が蒼野と康太に話をしながら目の前にある木製の扉を開くと、そこはロビーとは完全に違う一軒家の廊下が続いており、木製の床に真っ白な壁の所々にある窓からは朝日が差し込んできていた。
「おっす、戻ったぞヒュンレイ」
「ヒュンレイさんただいま~」
それから十数歩歩き、廊下を抜けた先にあったのは、一般的な家庭のリビングのような空間であった。
「ここは…………」
20畳ほどあるであろう長方形のリビングには、蒼野達から見て左側のスペースに8人程が一同に会することができる長机と椅子があり、その上には3人分の朝食が置いてあった。
「おかえりなさい善。それに優」
そこから部屋の隅々まで視線を移そうとする蒼野と康太であったが、それよりも早く善の声に反応する声が聞こえ、長机の奥にあるキッチンの方へと視線を注ぐ。
「おう。昨日話してた二人だけどな、家で雇う事になった。だから悪いんだが、すぐに二人分朝食の用意をして欲しいんだが、できるか?」
「大丈夫ですよ。そうなる可能性も考慮して、昨日のうちに保存が利くおかずを幾つか作っておきました。少し待つことになりますが、いいですか?」
「構わねぇよ」
「それはよかった。では作業を、と行きたいところですがその前に先に挨拶をさせていただきましょう」
「!」
そう口にしながら出てきた存在を見て、蒼野と康太は驚いた。
深く落ち着きがあり、なおかつ聞く者の心を離さないカリスマ性を纏った低温の声から、目の前の者が男性である事はすぐに理解できた。
しかし銀の長髪を足の付け根まで伸ばし、細長のメガネを掛けた中性的な顔立ちをした長身に特徴的な長い耳をした姿に、着ている若草色のアオザイが合わさり、男は女性と見間違えるほど美しく、二人からほんの僅かな間ではあるが言葉を奪い取ってしまった。
「はじめまして。ギルド『ウォーグレン』で主に総務をやっている、ヒュンレイ・ノースパスです。どうぞよろしく」
「よ、よろしくお願いします」
無駄のない優雅な足取りで二人の前に近づき、手を差し出すヒュンレイ・ノースパスに対し、蒼野と康太はぎこちない動作でそう返し握手に応じた。
「さ、朝ごはんの準備をしますからみなさん席に着いてください。いやその前に、洗面所で手洗いうがいをしてきてください」
だがヒュンレイはそんな姿を見せる二人を小馬鹿にすることなく柔らかな笑顔で応じ、それを終えると踵を返しキッチンに戻り善や優にそう告げた。
「わかりました」
「おう」
ヒュンレイに促されるまま善がリビングを後にし、残る面々もそれに合わせ部屋を出て洗面台に向かう。
「正直な感想さ、ヒュンレイさんの見た目に関しては善さんとは別の意味でびっくりしたでしょ」
「そうだな。声からして男の人だって事は分かったんだけど、たぶん喋りもせず佇まれてたら、女の人と間違えると思う」
「素直でよろしい」
「俺とは別の意味でっていうのは少し引っかかるがな。まあ、感想に関しては同意できるがな」
部屋を出て最初の扉に入り、等間隔で並んでいる真っ白な陶器の洗面台に立ち、蛇口を捻り手を洗いうがいを行い、人によっては顔まで洗い暖かな日の光で満たされたリビングに戻る。
「ちょうどいいタイミングですね。今、人数分の用意が終わったところです」
「結構しっかりした朝食っすね」
切り刻まれたキャベツにポテトサラダ。加えてスクランブルエッグにソーセージが乗った大皿に、食パンが一斤乗った小皿。それに加えてオニオンスープと市販のヨーグルトが付いてきた朝食は、普段食パンやあんぱんに牛乳にヨーグルトで済ませる康太や蒼野からはかなり豪華に思えた。
「光栄です。とはいえ、そこまで対した労力は必要ないんですよ。千切りキャベツは昨日から塩水に漬けていたものですし、ポテトサラダやオニオンスープも作り置きです」
「なるほど。そりゃ確かに楽ッスね」
席につきながら素直な感想を康太が述べ、
「「いただきます」」
「あ、いただきます」
「いただきます」
善やヒュンレイが手を合わせ挨拶をしたのを真似てから用意された食事を口にする。
「ところで二人はどちら出身で? 今日新しい仲間が加わるかもしれないと聞いていたのですが、詳しい経歴や事情は全く知らされてないものでして」
「俺と康太は、境界付近にあるジコンっていう町からやってきたんです。年齢は16です。優と会ったのは、そのジコンでの事件がきっかけです」
「ほう。あのジコン出身ですか」
「知ってるんッスか?」
ジコンは外敵から身も守るための準備がしっかりされている以外はさして特徴のない田舎町だ。そんな自分たちの故郷を知っている様子のヒュンレイに対し、康太は箸を休めヒュンレイに視線を移した。
「ええ。境界周辺の町の中では、外壁や武装、それに住民の警護団も強固で、際立って守りが固いと。ですので、賢教の襲撃者はこの場所を避ける傾向にあるらしいです」
「へぇー」
「もしかしたら、それでゲイルの奴が動かされたのかもしれないですね。懐の痛まない、特攻兵として」
その情報は町の中でしか情報収集をしていない康太からすれば新鮮な情報であり、同時に故郷が周りから一目置かれる存在であった事に対し、内心で胸を張り、蒼野は飲んでいたオニオンスープを机に置きヒュンレイの方に視線を向けた。
「外壁に関しては幼い頃の話だったので詳しく覚えていないんですが、警護団の強化に関しては土方さんっていう方が密接に関わっていますね。数年間ジコンに滞在されていたんですけど、その間にかなり強化されています」
「土方……というと土方恭介さんですか?」
「ええそうです。知っているんですか?」
軽い気持ちで出した名前に対し反応に対し、蒼野と康太が驚いた様子で喰いつく。
というのも土方恭介という人物は、数年前に一度会ったのを最後に全く見かけないため、彼を慕っている彼らからすれば知っている事があればぜひ教えて欲しい情報であったのだ。
「ええ知っていますよ。戦場カメラマンにして情報屋の土方恭介。その手の業界の中ではかなりの有名人ですよ」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて、ここから本編が本格的に始まります。
彼らの私生活の場から、毎度の戦闘まで、一通りやっていければと思いますので、よろしくお願いします。




