即興劇――――WARRIORS3
ゼオスの言葉に突き動かされた蒼野が、康太が閉じ込められているであろう部屋へと続く扉の中へと飛びこんでいく。
ほぼ同時にゼオスがボルト・デインへと斬りかかるのだが、その行為を目にした老人は感心する。
「ワシを三人で止めきるつもりとは! ずいぶんと豪気だな!」
「そうしなきゃいけないんだから仕方がないわ。アタシもあいつも、それに積だってそのために腹括ってるの」
「ほう」
ゼオスの攻撃をかわしカウンターを撃ちこんだボルト・デインに対し、優が次いで殴りかかる。
その口から発せられる言葉には嘘偽りのない覚悟が込められており、二十歳を超えない少年少女が纏う闘気を目にして、彼は感心する。
「いや俺は正直そこまで腹は括っては……」
「うっさい! ここはかっこよく決めるところよ!」
「はっはっは! いやはや面白いなお主たちは!」
拮抗状態を崩したボルト・デインが右腕全体に電気を蓄え、雷速を遥かに超える刺突を繰り出し、優は自身の体を空中に投げだし一回転して攻撃をかわすと、空中で開店したまま踵落としを行い、老人の頭部へと攻撃。
それは阻まれてしまうのだが、その余波に耐えきれず老人は数歩後退した。
「原口善め。いい部下を育ててるではないか」
『エグオニオン』という国に存在する軍人は規律によって完全に支配されている。
それによって画一された強さこそがこの国の強みであり、人数を揃えることでギルド『アトラー』の兵士と戦う事や『万夫不当』に名を連ねる相手の足止をすることさえ可能としている。
それに対して今彼が対峙している小さな者達はそれとは真逆のタイプだ。
彼らは一人一人が替えのきかない特注品のようなもので、単体で『エグオニオン』の兵士二十人分以上と遜色のない力を発揮しており、そんな彼らをボルト・デインは高く買っていた。
「積!」
「うおおっと!」
ボルト・デインが体に電気を纏い一際強い輝きを放つと、その体がその場から消える。
それから瞬き程の間を空けることなく筋肉の塊が現れたのは積の真横であり、振り上げられた拳が振り下ろされるよりも先に、瞬時に作りだした盾を積が構え、老人の拳を弾く。
「そうらこれはどうする!」
「甘いわね!」
両手を膨張させ、雷を纏い、一撃必倒の思いで放たれた第二撃は、積を蹴り飛ばした少女が作りだした紋章によって阻まれる。
「おおう! 反射の紋章とは珍しいものを使うのう! こりゃ厄介!」
その紋章は攻撃を防ぐだけにとどまらず、ボルト・デインが紋章に与えた衝撃をそのままにして拳ごと跳ね返し後退させる。
「……ふっ」
片膝をつくボルト・デインへとゼオスが迫り、紫紺の炎を宿した刃が弧を描きながら木の幹のような太さの足に襲い掛かる。
「流石にそう簡単には当たってはやらんぞ。坊主」
「そこ!」
「とと……なるほど。うまい」
飛びあがることで容易く避けるボルト・デインではあるのだが、その背後から今度は水の鎌を構えた状態で優が襲い掛かり、彼女の攻撃を弾くと背後には既にゼオスが詰めており、息の合った斬撃の嵐がボルト・デインの体を襲う。
「言ったはずだぞ小僧ども。三人でわしを止めようとするとは豪気だな、とな!」
二人の動きは悪くはない。
むしろ蒼野とのコンビネーションではないため動きを制限されないゼオスと優のコンビネーションは、並の者ならば然程時間をかけず仕留めてしまう程のものだ。
しかし相手は百年近くの時を戦いに費やした歴戦の猛者ボルト・デインだ。
二人の動きに隙が無い事を理解すると、優の手にしている鎌を凄まじい反射神経を利用し片手で掴み、優が手を離すよりも早く彼女を持ちあげ、大上段に構えた刃を振り下ろそうとするゼオスの前に出しその動きを止め、二人纏めてショルダータックルで吹き飛ばした。
「奇妙な炎だ。炎の形を成しているというのに熱くない。いやむしろ冷たい。お主の炎の色から察するに属性混濁による特殊な性質か」
「…………」
ゼオスと優の二人は五人の中で最も接近戦が強い二人組だ。
それがいとも容易く防がれたという事は二対一の接近戦では決して勝てないという事だ。
積の援護を期待するにしても、二人の連携を難なく捌いたこの男に対して積一人の援護では心もとない。
「…………手数が足りんな」
「手のかかる馬鹿と蒼野が帰ってくる頃に倒せてたら、それが一番よかったんだけどね。どうやら、そこまで都合のいい展開にはさせてくれないみたいね」
今回のような撤退までの時間が限られた短期決戦で捕獲する場合、時間回帰によりチャンスを作れる蒼野と、中距離以上の距離ならば抜群の活躍をする康太は必須といってもよい。
それはつまり、今の状態では決して勝てないという事だ。
「ふっふっふさあ気張れよ坊主共。速度を上げていくぞぅ!」
「また俺かよ!」
「この!!」
「……時空門」
「そう何度も引っかかるほどわしはマヌケではないぞ!」
「ひぇっ!?」
優とゼオスの抵抗を容易く躱し、自身へと向け迷いなく迫るボルト・デインを前にして積の喉から奇妙な声が漏れ出てくるが、振り抜かれた第一打を躱し、更に一歩前に出て振り抜かれた蹴りを手にしている盾で防ぎ地面に体を預けると、それを好機と見た老人は更に接近し、振り下ろされた幹のような足を地面を転がることで何とか躱し立ち上がる。
「しつこいな坊主!」
「アタシらを完全無視とはいい度胸じゃない!」
「おっと。これは失礼」
なおも追撃をかけようとするボルト・デインの前にゼオスと優の二人が割り込み、それを見て彼は一気に後退。三人から離れ、一度だけ大きく息を吐くと、額から流れた汗を掌で拭いた。
「いやすまんすまん! しかし中々やる。お主たちくらいの年齢のものなら、普通はあれで仕留められているはずなんだがのう!」
「おお。珍しい事に俺が褒められてる!」
「……原口積、貴様はいちいち敵の言葉で喜ぶな」
「ていうかアタシらの接近戦の師匠は善さんよ。例え相手が百年以上戦場を歩いてきた老兵だろうと、易々と負けたら後で拳骨を受けるわよ」
「負けた場合はここで命を落とすんだ。その心配は必要なかろうよ!」
「あっそ!」
ボルト・デインの言葉を聞き忌々しげ吐き捨てる優だが、その裏で三人全員がボルト・デインの組み立てている戦術に頭を働かせる。
敵は戦いが始まった先程からずっと、積に張りつき打撃攻撃を仕掛けてきている。
ボルト・デインという人間が接近戦主体であることは過去の動画を確認した彼らからすれば十分に理解していた事だ。
だがこと戦術に関しては長く戦場で生きてきた分、それこそ星の数ほど所有しているおり、基本の戦術から奇策の類、搦め手まで様々な物まであり、どのような戦術を使ってくるかを見極めるのが彼らにとって最初の課題であった。
(どうやら落としやすい相手から潰していくつもりらしいわね)
(……ボルト・デインからすれば奴にしろ俺達にしろ大した差はないように思えるがな。基本はそうだろうな)
(正論ね。オッケー、基本積狙いと見て、不意打ちに最大限注意ってとこね!)
「ちょっと待ってお二人さん! 念話はいいんだけど俺を助けて!」
「言われなくても!」
「お、釣れたな!」
積へと一直線に向かってくる優の姿を見たボルト・デインが、方向転換をして優に迫る。
すぐにゼオスと積がそちらに向かおうとするが、それよりも早くに撃ちだされた拳が優の頬を掠る。
「反射!」
『反射の紋章』は数多くある『紋章』の中でも少々変わった特性がある。
他の紋章が何か他の物や行動に付属することで効果を発揮したり増幅させるものが多い中、『反射の紋章』はこれ自体が主体となって効果を発揮する。
「そこ!」
「ほう、良い使い方をするな」
「と・ら・え・た!」
何かに付与する必要がないという事はそれ単体で設置することが可能という事であり、これを使い攻撃の軌道を変えて相手にぶつけるなどの利用方法も可能である。
今回の場合優がボルト・デインの後ろに設置した紋章に優が放った水の弾丸だ衝突し、ボルト・デインの死角から優が明後日の方角へと撃ちだした水の弾丸がぶつかってきた。
「アンタは三人じゃ自分を倒せないみたいな感じて舐めてくれてるけどね……」
水属性で作られた弾丸ではボルト・デインの体を貫通する程の威力はない。
がしかし銃弾が衝突した痛みは確かに老人にも存在し、それにより怯んだ隙に優が大地を踏み拳を握り、
「アンタこそ……アタシ達を舐めるな!」
そのまま放たれた拳はボルト・デインの体を正確に捉え、屈強な肉体に深々と突き刺さる。
「いやはやこれは……………中々効く……っ!」
クリティカルヒットした拳の勢いに敗け、老兵が宙を舞う。
その状態の彼へと向けゼオスと積が迫るが彼らは空中に投げ出された状態で放たれた蹴りを喰らい吹き飛ばされ、安全を得た彼は無事に着地。
そう口にしながら豪快に笑い飛ばすボルト・デインであるが、その表情が一瞬強張る。
「言っとくけどアタシの一撃は効くわよ。なんせ一撃が数発分に変化するんだから」
「なるほど。これは厄介」
優の拳に付与された紋章がその効果を発揮しボルト・デインの腹部に続けざまに突き刺さる。その威力は確かなものであるはずで、多少なりともダメージを与えたはずなのだ。
しかしボルト・デインに怯んだ様子はなく、その顔には不敵な笑みが浮かんでおり、気が付けば優の体は地面に沈んでいた。
「ふむ、今のは『遅延攻撃』の紋章か。いいのを使う。が、わしも負けてはおらんぞ?」
「っ!」
ボルト・デインの頬から一筋の血が流れるが優の腹部からはおびただしい量の血が流れており、すぐに回復する優を前に勝ち誇るが、その視線は鷹のように鋭い。
「紋章展開については完全に予想外であった。どうやらワシの知らぬ力をまだ隠し持っているらしい」
察知できない速度で行われた手刀を前に少女は表情を歪めながら回復を行い、それを行った老人がジロリと睨むと積が一歩後ずさり、ゼオスは剣を構え息を整える。
「来るがいい小僧ども。勇敢と蛮勇、その違いを貴様らの体に叩きこんでやろう」
対する老人は不動。
幾度か攻撃を受けたにも関わらずその顔に笑みを張りつけ、挑戦者である子供たちを見下す。
「いやはやこれは」
「きついわね」
多くの者達と、戦ってきた。
そんな彼らは、今回の戦いはそんな中でも最もきつい戦いであると認識した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
これまで多くの者達と戦ってきた子供たちが、過去最大の敵と対峙する。
有り体に言ってしまえば今回の戦いはそれだけのものです。
ここら辺については今後詳しく語って行くのですが、次回はひとまず蒼野サイドへと移ります。
タイトルは『その掌に救済の指針を』
また明日、ぜひご覧ください




