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即興劇――――WARRIORS2

「敵襲! 奴らだ!」

「構造で見た通りならあの先が牢屋だ!」

「わかった。前にいる敵は何人?」

「三十人ほどだ!」

「…………俺が前から崩す。貴様らは後ろから攻めろ」


 曲がり角を右に曲がってすぐの一本道に入った瞬間、銃弾の雨が襲い掛かる。

 すぐさま来た道を戻った蒼野達が現状確認を終え、ゼオスが黒い渦を発現。

 ほんの一瞬視界の端に収めた、奥に続く入口へと、針の穴程の小さな黒い渦をつなげていく。


「ちゃんと奥の景色は見えたのか?」

「……下らん心配をするな。さっさと仕事を終えることだけを考えろ」


 視界に収めた範囲ならばどのような場所であれ自由に移動ができる。


 その条件に則り入口の向こう側をチラリとでも視界に映したゼオスが黒い渦を勢いよく広げ蒼野達に中に入ることを促すと、蒼野に優、そして積の三人がそれを利用。


「よし、後ろに回り込めた」


 黒い渦の先に広がっていたのは、昼白色の電球で照らされた牢屋の数々で、後ろを振り返れば、そこには先程彼らを狙って引き金を引いていた兵士が、前から飛びこんでくるゼオスを相手に戦いを繰り広げていた。


「十五秒で崩す!」

「オッケー!」

「ひゃー忙し忙し!」


 蒼野の指示と先制攻撃で入口の扉を蹴りで破壊し、鉄製の扉を銃を構える敵兵へと押し付け踏みつける。


「は、背後!?」

「……終わりだ」


 思わぬ不意打ちを前にして動揺する兵士が作りだした隙を縫うように、ゼオスの持つ漆黒の剣が奔る。

 剣は複数の敵の足を斬り裂き機動力とバランス感覚を奪い、雪崩のような勢いで陣形が崩れた隙に、背後から迫っていた蒼野達三人が無防備な姿を晒す彼らの意識を瞬く間に奪い、


「うっし、これで最後の一人も終わりだ」


 積が作りだした丈夫な縄で簀巻きにすると、近くの道に転がしておいた。


「通路の死守をお願いします!」

「了解した」


 それからの蒼野の行動は迅速だ。

 曲がり角へと続く一本道に小型の転送装置を置き、ギルド『アトラー』の援軍を十五人程呼びよせ見張りを頼む。


「奥へ行くぞ!」


 こうして後顧の憂いを断ち切った蒼野は優達を連れ牢屋の中へと突入。

 一つ一つの牢屋を調べ康太がいないことを確認するとその奥にある扉へとその身を潜らせ、


「おお! 来たか諸君!」


 その奥の何もない空間。

 鉄色の壁や床以外には何も存在せず、無数の豆電球が照らす正方形の部屋で、この移動要塞最強の兵と対峙した。


「ボルト・デイン……」


 なぜここにいる、などという質問をすることは誰もしない。

 玄関ホールでは大した数の兵士がおらず、その後も放置しておけば厄介な布陣はあれど、その都度対処すればどうとでもなる程度の戦力が大半で、目に見えて厄介な密集地帯は全て避けて通ることがでここまで来ることができた。


 つまりそれは、この場所に最終的には辿りつけるよう誘導された陣形であったという事だ。


「ふむ、思ったよりも消耗が少ないようだな。切り札の存在があったとしても驚くほど損傷が少ない……これはデータよりも二ランク程強めに見積もっておいた方がいいな」


 トランクスにタンクトップを装備した筋骨隆々の彼は、割れた顎を手でさすりながら語る。

 それを前にした蒼野達四人は周囲の状況を把握し、この場に最も適した戦術を思い浮かべ行動に移す伺い、


「お主達が助けだしたい勇者殿はこの奥にいる」

「え?」


 そんな中でボルト・デインが口にした言葉を聞き、蒼野が動揺する。


「奥の仕掛けはちと面倒での。単純な物量押しじゃが恐らく二人は必要だ。あ、あと古賀康太を縛っている鎖はかなり強固なものだ。鋼属性粒子の圧縮を重ね、通常の物をはるかに超える強度を誇っている」


「え? え?」


 語られる内容は一言一句逃さず蒼野の頭の中に滑り込んでくるのだが、思わぬ情報開示を前に思考がまとめきれない。目の前の男は何を言っているのだと混乱し声が出ない。


「こっわいなぁ! 色々な事を教えてくれてるけど、その目的はどのようなもので?」

「『エグオニオン』に少人数で飛びこんで来た主らに対するワシなりのサービスだ。ありがたく受け取れ」

「サービス、ね」

「いやしかしお主ら二人は似過ぎだろ。一卵性双生児だったりするのか?」

「…………」

「それと、お主らがここに来た時点で奥の部屋の爆弾やトラップの類を起動させた。これにより古賀康太のいる奥の部屋は、あと十分で大爆発を起こし、内部にいる者達を殺し尽す」

「なっ!?」


 老人の発言に蒼野が困惑し、ゼオスが考慮をしないという様子で剣を構える中、積と優の二人はボルト・デインの企みに気が付き頭を悩ませる。


 目の前の男の策は単純で戦力の『分断』だ。


 『メタガルン』の面々が相手になるというのならば、原口善が残るのはさしておかしなことではない。

 隊長格と呼ばれる程度の相手ならばともかく、そう隊長のウルフェンが出た場合、他の者ならば時間稼ぎさえできずに蹂躙されるからだ。

 その後ここまでくるために『アトラー』の精鋭を用いたのは間違いとは言いきれず、ゲイルの付き添いという形で用心棒のクドルフまで分断したのも二手に分かれるとすれば間違った判断であるとは決して言えない。


 しかし結果としてこの場所に辿り着くまでの戦力は大きく削られ、最盛期と比べれば大きく劣るとはいえ『万夫不当』の兵の中でも頭角を現している存在が自分たちの前に立ちふさがっている。


 そしてそんな彼は、最後の最後に自分たちを二手に分かれさせようと画策している。


「…………後は各個撃破を目指していけばいいといったところか」

「こーれちょっとまずいんじゃない?」


 ボルト・デインは恐らく嘘をついていない。

 真実の情報を渡し、それにより自分たちを縛ってきている。


 それに気づいた積がこれまでの楽観した様子を打ち消し苦しい表情を浮かべ、他の面々も顔に浮かばせこそしないものの、全身を緊張感で強張らせる。


「さあて、どうするかね諸君!」


 思考に意識を割き、最善手を考える時間が欲しい一行だが、ボルト・デインがそれを許す理由はない。

 全身に雷を纏い、通常時と比べ動きが鈍っている四人を慌てさせるために、歩を進める。


「…………」


 各々の動きには僅かにだが差がある。

 最も動き出しが早かったのは目の前の敵に意識を集中させていたゼオスで、逆に最も動き出しが遅かったのは最善の策を出そうと頭を悩まし続けていた蒼野だ。


「…………ふっ!」

「さっき良し。構え良し。しかしまだまだ甘い」


 いの一番に動き出したゼオスの攻撃をボルト・デインは避けると、ゼオスの腕を掴み、蒼野と扉が一直線に並ぶ場所まで瞬時に移動し投げ飛ばし、二人を壁に激突させると優と積の二人に視線を合わせた。


「さあ、楽しませてくれよ若造共」

「二対二? マジか!?」

「腹括りなさい。別にいいじゃない。善さんと比べれば、そこまできつくないって」

「いやいや、比べる相手が悪いって!」


 ボルト・デインの戦闘スタイルはシンプルだ。

 鍛え上げられた筋肉を雷属性による反応速度の鋭敏化と併用することで敵を圧倒する肉弾戦だ。


 他の者と違う点はボルト・デインは能力として『威力増幅ブースト・雷』という能力を持っている。

 この能力も至極単純なもので、能力者が当てはまる属性を使用した際、その威力を熟練度に合わせ倍増させるというものだ。

 能力事態の習得難易度は紋章展開同様かなり簡単なものだが、この能力を鍛え抜いたボルト・デインは使う雷属性の特性や威力を五倍から十倍程度まで高めることが可能。


「ふんむ!」

「お……も!?」

「本当に最盛期を超えた老人かよこの人!?」


 これにより雷の速度と超人的な反応速度を身体能力に上乗せすることができるボルト・デインは、百を超える老齢ながら、近接戦闘では世界有数の猛者として名前を連ねていた。


「クソ!」


 この男を撃破するならば、五人全員でかかる必要がある。しかしそうするためには四人のうち半数が康太を助けに行かなくてはならない。

 避けられない事実が蒼野の脳を支配し、部屋の中を縦横無尽に駆け優と積に襲い掛かるボルト・デインの姿が、さらに蒼野から冷静な思考を奪っていく。


「……邪魔だ」

「うお!?」


 そんな中、蒼野の思考を正常に戻したのは彼と同じ方角に飛ばされ壁に打ち付けられたゼオスだ。

 ゼオスは自分の上に乗っかり頭に手を置いたまま動かない蒼野の服の裾を引っ張り持ちあげると、すぐ側にある康太がいると言われた部屋の前にまで投げ飛ばした。


「い、いきなり何するんだよ!」

「……貴様が一人で古賀康太を救出しろ。その間、奴は俺たち三人で食い止める」

「え?」


 辿り着いた場所は奥へと続く扉の前なのだが、ゼオスが口にした提案を耳にして蒼野は息を呑む。


「そんなもん受け入れられるわけねぇだろ! それじゃあこっちが崩れるぞ!」

「……ならば全員で残ってこいつを仕留めた後康太を助けに向かうか? それでは時間が足りまい」

「それは…………」

「…………ゆで上がった脳を冷やしてよく考えてみろ古賀蒼野。ここで行う全ての選択は、どれを選んだとしてもどこかで無理が生じるものだ」

「!」


 底冷えするような侮蔑の感情を込めた声が蒼野の胸に刺さり、それと同時に蒼野の脳が冷静さを取り戻しこの状況を正確に理解し始める。

 そうして全てを瞬時に理解したところで、蒼野はゼオスの言葉の意味を実感した。


 今目の前で繰り広げられる状況は、もう一方の問題をクドルフとゲイルの二人が解決するという大前提で考えた場合、五種類に大別できる。


 まず最も単純なのがボルト・デインの足止めと康太の救出で二人ずつに分かれる方法。

 この策を取った場合おそらく康太を助けることはできるが、残る二人だけでは膠着状態に持ちことさえ厳しく、恐らく順番に殺されておしまいだ。


 二人で足止めが無理ならば一人で足止めする事など不可能だ。よって三人で救出に向かい、残る1人がボルト・デインを止めるという案も自然と消滅する。


 ならばボルト・デインを三人で足止めして康太の救出に一人が向かうという案だが、この場合ボルト・デインが口にする適正以下の人数のため、康太を助ける難度が上昇、下手すれば助けられず、息絶える可能性もありうる。三人で対峙したとしても膠着状態にまで持ちこめる可能性は上がるが、それでも敗色濃厚なのは変わりない。


 それを避けなおかつ高速で康太を助けるのならば、全員が一丸となり康太救出に動けばいいのだが、ボルト・デインがそれを指を咥えて見ているわけもなく、その場合雷属性という全属性最強の攻撃力を前に防戦一方になりながらも救出活動をしなければならないという、これまた敗色濃厚な状況となる。


 逆にボルト・デインを四人全員で叩くとなった場合、時間切れが濃厚となる。


 全ての可能性を探れば確かに、どこかで無茶が生じてしまうのだ。


「っ!」


 ボルト・デインに撃墜される策二つは消し、時間切れが見える四人での総力戦も諦める。

 そうして残った二つの策を見比べると、単身で未知数の危険が待つ康太の救出に向かう案と、四人全員で救出に向かいボルト・デインと道の罠に挟まれる案の二つが残る、

 どちらの方がリスクが高いかは、全員で挑まなければ負ける相手に防戦一方な状況に追いこまれる時点で比べるまでもない。


「いや待て。お前には便利な能力がある。中の仕組みはわからないが、お前が行った方がいいんじゃないか?」


 ただ一つ疑問を挟むとするならば、その適役が誰であるかという事だ。


「…………」


 見るだけで空間移動が可能なゼオスならば、自分以上に適した役割ではないかという当然の答え。


「俺の時間回帰なら当たりさえすれば時間を稼げるし逆転の目も見える。俺が残った方が効率がいいはずだ。それにお前なら、康太の姿を目にした時点で連れてこられる。逆の方がいいはずだ」

「…………奴は言ったな。体と壁を強固な鎖でつないでいると。それがある限り俺の能力による移動は困難だ。そもそも、俺と貴様、どちらの方がここに残るべきかなどすぐにわかるはずだが?」

「う…………」


 その言葉に蒼野は反論できない。

 康太を含めた五人の中で最も強いのはゼオスであり、彼の有無は戦力面において大きな差となっている。

 そんな彼がいなくなれば、生存の可能性は更に低くなることは蒼野とて十分に分かっている。


「……それに、だ」

「それに?」


 普段ならばそのように明確な理由を口にすればそれ以上は何も言わないゼオスだが、今の彼はそこで言葉を止める事はなく、自らが口にするべきと考えた言葉を紡ぎ続ける。


「……聞いたぞ。貴様にとって今回の戦いはリターンマッチだそうだな」

「!」

「……ならば貴様が奴を助けるべきだ。そうでなければ…………意味がないのではないか?」


 生まれてこの方そのような状況に直面した事がなく、なおかつ少々喋る事が苦手なゼオスには、思い浮かんだ感情や気持ちを明確に説明できるだけのしっかりとした言葉が出てこない。

 しかしそれでもゼオスの込めた思いは伝わり、蒼野の表情から迷いが消える。


「じゃあ、この場は任せるぞ」

「……撤退には俺の能力を使うとはいえ最良はこの男を捕まえることだ。さっさと助けて、さっさと戻って来い」


 立ち上がった少年は自身と同じ顔をした少年にこの場を託し、任された少年は普段と同じ無機質な声で返事をする。


「待ってろよ。康太!」 


 そうして全身に覇気を充実させながら蒼野は先へと進み、ゼオスは戦場へと飛びこんだ。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


今回の話に置ける敵方の戦略披露回。

うまくいってるなんて、笑ってる場合じゃねーぞという感じです。

積は反省しましょう。

私個人的としては戦力の分断というのは心底面倒だと思っているタイプの人間でして、

今回の話はそんな自分の考えを反映した話となっています。

これからどのようにして乗り越えていくのか、次回以降で確認していただければ幸いです


それではまた明日、ぜひご覧ください


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