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即興劇――――WARRIORS1


「一階東側階段前、異常なし。どうぞ」


 善が『メタガルン』の獣人と『エグオニオン』の軍人を相手に戦いを繰り広げる中、入口から最も近い東側階段の陰で十人と少しの軍人が武器を手に持ち待ち構えていた。

 彼らがこの場所に待機している理由は至極単純なもので、事前の作戦通りならば敵対者であるギルド『ウォーグレン』の面々がここを通るはずだからだ。


 『境界なき軍勢』の指示により移動要塞の中で合流する予定だった『メタガルン』の兵たち。

 獣人のみで構成されたギルド『メタガルン』と手を組んでいた彼らは、この管制塔に忍び込む彼らの作戦を既に知っており、階段下の待ち伏せ用のスペースで待機し、玄関ホールから逃げ延びた一同を上で待ち構えている面々と挟みこみ一気に崩す予定であった。

 しかし玄関ホールでの戦闘から三十秒ほどが経とうとも一向に彼らは現れず、思わぬ事態に彼らは待ちぼうけをくらっていた。


『こ、こちら三階廊下! 応答、応答を願う!』


 彼らはなぜここにやってこないのか?


 疑問に対する答えは一向に出ず、しかし職務を放棄することができない彼らは曲がり角から現れるはずの敵対者を待ち続け息を潜めていたのだが、そんな彼らの耳に仲間の悲鳴が聞こえてくる。


「どうした、何があった!」


 無線越しに聞こえた声は切羽詰まったものであり、瞬時にただ事ではない事を理解し部下達にアイコンタクトを取ると、報告を聞いた男は見張りを任せ無線機越しの仲間に尋ねる。


『三階廊下に敵襲! 件の者達が下から現れた! し、至急応援を!? ぐぅっ!?』


 そこまで口にした男の声が、くぐもった声を最後に聞こえなくなる。


「隊長、いかがいたしましたか?」

「すぐに三階廊下にまで移動する。奴らは既に上に上がっている!」


 その時、隊長と呼ばれた人物は自らの未熟を悔いた。

 彼らの建てた作戦はこちらに気づかれず最小のリスクで目標を達成するためのものだ。


 しかし今現在、状況は大いに変化した。

 『メタガルン』の面々が謀反を起こしたと知ったギルド『ウォーグレン』の面々からすれば、既存の作戦で物事を進めるのは大きなリスクを伴う。

 作戦の内容を知っている『メタガルン』の面々が、『エグオニオン』の兵士たちにその内容を伝えた可能性が高い体。

 であれば、彼らは危険を回避するためにすぐにでも作戦の内容を変更するのが道理であった。


『こちら四階会議室、敵襲、敵襲!』

『こちら五階訓練場! 援軍を要求する!』


 数秒単位で無線機越しに送られてくる報告を耳にしながら、男たちは上階へと向け走りだしていた。




「着いたな。クドルフさん、それかゼオス。ここの天井を壊してくれないか?」


 遡ること数十秒前、危険地帯を無事に突破した一行は、追撃されることもなく長い廊下の一角にまで移動していた。

 そんな中蒼野が指差したのは明かりに照らされた鉄色の天井であり、その真意を計りきれなかった積は首を捻る。


「ここの天井を壊すって、そんな派手な事をしたら相手にばれるだろ?」

「どのみち『メタガルン』の連中が裏切った時点でこっちの情報は筒抜けだと思うし、それなら音とかを気にせず最短の道を突っ切ろう」

「承知した。突破する」


 しっかりとした物言いで作戦の変更を口にする蒼野に積は僅かに違和感を覚える中、クドルフが剣を抜き天井を斬り裂き先へと進む。


「よし、誰もいない。みんなも上がっていいぞ!」


 周囲を確認した蒼野の言葉に従い、一行が上へと昇る。

 それから時間を戻し道を塞ぎ、同様に天井を斬り裂き扇動していた蒼野が三階へと辿り着くと、十人程の軍人と蒼野の目が合った。


「貴様は!」

「風刃!」


 一瞬の事であった。

 敵方が動くよりも早く剣を抜いた蒼野の放った風の刃は、最前線に立つ二人の両腕と両足を浅くだが斬り裂き怯ませ、それに追従するように蒼野の周辺に配置されていた風の球体が主人の命に従い風の弾丸を撃ち出し、目前の敵の陣形を瓦解。


「お願いします!」


 強固な壁が一瞬で崩れ、隙ができる。

 その間に前もってクドルフから渡された掌に収まるほど小さな球体を投げつけると、黄色の光を周囲にまき散らし、その奥から迷彩ジャケットとパンツを着こんだ兵士数人が現れる。


「少しの間彼らの対応と、援軍の対応をお願いします!」

「了解!」


 現れたギルド『アトラー』の面々が蒼野の頼みを聞くと、腰に携えた布袋から機関銃と長く伸びた弾倉を取り出し瞬く間に装着。体勢を立て直そうとする面々に対し威嚇射撃を行い、曲がり角まで後退させる。


「よし、みんな今のうちに! アトラーの方々は、出来るだけ殺さないようにしてください!」

「ギルド内の同士討ちは望まぬし、獣人族を殺せばウルフェン殿が報復を行う。妥当な判断だな!」

(いや多分)

(蒼野はそこまで考えてないと思うわ)


 声をあげた蒼野の指示に従い、『アトラー』の面々がその判断に感心すると、積と優が内心で突っ込みを入れ、一同が更に上へと上昇。

 そのようにして上へのぼり続けていると、何度か敵と遭遇するも蒼野が先頭に立ちこれらを全て退け、彼らは十五階建ての管制塔の十階まで昇っていた。


「いやー今回は運がいいな。ここまで派手な戦闘はほぼなしだ。願わくばこのまま終わってほしい! そして今後も今回みたいな依頼ばっかであってほしい!」

「仕事が楽なのは俺もうれしいけどな。今回楽なのは運じゃなくて事前の調査がうまくいったからだぞ」


 鼻歌さえ歌う事ができるだけの余裕を持った積が頭の後ろで手を組みそう呟くと、蒼野が言葉を返し、それを聞き席は目を丸くする。


「あ、そうだったのか。どおりで」


 クドルフの斬撃で豆腐のように斬れた天井を登りながら積が納得。


「ここの地図やら最短ルート。後は動画の見直しとかもしてたから、それがうまく嵌った感じだな」

「すげぇな。どのくらい調べたんだ?」

「地図無しでも管制塔の事が全て熟知できるくらいかな。苦労したが、まあ作戦成功のためなら苦痛じゃない。あ、ここに穴を開けてくださいクドルフさん」

「…………マジか」


 クドルフと先導する蒼野の姿に積が息を漏らす。

 自ら先頭に立ち他の者に指示を与える姿に、時間を戻す能力があるとはいえ敵の攻撃を前に恐れず立ち向かい陣形を崩すガッツ。そして迷いのない援軍の使い方。


 その全てを一人でこなす今の彼からは、これまでにない迫力を感じた。


「なーんか今回のあいつは一味違うな。気合いの入り方が違う」

「ああ、そういえばあんたは知らないのね。あいつにとって今回の依頼はね、リターンマッチみたいなものなのよ」

「リターンマッチ?」


 なのでその抱いた気持ちをそのまま口に出すと、上階への道をこじ開ける蒼野を眺めていた優が彼にそう告げ、その意味が理解できず積がオウム返しをした。


「そ、リターンマッチ。あいつはね前に今と同じような潜入任務で大勢の人を助けられなかったの」

「…………その話詳しく」


 真剣な声で聞き返す積に対し優は頷き、前方で動いている蒼野の姿を目で追いながら口を開いた。


「以前クロムウェル家が治める結界維持装置の工場の一つに調査員として潜入した時の事なんだけどね、蒼野は守りたいって思った女の人だったり、町の人を助けることができなかったの」

「そのくらいの事なら日常茶飯事だ。でも今このタイミングでこれだけやる気を出してるってことは、何か深いわけがあるんだろ」

「うん。この事件に絡んでた、というより犯人がパペットマスターだったんだけどね。詳しくは知らないんだけど結構むごい仕打ちを受けたらしくて。

 まあアタシがそれを知ったのは、ゼオスとの件も終わったあとだったんだけど、どうやら目の前でスプラッタな光景を見せつけられたり、死者の心を代弁して追い詰められたりしたらしいの」

「そりゃ……………………辛いな」


 どのような仕打ちを受けたのかまでは積には推し量ることはできないが、その心労は相手がパペットマスターであるというのならば甚大である事だけは理解できる。

 なので積はサングラスの奥で目を伏せながら低い声でそう返すと、優はそれに同意。

 

「しかもその時殺された女性だったり協力者は今と同じギルド『アトラー』の面々。これなら、蒼野が普段以上に力を入れる理由もわかるでしょ?」

「わかったよ。わかったけどよ……私情を持ちこみ過ぎじゃないか?」


 優の説明を受け、蒼野がなぜそれほどまで力を入れるのかは理解した。

 彼女自身口にすることはしなかったが、今囚われているのが康太であり絶対に殺させてなるものかという思いが、更に蒼野を燃やしていることも容易に想像できる。


 ただ一つ心配があるとすれば、やる気から来る空回りだ。

 そのような状態というのは得てして気持ちが先んじ不注意などによる大損害に繋がることが多々ある。

 なので実は危ない状態なのではと考え優に尋ねると、その意見に優も賛同する。


「ま、アンタの思ってる通りそこが懸念点よねー。でもこれは単独の依頼じゃない。アタシ達全員で動いてるのよ」

「つまり俺達がよーく目を光らせておくってことか。いやー世話の焼ける奴だな蒼野は!」

「普段のアンタ程じゃないわよ」

「こりゃ一本取られた」


 上の階へと進みながらそう口にする積に優が言葉を返すと、その話をこっそり聞いていたゼオスもそれに同意し、気を引き締め上階へと昇っていく。


「よし、ここが十三階、康太のいる場所か」


 しかし彼らの見る限りでは蒼野の動きに危なげな点がなく、なおかつ管制塔に潜んでいる敵からの攻撃も然程激しくなく、彼らは康太が隔離されているであろう牢屋がある十三階まで辿り着いた。

 蒼野達がこの場所が目的の場所だと知った理由は単純明快、『エグオニオン』から送られてきた映像にご丁寧に康太が幽閉されている場所まで書いてあったからだ。

 なぜ居場所まで伝えるのか理解できず不審に思う蒼野達であったが、しかし明確に場所がわかっているというのならば無論それを無視することなどできるはずがなく、こうして向かっているというわけだ。


「あ、クソ親父!」

「ゲイル、なぜここにいる!」


 と、同時に彼らが昇ってきた穴から出てすぐに目に入ったのは、恰幅のいい体系をした一人の男、ゲイルから前もって姿を教えてもらっていたラピス・R・フォンであった。

 樽のような胴体をしたイチョウ型の髭生やした焦げ茶色のスーツを着こんだ彼は、現れた面々を前に顔を歪める。


「決まってんだろ。馬鹿野郎の目を覚ましに来たんだよ!」

「ちっ!」


 動きだすゲイルよりも一歩早く動きだしたラピスが、角を曲がる。


「待ちやがれ!」

「ゲイル!」


 我を忘れ走りだすゲイルであるが、蒼野の足はすぐには動かない。


 至極単純な理由だ。


 康太を助けるために動きたい蒼野が目指す方角と、ゲイルが向かった方角は真逆の方向なのだ。


「古賀蒼野、これを持っていけ」

「これは?」

「私が『アトラー』から持ってきた、小型の転送装置の残りだ」

「え?」


 迷いにより動きを止める蒼野を前に、隣を歩いていたクドルフが臙脂色のマントの奥から小さな布袋を取りだす。

 最初はそれが何か理解できずにいた蒼野であったが、中身を覗き見て男の顔を再度見つめれば、疑問に対する答えがすぐに返ってきた。


「私がゲイル君の方に着いていき彼の父親を連れて帰る。君たちはこの先にいるであろう康太君を保護する。この場で取れる作戦は、それが最良のはずだが?」

「……っ」


 戦力の分散は目的が二つあり最短で仕事を終えて帰る以上、元から決まっていた内容であり蒼野もそれについては了承をしており、口を挟むつもりは一切なかった。


 しかし過去の忘れがたい悪夢の如き記憶が蒼野の胸をかき乱す。

 ここで別行動を取ることが断固として拒否するべきだと叫び続ける。


「…………わかりました、そうしましょう」


 思わず吐きそうになるような気持ちの悪さを抑え、激しい動悸を繰り返す胸を押さえながら蒼野が決意の言葉を口にすると、クドルフがゲイルを追いかける。


「俺たちもこっちへ向かうぞ!」


 本当にこれでよかったのか?


 元々建てていた作戦ではあるが最後まで拭い去ることができない疑問を呑みこみ、今はやるべきことを終わらせようと蒼野を先頭に、優にゼオス、そして積が最奥にある牢屋を目指し奔りだした。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


善さんサイドから映り蒼野達サイドの話です。

今回ラピス殿が二十二時よりも先にいたのはかなり早く動いていたからです。

以前の話でもゲイルは既にいない事を口にしていましたしね。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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