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即興劇――――BEASTS1


「撃ち方止め!」


 約三秒間、隙間を埋めるかのように張り巡らされた弾幕が筋骨隆々な猿顔の男の一言で止まる。

 硝煙がまき散らす臭いに幾人かの獣人が顔をしかめる中、指示を出していた男が先頭に立ち、煙が立ちこめる中央部へと向け一歩前に進む。


「!」


 慎重さを感じさせる足取りで二歩三歩と前へと進む男が、待ち構える危険を予期し身構えると、それに合わせたかのようなタイミングで男の体を拳が襲う。


「流石は『メタガルン』の隊長格だ。今の不意打ちを受けきるか」


 煙の奥から聞こえてくる声を聞き、その場にいる全員が銃を構える。

 がしかしそれらは引き金に手が触れるよりも早く明後日の方角へと吹き飛ばされ、それを持っていた兵士たちはそれを行った人物達のいる中心部に目を向けた。


「まあ今は褒め称えてる場合じゃねぇな。単刀直入に聞くが…………お前ら、今何をしたかわかってんのか?」


 煙から出てきながらそう口にする男、原口善の姿にその場にいる全員が固唾を飲む。

 放たれる敵意は威圧感となり、心臓が早鐘を打つ。


「無論だ。我々は目指すべき楽園のために貴様らを敵に回す、そう決意したのだ」


 思わず逃げ出したくなるような敵意を差し向けられる一行であるが、そんな一行を引き止めたのは先程銃撃の指示を出した『メタガルン』の隊長オルゴーリだ。

 善の声を聞き両腕が破裂するのではと思うほど膨れ上がらせたその男は、恐れ一つ抱くことなくそう言いきり殺意を放つ。


「大層な覚悟だ。それだけの覚悟、使うなら別の場所で使ってほしかったよ俺は」

「隊長、標的が動きます!」

「逃がすな!」


 会話を続ける二人を尻目にいくつかの影が煙を飛びだしすぐそばにあった道の中へと飛びこんでいき、未だ銃を手にしていた幾人かが銃を向けるが、その銃全てが先程同様明後日の方角へと飛んで行く。


「原口善!」

「おいおい、ここで俺を恨むのはお門違いだぞオルゴーリ。今お前らの銃を落としたのは俺じゃない」


 その言葉を聞き男たちが目を凝らした先には、真っ黒なゴーグルを装着し長い銃身をした銃を構えた『アトラー』の精鋭たちが十人程存在していた。


「戦線を離脱します!」

「おう、ご苦労さん」

「待て!」


 アトラーの精鋭を目にした『メタガルン』の面々が、銃を使うのを止め突撃しようと床を踏む。


「今お前らを止めたのは俺だからな」

「そんな事は百も承知だ!」


 すると彼らの進撃を嘲笑うかのような蹴りが彼らの行く手を阻み、軽口を叩く善に対し隊長格であるオルゴーリが苛立った声を吐きだした。




 獣人族が運営しているギルド『メタガルン』の裏切りにより状況は一変した。

 しかし善も、クドルフも、ゲイルも、いや残る全員は驚きはするが足を止める事はなく、各々が行うべき役割に従事するために頭を回転させた。


 今回の戦いにおける作戦は奇襲による速攻だ。

 多少戦力を整えようと、大半の住人が戦う事ができる『エグオニオン』を相手にするとなれば多勢に無勢であり、それは『メタガルン』の面々が減ったとしても然程変わりはない。

 だからこそ残る面々もさほど動揺はしない。やることは同じであると腹を括る。


「善さん!」

「なんだ!」


 無数の弾丸が襲い掛かる瞬間、善とクドルフが先頭に立ち三百六十度全ての弾丸を叩き落とす中、最初に口を開いたのは優だ。


「このまま固まってても埒が明かないから動こうと思うんだけど、この場は善さんに任せてもいい!?」


 銃弾の音にも負けぬよう声を張りあげ叫ぶ優の提案に善が頭を巡らす。

 本来の作戦ならば全員が一丸となって進み、途中で康太救出部隊とラピス・R・フォンの確保部隊に分かれる予定であった。


 その予定が崩れた今、優の考えが妥当かどうかを考察し頭を捻り、


「おう、任せた!」


 一秒間考えた結果、それが最良だと考えその提案に乗ることを決意。

 銃声に負けぬ勢いで声を上げる。


「ありがとう。じゃ、少しだけ時間を稼いでくれる!?」

「任せとけ!」


 ここで全員が一塊となって動くとなれば追撃の手を止めるためのコマが存在せず、押し寄せてくる援軍を前に圧殺される。

 誰かが残らなければその未来は回避できず、それを避けるためにも足止め役が必要だ。


 それを確実にこなせるのはこの中では善とクドルフだけであり、どちらが先に進むべきかと考えれば、援軍を呼べるクドルフで間違いはなく、その提案は道理に合っていた。


「ただし途中の道は変えていけ。あいつらが裏切ったってことは事前に考えてた最短ルートはもう使えねぇはずだ。予備に備えていた別ルートでもいいし他でもいいから、相手に対応される前に叩け。あいつらは動きが早いからな………………予定より短めの十五分以内に決着をつけて撤退するぞ!」

「了解!」

「援軍を置いていく。うまく使え」

「助かる。だがそんなに数はいらねぇ。大半はお前達の方について行かせろ!」

「承知した」


 善がクドルフが投げつけたいくつかの小型の転送装置を受け取り、『メタガルン』の獣人と『エグオニオン』の軍人を前に時間を稼ぎ始める。


「今!」


 煙が周囲一帯を覆う中で善が敵意を飛ばし、その返事とばかりに殺意が返されたのを確認し、優を先頭にした一行が立ち昇る煙を抜け走りだす。


「待て!」


 先程まで善と話していた男の洞窟から響くような低い声が優たちに静止をかけ、同時に自分たちへと殺意が向けられるのを感じ取るが、それはいくつかの打撃音が響くのと同時に消え去り、一行は無傷で先へと進んだ。


「悪いがお前らを先に進ませるわけにはいかねぇ。お前らはここで、俺とお留守番だ」


 先に進む優たちを守るように善が立ちふさがると、それを見た面々が銃を構え引き金に手を掛ける。


「遅せぇ!」


 幾度となく見た動作を前にしたところで善の心が揺れることは決してない。

 常日頃と同じように引き金が引かれるよりも早く駆け、その全てを叩き落とそうと拳を振るい…………そこで違和感に気がつく。


「あ?」


 不思議なことに拳で銃を叩いたというのに常日頃ならば感じるはずの感触が一向にないのだ。

 思わぬ感覚に首を捻りたくなる善だがそんな暇はない事を理解し、残った無数の銃口に対処するために動きだすが、ほんの一瞬の動揺が善の動きを一呼吸分だけ遅らせた。


「ちっ!」


 半数近くの銃を落とし損ねた善がそれでも銃を叩き落とそうと拳を構え振り抜きかけるが、触れる寸前のところで考えを改めると、急いで床を蹴り銃弾の射線から外れ全ての弾を回避。


「ホオォォォォ!」

「オルゴーリ!」


 そのようにして銃の射程から離れていく善であるが、決して彼を逃がすまいと、両腕をパンパンに膨らませた男が逃げ場を奪うように立ちふさがり拳を握り振り上げる。


「邪魔だ!!」


 振り上げられた拳が振り下ろされるよりも早く、善の拳がオルゴーリを貫く。


ブヨン…………


 瞬く間に放たれた百を超えるそれは、体を鍛えた獣人でも耐えがたい威力であるはずだ。

 しかしそれは本来の殺傷力を全く発揮できず、その時になり善は自分の両腕を覆っていた違和感の正体に気が付いた。


「こいつは!?」


 自分の両腕に謎の黄緑色の液体が付着されている。

 それは善の腕をすっぽり覆う楕円形で固定されており、善の拳が与えるはずであった強烈な衝撃を防ぐ緩衝材の役割を果たし、目前の巨体に与えるはずであったダメージをほぼゼロにまで抑えていた。


「ホオ!」

「っ!?」


 思わぬアクシデントを前に驚いた善の体を、獣人の力により常人の数倍の力を持つオルゴーリの拳が射貫く。


「ホオォォォォォォ!!」

「調子に乗んなオルゴーリ!」


 その重さを受け善の体が壁に衝突し周囲が大きく揺れる中、このチャンスを逃すまいと考えたオルゴーリが再度拳を振り下ろし追撃を仕掛けるが、それを迎え撃つため善が壁から離れカウンターを狙いに動く。


「っ!」


 しかしその瞬間、二度目の驚きが善を襲う。

 先程確認した善の腕にまとわりついている緑色の粘液。

 未だ腕にへばりついているそれが今度は触れた壁から離れないのだ。


「貰ったぞ!」

「なめんな!!」


 その様子を見て勝利を確信するオルゴーリだが、この程度で原口善は怯みはしない。

 壁にへばりついて動けないというのならば、それは一つの支点になるという事だ。

 その場で跳躍して腹部を狙っていた攻撃をなんとか躱すと、壁に付着している掌を支点とした善が足を上げ、思わぬ反応に目を丸くするオルゴーリを蹴り飛ばす。


「けったいな覚悟を抱くのは好きにしてくれればいいがな、これでもまだ戦うか?」


 逆サイドに勢いよく吹き飛び壁に衝突し、善がぶつかった時以上の衝撃を周囲に与えるオルゴーリと、強引にくっついた壁から手を外す善の姿を前に、百戦錬磨の兵士たちも僅かにだが気後れする。


「当たり前だ。この程度の抵抗は、十分想定していた事だ」

「ウルフェン…………」

「様をつけろクソ人間。テメェは『超人』なんて大層な異名を貰っちゃいるが、下等種族に変わりはねぇんだぞ?」


 善を見下すような口調で話す声が、廊下の先から聞こえてくる。

 その声を聞いた善が視線を移すと目に入ったのは、小麦色の肌をして銀の髪を蓄えもみあげの辺りに銀の髭を伸ばした、鋭い眼光を備えた偉丈夫、ギルド『メタガルン』の総隊長を務める男ウルフェンだ。


 その姿を確認し、善は表情を強張らせる。


「…………心底残念だよ。おめぇがそっちにいるってことはこの反逆は一部隊が行ったものではなく、『メタガルン』全体による反逆っつーことか」

「当たり前だ。この機を逃す程、俺様は馬鹿じゃない」


 この機が何を示すのかなど聞かずともわかることであり、その言葉を耳にして善が息を吐いた。


「『麒麟』の三巨頭が必死に同族を抑えて亜人に対する信頼を確固たるものにしようとしてんのに、邪魔すんなよ獣人王」

「はっ! そんなもんこの戦いで勝てば必要なくなる。それもわからねぇか!」


 嘲笑うその姿を前に目を細める善。

 愚行ここに極まったかとでも言う様子の彼は息を吐き口に花火を咥えようとするが、自身の手が思い通りに動かない事を思い出し落胆。


「そりゃあんただろ…………なあおい、まさか本当に二大宗教や貴族衆、ギルドを敵に回して革命なんかできると思ってんのか? もし本気でそう思ってるなら、つける薬のない馬鹿だぞ?」


 本気で戦えば竜人族の長エルドラとも肩を並べられるといわれる亜人の最強格の男の放つ空気が、善に重くのしかかるが、それらを跳ねのけ彼は言葉を紡ぐ。


「そっちこそ、まさか本気で俺達は敵じゃないと思ってんのか? あ?」


 ウルフェンという男は亜人至上主義とでも言う性格であり、善の言葉を侮辱と捉え顔を僅かに赤くしながら口を開いた。


「貴様らはどうやら賢教の野郎どもを頭数に入れてるらしいが、俺様からすればそっちの方が正気を疑うぜ。賢教と神教の冷戦状態はもう数百年続いているんだぜ?

 それを口約束一つで『はいそうですか』なんて信用するなんて、頭おかしいんじゃねぇか?」


 鼻の穴に水の入ったスプレーを差し込み、何度かタップをする姿を確認しながら、善は内心でその言葉に同意する。

 クライシス・デルエスクが出す破格の条件を確かに耳にした善だが、それを必ず守るという確証は一切なく、これからの課題であると認めざる得ない点である。


「それにだ、『麒麟』の馬鹿共は慎重過ぎんだよ。キングスリングの野郎なんてその最たるものだしよ、エルドラの野郎もこの問題については日和気味だ。壊鬼の奴は……まあ残る二人に押しきられたんだろ」


 オールバックでまとめた真っ白な髪の毛を触りながらする発言を聞き、善はこれ以上の会話は無意味である事を理解。そうなれば、残る道は一つしかなかった。


「これ以上話しても意味がねぇな。ま、今回は運が良かったと思いな」

「あ?」


 両腕がつかいものにならない状態でなお拳を構え不敵に笑う善を前に、ウルフェンの苛立ちを隠さぬ声が響き、


「ここで負けてもこの戦いは四大勢力が関わらねぇ秘密裏の戦いだ。敗北は――――知られずに済む」

「……………グガ、グガガガガ!」


 善が堂々と言いきった声を聞き、耳障りの悪い笑い声が周囲に蔓延。

 黒板を引っかいたかのような笑い声に善が不快感を覚える中、彼が対峙している男は心底愉快だとでも言いたげに笑い続け、同時に彼の周りを囲む同朋たちは顔を青くする。


「下等種族がこの俺に! 負けた時の気配りをするか!?」

「あぁ…………」

「そうかそうか。そりゃ傑作だ!」


 腹を抱える勢いで笑い続けていたウルフェンだが、そう口にするのと同時に嘲笑がピタリと止み、


「取るに足らない下等種族が! この俺様を馬鹿にしやがったな!! その代償を―――その命で払いやがれ!!」


 まさに怒髪天を衝くという言葉のような形で男の顎髭とオールバックにしていた髪の毛が浮き、周囲一帯に濃密な殺意が充満。


「そりゃお断りだ」


 部屋が軋みその気温を瞬く間に下げていく中、その様子を見た善は自らの策がうまくいった事を理解し不敵に笑った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


戦闘開始な今回。まずは善さんサイドから。

強さに関して本編で明確な答えは出してませんが、

オルゴーリは『万夫不当』に入りたて程度

ウルフェンは『超越者』にゴリッゴリに入ってる設定です。


次回は蒼野達サイドです。よろしくお願いします


それではまた明日、ぜひご覧ください


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