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即興劇――――intro2


 機械の類が敷き詰められた部屋ではなく、ホテルのスイートルームを思わせる気品のある一室で、部屋の主が鉄の板の向こう側の景色を静かに眺める。


「美しい景色だな諸君。これから先に起こる大災害など一切思い浮かばない、額縁にでも飾りたくなる景色だ」


 地平線の彼方へと消えていく夕日を見るボルト・デインは、ウイスキーを片手に自身のためにあつらえた真っ白なソファーに腰かけ、百を超えるモニターが起動している壁に視線を注ぎ、液晶画面の向こう側にいる、両手を後ろで組んだ部下達を一瞥する。


「…………先に言っておく。これから行うのは世間一般で言う虐殺に他ならない。我々には我々なりの、それをしなければならない理由があるが、自らの『善意』がそれはできないというものは即刻このエグオニオンを立ち去るがいい。此度に限り、規律や掟で裁くことはせぬ」


 穏やかな口調でそう語るボルト・デインであるが、その言葉を聞き液晶画面の向こう側で退出する者は誰もいない。全員がその双眸に闘志を燃やし、来たるべき戦いに臨む心構えを終えていた。


「……………………そうか。諸君らは皆残ることを選ぶか。ならば話しは早い」


 一分間、そんな沈黙が馬を支配し、それを見届けた男の野太い声が静かな部屋を満たしていき、


「これより我らが進むは血で血を洗う悪鬼の道! しかしその果てに我々は必ずや望む楽園へと至る!!」


 火を点けるかのようなボルト・デインの力強い言葉を聞くたびに、部下である彼らの心に炎が宿る。

 呪文のように脳に響くその声を聞き、彼らの体には普段以上の力が宿り、これから行う大虐殺に対する負い目を僅かにだが感じていた諸々の迷いを断ち切った。


「さあ諸君……杯を持て」


 厳かに、これから死する魂に対し黙とうを捧げるかのようにボルト・デインは言葉を吐きだし、兵士たちが胸ポケットからショットグラスを取り出し革袋から取りだしたウイスキーを注いでいく。


「我らの栄光の未来に向け……乾杯」

『『乾杯』』


 ボルト・デインの動きに合わせ全員が杯を掲げ、ボルト・デインが中に入っていた液体を飲みこんだのに合わせ彼らも一気に飲み干す。


 そうして、迫る大虐殺の瞬間に対する覚悟を彼らは決めた。


『では征くぞ! まずは神教最大の繁華街『コルク』を落とす! 開戦は明朝だ! 各自しっかりと準備をしておけ!』

『『了解!!』』


 ボルト・デインの指示を聞いた瞬間、一切の乱れなく全員が同じタイミングで大地を踏み敬礼をする。

 様々な思惑をその身に宿し、移動要塞『エグオニオン』は目的地へと走り続けていた。


 彼らが挑む決戦の場、人と神社の繁華街『コルク』まで…………あと半日。




 十九時になり、部屋に設置されていた椅子で休んでいたゼオスの携帯が震える。

 バイブ音の振動に物珍しさと少々の驚きから肩を揺らすゼオスだが、説明書に従い電話に出る。


『こっちの準備は整った。そっちはどうだ。異常はないか?』

「…………問題ない。驚くほど静かだ」

『そうか。なら周囲に気を張りながら聞いてくれ。今回の作戦の詳細を語る』


 善の質問に対しゼオスは小さな声で答え、電話越しに説明を始める。


『まず第一に今回の作戦は敵の中枢である管制塔への突撃だ。この点に変更はない。で、そこに投入する戦力だが、まず俺達ギルド『ウォーグレン』六名とゲイル・R・フォン。んで、次にギルド『メタガルン』から二十名。最後にガンク家が経営しているギルド『アトラー』から百二十名だ』

「…………移動に使うのは個人が使う用に作られた個人用のトイレだぞ。『メタガルン』までの人数ならば何とかなるかもしれんが、百人を超えるとなれば不審に思われ、邪魔が入る可能性もあるのではないか?」


 ゼオスの懸念は至って正常なものだ。しかしそれを受けても善はそう大した問題ではないと否定した。


「アトラーの連中については考慮する必要はねぇ。管制塔に送るのは実質一人だ」

「…………一人?」

「アトラーは小型の転送装置を持っててな。今回はこいつ一人を敵地に送り込めば、後は好きな場所から援軍を出せるって寸法だ」

「…………流石は貴族衆。便利なものを持っているな」


 ゼオスの知る限り持ち運び可能な転送装置というのは聞いたこともないものだ。

 そんなものが発明されたとあれば自分の能力も形無しだと思わず考えるが、すぐにそこから思考を切り離し話を進めるよう促す。


「………………ならば問題ないな。承知した」

「目的についてだが、今回の最優先事項はまず既に家を出たらしいゲイルの父、ラピス・R・フォンの確保と康太の奪還。んで、余裕があれば『境界なき軍勢』に参列しようと企むエグオニオンを止める事だ」

「……エグオニオンの停止は必須事項ではないのか?」


 トイレの扉を開き中に入ったゼオスが、善の口にした内容に違和感を抱く。端的に言うのならば普段の彼らしくない提案であったのだ。


「エグオニオンの兵士、いや住人ってのは厄介でな。こいつらは揃いも揃って戦場で命を落とすことを恐れねぇ。しかも一人一人が神教や賢教の通常兵と比べてワンランク上の強さときてやがる。そいつらが三十万人以上いるってんだ。正直な話、こいつら全員を相手にするのはリスクがデカすぎる」

「……なるほどな」


 確かにそれは脅威だ。できる事ならば避けたい相手でもある


 そう考えたゼオスが頷く。


「ま、だからこその奇襲だ。いくら数が多いとはいえこっちが管制塔を抑えて中に入ってこれねぇようにして、転送装置の類を壊せば大した問題にはならねぇ。その間にボルト・デインを確保しちまえば、それで終わりだ」

「…………どういう事だ?」

「ここの兵士は根っからのボルト・デイン信者でな。死にかけだろうが戦い続けるのは、ひとえにボルト・デインのためなんだよ」


 鋼鉄を連想させる規律と法を守り続けてきた事で二大宗教に並ぶ程の力を得た彼らは、その規律に従いボルト・デインのために戦い続ける。

 しかし同時に、大将の降伏は軍全体の敗北であるとも規律には書かれている。


「つまり、俺達がボルト・デインを倒せば実質勝利ってわけだ。まああれをぶちのめすのはかなり面倒だからこそ、サブターゲット的な立ち位置なんだがな。それと一応確認しておきたいが能力は予定通り管制塔までつなげられそうか?」


 今回の仕事において最も重要にして大前提にあるのは、ゼオスの能力で管制塔に移動できるという事だ。

 その大前提が失敗すれば、その時点で敵味方問わず大量の犠牲が出る泥沼へと変化する。

 なので善はその点について念押しして尋ねると、ゼオスは迷いなく頷いた。


「……安心しろ。空間はつなげられる」


 指の先に拳大の小さな黒い渦を作りだし、中を覗く。

 そこは確かに目的地としている建物の中であり、数人の警備の兵が設置されていた。


『空間移動系の能力を阻害する仕掛けがあるかとも思ったが、その様子はねぇようだな。それなら三分後にもう一度電話をする。それを合図にお前のいる場所に繋がる門を開いて、そのすぐ側に管制塔内部へと繋がる門を繋いでくれ。最初は『メタガルン』の奴らが入って行く』

「……了解した」


 ゼオスが応じると電話が切れ、小さなトイレの中に静寂が戻る。

 それから数回深呼吸をしたところで瞳を閉じ、ゼオスは壁に背を預けたまま、周囲に意識を向けながら三分間目をつぶった。


「…………来たか」


 ゼオスの携帯が再び揺れ、それに合わし自分のいるトイレの個室へと繋がる門を作成。

 まもなく『メタガルン』から派遣された最初の一人が黒い渦の奥から現れる。


「お前が『ウォーグレン』の切り札か」


 現れた男は人間の屈強な体に狼の頭部を備えたような見た目で、両手に鉄製の鉤爪を付け背に銃を背負い、他にも体の至る所に兵器や防具らしき機器を装着しているダウンジャケットを着こんでいた。

 ギルドランキング『メタガルン』に所属する獣人達は常人と比べれば遥かに上の身体能力を利用するのに加え、最新鋭の様々な兵器を駆使する。


 それらを駆使することで元々高次元であった彼らの戦闘能力はさらに飛躍的に上昇させているのだ。


「……貴様が指しているのが『ウォーグレン』の隠れたメンバーの事ならば、それは俺だ」

「そうか…………ふん、餓鬼だな」


 通常の耳に加え頭部から生えている毛深い耳をピコピコと動かしながら、常人よりも二回り以上大きい男がゼオスを見下ろす。


「……さっさと行け」


 そんな男の発言など興味なさげに返事をしながら、ゼオスがもう一つ新しい黒い渦を作り最初の一人が中に入る。

 それからはほんの一分ほどで二十人の獣人が黒い渦から現れてはもう一つの渦へと消えていき、それに続いて見知った顔――――ギルド『ウォーグレン』の面々が蒼野、優、積の順で現れ、最後に善が現れた。


「ご苦労さん」

「……仲間のピンチにしてはずいぶんと遅い到着だな」

「まあいくら焦ろうと特攻かけて無駄な被害を出すわけにはいかねぇしな。それに、とりあえず今の段階なら康太は絶対に無事だからな」

「……そうか。意外に冷静だな」

「そりゃな。なんせあっちからこっちに映像を送ってきやがったからな」

「……なに?」

「誘われてるんだよ。俺達は」


 康太が攫われてから数分後、『ウォーグレン』に一つの通信があった。

 通信は康太が上下左右が部屋に真っ白な両手両足を拘束され芋虫のような格好で地面に這いつくばっている姿を映しだしており、それを見た蒼野は他の者と比べ一際大きく動揺し、すぐに動きだそうとしていた。


 それを止めた善が目にしたのは、画面の端に表示されていた数字であり、それは秒刻みで減っていた。


「んで、その時間がおよそ三日後だったってわけだ」

「……つまりその間は少なくとも命の保証はあるという事か」

「そういうこった。それに基本的に恨みとかが目的の場合以外の人質ってのは無力化はしようと拷問とかのひどい措置は取らねぇ、逆上されて想定外の動きをされても困るからな」

「話してるところ悪いが早く進んでくれ善さん。速攻が重要な作戦で突入前から足を止められたら困るぜ」

「悪い悪い。すぐにいくよ」


 更に説明を続けようとする善であるが、背後から顔を出したゲイルが口を尖らせると、足早に黒い渦の中へと消えていった。


「また会ったな、ゼオス・ハザード」

「…………貴様は」


 それと変わるようにゲイルと一人の男が黒い渦の中から現れる。

 最初はその男の名を思いだす事ができなかったゼオスだが、今回の協力ギルドの一つに『アトラー』があるのを思い出し、数日前の記憶から正答を掘り起こす。


「……たしか、クドルフ・レスターだったか?」


 臙脂色のマントを装備し腰に剣を携え、茶髪をうなじの辺りまで伸ばし整えた、少々吊り上がった目をした戦士の男は、数日前に行った貴族衆のお茶会で出会った青年だ。


「今回の件ではこの俺が『アトラー』の陣頭指揮を取ることになった。よろしく頼む」

「……了解した。ここを通るのは貴様で最後でいいな?」

「ああ。そうだ」


 善の言った通りであれば、最後の人員である二人に確認を取ると二人が頷く。

 それを確認したゼオスが先に行くように促すと、ゲイルとクドルフの二人が黒い渦の中に飛びこみ、それを見届けたゼオスも管制塔へと向かうべく黒い渦に身を沈める。


「……まだ始まってはいないか」

「そうだな。ここにいた見張りを気絶させただけだ」


 ゼオスが黒い渦に入り他の面々と合流したところ、辺りは思いの外静かな空気に包まれていた。

 それを確認した事で戦いはまだ始まっていないと思っていたのだが、少し離れた位置を確認すると、意識を失ったのかうつぶせの状態からピクリとも動かない軍服を着た男たちの姿があった。


「俺達が来たときには既にこの状態だ。流石はギルドランキング第二位、仕事が早い」


 善の称賛をゼオスが耳にするのと同時に、周囲一帯にけたたましい音が鳴り響く。


「警報だ。ま、そらそうだわな」

「では手はず通りに」

「おう、頼むぜお前ら」


 思わず身をすくめる積やゲイルであったが、それを前にしても『メタガルン』の面々や善、それにクドルフは一切動じず、最初に部屋に入った二十人の獣人達が、来るべき相手に対する支度を始める。


 その場にいなかったゼオスは知らなかった事ではあるのだが、此度の戦いについては既に十分な作戦が組み立てられていた。

 『エグオニオン』についての情報が潤沢にあるため、そのデータを元にある程度不測の事態があっても対応できるように作ってある。


「一斉掃射準備!」


 『メタガルン』の兵士が小型の転送装置を展開するクドルフや『ウォーグレン』の面々を守るように円状に広がり銃を構え、


「わかっているとは思うが、無理に全滅を狙う必要はねぇからな。取りこぼしは俺が対応する」


 聞こえてくる足音を前に善が指示を出す。

 それに対し二十人の獣人達は何の返事も返さず迫る瞬間に意識を集中させ、


「あ?」


 管制塔に控えていた無数の兵が現れると同時に――――善達がいる中央に向き直る。


「え?」


 思わぬ事態に混乱した積が声をあげる中、『エグオニオン』の兵士と『メタガルン』の獣人達の手が持っている銃の引き金を一斉に引き、


「悪いな超人。俺たちの獲物は奴らではなく――――お前達だ」


 嘲笑うかのような言葉を吐きだすのと同時に、耳をつんざくような発砲音に鼻を突く硝煙の臭いを辺りに撒き散らし、中央にいる善達を蹂躙した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さてさて前置きが終わり次回から戦闘開始です。

敵も味方も勢ぞろい! 前提条件まで完璧に整え、後は各々が存分に戦います!


あと、ここ最近ちょっと精神的に大変でできなかったんですが、

その件が何とか終わったので、またどこかで二話更新などをして行きたいと思います。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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