『エグオニオン』軍事総司令 ボルト・デイン 二頁目
ボルト・デインは古くから世界中に名を轟かせている、いわゆる古強者と言われる類の戦士である。
単純な戦力として考えた場合、神教最強戦力であるセブンスタークラスには一歩及ばないものの、『万夫不当』の域には十分に達しており、加えて軍部全てを掌握し操る権力と、先代が死んだことで幼い王が育つまで六十万人全てを支え、都市を導く政治面での腕前を備えている。
つまり今二人の目の前にいるこのボルト・デインこそ、名実ともにこの都市の支配者であり、今回の件において最大の障害であった。
「あんたは……確かボルト・デインさんッスね。俺達の名前を知ってもらえているなんて光栄ッス」
思わぬ事態に気が動転する二人であるが、康太が目の前にいる相手が敵意なく接近している事に気が付き出来るだけ好意的な対応を取ろうと考え、相手の話に合わせるために前に出る。
「そりゃ知っているとも! なんせ西本部でパペットマスターを止めた件にオーバーを打倒した件! ここ最近じゃ話題に事欠かないギルドの一員なんだ。メンバーについては一通り知っているに決まっとる!」
「…………そうッスか」
快活に笑いながらそう告げるボルト・デインだが、康太の心中は穏やかではない。
様々な事件を解決するにあたり、善はゼオスの存在は伏せるよう根回しをしていた。
これは善とヒュンレイが話しあって決めたことで、犯罪者のゼオスを無闇に世間に出した場合の風当たりや本人に対する批判を警戒したためであり、なおかつ『ウォーグレン』が持つ切り札としての意味合いも含んでいた。
その試みはこれまで比較的にうまくいっていたのだが、四大勢力に属していない独立国家が相手となれば話は変わってくる。
「最新の情報網によれば、ここ最近は極秘の依頼も受けてたとか! いやぁ、若い者の成長は心が躍る!」
「っ!」
いかに個として独立することができる都市とはいえ軍事力の面で四大勢力にかなうはずがなく、彼らはそれを補うため情報面で力を入れていることが多い。
そのため独立国家は四大勢力とは全く別の情報網を築き、独自の情報経路を持っている場合が多い。
それこそ独立国家にして軍事国家としても名高い『エグオニオン』ならば、他の場所と比べ一際しっかりしていたものを備えている事は容易に想像できる。
「せっかく会えたんですし色々話したいところなんですが、今日は飯を食いすぎちまって体がだるくて。今日一日宿泊する予定なんですけど、明日のお昼頃にまた会って話しをしませんか?」
向けられた情報のナイフを前にして康太が先手を取る。
これから迫る危険性を考慮し、少々強引ではあるがこの場を離れようと既に踵を返し始めた。
「うむ、それもいいがちょっと待つのだ」
しかしそのまま動きだそうとした瞬間、康太の肩に掌が置かれる。
「っ!」
思わぬ事態に動揺しながらもそれを振りほどこうとする康太だが、その思惑がすぐに砕かれる。
本当に一瞬の事であった。
肩を揺らし掌をどけようとする康太であったが、それが無理なことを一瞬で悟る。
それほどまで康太の肩に触れる掌の力は強く、肩に手を置くという行為だけで、全身を巨大な大樹に絡め取られているかのような感覚であった。
「っと、そう暴れんでくれ。少々力が入ってしまったぞ」
肩に奔る痛みに康太が顔を歪め、それを見たボルト・デインが手を離す。
すると康太が一歩大きく後退し、無意識にだが敵意を漂わせ銃に手を置いた。
「いやいや脅かして悪かった。しかし突然逃げるかのように動くのもどうかと思うぞ? なにせこっちは、お主たちの話を聞き、その要望に応えようと思ったのだからな!」
「……というと?」
快活に笑いながらそう告げる老人に対し、ゼオスが静かに尋ねる。
すると彼は違和感を抱いた様子で眉を潜めるのだが、何かを追求する様子はなく、ニカッと笑った。
「うむ。先程からちらちらと中を見ており、声も聞こえてきたのでな! 今日は内部の見学はおやすみの予定だったのだが、お主たちがその気ならば特別に中を案内しようと思ったのだが…………いかがかな?」
ボルト・デインの発言を聞き、これは好機であるとゼオスが考える。
当初はこれ以上は探索できないと思っていた内部に入れるのだ。多少のリスクを覚悟しても、ここは提案に乗るべきだと考えた。
「……ありがたい提案だ」
「ああ。ただ蒼野はマジで腹いっぱいでしてね。俺一人で見学したいんですけど、いいですか?」
「!」
その提案に乗るべく言葉を紡ぐゼオス。それに乗っかり先を続ける康太であったが、思わぬ展開に理解が追い付かず、ゼオスが表情には出さなかったが動揺する。
「うむ、もちろん大歓迎だが……ご兄弟はそれでいいのかね?」
「いいも悪いもないッスよ。この管制塔で吐かれでもしたらボルトさんも嫌でしょう」
「…………まあそれはそうだなぁ」
念話をすれば周囲の粒子が揺れるため抗議の言葉を送ることもできず、ゼオスが口を挟むよりも早く、康太とボルト・デインの間で着実に話が進んでいく。
「ま、お前はどっかで時間を潰してろ。中にどんなものがあったかは俺が後で教えてやる。あ、写真撮影は許可されてますか?」
「極秘情報もあるのでな。写真や動画を撮っているとわかり次第その機器は壊すよう規律で定めているのだ。悪いな」
そうこうしているうちに話が進みボルト・デインが康太を引きつれ歩き出す。
「……康太」
普段は言わぬ呼び捨てで管制塔へと向かっていく康太へと声を掛けるゼオス。
「そんな心配すんなって。ま、見送りはオレが中に入るまででいいから、さっさと腹の調子を整えろよ」
そんな彼に対しそう尋ねながら、ゼオスを置いて康太は管制塔の中へと消えていった。
「まったく、独立国家最大級の軍事都市である『エグオニオン』に侵入とは…………豪胆だな『ウォーグレン』」
「ど、どこで気が付いた!?」
管制塔へと入るための扉が閉まり康太とボルト・デインだけが残される。
「ん?」
すると彼の発言に驚き確認した康太が、ピカピカに磨かれた床と壁で囲まれた玄関口の前でボルト・デインに対し驚いた様子でそう尋ねた。
ボルト・デインと出会った当初、康太の頭には危険信号は鳴り響いていなかった。
しかし自分に触れた手の感触や声の様子を聞いた瞬間、彼は『異能』による直感ではなく理性からゼオスをこの場から話す事を選び、すぐさま康太は状況選択を迫られた。
なにせ敵は目の前にいる彼だけでなくこの都市全てなのだ。
念話をすればそれが理由で敵対行動に移る可能性もありゼオスに伝えることができず、さらには逃げ道も歴戦の強者に封じられた。
有り体に言えば、たったの一手で詰みの状況まで持って行かれたのだ。
ゆえに取った苦肉の策。
自分たちの真意がばれないための一手だったのだが、それは瞬時に見破られ、
「その発言は自白と見ていいんだな?」
「なに?」
その康太の発言を聞き、ボルト・デインが自身の割れた顎を擦り勝利を確信したように笑った。
言葉の意味をすぐには理解できなかった康太であったが、一秒二秒と時間をかけその意味を理解できた。
「お前……俺達がここに来た理由を気づいていなかったのか!?」
「うむ。まあ今の今まで半々だったぞ。とはいえ、今の言葉で確信を持てたがな!」
勝利を確信した老人の言葉に康太が息を呑み、自身の失態を理解。
してやったり笑う男の姿を前に、自分が相手の罠にはまったことを康太は理解。
銃を抜こうと手を腰に移動させようとすると、それ以上の速さでボルト・デインの両腕が彼の手を破壊した。
「ぐ、おぉ!?」
「ま、今の時点では特段ひどい扱いをするつもりもないから安心しろ。拷問で情報を取りだそうにも一人が相手では真偽が掴めぬし、ウソ発見器の類もないからな。ここは一つ牢屋に監禁とさせてもらおう!」
そう言いながら豪快に笑う男に悔しさを感じるが、康太はすぐに意識を別の場所に持っていきこの後の展開を考える。
先程の一瞬でできる限りの事はした。後はそのメッセージを受けたゼオスがどこまで気がつくかという問題だが、正直なところその点について康太はそう大して心配はしていなかった。
ゼオス・ハザードという人間を好きになれないことは変わらないが、少なくとも有事の際に対応は同年代の人間では最もしっかりしていると、確信を持って言えるからだ。
「くそ、あの野郎、失敗したら射殺してやる」
そんな事を小声で呟きながら、彼は意識を手放した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司でございます。
という事でボルト・デイン登場第二回目。
康太、攫われるの巻でございます。
そうです、康太君が今回のお姫様役です。
優じゃないのかよ! という人はすいません。康太がお姫様なのです。
これからどう動いていくのかはすぐにわかると思いますので、よろしくお願いします
それではまた明日、ぜひご覧ください。




