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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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古賀蒼野、夜明けを目にする


 月がその姿を隠し始め空が白み始めた頃、彼らは目的地である真っ白な壁の前にある草原に辿り着いた。


「おつかれ善さん」

「おう」


 いつだか少女が呟いた名を蒼野は再び耳にする。

 少女の所属するギルドの代表であり、近接戦闘の師にして、何より記憶を失い途方に暮れている少女を救い、育ててきたという存在。

 きっと素晴らしい聖人君子に違いないという確信を蒼野は持って、蒼野は神教へと向け歩いていたのだが、


「お疲れさん」

「?」


 その男の姿を見た時、その確信が音をたてて崩れていくだけではなく、強烈な違和感に襲われた。


 その男の風貌を一言で表すのなら『荒々しい』であった。

 履いているズボンはビリビリに破れ色落ちしたダメージジーンズ。上半身は不良が着ているような学ランを羽織っているだけで、露出した上半身の至る所には無数の傷跡。そして髪はハードワックスで固めたのかガチガチの状態で、首周りには真っ赤な赤い宝石が連なった首飾りを付けている。


 この時点で少し気圧されていた蒼野だが最も目を奪われるのは口に咥えている物だ。

 男が口に咥えているのは花火だ。

 火花の音を発するそれを、口に咥えているのだ。


 ヤのつく職業の人間? 

 それとも不良崩れの中年? 


 そんな言葉が頭をよぎるが、口に出すのは憚られ、ぐっと飲みこみ状況を見守る。


「時間よりだいぶ早く来れた自信があったんだけど待った?」

「待ったといえば待ったが、こっちの仕事の処理が早めに終わったから早く来ただけだ。問題ねぇよ」


 しかし口調にこそ荒々しさが見えるものの、声は穏やかで落ち着きがあり、そのギャップを目にして蒼野の頭は混乱し続けたのだが、そんな蒼野と背後に控える康太へと、男は視線を向け近づいていく。


「優の奴から話は聞いた」


 近くに寄られるだけで声が出なくなる。なぜなのかわからず戸惑う二人を前に男は止まり、口に咥えていた花火を顔色一つ変えずに握りつぶした。


「町の事、気の毒だったな。だがまあ、生きててよかった」

「え、あ…………はい」


 温かみのある感情が込められたその言葉を聞き、全身を覆っていた緊張が解ける。

 そうなれば、考えていた言葉が自然と口から突いて出た。


「えっと……善さん、でいいんですよね?」

「ああ。どうかしたか?」


 蒼野や康太と比べ頭一つ分ほど高い善が、目の前の二人を見下ろす。


「優から色々と聞きました。ギルドを作って、人助けを行っているって」


 その視線だけで心臓の鼓動が一際大きくなるのだが、緊張のせいで固くなりながらも蒼野は息を吸いこみ勇気を出し、


「そのギルドに…………俺も入れてくれませんか?」


 一歩前に踏み出だした。


「…………」


 言葉を聞き、頭を掻きむしる善。どうするべきかと判断に迷っていると、蒼野の後ろにいる優が声に出すことなく口だけを動かす。


 大丈夫、十分やっていけるって!


 それを見ても僅かに頭を悩ます善だが、しばらくして息を吐き口を開く。


「まあ優のお墨付きもあんだ。ものは試しだ。古賀蒼野、お前を俺のギルドに招待するよ」

「あ、ありがとうございます!」


 返ってきた答えに蒼野が破顔する。

 ここから新しい人生が始まるのだという事実に加え、期待や興奮で胸が弾む。

 そんな中、優には一つだけ気になることがあった。


「あんたはこれでいいの?」


 蒼野は知らない、数日前に行った優と康太の二人だけの会話。

 それを考えればギルドに入ろうとする蒼野を、康太は是が非でも止めにかかると優は踏んでいたのだが、


「正直止めたいんだが……………きっと、これでいいんだ」


 彼は見たこともない柔らかな笑顔で康太が蒼野の言葉を肯定する。


 わかっていたのだ。蒼野は胸中に抱く夢を叶えるため、いつかこの広い世界に旅立つのだと。

 その時康太は、蒼野自身が選んだ道を自らのエゴで止める事はできないと気づいていたのだ。

 だからこそ、ウークのホテルで深夜に優と話した時、彼は彼女の意見を笑い飛ばせなかった。


「そんで、古賀康太の方はどうすんだ?」


 それからすぐに会話の矛先が自分に向けられるが、その答えはすでに決まっていた。


「ついて行かせてもらいますよ、オレも」


 町を出てこの場所へと向かう中考えていたこと、それはこれからの自分の身の振り方だ。


「ただし、条件付きでですが」

「条件?」

「オレ

や蒼野が住む村は賢教側からもすぐに行けるような位置にある。有事の際すぐに戻って守れるようにしてほしいんッス」


 ここ数日間、外の世界に出て思い知らされたのは、自分の力がどれだけ無力なのかという事実。今の自分の力では大切な家族を護れないという結論。

 だからこそ自らを鍛えるため、康太はこのギルドに入ろうと考えた。

 町の守りが手薄になることも十分わかっていたが、数日前のような事件はそうそう起こるものでもなく、ここで自分の意見が通れば有事に目の前の男が来てくれる可能性もある。


「いいぜ、それくらいおやすい御用だ」


 無論あちら側の事情もあるためそこまで事がうまく運ぶとは思っていなかったのだが、返ってきた返事に康太は少々戸惑った。


「い、いいんっすか?」

「お前らの故郷は二大宗教の境界付近の町だろ。そりゃ事件が起きやすいだろうし町を離れるとなったら最もな心配だ。都合のいいことに最近瞬間移動装置が一つ手に入ってな。新しく入るギルドの仲間の町の安全になら使ってもいいさ」


 瞬間移動装置とは、機械を置いた場所同士に瞬時に移動できる便利品。値段の高さから手に入りづらく、おいそれと使っていい物ではないのだが、善はそれを使う事に一切不満はなく、


「どうして初対面の俺たちにそこまでしてくれるんッスか?」

「そりゃお前が困ってるような表情をしてたからだろ」


 康太の疑問に対し、男は当たり前の事を聞くなとでも言うようにあっさり答えた。


「あんたは…………」

「ねぇねぇ善さん。せっかくここまで来たんだしあれ見ましょあれ! 今ならまだ間に合うし!」

「ん、ああそうだな。せっかく来たんだ、見てくか」


 言葉の真意を聞こうと口を開きかけた康太を遮るよう、優がそう言い善も同意する。


「急いで善さん! もう朝日が出ちゃうわ!」

「エレベーターまで行く時間もねぇか。しかたねぇ、しっかり捕まってろよ!」


 その時、突如優を担いだ善が、蒼野と康太の答えを聞くこともなく両脇に抱える。


「え……ちょ!?」

「いきなりでわりぃな。ちょいと我慢してくれや。いいもん見してやるからよ」


 二人の返事を聞くことなく彼はそう告げ、上空へと跳躍。

 同時に蒼野と康太は理解する。少女が語っていた、善という男の凄さを。

 一度の跳躍で、地上から数百メートル離れた場所に四人はおり、そのまま二大宗教を分かつ白い壁に着地。地面から垂直な角度でそびえ立つ白い壁を物理法則を無視して容易く昇っていく。


「お、おぉぉぉぉぉぉ!?」


 ほんの数秒ほどのことであった。男は三人を抱えたまま一万メートルを超える壁を昇りきり、全員を下ろしても余裕のある真っ白な床と壁で形成された展望台に着地した。


「いきなり担いで悪かったな、急いでたもんでな。まあ着いたぜ」


 そう言って優に続いて蒼野と康太の二人を降ろすが、地面に足を下ろした瞬間に康太はふらつき、蒼野に至っては思わぬ衝撃と緊張感から嘔吐した。


「そ、それでいい物って、おぇ…………何ですか?」

「もうすぐだ、ちっと待ってな」


 顔を青くした蒼野が効くと善が蒼野が吐いたものの処理を始め、それが終わると同時に――――夜が明ける。


「うお!」

「ま、まぶしい!」


 地平線の向こうから現れる太陽の光に反射的に目を細めた蒼野が、

 広がる光景を視界に収めた瞬間、


「!」


 言葉を失った。


 空に浮かぶ巨大な島がある。


 白壁に囲まれた都市が見える。


 上空からおびただしい数の雷が落ちても、びくともしない峡谷が目に映る。


 踵を返せば一踏の湖や砂漠の楽園に闘技場、霧に覆われた荘厳な世界が目に入る。


「そういや、しっかりとした自己紹介がまだだったな」


 そう言われたことで目の前に広がる景色から視線を外し、康太へと向け男は手を差し伸べる。


「原口善だ。俺と優、それにもう一人が所属してるギルドのリーダだ。よろしくな」

「ああ。よろしくお願いします」


 差し出された手を握り返す康太の横で、蒼野はその景色を見続ける。


「これが……世界」


 太陽が世界を照らし、美しい輝きを見せる世界に必ずついてくる影。

 そのコントラストに蒼野の視線は釘付けになり、気が付けば目尻が熱くなり涙が溢れていた。


「ああそうだ。この景色だよ。俺が見たかったものは――――――――この景色なんだ」


 いつも見ていた、世界中のあらゆる場所を巡る本。

 その本の表紙を飾る写真と、今蒼野が見ている景色は瓜二つであり、自分が到達すべき目的地に、火と足先に到着したような気持ちが胸を厚くする。


「聞いてもいいっすか?」


 涙を流し続ける蒼野の横で、話しはじめる康太と善。


「善さんはその……なんで人を助けるギルドを開いたんだ」

「そうだな」


 ポケットから花火を取り出し、それに火をつけ咥えて地平線の彼方に目を向ける。


「…………大した理由はねぇよ。泣いてる奴がいたら助けたかった。それだけの話だ」


 気が付けば景色を見続けていた蒼野の視線もそちらに向いていた。


「ちょっと、こんないい景色が見れるところでしんみりしないでよ! それよりほら!」


 腰に付けていた巾着袋から優がカメラを取りだす。

 いきなり取りだされたそれに対し首を傾げる蒼野だが、優に腕を引っ張られ、空へと昇っていく太陽を背に並ぶ。


「ほら、善さんも早く早く。あ、クソ猿はあたしら三人をしっかり撮りなさい」

「馬鹿なこと言ってんな優。ああ、カメラはあそこに置きな。全員がうまい具合に入る」


 投げつけられたカメラを真っ白な石の台の上に置き、タイマーをセットする康太。

 それを終え、3人のいる場所に走りだした所で、


「うおっ!?」


 僅かな段差に康太がつまずき、転がり込むように三人の中に入りこみ、


「あぶねぇなおい!」

「善さん気を付けて!」

「っ!?」


 そこでカメラのシャッターは切られた。




 その日記が綴る物語はそこで終わっていた。最後の一ページには『十九へ続かせる』とだけ書いてあり、その横のページには、いくつかの写真が貼ってある。


 その無数の写真の中で中心を飾る写真、それは蒼野と康太がそれまでの人生で最も長い一夜を終えたあの日、原口善と出会いそして新たな道を歩み始めた瞬間をかたどった物であった。


 右側から飛び込んでくる康太を善が腕で抑え、その際に善の腕にぶつかり体勢を崩した優が蒼野の方につまずくそんな光景。


 これからの人生で、彼らの前には大きな障害が次々と立ちふさがるだろう。


 心に掲げた理想を貫けず、悲しい思いをする事だってあるだろう。


 大切な人を失い、涙を流すときだってあるだろう。


 それでも…………辛いことばかりじゃない。


 その胸に秘めた思いを達成できることだってあるだろう。


 自らの理想に賛同する仲間ができ、涙を流すことだってあるだろう。


 うれしいことや楽しいことだってたくさんあるはずなのだ。


 この物語は意志持つ者達の群像劇。


 少年少女、老若男女が信じる道を歩いていく物語だ。



まずはここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて、先日お話した通り序章部分はこれにて終了です。

約一ヶ月、ここまでお付き合いいただきありがとうございます!


これからも毎日一話ずつは最低でも更新して行きますので、末永くお付き合いしていただければと思います。


あと、本日の21時過ぎに、物語のあらすじに近い第一話を新しく挟みこもうと思ってます。

それと一緒にあらすじやタイトル、それと一章のタイトルもつけ加えますのでよろしくお願いします。

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