ゲイル・R・フォンと六大貴族当主 一頁目
「貴殿の一族の活躍を評価し、ここに新たな証を授けさせていただく」
「は、はい」
「そんなに緊張する必要はない。位が上がったとはいえ、やることは変わらない。それさえ忘れなければ、それ以上の心構えはないよ」
豪華な装飾に彩られた部屋の最奥で、綺麗に染めた真っ黒な髪をワックスで束ね、黒のスーツに身を包んだゲイルが、緊張で体を強張らせながら羊皮紙と仰々しい見た目の印鑑を押してもらう。
それを受け取った瞬間周囲を埋めていたマスコミが一斉にカメラのフラッシュを焚き、ゲイルと握手をしている男性を中心にフラシュの嵐を巻き起こす。
(いや正直マスコミ対応は慣れてるんですよ。どっちかといえば、スケジュールに空きがないはずの御方が出てきた事の方に驚いてまして…………。俺なんかの昇格、もっと簡単に済まされると思ってたんっすよ)
(息子の昔ながらの友人が成長し、自らの家系を伸ばそうと必死になり結果を出したんだ。せっかくなら私自身の手で祝いたいと思ったんだ)
周りに聞こえないよう念話で会話を行う二人が、カメラに対し視線を送り自然な笑みを見せた瞬間、より一層強烈な光が二人を覆う。
ゲイルが今現在いるのは、貴族衆が設けた巨大ビルの一室だ。
五十階建ての建物の最上階付近にあるパーティールームでは、急遽フォン家の位相上昇式が行われその場には数多くのマスコミが集まっていた。
「皆さま、此度は貴重なお時間を割きお集まりいただき誠にありがとうございます。皆さまにはぜひ今後のフォン家の活躍を見守っていただければと考えております」
とはいえ集まったマスコミの大半の理由はゲイルにはない。
彼らが集まった理由。それはゲイルと握手をして、なおかつ表彰式まで行った男の存在あってのものだ。
丁寧に整えられた顔の顎の先端から伸びた整えられた髭にワックスで七三に固められた髪の毛。
赤を基調としたスーツに身を包んだその男の名はルイ・A・ベルモンド。
二十六存在する貴族衆全てを統括するベルモンド家の現当主である人物だ。
普段ならばその忙しさから滅多に会えない人物が、未来ある少年のために時間を割く。
それも五分や十分ではなく階上の設営から関わっているため、数時間にもわたりインタビューのチャンスがある。
普段ならばありえない取材のチャンスを前に、マスコミ一同は最高級の獲物を見つけた肉食獣の如き勢いで群がり、結果的にゲイルの昇格を彩ることになったのだ。
それから数分後、その頃にはルイが全てのマスコミに対応していたこともあり、ゲイル自身にとっては初めての位相上昇式は滞りなく終わりを迎えた。
『お帰りのお客様は後方にあります出口からのご退場、よろしくお願いします』
部屋に聞こえてきた電子音に従い、部屋を埋め尽くしていたマスコミが徐々にだが部屋を後にしていく。
「いやぁすごいお客さんだったね。外で見ていたけど、びっくりしちゃったよ」
しばらくして最後の一人が部屋を後にしたその直後、ビルを囲んでいたガラス窓の内の一つがひとりでに開き、顔を腕で覆う程の強風が二人の身を襲う。
それは数秒と続くことなくすぐ止むが、風が止み窓が閉まった後に彼ら二人が目にしたのは、薄桃色の天然パーマをした美男子、Fの家系を統べるファイザバード家の現当主、シロバの姿だ。
「急用ではあったんだが飛びこまなくて正解だった。突入していたら危うく僕の美貌や偉大さが君たちと混ざり合い、会場内が狂気に呑まれるところだった」
「確かに、六大貴族の主が二人以上で集まるのは会議の場以外では稀だからね。そうなってもおかしくない。それで、急用というのは?」
わざとらしい口上を垂れるシロバの言葉を受け流しつつ話の核心に触れると、シロバはそれまで浮かべていたヘラヘラとした笑いを止め、真剣な面持ちで口を開いた。
「うん。少し相談があってね。会議を開く時間もそうないし、場合によっては大事になるからジャミングされないようここまで来たんだ。一応聞いとくと、この部屋の防聴設備は完璧?」
「無論だよ。能力の類はもちろんの事、科学分野の様々な機器も阻害するような完璧な設計だ。そこまで気にするという事はよほどの事だね。ゲイル君、申し訳ないが一度席を外してもらってもいいかね?」
「はい」
ゲイルにそう指示をする貴族衆の代表だが、そんな彼の提案をシロバは止めた。
「ああいや、それはいい。この件については最終的には二十六の当主たちには知れ渡ることだ。新当主となる彼の耳にも、どうせ近いうちに入る情報だし、ついでに聞いて行ってくれ。それに、もしかしたらここで彼が知ることによって、大きな変化が生まれるかもしれない。とすれば、君にはここで聞いてもらったほうが都合がいい」
その後にシロバが口にした内容に二人は疑問を覚えるが、話の内容を聞けば至極納得のいくものであった。
「昨日僕がフォーカス姉さんや賢教の裏ボスと話した内容については二人は目を通してくれたかな?」
「そりゃあまあ」
「もちろんだとも。相談を受けた時から半信半疑ではあったが、まさかデルエスク殿本人があの場に出てくるとは、思いもよらなかったがね」
「うん。確定情報としては書いてある通りだったんだ。けどそれとは別に気になったことがあってね」
「気になったこと?」
「これは完全に偶然聞きだせたことなんだが――――どうもデュークの件について嘘をついているらしい」
「嘘?」
シロバの言った言葉にルイとゲイルの頭は追い付かない。
一体何を言っているのか完全には理解しきれない二人は、無駄に口を挟むことなどはせず続きを待つ。
「これは偶然昨日の会話で話した内容なんだが、どうやらここ数年デュークはミレニアムの監視を行っていたらしい。しかも単独でだ」
「それのどこがおかしいんですか?」
「彼と会えなくなってから数年間、僕と彼は何度も連絡を取り合った。でもそれが突然ピタリと止まった」
その点が大きな問題であるとでも言うように強調するシロバに対し、二人の反応は薄い。
それこそ、その程度の事では何の疑問にもならないとでも言いたげな様子である。
「単独での監視ならば、それもおかしくないのでは?」
ただそう口にするのは流石に気後れするため、ルイが遠回しに彼の考えを変えようとするが、シロバの様子は全く変わらず、首を横に振った。
「それならそれで、一言位連絡があってもおかしくないと僕は思うね。それに、善が嘘をついてるのは確定なんだ」
「どうしてですか?」
ルイとゲイルの質問にあらかじめ用意してあった答えを次々と口にするシロバ。
その最中確信を持って善が嘘をついていると言いきるシロバに対しゲイルが口を挟むと、シロバは得意げに口を開いた。
「実はね、僕は人の癖を見抜くのが得意でね。ある程度会ったことのある相手の癖は自然と見抜けるんだが、人の癖を知るという事はその意味までわかるという事なんだ。そこで問題になるのが善だ」
嫌な癖だなとゲイルが内心で毒づくがシロバは得意げに胸を張り、今回の話題の中心人物である善の名前を出す。
「善さんがどうかしたんですか?」
「善の癖は結構致命的なものでね。アイツは嘘をつく場合ほぼ間違いなく頬を掻くんだ。で、話の流れでそれをした」
「ふむ、続けてくれ」
ゲイルからすれば初耳の特技も、同じ六大貴族の長をやっているルイからすれば話は別だ。
シロバの話す内容に対し彼は興味深げに耳を傾け、青年は得意げに話を続ける。
「善がこの動作をしたのは彼の仕事内容について話しをしていた時だ。その途中でそれまで黙っていた彼が口出ししたわけだけど、その辺の会話はアイビスも含めてちょっと違和感があった」
善が頬をかきながら口にした言葉にアイビスは一瞬だが動揺し、その後無理矢理合わすような態度をとった。
善が嘘をついているという大前提で動くのならば、放って置けない事実である。
「…………シロバ、君の予想は?」
「そこまで細かいはわからない……と言いたいところだが、今回ばかりは大体予想がつく。恐らく、デュークの身に何かあった」
実を言うとシロバに限らずルイもここ最近がセブンスター第二位であるデュークについては不審に思っていた。
依頼をしようと連絡を送ったことが何度もあったが返事は返って来ず、なおかつここ最近はラスタリアに尋ねても影も形も見た覚えがなかった。
だからこそシロバの予想には同意することができ頷いた。
「負傷による一時的な療養ならまあいいよ。うん」
「問題なのは、行方をくらませていた場合、ということだね」
続けられるルイの言葉にシロバは無言でうなずく。
「千年間神教を支えていたゲゼルさんが死に、それをやったのは同じセブンスターのオーバーときた。ここでもしデュークまで失っていたとするなら、それは致命傷と言えるだろう」
「私もそう思う。だからこそ事実を隠すのだろうしね」
話を聞き終えたルイはあごひげを弄り思案に暮れ、二人は貴族衆の代表である男の選択を黙って待ち続け、
「うん。少しばかり調べてみよう。状況によっては我々も援護した方がいい話だ」
「流石話がわかる。僕が進言するまでもないか」
「賢教や『境界なき軍勢』に加担して神教を潰すわけじゃないんですね。よかった」
その後下された決断を聞き、心底安堵したとでも言いたげな様子で胸を撫で下ろすゲイルをルイとゲイルが不思議そうに眺めていた。
「君はどうしてそう思ったんだい?」
「いやすいません。神教がセブンスターを半数失うってことは世界を支えるバランスを崩すってことじゃないですか。それなら『境界なき軍勢』はともかく賢教にすりよって動いた方が、後々貴族衆にとってはメリットがあるんじゃないかと思いまして」
「はっはっは、何を言うんだ兄弟!」
「うむ。ひょっとして君の父上は私たちの大前提としての役割を伝えてなかったかな?」
「俺達の役割?」
お茶会の場で付き合いがあるのもありシロバのゲイルに対する態度はかなり馴れ馴れしい。内心で兄弟ではない事について突っ込みを入れながら、ルイが口にした内容を聞き返し、
「私たち貴族衆の目的はこの世界のバランスを守ること、つまり秩序を保つことだ。貴族衆間の競争は、その大前提があって成り立つものだ」
胸を張り、堂々と、自らと仲間が行うべき責務を口にした。
「この世界の秩序を守る……」
「神教と賢教は本当に強大な力を持った組織だ。けどそれだけじゃ世界はうまく回らない。僕たち貴族衆は、言うなればそれをうまく回すための潤滑油みたいなものだ」
ゆえに自分たちは世界の頂点を目指すことはないと彼は言いきる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日は時間のない更新であったため、誤字脱字が目立つかもしれませんが、
ご了承いただければ幸いです。
さて今回の話で貴族衆の長が登場し、顔見せとしてではありますが四大勢力の長が揃った事になります。
とはいえ今回の話の主体はここにあるわけではなく、これは前振り。
次回から本格的に話が始まって行く事になるので、よろしくお願いします
それではまた明日、ぜひご覧ください




