舞台裏:unknown scale
「ん? 君たちは帰らないのか?」
蒼野達がその姿を消失させたところで黒い渦は消え去り、その場には宗介と聖野の二人が残った。
全員が帰るものと考えていたエルドラは少々意外そうにそう呟き、返事とばかりに宗介が鼻を鳴らした。
「当然です! ここで帰ってしまっては俺が来た意味がないので!!」
腕を組み大声でそう答える宗介。そんな彼の横で聖野は耳を塞ぎながら、嫌々と言った様子で宗介を顎で指した。
「俺はここに来る全員の護衛を頼まれた身でして。貴族衆からの依頼も気にはなるんですけど、仕事ですので残りました。まあ、サボったら後で起こられちゃうんで」
「顎で人を指すな!」
「いや宗介さんうるさいんですよ!」
「というわけです! エルドラ様! 昨日の件について応えてください!」
「無敵かこいつ…………」
「昨日の件?」
「ええ! 俺はあなたにこれを見ていただきたいのです。ただ、どこかである約束に引っかかる可能性があるからこそ、念のため聖野君には残ってもらったのです!」
目くじらを立てる聖野よりも頭二つ分以上大きな身長で、周囲に危険はないか、最大限警戒しながら懐からある物体を取りだす。
それは彼らが遺跡で謎の男から受け取った、正体不明の石板だ。
「ベルラテスは遥か昔! それこそ千年前の大戦争以前から存在していると聞きました! 加えて来てみれば竜人族の都と来た! ならばあなた方の誰かが、この石板の事について知っていればと思ったのです!」
取りだされた石板を見て、エルドラがほんの一瞬だが驚愕に顔を歪める。しかし少ししたところで申し訳なさそうに俯くと彼は口を開いた。
「申し訳ないが私はこの石板については何ら知らない」
「そうですか……」
「ただ知らなかったのは、ある種幸運と言えるだろう」
「え?」
「君のように過去を調べる考古学者がこのベルラテスにも存在していた。彼は様々なところを周り私もよく知らんが歴史的大発見をしたと口にしていた」
「そ、それで」
エルドラの一挙一動を逃さないという様子で二人が意識を集中させ、そんな二人に対し、彼女の目は静かに語る。
「よほど大きな発見だったんだろうな。そいつは謎の解明と共に得た結論を、イグドラシルの奴に直談判しなければならないとか言い出してな。私がその場を整えたんだが……そいつはその直前に死んだ」
エルドラの説明を聞き、息を呑む二人。しかしなおも彼は、言葉を綴り続ける。
「殺されたのはそいつだけじゃない。諸君同様それが危険な行為とわかっていたんだろう。屈強な竜人族の仲間を数人連れた上での行動だった。それでも彼らは残らず殺された」
「そんな…………」
「わかっているとは思うが彼らの総戦力は君たち二人遥かに上回る。そんな彼らが殺されたのだ。どのラインで殺されるかはわからないが、少なくともその石板について調べる事は、極力慎重にするべきだ。そして、解明することができたとしても、その謎の答えは胸の内にしまっておけ。それが、長生きするためのコツだ」
戒めるようなエルドラの言葉に二人は喉を鳴らす。
しかしそれは本当に一瞬の事であり、次の瞬間には宗介は顔を上げ、今度はポケットからある物を取りだした。
「ならばちらについて何か知っていることはでしょうか!!」
「……これは?」
「幼い頃に私が拾った、竜のものと思われる鱗です。竜人族の里であるここで、かつ長のあなたならば、分かってもおかしくない!!」
「……過去の歴史の探求に、あまり私を巻きこんでほしくはないのだが…………」
そう告げるエルドラの表情は苦々しく、彼が本当にそれらの行為を忌み嫌っているのを明確に示していた。
「これは件の石板ではありません! 本当に偶然! 私が拾ったものです! 歴史的価値のあるものなのか、そもそも意味があるものかすらわからない! しかし! 私はこの一枚の鱗には何か大きな秘密が秘められているものだと考えています! 何かわかるのならばぜひ! ぜひ!! 教えていただきたい!!!」
「…………仕方があるまい」
しかしなおも宗介は自身の我を通そうと躍起になり、彼の炎を宿した眼光を目にした彼は意識を改め、気乗りはしないながらも彼が手にしていたうろ声緒まじまじと見つめ、再度驚いた表情を見せる。
「なんだこれは……一体どうなっている」
「ど、どうしましたか?」
「うむ。一言で言うのならばこちらの件についてもわからない。しかし、その意味あいは大きく違う」
「というと?」
心底理解できないと声を上げるエルドラに対し、聞き返す聖野。
「この鱗は確かに我々竜人族ものだろう。しかしその形や密度、なによりも構成する粒子の配合率が、既存の物とは全くの別ものなのだ!」
それに対しまくしたてるかのような勢いで返事をするエルドラ。
曰く、竜人族の鱗というものにはある程度の法則があるらしい。それは彼が生きてきた千八百年の間に解明された竜人族の成り立ちや体内の構成に関するデータから見て、ほぼ百パーセント当てはまるものなのだが、宗介が持っていた鱗はそれらのデータには当てはまらないものであった。
言うなれば、既に解明された法則から外れた物質が今彼らの手中には収まっていたのだ。
「歴史やら竜人族の事については俺は全くわからないんですけど、つまりどういう事なんですか?」
「わからない。本当にわからないとしか言いようがないのだ。ただ」
「ただ?」
「この鱗自体が歴史的発見であることは間違いない。何せこの鱗はこれまでにない事実を提示しているのだからな」
「「それは?」」
タメを作ったうえで重々しげな様子で言葉を吐きだすエルドラに対し、二人は続きを促し、
「世界には、まだ見つかってもいない生物が存在する、ということだ」
エルドラが口にした言葉に二人が息を呑む。
謎は謎の形を残したまま、更なる謎を展開。
小さな二つの命は、戦続くこの世界に、かつてない謎を生みだした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
先日のミレニアムに関する謎に続き、別の謎についての話です。
ミレニアムに関する謎が二章全体における最重要内容なのに対し、こちらは物語全体を通しての謎。
まだまだ解ける段階の物ではないのですが、これからもちょくちょく話に出して行ければと思います。
さて次回からは新しい物語に突入。
今度の部隊は貴族衆です!
お楽しみに!




