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考察:黄金の王 一頁目


「さあ野郎共! 今日は新たな盟友の活躍を祝う宴だ! 酒代は全て俺が出してやるから、好きなだけ飲め!」

「ぐ………………」


 デリシャラボラスが目を覚ましたのは、戦いが終わってからしばらく時間が経ち、彼の見知った者達が巨大なビールジョッキを掲げている瞬間であった。

 彼らは皆エルドラの声に合わせるように声をあげビールを飲み始めると、各々の手元に置いてあった料理に手を付け始めながら、心底楽しそうに談笑を始めた。


「お! 起きたか」


 楽しそうに話をする面々の中にはデリシャラボラスの思想に賛同し、ミレニアム率いる『境界なき軍勢』に加わろうとしていたものも数多く存在し、それを見る事で自分が敗北し、此度の計画はとん挫した事を彼は実感。

 落胆し落ち込もうとした彼の耳に、うっとおしい事このうえない声が聞こえてくる。

 彼の父、エルドラのものだ。


「おいおい拗ねるなよ! 正々堂々戦った上で、ノックアウトされたんだ。これ以上文句はねぇだろ?」


 無言を貫きそっぽを向くデリシャラボラスの頭をエルドラが無遠慮に何度も叩く。

 それを腹立たしく感じたデリシャラボラスがそれを払いのけると、横になっていた体を片手で持ちあげ、草木の生えていない大地に胡坐を掻いた。


「……おいクソ親父」

「ん?」

「一つ教えろ。俺は何故負けた」


 黙ったままでいて無駄口を叩かれることを嫌い、ふと気になっていたことを口にするデリシャラボラス。

 身体能力、攻撃の威力、そして持っていた情報、彼はその全てで上回っていたと自負している。それなのに負けた。

 その理由が、彼にはどうしてもわからなかった。


「そりゃお前、経験値の差に決まってるだろ」


 その質問に対し、彼の父は迷う事なく即答した。


「経験値?」

「おうとも。ま、もうちっと具体的に言うとどれだけ戦場に身を置き、どれだけ死線を乗り越えてきたかの差だな。実を言うとな、前半の勝負はともかく、後半の勝負は俺も回りもお前が勝つと考えてた」

「どういう事だ。もっとかみ砕いて説明しろ」


 エルドラの今までの説明では詳しい理由がわからないと伝えるデリシャラボラス。


「んー言うなれば終始あいつらは自分たちが勝てる状況に持ちこんで、なおかつお前までコントロールしてたんだよ。

 前半の勝負で言えばこりゃもう明確だな。終始お前が追い詰める側で、自分たちは逃げながら的を狙うしかないと錯覚させたんだ。んで、その裏で本命の尾羽優が動いて、紋章を設置させて一気に勝負を決めたってわけだ」


 それに対しエルドラが更なる説明を行うと、その内容は当に単純なもので、しかし否定するだけの材料は一切見当たらなかった。


「後半はちと意味合いが変わってくるな。経験値の差に違いはないんだが、こっちは情報の使い方がうまかった」

「情報の使い方。いや待て。何であいつらが俺の情報を知ってるんだよ?」

「そりゃ俺が教えたからだよ。流石に初めて会った竜人族に何の情報もなしに挑め、なんつーのは不親切すぎるだろ。今回に限って言えば、お前もあいつらの情報を知ってたんだしな」


 余計な事をしてくれたなと考えるデリシャラボラスだが、エルドラの立場からすれば教えるのは当たり前ではある。

 なおかつ自分はそれ以上の情報を握っていた可能性が高いため、それ以上文句を口にすることもできず、


「情報の使い方がうまいってのはどういう事だよ?」


 とすれば彼が言い返せるのはその程度で、それを知ってか知らずか、エルドラは大層楽しそうに笑った。


「今回の戦い、お前はあいつらの『攻撃』を見て対応する動きをしていた。見た事のある攻撃に対する対応ってやつだ。けどあいつらは違う。あいつらはお前の『動き』を見て対応していた」

「なにを言ってやがる」


 腕を組み自分の言葉に勝手に納得している姿に突っ込みを入れるデリシャラボラス。


「ドラドラドラドラ! いやすまねぇ! 伝わりづらい表現だったな! まあ俺が言いたいことはだ、情報を使った相手の対策があいつらの方がうまかったってことだ」

「対策の組み方だと?」


 それに対し彼は一際大きく笑うと、話の肝の部分の語り始めた。


「単純な話だ。攻撃を確認してから対応する場合、後手後手に回るのが常だ。これをやってたのがお前。

 攻撃前の前動作の時点で次に来る攻撃を予知して阻害。自分たち優位の状況に繋げるため先手を取ったのがあいつらだ。要するに、あいつらの方が早い段階で対応してたんだよ」


 わけのわからなかった説明も、そう説明されれば理解でき、納得した彼は頭を抱えた。


「ま、康太君はそれをさせないための技術を鍛えてるし、優ちゃんは完全なゼロ距離だ。それを見切れというのも、今のお前には難しい。加えてあいつら、まだゼオス君を森のどこかに隠してたしな」


 聞けば聞くほど自分の負け具合に大きく落ち込むデリシャラボラス。

 その様子を確認したエルドラが、息子の肩を強く叩いた。


「まあそう落ち込むな! 今回の件は、若さゆえの至らなさってやつだ! 何はともあれ、まずは擬人化の術技を覚えろ! そんで俺達のギルドに来い! そうすりゃ、少しはただの人間に対する考え方も変わるってもんだ!」

「ふん。クソ親父には竜人族の開放を願い戦う俺の気持ちはわからんだろうさ」


 デリシャラボラスが聞くところによると、歴代の竜人族の中でも一際飛びぬけた力を持っているにもかかわらず、エルドラはこれまでの人生で一度も人間主体の世界に反旗を翻したことがないらしい。

 そのような生ぬるい男に自分の気持ちなどわかるわけがないと突き放すデリシャラボラスだが、それを聞いたエルドラが居心地が悪そうに額を掻く。


「その……なんだ。息子の更生のためと思って言うが秘密にしておいてくれよ…………周りはそういう風に言ってるのは知ってるんだがな、あーーうん…………実を言うと一度だけ、俺もお前と同じ思想を抱いて実行に移そうとした事がある」

「はぁ!? なんだそりゃ。初耳だぞ!」

「そりゃお前みたいな若い頃の話じゃなくて、ある程度年くってからの話だからな。恥ずかしくて誰にも言ってねぇよ!!」


 馬鹿みたいに笑う彼にしては珍しく、嫌なものを語るという感じの声で語るエルドラ。

 その内容を聞いた彼の息子は心底意外な言葉を聞いたという様子で食いついていき、そうなれば次に出てくる言葉は決まってた。


「そりゃいつの事だよ!?」

「この話題、もしかしたら後でもう一回『ウォーグレン』の連中に話す事になるんだよなー。はぁ…………今から気が重いよ。まあ答えてやる。千年前だ」


 一般の人と比べかなり長い年月を生きる竜人族の寿命は個体差が大きく現れるが、それでも千二百年は誰でも生きる。

 そのため四百歳未満を子供として扱う風習があるのだが、千年前といえばエルドラは既に千歳近くである。

 そのためまだ三百歳そこらである息子のデリシャラボラスと比べればかなり大人びているはずで、血の気も若い者達に比べればかなり引いている年代であり、その都市で血気盛んな様子は確かに恥ずかしいものとして扱われてもおかしくない。


 とはいえ、千年前といえば二大宗教に分かれるきっかけとなった戦争の真っ最中だ。

 激動の時代を生きてきたエルドラは今のデリシャラボラスよりも遥かに強いはずであり、事を起こせば混乱に乗じて大きな戦果を挙げられても然程不思議ではなく、


「やめたきっかけは何なんだよ」


 知っていた情報から想定するに勝ちの目は十分にある。

 いや世界中が混乱していて邪魔がされないというのならばむしろ最適の条件であり、だというのに父がそれを諦めた理由が彼にはわからなかった。


「いや俺はお前みたいに人間の情報を集めるなんてしてなくてな。

 誰も俺に勝てない、俺が最強! ガハハ!

 とか思うくらい傲慢だったんだ。んでそんな状態で外に出て、最初に出会った人間を力試しの相手にしようと思って戦いを挑んだんだがな…………そこで負けた。んで帰った」

「あぁ!?」


 それは思いもよらない告白であった。

 現竜人族最強の父が成熟したであろう状態で負けたというのは、デリシャラボラスはどれだけ想像しても思い浮かばない光景であった。

 なので自分をなだめるための嘘をついているのではないかと彼は思うのだが、自身に対し嫌々語るその様子が、語られる内容が真実であるとありありと伝えていた。


「驚くべき事実はこれじゃ終わらんぞ。その時襲い掛かったのは二人組だったんだがな、最初に戦った相手とはいい勝負をした上で負けてな。精神的にそこまで深い傷を負う事はなかったんだよ。

 ただもう一人が楽しそうにこっちを見つめたと思ったらいきなり俺の傷を治し始めてな。『俺とも戦え』なんていわれたからそいつとも戦ったんだが…………瞬き程の間に負けちまった!

 あれはまさに、俺の人生最大の敗北! それまで抱いていた価値観を一瞬で覆されたよ!!」

「…………」

「おいおい、そんな反応するなよぉ」


 次々と明かされる情報の量にデリシャラボラスは眩暈を起こし額を抑える。

 その様子を目にした彼が口にするのは普段と比べればあまりにも弱弱しい語気の言葉で、それを耳にして彼は一層落ち込んだ。


「まあこれでわかったかもしれねぇが、今回お前を止めるために考えた案はこの時の俺の経験を活かしたものだ。俺と同じ経験をすれば、お前も止まると思ってな。それでも止まらなかったお前には割と焦ったけどな」


 自分が体験した挫折を味わわせることで同じ結果をもたらす。

 そのロジック自体は理解できる。

 しかし今彼にとって重要なのはその点ではない。


「…………本当に親父を倒したのはただの一般人だったのか?」


 歴代でも最強と言われる自身の父を倒した、ちっぽけなはずの人間の正体だ。

 その質問を聞いたエルドラは気だるげな表情を浮かべはすれば口を開き、


「当時はな。ただ、それから少しして名が売れ出し、最終的には歴史に名を残す人物になったよ」

「そりゃいったい誰だ?」

「千年前の戦争で神教最大の壁となった二人組さ」


 よりにもよって最大の外れクジを引いたと肩をすくめて語るエルドラ。


「まあ俺はその時に人間やべぇと思っちまってな。それからしばらくベルラテスに籠ってた俺は、戦争の情報を一切知らぬまま時を過ごして、『あんなやばいのが溢れてる世界と戦うくらいなら共存の道を選んだほうがいい』と思ってギルドを作ったってわけだ」


 思わぬところで知ったギルド発足の理由に思わず頭を抱えるデリシャラボラスだが、その様子を見た父は穏やかな笑みを浮かべ、彼の頭を叩いたかと思えば静かに立ち上がった。


「おい、どこに行くんだよ」


 奥の部屋へと向かって行く父の背中へと向けそう尋ねる息子。


「資料室だ。坊主どもとの約束でな。お前が負けたら、千年前のミレニアムの件について明日一日教える話になってるんだ。おかげで今日は酒抜きだ!」


 心底残念だとでも言いたげな様子でそう口にするエルドラは、手を振りながら奥の部屋へと消えていく。


「俺は諦めねぇ。諦めねぇからな…………」


 そんな父の背中を見守りながら、デリシャラボラスはそう呟いた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


先日まで続いた戦いの種明かし回。

子供たちが二度の戦いをどう乗り越えたかの説明回です。


裏設定をちょっとばかり語りますと、今回の戦いでは終始落ち着いた雰囲気を見せていた康太でしたが、

実は結構肝を冷やしていたため、本気で無理だと感じた場合、

エルドラに止めてもらうつもりでした。


あと今回のエルドラの過去話で出て来た二人に関しては、

設定面では既に完成しており、いつかどこかで、皆さまにお見せすることができれば、

などとも考えております。


そして次回はミレニアムの謎の追及フェーズ。

今回の情報で心臓部分以外の情報は揃うと思うので、

勘の言い方は色々と察するのではないかと思います。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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