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アイビス・フォーカスと紋章展開 二頁目


「おいおい」

「マジか…………」


 戦いが始まってから、十分と少しの時間が経過した。

 竜人族たちの間で行われていた賭けのオッズはデリシャラボラスが八・二の割合で勝つとなっていたのだが、戦いはそんな彼らの予想を大いに裏切る展開を見せていた。


「こ、のガキィ!」

「どうした? 足が止まりかけてるぞ。そろそろ終わりか?」


 竜人族の大人顔負けの身体能力に加え圧倒的な巨躯を持つデリシャラボラスが、たった二人の人間に翻弄されている。

 康太と優が猛攻を仕掛け続けることでデリシャラボラスが攻撃する隙を与えず、時おりデリシャラボラスの攻撃を誘うとそれを見事に躱して手痛いカウンターを与え、終始優勢な状況を保っていた。


「死ねやコラァ!!」

「甘い」


 デリシャラボラスの口から吐きだされる山1つ飲みこむ程の巨大な火球が、康太の放った弾丸により貫かれ体に直撃。デリシャラボラス体が吹き飛ぶ。


「ば、馬鹿な! ただの弾丸が、俺の火球を破壊するなどっ!」


 そのような事を口にしながらすぐに体制を立て直そうとするデリシャラボラスだが、


「!」


 その瞬間両膝に重い衝撃が突如奔り彼の動きを阻害。


「五重層・雷鳴弾」

「ぐぅ!?」

「逃がすかっての!」


 その隙に放たれた弾丸を避けようと体を捻るが、少女の拳はそれを許さず、目に見えぬほどの勢いで放たれた連撃がその体を大地に押し込み雷の弾丸は直撃。

 彼が体に纏う分厚い鱗の鎧さえ貫通し、巨体を浮かせ、再度数メートル後方まで吹き飛ばした。


「ぐ、がぁぁぁぁ!?」


 集めたデータに乗っていない攻撃の数々や威力にデリシャラボラスが翻弄される。

 なぜこれほどの変化があったのか、その答えは康太と優の半年間の修行にあった。




「さーて、あたしが康太君と優ちゃんの訓練を任されたわけだけど、まず最初に言っておくと、あなたたち二人には同じ修行をしてもらいます!」

「「こいつと同じ!?」」


 それはヒュンレイ・ノースパスが死に各々が修行を初めてから一週間後、アイビス・フォーカスが訪れた最初の日の事であった。

 ゲゼル・グレアが蒼野とゼオスを中心に鍛えるのと同様、アイビス・フォーカスは康太と優の二人を鍛えることとなり、彼女は二人を呼びだし自身が教える内容を口にした。

 その事実を伝えることで返ってきたのは至極心外とばかりの言葉と互いに対する負の感情を込めた指差しであったが、それを前にしてもアイビス・フォーカスの表情は満面の笑みから変わらない。


「そうよー。二人とも足りないものは真逆なんだけど、その最適解はおんなじだったの。よろしくねー!」

「足りないものは真逆だが、教える事は同じ? どういう事ッスか」

「お姉さまに教えてもらうのはうれしいんですけど、あの………………やけに上機嫌ですね」

「そりゃもう! だって事あるごとに善やノアから『あなたはものを教えるのは向いてない』なーんていわれてたから! こうやって人を教える立場になれる事に………………お姉ちゃん感動してます!」

「そ、そうッスか」


 彼女が最高の笑顔を浮かべる理由が思いもよらぬものであることから気が抜けた康太が、優に向けていた怒りを僅かに潜め、優に至っては彼女から教えてもらう事がこの上なくうれしい様子で彼女を見つめている。


「それでそれで! お姉さまは一体何を教えてくださるんですか?」


 まるで兎だな。

 楽しそうに跳ねる優の姿を横目で見ながら康太がそんな事を考えるが、口に出すとまた一悶着あると考え口には出さない。


「うむうむ! 先日善に相談されて二人のこの半年の戦闘データを見せてもらったんだけどね、二人とも基礎はしっかりしてて、技術もある程度備えているのよね~。

 けど康太君は攻撃のレパートリーは多いけど威力に欠けてて、優ちゃんは真逆で、威力はあるんだけど攻撃のレパートリーに欠けてるように思えたの。

 で、この問題を何とか解決できないかと頭を捻り、お姉ちゃんは思いつきました!」

「俺と犬っころの改善案をですか?」


 優以上に楽しそうに語るその姿に奇妙な感覚を得ながらも康太は合いの手を入れ、それに対し童子のような幼い笑みを浮かべ彼女は頷く。


「そう! 二人にピッタリ、かつうまくいかなくても最低限のレベルアップに繋がるものをお姉ちゃんは知っていたのでした!」


 鼻を伸ばし誇らしげに言いきる世界最強の顔にはいつの間にか口から胸の辺りまで真っ白な髭が生え、服は真っ白なものに変化しており、その状態で木の杖を装備。

 物語に出てくる仙人を彷彿させるものに変化していた。


「善にも明かしていなかったあなた達の特訓メニュー。それは!」


 その状態の彼女が木の杖の先端を持ちあげ虚空に円を描くと、その内部に模様を描き輝かせ、


「ずばり! 紋章展開イクスコードよ!」

「「え?」」


 世紀の大発表とでも言いたげな様子で、今回彼らに伝授する術式を宣言。

 それに対する康太と優の反応は悪い意味で意表を突かれたという感じのものだがそれも仕方がない。


 紋章展開は攻撃を基本に、使用者に様々な効果を付与する援護術式であるのだが、学校で習う教科書や一般の戦術書でも序盤に書いてある基礎的な術式である。

 そのため彼女が教えるまでもなく、康太も優も既に習得しているのだ。


「アイビスさん、その…………言いにくいんですが、オレはもう紋章展開は覚えているんッスよ」

「正直アタシもでして………………その、できれば他のものを教えてくれませんかお姉さま?」


 ゆえに康太も優も、心底申し訳ないとは思いながら彼女の提案を否定。


「いいえ。あたしはこれを教えます。というか、紋章展開はあなた達が思ってるよりもすごいんだから!」


 しかし彼女は一切引かず、頬を膨らませ二人の提案を拒否した。


「じゃあ聞くけど、二人はどんな種類の紋章展開を使えるの?」

「そりゃ……威力増幅と防御壁ですよ。紋章展開ってそれの事ですよね?」


 すると彼女に対し、康太は遠慮がちにそう宣言。


「じゃあ一度に幾つ展開できるの?」

「いくつって…………普通に一つだけッスよ」


 その後聞かれた内容にも然程慌てた様子もなくそう応えるのだが、その返事を聞いた彼女は腕を組み、鼻を鳴らしながら自身の勝利を口にする。


「甘い。甘々ね。メープルシロップたっぷりのパンケーキ、いいえあんこたっぷりの大あんまきのよう甘々ね! 紋章展開の真髄はその程度じゃなーい! というより、二人はまだ入り口に立った程度だわ。んもう、もったいない!」

「え、えぇ…………」


 持っていた杖をいつの間にか消し去り両手の人差し指を二人に向ける彼女の指摘に、康太や優は完全に意表を突かれ、


「わかってないから一から説明するとね、そもそも一般的に知られてる紋章展開は氷山の一角、というより基礎中の基礎に過ぎないの。紋章展開の種類は、本来なら十種類以上存在するわ」

「じゅ、十種類……」

「それは初耳です。じゃあ何で世間一般で教えてもらえる紋章展開は『威力増幅』と『防御壁』の二種類だけなんですか?」


 それから彼女が話を始めるのだが、その時初めて聞いた事実に康太は動揺し優が質問を投擲。


「まあ二人もわかってると思うんだけど、『威力増幅』と『防御壁』の習得難易度が楽で、ある程度使えるからってのが一つ。援護術式の便利さを学ぶ上で、初心者に紹介するにはもってこいだから、この二つだけを紹介してるのよ」

「その言い方的に、他はある程度覚える難易度が高いってことッスか。けど、忘れ去られるほどの事じゃないじゃ無いッスか」

「まあそうなんだけど、使われなければどんな技術だって忘れ去られるものよ」

「え?」

「基礎を学んだらその次は応用。その後最終的には自分独自の術技を磨くことにこだわっていく。これがごく一般的な道のりなわけだけど、二人ともそういう経験はない?」

「そ、それは」

「確かに……まあそうなりますね」


 アイビスが口にした内容を康太と優は否定できなかった。

 二人は共にある程度の術技を使えるようになった後は自分なりのスタイルを確立することに躍起になっていったタイプの人間だ。

 弱点を埋めるような技や策、長所を伸ばすための特訓を行ったりはしたが、最初期の基礎にまで戻ったり、教科書に載っていない既存の技術にまで手を伸ばしたりしたことは確かになかった。

 二人の知る中では蒼野が最も基礎に忠実だが、紋章展開をしているような光景は見たことがなかった。


「どれだけ難易度が上がろうが紋章展開は基礎の範疇。となると必然そんなところまで戻って色々としようとする人はそういないわけ。で、そんな状態が長く続いたことで、紋章展開の大半はマイナー術技にカテゴライズされることになって、今では誰も触らないものになったってわけ」

「なるほど。理解しました。となるとフォーカスさんは俺とこの犬っころに教えてくださるのは、紋章展開の未知の領域になるわけッスね」

「それは一体どういうものなのお姉さま? 猿でもわかる?」

「あら、興味を持ってくれたのね。うれしいわ」


 康太と優の台詞の殴り合うような台詞には然程関心を示さず、アイビスは楽しげに笑う。

 それから両手の指を広げたかと思えば、一つ一つの指先に色や文様が違う紋章が浮かびあがった。


「同じ紋章展開を覚えてもらうにしても、その種類は違うわけだけど、まずは色の違いが何を表すかだけ再確認ね。まあこれは教科書にも載ってる範囲だから、しってるだろうけどね。

 まあ端的に言っちゃうと、属性の力に適した紋章を使う場合、その効果が上がるってもの」


 そう言いながら作りだした紋章を投げつけ空中に固定させると、彼女はどちらにも向けて水の弾丸を一発ずつ撃ちだす。

 弾丸は黄色の紋章をくぐるとその速度を僅かに上昇させ、その先にある木にぶつかるとその身を木の幹に埋め込む。

 それに対しもう一発の氷の弾丸は水色の紋章をくぐり抜けるとちょうど倍の速度に変貌し、更に同じ木の幹を貫通した。


「まあその結果は見ての通りよ。二人は恐らくどの属性でも使えるタイプの『威力増幅』を使ってると思うんだけど、その属性一つにこだわることで『属性倍化』に変化させることができるわ。前善がヒュンレイがめちゃくちゃな威力の氷の弾丸を透明なまま撃ってたなんていってたけど、恐らく銃身に紋章を展開してたんだと思うわ。これが康太君に覚えてもらうもの」

「意外にシンプルですね。これなら、そう大して時間はかからなそうだ」

「うん。基礎技術の応用だからそう難しいものじゃないわ。でも最終目標はその先で、実戦で使うためにも康太君のクイックについていける速度で発動できるようになる必要があるわ」

「そりゃ……中々大変だ」


 ヒュンレイ・ノースパスから教えてもらったクイックは然程時間をかけずに習得した康太だが、あれは自分の身一つであったための動きなのを彼は理解していた。

 術式の展開をそこに絡めるとなれば、難易度は一気に跳ね上がることは容易に想像できた。


「加えて一つだけだとまだまだ単純に威力不足だから、そうね……瞬間的に五個は作りだせるようになってもらいましょうか」

「は?」


 想像したのだが、それでも最後の言葉を前に唖然とする。


「ちょ!? アイビスさん。それはいくら何でもきついんじゃ!」

「さて、まあ康太君の課題はこれくらいとして、次は優ちゃんね」

「アイビスさん!?」


 耳に聞こえる抗議の声をアイビスが我関せずという様子で話を進める世界最強。


「康太君は威力特化の訓練だから一つに絞ったけど、優ちゃんは手数を増やすという事で複数のものを覚えて欲しいの。具体的には四つかしら」

「よ、四つですか」

「うん。まあ追々説明するとして、まず覚えて欲しいのは『脚力強化』と『遅延攻撃』の二つ。この二つがあるだけで、優ちゃんの場合一気に戦いの幅が広がるわ」

「ちなみに難易度は?」

「『脚力強化』は中の中。『遅延攻撃』はオートなら中の上程度だけど、優ちゃんに覚えてもらいたいのはマニュアルの方だから上の中ね」

「は、はは……」


 中の中はともかくとして、上の中の術式というのは多々ある基礎分野の中でもかなり珍しい。それを半年で覚え使いこなすとなればかなりの難行、一般的には不可能に近い。


「で、でもお姉さまは全て使えるんですよね!」

「モチのロンよ!」

「じゃあ、手とり足取り教えてくれるんですよね?」

「任せなさい!」


 とはいえ目の前には恐らくそれら全てを使える存在がおり、豊満な胸を叩きながらそう宣言。


 ならば憂いは一切ないではないか


 胸を張って言いきる世界最強の姿に優が顔を輝かせそう考える。


 当たり前ではあるが、半年という期間がある以上、その期間内にある程度はものになる訓練メニューを組む必要がある。

 彼女とてその事実は知っているはずだと優は確信し、その答えを聞き康太の足も自然とそちらに向かった。


「いい! 紋章展開を手短に覚えるための方法だけど!」

「はい!」

「まずズバーっと属性粒子を出します!」

「属性粒子をズバ……え?」

「次にイメージを湧かせます! 作りたい紋章のイメージを思い浮かべるのです!」

「………………」

「思い浮かばせたわね! そうしたら後は至極単純! そのイメージ通りに属性粒子を動かし、シュパパっと作り上げます。はい終わり!!」

「あの…………お姉さま?」

「ん、どうしたの優ちゃん?」

「その……もうちょっとわかりやすく説明して下さいませんか」


 アイビスの説明を聞き、優の声が震え康太の頭にある嫌な予感が浮かばせ、


「あ! ごめんごめん。無駄に長々と説明しすぎたかしら」


 それに対する答えは康太の予感を確信へと至らせるものあった。


「端的に言うと、必要な分の粒子を出して、頭の中でイメージを抱いて、それを形にする。ね! 簡単でしょ!」


 太陽のような輝きを放つ笑みを浮かべながらそう説明する彼女を前に、康太と優は理解した。


 世界最強の一角アイビス・フォーカス。

 天才肌の彼女は、指導者という立場が最も向いていないタイプの人間であると。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


世界最強による特訓回という名の苦労話な回。

善さんはかつて神教にいたわけですが、彼女を師としていた場合、恐らく地獄を見たでしょう(実際の師匠はゲゼル)

とはいえ彼らは実際に彼女の師事を受け、半年経ったわけです。

この続きはまた明日


それではまた明日、よろしければご覧ください

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