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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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とある少年は故郷へ帰り、残った者達は先へ進む


「なぁ」

「ん?」


 夜の草原を二頭の巨馬が歩いて行く中、雲の切れ間から姿を現す月を眺める康太が、隣でミントガムを取りだし口に運ぶゲイルに話しかける。


「お前確か言ってたよな。よっぽどの事がない限りフォン家の名前は出さないって。今回は何で助けてくれたんだ?」

「あぁ!? 助けたのに文句言うのかよお前!?」

「そうじゃなくてだな」


 話す男の姿に先程までの落ち着きはない。貴族や商人というよりは盗賊のような口調でしゃべる姿は、町を出てから着替えていないスーツ姿と全く合わない。


「ふと思っただけさ。俺の大切な仲間を守ってくれたお前らを、下らない意地を張って助けなかったら一生後悔するってな」


 それが嫌だったのだと、左手に持つカウボーイハットを見ながらつぶやくゲイル。

 それから少しして遮蔽物が一切見当たらない草原のど真ん中で、建物を背負えるほど巨大な馬車が停止。


「ここからまっすぐ進めば、お望みの場所に行けるはずだ」


 馬車から降りた面々が辺りを見渡しゲイルがそう告げると、来た道を含み五つの道が続いている。


「んで、俺らはこっち」


 ゲイルが指を指す方向には一枚の立て看板。書いてあるのは『マテロ』という名前。


「ここは?」

「俺らフォン家の本家がある場所だ」


 そう説明するゲイルに康太が曇った表情を見せる。


「そう暗い顔すんな。俺は自分がやったことを間違ったなんて思っちゃいねぇ。けど、あんだけ御曹司として大口叩いたんだ、一度でも家に顔見せてなけりゃ話が矛盾しちまうだろ。だからこれでいいんだよ」


 そう言いながら別に恨んじゃいないと笑い飛ばすと、何かを思いだしたのか部下に指示を出す。


「あ、そう言えばこれ忘れてた。受け取れ尾羽優」

「?」


 そう言って持っていた紙袋を渡すが、見覚えのないものに優が首を傾げる。


「こんな紙袋見た覚えがないんだけど?」

「その中身だ。お前の盗まれた下着が入ってる」

「なっ!?」


 ゲイルの言葉に、普段と比べ一オクターブ低い声が彼女の喉から溢れると、その切羽詰まった声を聞き康太が振り返る。


「よかったじゃねぇか。わかりやすい下着付けてて。おかげでこうやってすぐ見つかった」

「わかりやすい?」

「あんた、口を閉じなさ!?」


 言葉を止める様子のないゲイルに慌てて掴みかかろうとする優が、雨でぬかるんだ地面に引っかかり転びかける。


「あぶな!」


 焦りを覚えた優が地面に強固な水の床を作り泥だらけになるのを防ぐが、しかしそれは彼女の持っている紙袋まで守ってはくれなかった。


「はぅあ!?」


 すぐ横にいた積の脳天に叩きつけられる紙袋。転びかけた優の勢い全てを吸収し偶然にも振り下ろされたそれは、その耐久度を上回る勢いで男の頭部を叩き、中身をまき散らした。


「く、クマ?」


 戸惑いを見せる蒼野の声に茹でタコのような顔色を見せる優。


 彼女が盗まれた下着は全てポップなデザインの動物がプリントされた、いわゆるお子様向けのものであった。

 それが周囲に飛散ってすぐ、蒼野とゲイルに対して見るなと言わんばかりの視線を向ける少女が次に見たのは、心の底から幸せそうな、穏やかな表情を見せる積。


「…………うん、いいなこれ!」

「何がじゃボケ!」


 未だ体の疲れが取りきれていない腹部に叩きこまれる本気の鉄拳。それを受けのたうちまわる少年を見て、少女は荒い息を僅かに整えるが、


「訂正……してやる。お前は犬っころじゃなくて…………ブフ! クマさんだ」


 自らの膝を何度も叩き、心の底から楽しくてしょうがないという様子の康太を見て、彼女の纏う空気が変わった。


「…………………………………………そう」


 その時快活さが売りであろう彼女が初めて見せた、表情というものを完全に消しジッと康太を見る姿に蒼野とゲイルが身震いするが、狙われている本人は一切気が付かず腹を抑えている。


「おらぁ!」

「うごぉ!?」


 突如浴びさせられる回し蹴りに、マウントポジションを取っての拳の応酬。それを見て蒼野はすぐさま止めに動き、ゲイルは肩をすくめる。


「ちょ、ストップストープ、マジで康太が死ぬ!」

「クソ猿が! 死ね!」


 蒼野が優を必死に止め、ゲイルが部下に命じ康太の傷を癒すが、それでもなお優は康太を殴りつけようと前に飛びだし、最終的には康太と積を除いた全員で彼女を止めるに至った。


「さて……そろそろ行かなくちゃな」

「ほいじゃ、俺はこっちで」


 それから僅かに時が過ぎ、雲に隠れていた月が姿を現す。

 祭りのような喧騒が過ぎ去り場が静まり返ったところでゲイルがそう告げ、蒼野達が見送ろうとしたところで積がゲイルについて行く。


「いや思ったんだけどさ、ゼル・ラディオスには家に友人を招待するってことになってるんだろ? なら、誰か一人でもついて行った方が都合がいいんじゃないかと思ってな」

「なるほど、確かにそうだな」


 積の言葉を聞き感嘆の声をあげる蒼野に、優しい笑みを浮かべる積。


「「本当の目的は?」」

「こっちの方が色々と待遇が良さそうだから」


 しかしそんな考えはゲイルと優の言葉で容易く打ち砕かれ、蒼野はすぐさま肩を落とした。


「んじゃあな、また会おうぜ」


 そうして部下と積を引き連れ馬車に乗り込んでいくゲイル。

 彼は一度だけ背後を振り返ると、少々恥ずかしそうに手を振り彼らに別れを告げ、カウボーイハットを浅くかぶり、自らの故郷へと向け進んでいった。




 色々な事が凝縮された一日だったと思う。女の敵を追って、想像を絶する化け物と戦って、西本部長に殺されかけて。


 心の底から気が合わない奴にアタシの履いている最高にかわいい下着を笑われて。


 多分アタシは、今日の事を一生忘れないと思う。


 これほどまで濃密な一日を忘れる事はないと思う。


 でも思い返してみて――――ふと考えてしまう。


 アタシにとっての転換点は、蒼野が自らの信念をゲイルに言って聞かせた時だ。


 自らの信念をあの状況で言える蒼野に出会い、連れて行けば何かが変わると確信した。


 だけど……蒼野にとっての転換点、いいえ心に残る場面はどこだっただろうかと考えた時、


 その答えをアタシは何となくだがわかる気がした。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


死闘終結のエピローグ開始。


エピローグ事態はさほど長くなく、次回で終わる程度のものです。

そしてそれにて1章……というより序章は終わりとなります。


という事で明日で一区切りですので、皆さま最後までよろしくお願いします。

それでは、また明日。

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