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竜人族の歓待


 目の前に置かれた料理を、彼らは一心不乱に咀嚼する。

 周囲の状況に意識を向ける余裕はないとでも言いたげな様子で食事を続ける。


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

「「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ!!」」

「「「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ!!!!」」」」


 移動を終えた蒼野達が石と木で作られた催事場に辿り着き幾分か時間が経った。

 この場所に到着した当初、文字通り山の如く積まれた食材の量と種類を前に彼らは目を白黒させ、竜人たちの感覚で食事を勧められた場合、腹が破裂して死ぬのではないかという嫌な予感が脳裏によぎった。

 だがいざ昼食が始まったところそのようなことは一切なく、蒼野達小さな人間用に分けられた物が、竜人族用のものと比べ遥かに小さな食卓に丁寧に並べられた。

 それだけならば蒼野達は驚くばかりで緊張が解けることはなかったのだろうが、盛られた食事に口を付けた瞬間、警戒心や緊張という感情は瞬く間に吹き飛んだ。


「おいゼオス! お前俺の皿からローストビーフを取ったろ!」

「…………見間違いだ。それよりも自分の皿から意識を外すな。いつの間にかなくなってても知らんぞ」

「あーー!?」


 ゼオスが奪い取った事実に抗議をする積。その隙を突いて逆側から素早く奪い取る康太に、その事実に気づき裏返った声で彼は悲鳴を再度上げる。


「よろしければおかわりはいかがですかー!」

「ぜひ!」

「オレも頼みます」

「アタシも!」


 彼らに話かけやすいように人の姿をしている竜人族がそう告げると、蒼野と優、それに康太も手をあげ、然程時間をかけずに持って来られた料理を勢いよく口に運ぶ。

 それほどまでに用意された料理は美味であった。


「どうだ。うまいだろ?」

「!」


 自分たちの真上に近い角度から聞こえてきた声に従い、首を上に向ける数人。

 そこにいたのは、初めて会った時とは全く違う、竜の姿をした竜人族の長エルドラだ。


「はい、最高です!」

「ドラドラドラドラ!」


 彼は言葉通り山のような大きさのビールジョッキを片手に持ち僅かに顔を紅潮させ、蒼野の返事を聞くと心底嬉しそうな声を響かせた。


「俺達竜人族は基本大雑把な性格でな。料理だって昔はかなり大雑把だった。それが嫌になった連中が、外で料理人として修行してな。戻って来た後に料理の技術に長けた精霊を雇いまくって、そのおかげで俺らの食事のレベルは急上昇よ!」


 精霊とはこの世界に存在する自然や法則がそのまま具現化した存在だ。

 その種類は様々で、世界を形成する十属性をそのまま形にした存在が最も知られているもので、他にも何らかの概念、例えば『走る』という行動ならばそれに特化した精霊、『料理』という行動に特化するのならばそれに特化した精霊を呼ぶことができる。

 蒼野達も依頼を受けた際に遭遇しており、さほど珍しいものではない。


「精霊の召喚ってどれくらい出してるんですか? 竜人族の食欲ってすごそうなんですが?」

「んー、三千体くらいか? いやもう少しいってたか? まあ後でダニエルの奴に聞いてみるか!」


 精霊は一体召喚するたびにある程度の粒子を必要とする。

 最下級レベルの単純作業しかできない精霊ならば一体だろうが百体、それこそ千体だろうがそう大した問題ではない。

 しかし『王格』や、『神格』といった最強クラスの精霊や、料理などの細かな作業が必要となる存在を召喚するとなれば話は変わってくる。

 三千体も出した場合、並大抵のものならば出すことこそ簡単なものの、維持に必要な粒子が途中で枯渇し、使用者は気絶するだろう。


「で、これからしばらくしたら仕事をしてもらう予定なんだが、その前に聞いておきたい。俺達の住処の居心地はどうだ?」

「え?」


 やはり竜人族は根本が違う。そう感じる中告げられた、思いもよらぬ発言に蒼野の口から言葉が漏れる。


「いやせっかくの客人だからな。できれば満足するまで持てなしたいと思ってたからな。それにその過程で俺達竜人族に少しでも親近感が湧いてくれりゃありがたい」


 持っていたジョッキを側に置き、両腕を組みながら告げる笑顔を浮かべながらも真剣実を帯びた言葉。

 それを聞いた蒼野がここに着いてからの事を思い返す。


「…………正直、最初は怖かったです」


 自分たちとはあまりに違う姿や巨体に、規格外としか言いようのないスペックの数々。

 自分たちとは生きる世界が違う……端的に言えば別の生物。

 恐ろしくなかった………………などとは口が裂けても言えない。


「でも、今はそんなに怖くないです。むしろ、親近感さえ湧きます」


 しかし今、彼らは同じ言葉を喋り、同じ料理を口にしている。

 耳をすませば自分たちが見ているバラエティーや小説の話なども聞こえてくるし、仲間同士で肩を組み陽気に歌う姿は、自分たちと同じ生きた人間の姿だ。

 最初は違和感しかなかった服を着る姿も人間ならば当然であるし、誰もが温かい対応をしてくれたことには感謝の念が湧いてくる。

 その結果、当初蒼野が感じ気絶までするに至った違和感や恐怖の感情は、完全に消え去っていた。


「…………」


 無言で仲間の方を見ればそれは皆同じらしく、当初のぎこちなさは払拭され、宗介や聖野に関して言えば、身長差をものともしない勢いで種族間の垣根を超え楽しそうに談笑していた。


「そうかそうか………………いやそれは本当によかった!」


 その答えを聞き、エルドラが目を細め嬉しそうに頭を掻く。


「俺達の今の目標は竜人族、いや亜人と普通の人の垣根を失くす事だからな。その言葉は素直にうれしい」


 心の底から安堵した表情と言葉に蒼野が僅かに驚くが、それ以上に引っかかりを覚えたのは別の事だ。


「今の目標? 昔は違ったんですか?」


 気になった点を聞く蒼野に対しエルドラが笑う。

 出来のいい生徒を見ている教師のような様子を一瞬だけ見せると、すぐに大声で笑う。


「鋭いな。まあ人間との共存については昔からの目標でもあるんだが、昔はそれの優先順位は二番だった。一番は同族、つまり亜人の居場所を作ることだった」

「亜人の居場所?」

「おおそうだ! 優秀な坊主に一つ問題だ。ギルド『麒麟』の正体が鬼人や魚人、そして竜人が形成していると知ったわけだが、それで変わったものはないか?」


 突如投げつけられた問いかけに対し頭を捻る蒼野。


「変わったもの変わったもの…………ああそうか! ギルドの支配体系が全然違ってくる!」


 最初はそれがなにだか理解できなかった彼であるが、ギルド『麒麟』を構成している人種の正体に頭を回すと、この問いかけの答えに至った。


 一般の人々や蒼野からすればギルド『麒麟』は『亜人と人間』が手を取り合った結果形成された世界一のギルドだ。比率は違えど彼らは同じ組織に所属。

 無数に存在するギルド全てを引っ張っていく姿は、人間と亜人の友好の証、その第一歩と見られてきた。


 だが支配しているのが魚人に鬼人、そして竜人だとするのならば話は一気に変わる。

 ギルドの実態は亜人達が支配しているという組織という認識に変化する。

 とするのならば、人間にとっては敵対組織に見えてもおかしくない。


「そうだ。ギルドの支配体制が人間と亜人の共存から代わり、亜人が経営している組織へと変化する」

「そうすれば、様々な亜人が集まりやすいっていう事ですね」

「ああ」


 逆に言えば、亜人からすれば楽園といっても過言ではない。

 何せギルド全体を引っ張って行く最大の組織の運営が亜人によって全て行われているのだ。賢教や新教に所属するよりも、待遇面は約束される。


「その成果が今のギルドの体制だ」


 現在のギルドには数多くの亜人が所属し、彼らによって亜人全体の印象は良い方向に向き続けている。

 ギルドランキング第二位は獣人達が集まったギルドであり、他にも鳥人や他種族の亜人が集まったギルドが無数に存在している。

 彼らを集めることが目的というのならば、竜人族の長であるエルドラの目的は達したと言っても過言ではない。


「エルドラさんはすごいですね。自分の思ったままに動いて結果を出してる。意思の弱い俺からしたら、それがすごくうらやましい」


 蒼野は自分自身が気と意思の弱い人間だと考えている。

 少し前と比べれば頻度は減ったが、恐ろしいことがあれば意識を失うのもそれが理由だし、他のメンツと比べても確固たる強さがないと考えている。


「なぁに言ってんだよ! 坊主が弱いわけねぇだろ!」


 そのような自虐的な発言に対し、笑いながら言葉を返すエルドラが自らの膝を叩く。その余波だけで大地が揺れ蒼野が驚き目を丸くする。


「と、ここは笑うところじゃなかったな。ただまあ話を戻すとだな、坊主はそこまで弱い人間じゃねぇよ。なにせあのオーバーを下したんだろ? そいつが弱いわけがない!」

「あ、ありがとうございます」


 その後告げられた言葉を聞きこそばゆい感覚に襲われる蒼野。そしてその様子を優しい瞳で眺め満足気に頷く竜の王。


「んで話は変わるとだな、坊主が言ってくれた俺の努力の成果、それを何とかして死守してもらいたい。それが今回の依頼なんだよ」

「俺達に対する……依頼」


 その後一拍置いて勢いよくそう話し出すエルドラを前に思わず蒼野は生唾を呑みこむ。

 この時期に連れてこられたゆえに詳しく聞かずとも内容については理解していたつもりだったが、それでもいざその時が迫れば、相手が相手という事もあり、やはりある程度は身構えてはしまう。


「まあその前にだ、飯も食ったし酒も飲んだ。いやお前らは酒は飲んでねぇのか。未成年云々だったな。あの法律はホントにもったいないぜ。神が作りし至高の作品を飲めないなんてな!」


 そんな蒼野の前でエルドラが立ち上がり、その場にいる全員に聞こえるように声を張り上げ、


「いよし野郎共! 歓迎会はここらで終わりだ! 昼からも楽しんでいこうぜ!」


 そうして全員の視線が向いたところでそう言うと、全員が手を合わせ、声を合わせ、挨拶をする。


「まあ食後すぐに動くのもなんだろ。三時間程したところで、俺が宿に向かう。それまでゆっくり休んでおきな」


 そうして彼らを中心とした歓迎会が終われば、竜人族の面々だけでなく康太や積達も宿へと戻って行き、聞きたいことはあれどそう言われれば蒼野もおとなしく従うしかなく、宗介や優と共に、荷物を置いた宿へと向かい歩き出した。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日のお話は本筋前の箸休め回。

蒼野達を中心に、竜人族も含め穏やかな幕間を書ければと思い執筆しました。

次回から本筋に関わる話が続きますが、とはいえ今回は全体的に緩め。

のほほーんとした空気で進められればと思います。


それではまた明日、よろしければご覧ください!

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