秘境ベルラテス 二頁目
「色々渡してしまってすまないね。ここに住む者にとって外の者はかなり珍しくてね。それこそ新規のお客様ともなれば数年ぶりで、珍しさ故の行動なんだ。悪意はないので、許してくれればありがたい」
「うッス。問題ないッス」
「そうか。それならよかった。この旅館で荷物を下ろして、十分後二もう一回ここに集合と言うことでもいいかね?」
先頭を歩くエルドラに彼らが連れられたのは、しっかりした造りの木造の宿であった。
廊下は埃一つないほど綺麗に磨かれ、普段は見ないような花が深緑色の壺の中に入れて飾られ、達筆な文字の掛け軸が正面にかけられていた。
「エルドラさん、一つ聞いていいですか?」
「む、君は確か……」
「蒼野です。あの、一つ気になったんですが、ベルラテスに住んている人たちは普段どこで寝泊まりしているんですか、ここに来るまでの間に、それらしき建物を見なかったので」
積や康太が書かれている文字は何かと歩を進める中、蒼野が少々遠慮した様子でエルドラに話かける。
善が斡旋した依頼で相手は全てのギルドの頂点に立つ存在であるので、裏で恐ろしい陰謀が渦巻いており自分たちがそれにまきこまれているとまでは思いたくなかったが、正体不明の違和感はどうしても気になってしまい、彼は素直にそれを聞いた。
「蒼野君、君は中々よい観察眼を持っているね。疑問に思う通り、ここには住居の類はない。というのも君たちがまわったのはこの町の外堀部分でね。外に出す商品の加工だったり最終工程を行ったりしている場なのだ。住民の住居や君たちにやってもらいたい仕事……まあ先に明かすと息子の改心についてはここではなく奥にある私たちの住処の方でやってもらう仕事なのだ」
「そ、そうだったんですね」
エルドラの答えを聞き蒼野が胸を撫で下ろす。
困難な依頼に巻きこまれているのであろうという確信は未だに存在するが、それでも穏やかな様子で望む回答を答えてもらえたことで、正体不明の違和感は霧散した。
「さ、荷物を置いて来なさい。それから私たちの住処、秘境と呼ばれるベルラテスの中に案内しよう」
エルドラにそう説明され、悩みを解消させた蒼野が意気揚々とした様子で宿に入る蒼野。
「うおっとっと!」
それから十分後には七人全員がエルドラの元へと再び集まる。
しかしその十分間の間に数えきれないほどの地震が彼らを襲い、何度も体が浮くような感覚に襲われ、全員が不安感に苛まれた。
「この揺れ…………近くで爆撃でもあったか。または地震。何にせよ、迷惑なこった」
「こ、怖いこと言うなよ康太! 地震ならどうとでもなるが、爆撃なんてされてると知った日には、不安感で心臓が潰れちまう!」
「申し訳ない。恐らく誰かが喧嘩でもしているのだろう。身内の一員として恥ずかしい限りだ」
あまりに多くの揺れを感じ康太が悪態をつき蒼野が胸を抑えると、彼らの前に立つエルドラが申し訳なさそうに謝りながら頭を下げる。
「あ、いや……こちらこそすいません」
「……何をやっているのだ貴様は」
思わず蒼野が謝罪をするとそれを見たゼオスが口を挟み、蒼野は文句を返す。
「さて、ここが入口だ」
それから程なくして、歩き始めていた彼らが鉄で作られた強固な扉の前に一行が立つ。
「それはそうとだ…………ここが秘境ベルラテスの内部ですか! いやぁ……入る前から昂ってしまいます!」
「俺もだ! 昂ってしまいます!」
「おいおい。久我さんだけならまだしもお前まで叫ぶな蒼野。耳に響く」
倍以上の声量が康太の耳を貫き、本日何度目かもわからぬ文句を口にする。
しかしそれらは彼らの耳に届いた様子はなく、彼らは目を輝かせ、この先の光景に期待を抱き、今か今かと待っていた。
「…………一つ聞きたい。今目の前に広まる山肌は幻術の類か?」
その時、ゼオスが違和感に気がつく。
声をあげる二人の声が不自然な程大きく反響するのだ。
「君の言う通りだ。この山脈は見せかけでね。本来は鉄の壁なんだが、それでは見てくれが悪いから山肌を模した幻術を張りつけさせてもらっているんだ」
「? なんで…………」
何故そんな事をするんだろうか、そう考えた積が口を開きかけるがそれを聞くよりも早く、再びエルドラが語りだす。
「さて、再度の確認で申し訳ないが約束してくれ。住民の中には君たち普通の人間と初めて会うものもいる。出来るだけ騒がず、冷静な対処を約束をしてほしい」
「え、ちょ!」
なぜまた確認を取るのか
いやそれ以前に『普通の人間』という不穏な言葉が聞こえてきたがどういう事か、
様々な疑問が彼らの脳内二湧くがその真意を聞く間もなく扉は開かれ、
「「は?」」
普段は驚かないゼオス、ある程度覚悟しながら中に入った優や聖野を含め全員が同じ声を出した。
入ってすぐに彼らの視界が映したのは少々古めかしい町並みだ。
道はコンクリートで舗装されておらずただの地面で、建物は全て木造。
科学に属する物は一切存在せず、個々人の力によって支えられている、神教や貴族衆よりも、賢教よりの街並みが広がっていた。
「へいらっしゃい! 今日はいい轟牛が取れたよ! お兄ちゃん一匹どう?」
「いいっすね。一匹貰います」
だからといって不便な様子は一切なく、道を挟む形で出された露店には様々な物品が置いてあり、生気に満ちた声が彼らの耳に入ってくる。
「あら! こっちをもらっていいかしら!」
「ええもちろん! こちらのグランホエールのお肉、一個丸々買っていただければ、二割ほどお安くしますよ!」
「なら一個丸々いただいちゃおうかしら!」
問題はその規模…………いや大きさだ。
蒼野達の目に見える屋台や露店は一般的なものよりも遥かに大きく、一般的な屋台や露店の十倍から二十倍、いや物によってはそれ以上の大きさを誇っている。そこで売っている様々な食材やアクセサリーもそれに合わせ巨大化。
「すまん! 誰かそいつを捕まえてくれ! 運んでいる時に一匹落っことしちまった!」
「ブモォォォォォォ!!」
「「!?」」
耳を突き破るのではないかとさえ思える咆哮が聞こえ首を横に向ければ、つの一本一本の長さが蒼野達の身長以上で、背丈に関しては五倍はあるのではないかという巨大な猪が猛スピードで迫っている。
「ほいよ気を付けな! お年寄りやガキが怪我したら危ないぜ?」
「いやすまんすまん。助けてくれた礼だ。今度うちの店に来たら安くするよ!」
「そいつはありがたい!」
ほぼ反射的に康太とゼオスが武器に手を伸ばすと、それより早く巨大な掌が凶暴な声をあげるその獣を片手で容易に掴み、叫んだ者に投げ返す。
そこまでならばいい。自分たちと周りの建物の大きさの違いは十分驚くべき事実ではあるのだが、脳が理解を拒むような事はあるまい。
問題はここに住む住民たちの姿だ。
「ママー、足元で何かが動いてるよ!」
服の隙間から見える巨木を思わせる手足に背から生える両翼。身長はどれほど小さな固体といえど蒼野達の五倍近くあり、全身に丈夫そうな鱗を生やしている。
「あらあら。もしかして彼らが今日来るっておっしゃってたお客さんかしら?」
「お客さん?」
「ええ。外の世界で過ごす『人間』っていう一番数が多い種族よ」
「へーこれが人間!」
興味深げに喋るその様子は間違いなく幼子のそれだが、顔同士が触れるのではないかという距離まで近づかれれば嫌でもわかる、どことなく爬虫類を思わせる顔と臭い。
「こんにちは、人間さん!」
少年のほぼゼロ距離からの元気な挨拶は咆哮として彼らの全身を襲い、蒼野を筆頭に複数人の意識を奪いかけた。
「人間?」
「本当か坊主?」
「おお…………人間だ!」
「彼らが昨日エルドラさんが言ってたお客さん。本当に幼いな…………」
「お、おぉ起きろ蒼野! ここで意識を失うな! 心細くて僕死んじゃうから!」
意識を失った蒼野を積が勢いよく叩き、倒れかける聖野や優の襟首をゼオスが鷲掴みにする。
その間にも子供のあいさつを聞きつけた人々が物珍しさからか彼らに近づいていき、気が付けば四方八方を囲まれていた。
「エ、エルドラさ…………」
思いもよらぬ光景を前に、意識を取り戻した蒼野が助けを求めるように振り返るが、そこで言葉を失った。
「さて、俺達の住処に来てくれたんだ。依頼云々は後にして、まずは挨拶だな」
蒼野に続き積が、康太が、ゼオスが、その場にいた全員が思ったよりも遥かに高い位置から聞こえて来た声に反応し振り返り目にしたのは、先程まで自分たちを案内していた男の変わり果てた姿。
全身を燃えるような真っ赤な鱗で覆い、その場にいるどの固体よりも筋肉質な体。
彼は真下にいる蒼野達を見下ろし、気持ちのいい笑顔で口を開き声高らかに宣言した。
「ドラドラドラドラ! ようこそ! 竜人族である我らの住処にして故郷ベルラテスへ! せっかく来たんだ、楽しんでいっくれ!」
今までの厳格ながらも話しやすさが出ていた様子とは全く違う、豪快で勢いのある声で彼はそう告げた。
秘境ベルラテス
ここは絶滅されたとされる竜人たちの住まう土地
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
遅れながらも、本日分を更新でございます。
さて単刀直入に本題に入り言ってしまいますと、今回の話をできるのを今か今かと待ち続けていた作者がいます。
というのも彼らの正体は元より、ギルドにしっかりと触れる初めての機会だったからです。
今回の話でもバトルはあるのですが、完全に未知の場所という事で普段より冒険色が強くなっていると思うので、楽しんでいただければ幸いです。
ちなみに今回の相手は既に語られましたが竜人です。
地獄を見るぞ~
それではまた明日、ぜひご覧ください!




