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筆頭ギルドからの依頼 二頁目


 蒼野と宗介を先頭に彼らは荒涼たる大地を歩き続ける。

 後方にいる面々の大半が暑さで項垂れ始める中、彼ら二人だけは高いテンションを保ち続けていた。


「ベルラテス……ベルラテスかぁ。一体どんな場所なんだろう」

「そうだな! 楽しみだ! ところで純粋な疑問なんだが、今回君たちが呼ばれたのはなぜだろうな!!」


 一般的に外部からの客を歓迎しない空気が漂っているベルラテスだが、外部の者を呼ぶことが稀にある。

 大抵の場合それは知己の中であるイグドラシルとその部下であるが、極稀にだがそれ以外……つまり今回のように知り合いでもない外部の者を招待することがある。

 ただその場合外の世界で名の知れた実力者である事が多く、蒼野達レベルが呼ばれることは中々ない事態である。

 なのでその点について指摘する宗介だが、周囲の風属性粒子を自身の周囲に漂わせ暑さを和らげる蒼野からすれば、その質問は然程重要には思えなかった。


「まあ気になるところではありますけど、今ならやっぱりミレニアム関連じゃないですか?」


 ほんの数日前の西本部での大規模な戦闘後、世界中に戦火の炎が広がった。

 個人や集団、果ては国家クラスまでもが革命家の思想に乗っかり各地で暴れだすという事態は、神教設立以降の歴史では見なかったものであり、ミレニアムの強さとカリスマをこれ以上ない程ありありと見せつけていた。


 これに対し神教とギルドを筆頭に四大勢力は事態の鎮静化を求め行動を開始。

 様々な事件や戦いを瞬く間に解決し、ミレニアムが及ぼす影響を少しずつ、しかし確実に減らしていった。


「まあそうなんでしょうけど、そうでない事を祈りたいわね」


 蒼野達にしても同様であり、昨日一日は五人が別々の場所で事件の解決や騒動の解決に奔走した。

 だからこそ今日も同じではないかと予想する蒼野だが、彼の発言を聞き少し後ろにいた優が右手で頭を抱えた。


「さっきからどうしたんだよ優。顔色が悪いぞ?」

「まあちょっと…………ううんかなり引っかかることがあるのよ」

「引っかかること?」


 億劫な様子でそう呟く優を前にして蒼野は彼女に近づき様子を見守るのだが、


「ええ。まあでもここで話すのはやめとくわ。無駄に不安にさせるだけだし、予想が当たったからといってだからどうしたっていう話だもの」

「そうか。でもまあ、話したくなったら言ってくれ。いつでも聞くから」

「うん。ありがと」


 そう言って笑いかける優の姿を見ると、蒼野は先頭を歩く宗介の元へ小走りで近づいて行った。


「ところで一つ聞きたいんだが、昨日の晩は善さんが担当したんじゃないか?」

「あら、良く分かったわね。そうよ」


 それと変わる形で聖野が優の側に近づくと周りに聞こえないよう小さな声でそう尋ね、優が肯定。


「じゃあ晩飯の内容はペペロンチーノじゃなかったか?」

「…………詳しいわね。合ってるわ」

「ニンニクの量は?」

「そう言えばいつもより多めだったわね。ていうか、あんた何でそんなとこまでわかってるのよ」


 やけに詳しく語る彼の様子に優が僅かに怖がり、最後まで聞いた聖野がため息をつく。

 そんな様子の少年を不審に思った優が気を改めて尋ねると、聖野が後ろめたそうに口を開く。


「善さんはさ、大変な依頼がある前の日の夜によくニンニクを使った料理を作るんだ。ほらニンニクって疲労回復やらに効果があるじゃん。だから修行時代や任務の際にあの人が料理を作って、ニンニクがマシマシだったらみんな身構えてたんだよ」

「てことは今回の任務も……」

「普段と比べてすっごく大変だってことだな。俺も噂程度でなら聞いたことあるけど………………たぶんお前が抱えてるのと同じ不安を俺も持ってる」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~」


 聖野の話を聞き、優の全身から力が抜け項垂れる。

 その様子を見て聖野が心底同意したように頷く。


「ねぇねぇ。この依頼蹴っちゃダメかしら?」

「その気持ちは本気でわかるが諦めようぜ。ここまで来て逃げるわけないし、そもそも依頼を蹴ったら蹴ったで後が怖い」


 優同様聖野の空気も周囲と比べれば一層重い。


「お、見えてきたな。あそこがベルラテスの検閲所だ!」


 そんな彼らの気持ちなど露知らず、蒼野が楽しそうに声をあげ、目的地である秘境ベルラテスの入口へと向け走りだした。




「ん? 久しぶりだな。また来たのか坊主!」


 コンクリートに赤の塗装を塗り、雨風を凌ぐためだけに作られた簡易的な長方形の検閲所。

 そこに蒼野が近づいたところで中にいた男性が中から出てくると、開口一番でそんな言葉を口にした。


「知り合いか?」


 小走りで入口に近づく蒼野に続いて康太が検閲所にまでやってくるが、そこで中にいた男が口にした言葉を聞き眉をひそめ、


「いや実はな、何度かここに来たことがあったんだ」


 その質問を前にして蒼野は少々恥ずかしげに頬を掻いた。


「最初はギルド所属ってことで挨拶がしたい。次は色々な噂を聞いて、それから給料一ヶ月分。それでもだめだったからこっそり侵入やらこの場所以外のところから向こう岸まで飛んで行こうとしてたが、だめで落っこちかけてたな。あれでよく生きて返って来られたもんだ。ちょっと尊敬するぞ坊主」


 そう言いながら、男は豪快に笑う。

 その姿を見て康太が義兄弟を馬鹿にされたと思い銃に手を伸ばしかけるが、なぜか引き金に手を伸ばす気は起きず黙ってそれを見ていた。


「ておいおい、今回は団体客か! まさか数で無理矢理惜入ろうって言うんじゃないだろうな。やめとけやめとけ! 返り討ちだぞ!!」


 男は筋骨隆々かつ二メートル近い身長をほこり、特徴的な尻顎にウェーブのかかった金の長髪を蓄えている。そんな彼はやって来た面々を一瞥すると、自信満々という様子で両手を腰に置きそう口にする。


「…………」


 七対一の状況で言いきる男を前に積や宗介は豪胆であると感じるが、康太は直感で嘘はいっていないと感じ、優と聖野に至っては首を恐ろしい速度で横に振り続けていた。


「ふっふっふ、甘いなお兄さん。今日の俺は一味違う。なんせちゃんと許可証を持ってきてる!」


 しかしその言葉を聞いても話の中心人物であった蒼野は怯むこともなく前に出て、普段と比べ少々勝気な様子で頭一つ以上大きい彼の前へ移動し、ポケットの中に手を突っ込んだ。


「おいおい、今回は冗談で攻めるつもりか。なら、それを見せてみな」


 なおも少々小馬鹿にするような口調で語りかける男に対し蒼野が善から手渡された厚手の御符を見せる。

 男はそれを見ると驚いた顔をしながら手に取り、じっくり見たかと思えば太陽にかざし、


「ちょ、いきなり何するんですか!?」


 それでも目の前の物が信じられないのか指から火を出すと、蒼野の静止を振りきり御符に当てたかと思えば蒼野達の方に振り返った。


「…………失礼した。今朝方に今日は新規の訪問客が来る事を聞いてはいたんだが、まさか坊主が……いや君がその訪問客とは。一応確認しておくと、ギルド『ウォーグレン』一行様でよろしかったですか?」


 するとこれまでの豪胆な態度が身を隠し、真剣な表情と声色でそう口にするのだが、それだけで七人は奇妙な緊張感に襲われ、服の襟を正し背筋を伸ばした。


「は、はいそうです!」

「では少々お待ちを。案内役をお連れします」


 その後蒼野が少々戸惑った様子で返事をすると、男は検閲所の中に掛けておいた真っ赤なベースボールキャップを被り、その奥に控えている雷雨が振り続ける崖の中へと姿を消していく。


「…………戻ってきたな」


 それから数分後、草木一つ生えていない生命なき大地で待っていた彼らの元に、先程の男ともう一人の男がやってくるのだが、その人物を前にゼオスを除いた全員が動揺する。


「諸君、よく来てくれた。本日は私が中の案内をさせてもらう」


 砥石で研いだかのように鋭い眼光に少々赤みが入った肌。銀色に輝く長髪をオールバックでまとめて結び、夏にも関わらず肩や袖の部分が突出している厚手の長袖服を着こんだその男を彼ら全員が知っていた。


「エ、エルドラ様……」


 ギルド『麒麟』は三つの種族から作られた組織だ。


 第一に魚人族。

 通常の人間と比べ数倍から数十倍もの水中移動ができる彼らは、海の支配者といっても過言ではない。

 第二に鬼人族。

 熱に強く力自慢。好戦的だが人情に厚い、亜人の中でも最高位の希少種。その戦闘力は圧巻で、新米の兵士でさえ人間の兵士百人分と言われ、数百年を生きた者達に至っては、二大宗教の最高戦力クラスにさえ並ぶと言われている。

 この二種類の亜人に加え少数ながら人間が所属しており、一般的な人間の代表が目の前のエルドラだ。


 彼らはギルド創立時から今まで一度も他にトップを譲らないという実績を備えている。


 加えて彼らは単体ではなく手を取り合い仕事をする姿から、人間と亜人の共存、その第一歩として世界中に注目されているのだが、今彼らの目の前に現れたこの男は、人間の代表として君臨している人物だ。


「噂は本当だったのか!」


 思わぬ人物の登場で意識を手放しかける蒼野の横で、宗介が声をあげる。

 四大勢力の一角『ギルド』。これを纏めるのは全てのギルドの頂点に立つギルド『麒麟』であるのだが、このギルドにはある噂が立っている。


 このギルドに存在するのは魚人族・鬼人族・人間の三種族。このうちの二種族、魚人族と鬼人族の住処は世界中で認知されている。


 前者は深海に存在する魚たちの楽園『ディープラァム』。

 後者は世界最大の火山『イグニート』の麓に存在する炎の町『豪湖』だ。


 しかしギルド『麒麟』に所属している人間たちの住処。これだけはどれだけ探しても見つけることができなかった。


「噂?」

「ああ! 一騎当千以上の兵士が集う『麒麟』の人間たち。彼らは秘境『ベルラテス』に住んでいるという噂だ!!」


 そんな中、真偽は定かではないがどこかからある噂が流れてきた。


 ギルド『麒麟』に所属する住居不明の人々。

 彼らはブラックボックスと化している地域、すなわちベルラテスに住んでいるのではないか?


 出所はわからないがこの噂は瞬く間に広がり、数日後には新聞記事の一面を飾るほどのものとなった。

 それ以降この真相を知るため、一時期は探索家や研究者、単純な腕自慢に加え報道関係者まで危険極まりないこの場所に訪れる事になるのだが、結局事の真相は掴めずにいた。

 それほど大きな謎の答えを、今蒼野達は肉眼でくっきりと捉える事に成功したのだ。


「と、注意するまでもない事だが、これは私から善に送った正式な依頼だ。君たち全員がギルド『ウォーグレン』の一員として来た以上、この場所が私の故郷である事や、中で見聞きしたものについては決して口外しないでくれ。いいね?」

「もちろんです! 俺は噂の真実が知れただけで満足です。みなもそうだよな!?」


 エルドラの言葉に宗介が頷き、背後にいる仲間達に同意を求める。

 これについては誰一人として異論はなく、全員がエルドラの言葉に従う事を誓い頷いた。


「ふむ、物分かりがいいと私としてもありがたい。では」


 その返事を聞くとエルドラがどこからともなく金の錫杖を取りだし、それで地面を小突くと聞き心地の良い音が凹凸物のない周囲に広がり、しばらくすると滝のような雨の一部が消失し、大地がせり上がり先の見えない石造りの道が現れた。


「ついて来なさい。ベルラテスの中へと案内しよう」


 歩き始めた男が振り帰り、蒼野達にそう告げる。

 こうして彼らは、秘境と呼ばれる土地へと進み始めた。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日の話にてギルドの頂点における管理者『エルドラ』が登場。

この章全体の目的はいくつもあるのですが、その内の一つが各組織の長を出すことでしたので、

彼を出せてよかったです。

賢教に置いてはクライシス・デルエスクがそれにあたり、貴族衆の長もまた出していくと思うので、よろしくお願いします


それではまた明日、ぜひご覧ください



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