筆頭ギルドからの依頼 一頁目
草木少なく太陽が照りつける荒涼な大地。
そこには三種類の人間がいた。
「いやーベルラテスですよ宗介さん! 胸が高鳴りますねー!」
「ああ! まさか彼の土地に行ける機会をいただけるとは! アルさんには感謝することしかできない!」
「ほんとですね!」
「ああ!」
「「あっはっはっはっは!!」」
一つ目は蒼野に久我宗介の期待から顔を輝かせている二人組。二人は同じような顔でこれから向かう場所に関し様々な噂話をしており、嬉々とした様子を見せていた。
「あの二人の声だけで残り五人の声に対抗できる勢いだぞ」
「ほんとだよ。全く、このクソ暑い中でよくあれだけ元気でいられるもんだ。あー暑い」
「……そこまでか?」
「炎属性使いと比べるんじゃねぇよ。千度は超えやしないが、数百度はかなり辛いぞ」
二つ目は康太やゼオス、それに積の基本的に無関心なスタンスの組。彼らは依頼を受けたからそこに向かうという、普段と変わらぬ様子を見せており、ゼオスを除く二人が天候に対し文句を口にしていた。
「…………」
「うぅ…………」
最後が優と聖野の二人組で、この二人は他の面々と違い強い緊張感を持った面持ちで、目的地に近づくにつれ方を落としていき、徐々に顔の色を青く変色させていた。
普段以上に各々の意気が分かれる移動。この理由を説明するために一夜前にまで遡る。
「突然で悪いが、明日はお前らにベルラテスまで行ってほしい」
「は?」
「ひ?」
「ふ?」
「へ?」
「…………俺は乗らんぞ」
西本部の襲撃から数日後、各々が普段と比べ少々荒っぽい依頼を終え食卓で食事をしていると、両手を組んでいた善がそう口にする。
それを聞いた各々の反応はそれぞれだったが、しかし誰もが善の発言に耳を疑った。
「善さん。聞き間違いじゃ無ければ今……ベルラテスって?」
誰もが驚く名を耳にして、まず最初に確認のために口を開いたのが蒼野だ。
彼は啜っていたペペロンチーノを勢いよく飲みこむと、少々強張った声でそう口にして、
「ああそうだ。聞き間違いじゃねぇ、ベルラテスだ」
「うぉぉぉぉ! やったぁぁぁぁ!」
善がその問いを肯定し頷くと、それを聞きつけた蒼野がおもむろに立ち上がり両腕を天に掲げ咆哮する。
「落ち着け蒼野……って、無理か」
それを見た康太もペペロンチーノを飲み込み彼をなだめるが、今回ばかりは中々難しい話であると理解はしていた。
ベルラテスはこの世界において最も謎に包まれた秘境の一つだ。
大地を真っ二つに割ったかのような形でできた断崖絶壁の底が目に見えない深さの崖があり、あらゆるものを叩き落とす、『滝』という表現すら生ぬるい豪雨が二ヶ所を分断するように降り注いでいた。。
更に崖の向こう側に辿り着いたとしても雷雲に覆われた大地が続き、意思を持ったかのような雷が人々を焼き尽くす。
これだけならばただ危険な場所、近づいてはいけないと言う話題だけで話は終わるのだが、この場所の場合はそうはいかない。
その理由は様々だが、最も大きな点を挙げるとすれば資源の潤沢さが挙げられる。
中身が明かされず謎に包まれた土地であるベルラテスだが、そこには住民票が確かにあり、出身地だとする人々が住んでいるのが確認されている。
彼らは皆一様に何かの生産者や発掘者であり、発掘者ならば通常の人間の数倍の成果をあげ、生産者ならばベルラテス産と書かれた最高品質の品々を卸している。
そのため世界中の様々な勢力や国の人々が内部の様子を知りたいと思い入るための許可を求め、崖の前の看守らしき人物に断られてきた。
結果この場所に無断で侵入しようとする者は後を絶たず、しかし入ることができずに終わり、その内部が一切明かされない様子から、秘境という名を冠するに至った。
「今回の依頼はギルドのお偉いさん…………いや隠さずに言っちまうと筆頭ギルドから直々の依頼だ。それに加えてアルの奴から取ってきてほしいものを頼まれたから、そいつを回収してほしい」
「取ってきてほしいもの?」
『うむ。ベルラテスには様々な希少鉱石があってな。その中でも加工がしやすく、なおかつある程度の硬度を持った『ロブクロム』という鉱石をできるだけ多めにとってきてほしい』
「うわびっくりした!」
その後追加の依頼について語る善に対し優が疑問を投げかけると突如テレビの電源が灯り、そこにアル・スペンディオの顔が映され蒼野が声をあげた。
「なんでそんなものが欲しいんっスか。娘さんに何かせがまれましたか?」
「いや、今回は正式な依頼と考えてくれ。実はナーザイムの鍛冶師たちと、科学と職人技を混ぜた最新鋭の武器の開発をする事になってな。そのために必要な素材を貰って来てほしい」
そんな蒼野を大して気にも留めず康太が尋ねると、アルは首を横に振りそれを否定。
思わぬ返しに一同が僅かに目を丸くし、少ししてゼオスが質問を投げつける。
「……何を作る?」
「まあ段階的に作っていく予定だが、最初はそこまで大きくなく、なおかつ使い勝手のいい物、籠手何かがいいかなと思ってる」
「……報酬としてもらえるのか?」
「もちろん。手伝ってくれた礼だ。多少は渡す予定だ。ただまあ、ある程度時間がかかることは覚悟してくれ。中々大変な研究になるはずだからな」
「『麒麟』の大将から報酬は何がいいか頼まれてたから、あんたが言うその『ロブクロム』とかいうものにしてもらうか」
さも大したことなさげに呟く善に対し、今度はアルが動揺する。
『確かに希少な金属ではあるのだがいいのか? 筆頭ギルドから直々の依頼なんて稀だ。その報酬を私に使うのはもったいなくないか?』
「つっても他に貰いたいものもそうないんだよな。票集めができるかといえば流石に一回じゃ厳しいだろうし。まあなんだ、あそこの名産品。酒やら野菜やらを貰えるだけもらって来い、としか言えねぇな」
『ふむ………………なら今回の依頼の報酬の前払いをさせてもらうとしよう。今からそちらにいくつかの機器を送る。好きなように使ってくれ。ただ、その内の一つについてだけは感想を送ってくれ。テスト段階でな。実際に使った際の感想が欲しい』
「中身は?」
「閃光弾が人数×三つに、瞬間接着弾が人数分。新型の光線銃やら何やらと、最新式の万能光学迷彩だ」
「万能光学迷彩? 普通のものと違うのか?」
途中まではただ頷いたりじっと聞いている一行だったが、アルが伝えた装備の最後の一つの名を聞くと全員が表情を僅かに変化させ、善が疑問を投げかけた。
「うむ。普通のものはどのような方法であれその姿を隠すだけのものなんだが、こいつは違う。見えなくするだけでなく歩いている地面にも同化する」
「どういうことだ?」
「雪が積もった地面を歩いたり、ドロドロの道を歩くと地面に足跡が残るだろ。こいつはその瞬間に粒子を放出することで、足跡を作らず相手の後をつけるできる」
「お、おお!」
「す、すごいですね!」
「ああすごいな。純粋な疑問なんッスけど、その場合攻撃はどうなるんですか」
積と蒼野が素直に驚き、ふと気になったことを康太が口にすると、アル・スペンディオはモニター越しで難しい顔をしながら口を開いた。
「うん。そこがこの光学迷彩の難しいところでな。状況によってそれは変わってくる」
「状況?」
「例えばお前みたいに銃による遠距離攻撃なら普通にダメージを与えられるんだが、善やゼオスの場合少し違う」
「…………というと?」
「この万能光学迷彩を纏うと当たり前だが武器まで隠せる。つまり武器にまで触れたヶ所を修復するという能力が付与される」
「え、ちょっと待ってアルさん。それじゃあ……」
「うん、優君の思った通りの答えだ。この万能光学迷彩を装備している間に近接攻撃を行った場合、相手に付けた傷は自分の粒子で回復させてしまう!」
「クソじゃねぇか!」
胸を張って説明するアルに対し、善の容赦のない切り返しが襲い掛かり、アルは眉を寄せ険しい顔をした。
「馬鹿をいうな。傷を治すだけでダメージは残るんだ。つまり痛みだけを敵に与える。最新の拷問器……いや殺さずに相手を無力化する素晴らしい装備じゃないか!」
「人を殺さない装備…………」
その言葉に大半が僅かに体を引く中、蒼野だけはその言葉に息を呑む。
「まあ姿を隠して痕跡まで消し去れるのは便利ではあるな。いくつある?」
「将来的には探偵やら密偵、それにスパイに幅広く普及するつもりなんだが、今はまだコストが高くてな。悪いが、これに限っては一つしか用意できない」
「そりゃあ残念だ」
それで話は終わり、アルが装備を流すと宣言すると善が蒼野達全員に受け取りに行くように指示し、子供たちは奥へと向け歩き出した。
『いいのか原口善?』
「ん?」
『行った事がないから確信を持っては言えないんだが、噂ではあの場所は』
そうして少年少女が付近にはいなくなったことを確認すると、アルが深刻そうな様子で口を開き、
「まあ言ったところで余計に気負うだけだ。それなら知らないほうがいい」
善は待ち構えているであろう未来を予期し、申し訳なさ八割、期待二割ほどの感情を胸に抱きながら、そのような事を口にした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて先日話した通り本日から新章が開始。
その内容については後日詳しく語られますが、秘境と言われる場所を舞台とした物語となります。
今はそれ以上は伝えられない状態ですが、楽しみにしていただければありがたいです。
それではまた明日、ぜひご覧ください!




