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盤上勝負 二頁目


 彼女の記憶する限り、世界中が一致団結し何かをしようとした際、彼らは常に否定的な意見を投げかけて来た。

 九百年前の大災害の時も、百年前の戦いも、十数年前の疫病の時も、彼らはこの星の中で起こる様々な問題に対し、いつも神教の意見に難癖をつけてきた。


「どういう事かしら? 交換条件か何かが必要?」

「ふ、面白い事を言うな第一位」


 ゆえにこの質問に間違えなどあるはずもなく、それを笑いながら否定するクライシス・デルエスクの姿は質問を投げかけた彼女からすればこれ以上ない程不気味であった。


「何らかの交換条件がなければ信用できないというのであれば提示するが必要か?」

「…………おかしなことを聞くのね。そんなもの、ない方がいいに決まってるじゃない。それで…………神教が欲しているのは純粋な戦力なんだけど、どれだけ貸してくださるのかしら?」

「そうだな。『境界なき軍勢』の殲滅を目指すならば神器部隊の貸し出しは当然として、他にも四星をお貸しししよう」

「……そう、四星を」


 腕を組み余裕の表情を見せる眼の前の男を前にして、アイビス・フォーカスは隠せない程の戸惑いを抱いており、うまく隠しているつもりではあるようだが、彼女の事をよく知る善からすればその感情は筒抜けであった。


「雲景は私の右腕ゆえに貸しだせず、一人は私でさえ探すことができないのでな。その二人は諦めてもらうとして、なので残ったゴロレムと『聖騎士』の座を自由なタイミングで。加えて神器部隊三十名を自由に使える援軍として貸し出そう」

「「ぶっ!?」」


 その後クライシス・デルエスクが口にした内容を前に善とアイビスの二人は思わず咳込んでしまった。

 それほどまで異常な戦力の貸し出しであったのだ。


「ちょ……ちょっと待て!」


 賢教にとって何ものにも代えがたい戦力がセブンスターであるのと同様に、四星は賢教にとってそれに値するものであり、賢教最強の座である『聖騎士』の座は、数少ないアイビス・フォーカスと同等の力を持っているとされる人間だ。

 それを貸しだすという事態は前代未聞の内容であり、善が慌てて口を開き、


「どうした原口善。言っておくが、これ以上絞り出すのは無理だぞ?」


 その反応の真意を知ってか知らずか、不思議そうに男は口を開き、さも当然と言う様子でそう言いきる。


「そ、そりゃそうだ! これ以上の戦力なんぞ期待してねぇよ!」

「けどいいの? これ、例えばこっちがずっと貸し出し状態を保ったりしたら、あんた達の首都がかなり手薄になるわよ」


 すると全く想定していなかった破格の内容を前に、大の大人二人が思った事をそのまま口にしてしまう。


「その点については諸君の誠実さを信じようじゃないか。いやそれ以前に、今の君たちにそんな嫌がらせをするだけの余裕はないと考えるのだが、いかがかな?」

「「っ」」


 それらを前にしてもクライシス・デルエスクは慌てた様子もなく、再び投げかけられた言葉を前にしても二人は瞬時に言い返すこともできず、


「待って。そもそもの大前提として、何でそこまで手を貸してくれるのかしら。それを聞かない事には、イマイチ信用しきれないんだけど?」


 数秒間考えた末に世界最強の口から出たのは、そんな当たり前の内容であった。


「動機か。いやなに単純な事だよ。今回の件では我々も重い被害を被った。替えのきかない大切な戦力も失った。君たちへの貸し出しはその恨みを晴らすためだ」


 すると神妙な顔を浮かべながらクライシス・デルエスクはそう告げ、その様子を前にして善は数日前に肩を並べた今は亡き戦友の後ろ姿を思い浮かべる。


「…………それが理由だって言うのなら信じるしかねぇな」


 そしてそれが信じるに値する理由だと、善は確信を持つことができ、それ以上何らかの追及をすることもなく、全てを理解したとでも言いたげな様子で頷いた。


『…………信用できると思う?』


 すると未だ懐疑の目をしている彼女が善に対しそう念話で尋ね、


『少なくとも奴は嘘はいってない。ならこの提案は受けるべきだ。これ以上ない破格の戦力補充だからな』

「…………そうね。ありがとう賢教代表。その提案謹んでお受けさせていただきます」


 アイビス・フォーカスはその提案をありがたく受け取る。


 クライシス・デルエスクの言葉に嘘はない。しかし隠された目的はあるであろう。それが善とアイビスの二人が下した判断だ。


「雲景、今の時刻は?」

「はっ! 十時三十分です」

「そうか。ありがとう」


 その返事を聞き満足した様子を見せると、彼は自らの右腕とする男の報告を聞き、誰かに何かを言うよりも早く立ち上がり、踵を返す。


「ちょ、あんたどこ行くつもり!?」

「見てわからないかな? 大事な用事があるので帰るんだ?」


 それを見たアイビスが慌てて静止するものの男の反応は素っ気ないもので、返事を聞いた善とアイビスが唖然とする。


「そんな顔をする必要はないだろう。今回の会議はずいぶん急だった。ここに出席する全員が同じように予定を合わせられるとでも?」

「最低限時間に余裕がある人物を代表にする。当たり前のことではなくて?」

「そうだ。だから私も最低限の都合を付けた。それともなにかね? 今回の会議は他にも重要な議題があると?」

「…………まああんたの言う通り今日は四大勢力の力を結集するのが目的だ」

「ちょっと善!」


 渋い顔をするアイビスの横で善が事実を口にする。


「奴の言うことは正しいしな。それに、下手な嘘ついて止めようとしたところで、言うことを聞くようなタマじゃねぇだろこいつは」

「理解が早くて助かる。引き上げるぞ雲景」

「御意」

「ただ、それでも最低限の被害状況の確認。それに情報のすり合わせはしたい。悪いが、もう少しだけ付き合ってもらうぞ」

「…………雲景、少々予定を変更させる。君はここに残って話をまとめてくれ。なに、原口善と私達が得ている情報にそこまで違いはない。情報を隠す必要などは特にないよ」

「ぎょ、御意!」


 とはいえ最低限やっておきたいことが終わってないこともまた事実であり、善が必要な内容を語ると、その必要性を認め彼は自らの右腕をその場に残す事を宣言。


「一つだけ教えてくれ」

「ん?」


 すると足早に去っていくクライシス・デルエスクのだが、彼の姿が西本部の入口付近にまで迫ったところで善が疑問を口にし、賢教へ戻るはずの足を止める。


「その大事な用事ってのは一体なんだ。力を貸してくれる礼と言っちゃなんだが、手伝えることならば手伝うぜ」


 善の言葉に賢教の実質代表である男が今回の会議で初めて驚いた表情を見せるが、すぐに調子を取り戻し、


「いや結構。君たちにできることは何もない」

「なに、どういう事だ?」

「重要な用事とは教皇様に日課の薬をお渡しすることだ。これほど重要な役割、君たち如きには譲れんな」


 手を振りながら語られた内容に善が思わず閉口し、最後まで傍観者を貫いていたシロバが、耐えきれなくなったのか愉快そうに笑いだす。

 そうして、彼らが見守る中、賢教を束ねる男が暗闇の中へと溶けていった。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日の話は前回の説得とはちょっと違った交渉のお話。

といっても、終始枢機卿のターンだったように思えますが。


とはいえ登場人物の大半がこの話から得る物があり、次回以降はその確認となります。

タイトルとしてはたぶん報酬確認、とかになるかと思います



それではまた明日、お暇があればご覧ください

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