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盤上勝負 一頁目


 シロバ・F・ファイザバードという人間は一言で言えば類稀れなる天才だ。


 芸術や経済などの自身が一切興味がない分野であろうと人の数十倍以上の速さで物事を理解しノウハウを呑みこみ、あらゆる物事を凄まじい速さで解決してしまう。

 加えてバトルセンスは世界でも最上位で、本気で特訓をするような事がないため戦闘力において『超越者』には至っていないが、『万夫不当』の面々の中では頭一つ抜けた位置に存在している。

 中でも得意の風属性粒子の量はアイビス・フォーカスを除けば世界で最も多い量を体内で生成しており、こと扱いに関してだけで見れば、彼女さえ上回る。


「ふう。まずはそうだな――――」


 派手好きの目立ちたがり。飽き性でめんどくさがりと、性格においてはいくつもの欠点を抱えていた事でも有名な人物だが、それを抜いても彼の功績は大きい。


「頼むぞシロバ。無意味な戦争はごめんだ」

「同感だ。面倒だけど、何とかこの場を収めるとするよ」


 そんな男の返事に善が安堵を感じ、その期待を担ぎながら男は前に進み出す。


「おーい姉さん。これ次に会ったら渡さなくちゃと思ってたんだ。ほら、前欲しがってたゲームの最新版。頼まれてた予約限定アイテムも、権力を使ってちゃんと揃えて…………」


 にこやかに近づく男の手には革袋から取りだしたゲームケースと特典であろうカードホルダーが握られており、親しい様子で神の荒れ狂う天災を統べるが如き存在に話しかける。


「……」


 しかし彼女は反応を返さず、物言わぬ機械のような様子を見せたまま、目前の敵へと対し熱光線を放ち始める。


「おいおい、聞いてるのか姉さん!」

「邪魔よシロバ」

「のわ!?」


 のほほんとしたマイペースを崩すことなく、横合いから風圧の塊を当て熱光線の軌道を変えると、それを煩わしく思った彼女が熱光線の一部を彼に向け、彼が手にしていたソフトが一瞬で溶けて消えた。


「うわぁ。姉さん本気でぶち切れてるてる~~。めちゃくちゃ気にしてたソフトをこうも簡単に破壊するとなれば、これは僕の想定を超えた怒りようだ」

「ダメじゃねぇかコノヤロウ!」


 その様子を見て声をあげる善であるが、


「いやいいんだよ。これで」


 それに対しむしろこれでよいとシロバは安堵した。

 自分の存在を認識しており、こちらへと向ける事ができる事実に安堵した。


「おーい姉さんってば!」

「…………さっきからうろちょろと…………うっとうしいわよシロバ。なにか用?」 


 返される声は厳しく、敵意の刃が言葉となって体に突き刺さる。

 それは良くない状況であることに間違いはないのだが、逆に言えばそれだけ自分に対し意識を注いでいる、すなわち耳を傾けてくれているという事だ。


 無反応の相手や意志を曲げることなく目的を淡々とこなす存在に対して交渉とはなんの意味もなく、反応を返したという事は無意識のうちに交渉のテーブルに座ったという事に他ならない。


 なので彼は雲景が向かってくる攻撃に何とか対応し続け、クライシス・デルエスクが着こんでいるローブの奥に手を持って行く中、伝えるべき内容を口にする。


「いや別のところで戦うのなら止めないんだけどね、少なくともここで戦うのは止めたほうがいいよ」

「…………どうしてかしら?」

「具体的な説明ができなくて悪いんだけどね、最悪全員が死ぬ可能性がある」

「どういう事?」


 最初の一言こそ僅かに反応が遅れたものの、シロバが続いて口にした内容を聞き攻撃の雨が止む。

 それは意識の対象が移動した、明らかな証拠であった。


「一つ伺いたいんだけどね、姉さんはこの中央会議の歴史、成り立ちについては知ってるかい?」

「馬鹿にしてるの。あたしがこんな重要な事について知らないわけがないじゃない。

この会議の始まりは九百年前、ある大事件の対策を行うために神の座が提案したのがきっかけよ」


 笑顔を張りつけたまま問いを投げかけるシロバに対し、アイビスがそのような質問をされたのが心外だとでも言いたげな表情で答えを返し、それを聞き彼は頷く。


「まあそうだよね。じゃあそこから少し深い話になるんだけど、この場所がどこにあるか知ってるかい?」

「…………シロバ、あなたは何が言いたいの?」


 世界最強な座の声が厳しいものに変化する。

 それを聞いても話しかける青年の余裕は一切損なわれず、むしろその真意が答えを知らない故の脅迫まがいであると理解し、内心でガッツポーズを取る。


「至極簡単なことだよ姉さん。ほんの僅かな可能性とはいえ、今あなたが暴れれば神教が滅ぶ可能性があるという事さ」

「………………詳しく」


 ため息混じりでそう口にしたシロバの発言にアイビスが追及。同時に両翼に満ちた光が僅かに弱まる。


「この会議の始まりについては姉さんの言う通りだ。けど実現に至るまでの道のりはそう簡単なものじゃなかった。

 なんせ当時は今と比べ更に殺伐としていた。終戦後百年程度じゃ千年前の生き残りは星のように存在したし、境界がまだできてなかったこともあって、日夜二大宗教による戦闘があったくらいだ。

 そんな中で四つの勢力の代表が集まるという内容に賢教は難色を示した」

「まあそりゃそうだわな。あちら側からしたらどのような事情であれ怨敵の呼び出しに『はいそうですか』で応じる理由がねぇ」

「そういう事だ。それでもどうしても一致団結して事態の解決をしたかった神の座は、賢教の代表に来て欲しくて、出された譲歩案を呑みこんだんだ」

「「譲歩案?」」


 善とアイビスの声が重なり、それを聞きシロバが頷く。


「いやなに、そう難しい話じゃない。内容は至ってシンプル。会議の場所を自分たちに指定させてほしいという事だ」

「…………ほう」


 その内容にイグドラシルは同意した。

 その案を受け入れてなお四勢力の代表が集まる事を選んだのだ。


「まあその約束から約九百年が経ってるわけだけど、参加する面々は変われど場所は変わってないらしい」

「話の内容についてはわかった。初耳だよ」

「それはそうだろうさ。これはこの会議に最も頻繁に参加するとされる、四大本部の本部長だけが知ってる情報だ。知らなくてもおかしくない」


 探るような善の言葉にシロバが鼻を鳴らし得意げに言葉を返す。


「つまり、あんたが言いたいのは賢教だけにしか知らない秘密がこの場所にはあるってこと?」

「ご名答。そういう事だ」


 シロバの話を聞いてなおアイビスは臨戦態勢を緩めない。しかし先程までの強烈な敵意は薄まり、何かを思案するような面持ちをしている。


「そりゃあなたが負ける事はないかもしれない。けど正体不明の場所で相手だけが知っている情報があるとなると流石にリスクの大きさに大してリターンが悪すぎる。そう思わないかい?」

「…………」

「クライシス・デルエスクがここに出てこれた理由もそこにあると?」

「恐らくだけどね」


 善の全てを理解した援護に、シロバは頷く。

 絶対安全な場所にしか現れない彼が現れたという事は、それはすなわちここも安全な場所・・・・・に他ならないと彼女に告げる。


「それに普段ならまだしも今は状況が悪い。もし万が一、いや億が一兆が一でもいい。あなたに何かあったら神教はどうなる? ゲゼル・グレアが死にオーバーが離反した。その上あなたに何かあれば三巨頭のうち残るはデュークのみ。その状態で『境界なき軍勢』や賢教に攻められたら…………神教は滅ぶ可能性が高い」

「…………」


 表情には出さないものの、シロバの言葉がアイビスの胸に深々と突き刺さる。

 実際には最後の砦であるはずのデュークすら不在なのである。神教にとって彼女がいなくなることがどれほどの痛手なのかはそう深く考えずとも十分に理解できた。


「……何か仕掛けがあるとして、それであたしが止まるとでも? 数多の事象現象攻撃災害を無効にできて、なおかつ不死のあたしが止まるとでも?」

「止まるわけがない……と言えないのがこの世界の奥深さだ」


 余裕の空気を醸し出しながら再びウインクするシロバを前にして、彼女の放つ圧倒的な覇気が急激にしぼんでいく。


「はぁ…………分かったわよ」


 するとそれに呼応するかのように背中に展開されていた羽も色を失っていき、最後には周囲の空間に溶けるかのように消失。

 渋々といった様子で東本部代表用の席に座り、大きな息を吐き腕を組む。


「ふむ、感謝するよシロバ・F・ファイザバード。遠路はるばるここまで来たんだ。不完全燃焼で終わるのは避けたかったからね」


 そうして目先の危機が去った事を確認すると、臨戦態勢を保ち続けていた雲景の肩を叩き背後に下げ、クライシス・デルエスクも彼女と向かい合うように席に座る。


 その様子をじっくりと見た善はその時になりやっと彼の纏う空気を観察するだけの時間を手に入れるが、目に飛びこんできた光景に思わず息を呑んでしまう。


 全身を包みこむような黄金色の輝き。見る者の目を奪う圧倒的なカリスマ。

 あらゆることに精通し、それを達成するための強い意志を持つ、世界を支配するに足りうる黄金色の『王』の気を男は備えていた。


「安心なさい。今回の会議はあんたが折れるまで、失礼……納得するまで続くわ」


 この気を備える人物を善は数人知っており、その内の一人が口を開いた彼女、アイビス・フォーカスだ。


「つまりそう…………あなたの希望にも必ず添う結果になるはずよ」


 挑発的な言葉を口にするアイビスも希少な王の資質を備えているが、比べてみるとクライシス・デルエスクの方が一際大きい。


 この大きさはイグドラシルクラスか?


 その事実に善は少々動揺するが、そんな彼の内心を知る由もなく会議は始まり、


「ふむそうか。ならばそう時間は掛からずに済みそうだ」

「どういう事かしら?」

「今回の会議の議題は、先程雲景と語っていた内容だろう」

「…………だとするなら?」


 二大宗教の核となる二人の人物が舌戦を繰り広げ始め、


「だとするならば答えは決まっている。今回の件、我々賢教は全面的に協力させてもらおう」

「なに?」

「え?」


 白熱した空気が最高潮に達するよりも早く、あまりにも呆気ない終わりを迎えた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


本日は一話使っての交渉、というよりは姉さんの説得フェイズです。

自分なりに順序立てて話を勧めたつもりですので、お気に召していただければ幸いです。


そして賢教の代表たる人物が最後に告げたその内容。

次回はそちらについての交渉となります。お楽しみに!


また、九百年前の事件については本編にも関わってくる内容ですので、

いつかどこかで話せればなどと考えております。


それではまた明日、ぜひご覧ください

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