四大支部会議/集結
「ふむ、普段エルレインから出ないゆえに意識した事がなかったが、外の空気は新鮮なものだな」
穏やかな口調でそう口にする男を三者三様の視線で眺めている。
従者としてお供した雲景は彼の登場に慌てた様子を見せながら急いで近づき、
善は全く想定していなかった人物の登場を前にして、ぐちゃぐちゃになった頭と感情を急いで整理。
そして最も危険な状態であったアイビスは、雲景に向けた敵意の視線を現れた新たな登場人物に向けたまま様子を探っている。
全身と脳内を怒りで染めた彼女が思わず躊躇し様子を探る。
それほどまで目の前で起きている事態は異常な事であった。
当の本人であるクライシス・デルエスクが口にした通り、彼は基本的に賢教の総本山『エルレイン』で政治を行っている。つまり本来ならば決して表に出ないのだ。
それは単純に仕事の関係だけでなく自身の身を守るためでもあり、彼が外に出るとするならば、賢教の中でも絶対に安全と言いきれる範囲内に限られていた。
その男が今、敵対勢力の最高戦力が君臨する中立地帯に堂々とした様子で現れている。
三百年前、賢教に君臨し様々な情操教育を行う事で、それまで以上に二大宗教の溝を深くした張本人が、体術において並ぶものがいないと言われる男と世界最強の座を冠する女の前に、護衛一人だけを付けて現れたのだ。
その衝撃は内情を知らない二人からすれば計り知れないものだが、同時に善とアイビスの脳裏にある言葉がよぎる。
今目の前にいる男を殺せば、二大宗教の長きにわたる対立状況が解消されるのではないか?
そんなわけがないと、善はすぐさま否定する。
例え目の前の男を殺したとしてもそれで全てが終わるわけがなく、むしろ賢教内で『教皇』や『聖騎士』と並ぶ人気者を手にかけた事で、事態が悪化する可能性の方が極めて高いと見積り正気に戻る。
「…………」
だがアイビス・フォーカスは違う。
神の座イグドラシルと共に九百年以上に渡りこの世界を統治してきた彼女からすれば、目の前の存在は二百年以上自分たちを苦しめて来た、長きにわたる怨敵だ。
善の数十倍以上を生きた彼女とて善と同じくメリットデメリットについてはしっかり認識している。
しかし積もりに積もった積年の恨み、神教の平和を目指し日々尽力している彼女にとって最大の障害が、穏やかな表情を浮かべ自分たちの前に姿を晒している。
その事実が、抱えるデメリットの大きさを消し去り、彼女の体を動かした。
「デルエスク様!」
彼女が手をかざすのと雲景が動きだすのは同時だった。
向かってくるはずの攻撃を前に雲景は背負っていた身の丈程の筆を急いで構えると、世界最強の座はそんなものは無駄だとばかりに目標へと指先を向け、オーバーが使う炎などとは比べ物にならない程の熱量を瞬く間に生み出し撃ちだす。
「むん!」
速度は光速。
撃ちだされた熱光線は五百発。
雲景はそれら全てを瞬く間に認識し、更に能力で透明化させていた五百発を自身の神器の範囲内に入れる事で能力を無効化し可視化すると、その全てを仕える主に到達するよりも早く筆の穂先で触れ、吸収する。
「おいおいマジか!」
雲景が瞬く間に見せた行動ではなく攻撃を放った彼女へと向け、善が信じられないという様子で声を掛ける。
「………………」
しかし彼女は善の言葉に反応を示さず、指一本では数が足りないと認識し、背中に生えている虹色に輝く羽を真っ赤に染めると、指先に作りだした球体よりも遥かに大きなものを無数に作りだす。
「はぁ!!」
そのまま彼女が攻撃に映るよりも一歩早く、雲景が反撃に出る。
彼女の熱光線を吸収した事で真っ赤になった歩先で地面に触れると、一本の線を奔らせる。
それは世界最強の一角の元へと真っ赤な絵の具を伴いながら一直線に伸びていき、地面に刻まれた真っ赤な絵の具は瞬く間に強烈な熱を発し、目標へと向け吹きあげていく。
「大丈夫かい雲景」
「『果て越え』と比べればこの程度! 必ず御身はお守りいたします!」
そう豪語する雲景の目の前で、アイビス・フォーカスの足元まで迫った炎の飛沫が泡となって消えていく。彼女が有する『完全分解』の効果である。
「…………ですが先にお詫びを。デルエスク様。この雲景、少々お暇をいただくことになるかもしれません」
「いや、それはない。どうやら間にあったようだ」
緊迫した状況の中、真剣ではあるがどこか余裕のある声が雲景の背後から聞こえてくる。
同時にそれまで静観していた善がアイビス・フォーカスへと接近し、春を思わせる爽やかな風が吹きすさび全員を包みこむと、桃色の花びらが部屋中に溢れかえる。
「!」
「こ、これは!?」
緊迫した状況の中突如起こったこの異変に、善と雲景が意識をそちらへ向け、風の向こう側―――南本部の入口に目を向ける。
「やぁやぁお待たせ! みんな待ったかい!」
緊迫した場の雰囲気にそぐわぬ明るく自己主張のはっきりとした声が周囲に木霊し、花びらで作られた渦が部屋の中に入ってくる。
「主人公の登場だよ!」
突如現れた奇妙な物体にアイビス・フォーカスやクライシス・デルエスクを含んだ四人全員の視線が注がれ、それに合わせ桃色の花びらを纏った渦が散開。
右腕を真上へとまっすぐに伸ばし人差し指を天へと向け、左腕を腰に持って行き手を当て、机の上に足を置き片目でウインク、もう片目で流し目をしながら、彼らの前に貴族衆代表、南本部長シロバ・F・ファイザバードが現れた。
「おかしい」
風属性の粒子過多により桃色に変化した髪の毛の天然パーマに、髪の毛の色よりも色素を抜いた薄桃色のポロシャツにベージュのチノパン。
肌は三十代に達しているにもかかわらず十代半ばにまで保たれ、すれ違う誰もが思わず振り返ってしまう美貌を兼ね備えた男、シロバ・F・ファイザバードは不思議に思う。
自身の登場はかなり派手で人々の目を奪うものであったはずだ
その証拠にこの場にいる四人の人間の視線はこちらに注がれているのが良く分かる。
そこまではいい。計画通りなのだ。
だが問題はその後だ
一度こちらに向いた注目が、すぐさま別の方角へと移動したのだ。
完璧な登場に加え完璧な決めポーズ。これを前にすれば全員の目を奪えるはずであったというのに、事態が自分の思ったように動いていない。
「突然で悪いんだけど聞いていいかい善。完璧な美貌を持ち完璧な登場をした僕がなぜこんなに注目されないのかな!?」
そのままの体勢で頭を働かせるが一向に答えが浮かばず、最も見知った男に話しかける南本部長シロバ・F・ファイザバード。
「相変わらずだなお前は。もちっと場の状況をしっかり見ろ。そうすりゃ、説明するまでもなく理解できるはずだ」
「どれどれ……………………は?」
善に細くしていた目を開き視界を広げると、彼は言葉を失った。
賢教の実質代表である男と、神教の核とも言える女が、二人の『超越者』を挟んで火花を散らしている。
シロバの登場により一度緩んだ空気は数秒で再び沸騰し、一触即発の状況に戻っている。
「え、僕の登場の仕方がそんなに気にならなかったの?」
「その結論に達するお前がすげぇよ! 頭イカれてるだろ!!」
「冗談だ冗談! 貴族衆ジョーク! 大方姉さんの積年の恨みが爆発して、手が付けれない状態なんだろ。それで今は、僕に解決を求めてるってところか?」
シロバの答えを聞き声を荒げる善であったが、その後の答えを耳にしてその認識を改めるように目を丸くして、
「全く面倒な事になってるな。まあでも任せろ。口がまわらない不器用なお前に変わって、この僕が事態を丸く収めてやるさ!」
そんな彼の様子を見て、シロバは余裕の表情を浮かべながら机から降りた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
南本部の代表が現れ、これにて今回の物語の登場人物は勢ぞろい。
同時に前半戦が終了です。
次回『盤上勝負 一頁目』
よろしければ、またご覧ください!




