四大支部会議/四人目の参加者
会場中に嫌な笑い声が木霊し、善とアイビスが身構える。
声の主は彼らの目の前にいる老人からで、今しがた言葉を口にした善を見る目は冷え切っている。
「このワシを恐喝するか原口善。なるほど確かに、貴様はそこの毒婦の部下よ」
「なに? いやそうか、あー悪かった」
それからすぐに返された言葉を聞き困惑する善であるが、すぐに自分の失敗を理解した。
今自分の背後には憤怒の感情をまき散らすアイビス・フォーカスが控えており、明確な答えは直接語らず、相手に理解させた上で納得させようとする。
賢教を代表で来ている雲景は用心深いことで有名な人物で、そんな性格の彼からすれば、確かにこれは脅迫の類に見えてもおかしくない。
「いや申し訳ねぇ。言葉足らずだった。まあ察する通り俺らの目的は」
なので訂正しようと急ぎ足で口を開く善であるが、
「いずれにせよ、そういずれにせよだ…………我ら賢教の答えは何があっても変わらない」
「…………」
それを遮るように手を突き出し口にした雲景の言葉に善の言葉を前に、善が頭を抱える。
この世界の今後の展開を握る重要な会議は始まる前から暗礁に乗り上げ、向かうべきゴールへの道が離れていく感覚に襲われる。
「そう……そこまでしてあたし達の邪魔をしたいわけ。なら、その身をもって罰を受けないさい雲景。そうすれば、あんたも少しは考えを改めるでしょう」
「は、はぁ!?」
「なんだと!?」
そんな中、黙って策を考えていた善の背後から、これ以上ないというほど不機嫌な声が聞こえる。
その言葉を耳にした瞬間、改善策を模索していた善とこれまで余裕をもって対応していた雲景が慌てた様子でそちらに視線を注ぎ臨戦態勢を取るのだが、そこで見た物を前にして血の気が引いた。
数年にわたり側近として仕えた善も、神教誕生以来ずっと二大宗教の争いを目にしてきた雲景も思いもしなかったのだ。
神教創設から数百年、長きにわたり第一線で現世界を支え続けてきた世界最強が、これほど容易く臨界点に達し殺意と敵意が混じった戦意を顕わにしている。
あらゆるリスクや今後の展望を投げ捨て、最悪としか言いようがない手段を取るなど、二人の男は考えもしなかったのだ。
「待て姉貴。ここで手を出してどうなる!」
「ここでワシに手を出せば貴様らの思い描く対『境界なき軍勢』の構想が遅れるだけだぞ。それでも良いのか!?」
七色に輝く翼を顕現させ、纏う空気が物理的な熱を帯びる。
その光景を前にした二人は敵味方の垣根を超え、目の前で暴走するアイビスをなだめ、指摘し、事態の好転を計る。
「その心配は必要ないわよ善。今回の会議だけど、こいつが代表だというのなら元から出来レースも同然なの」
が、目の前の彼女の様子は変わらない。
なだめるような声でそう言うと、背中に生えている虹色の羽の内一本の縁を千切り手で握る。
「これ、なんだと思う?」
「…………わからねぇな」
差し出された物体を前にして、僅かに考えた末にそう口にする善。
「あーあー本日は晴天なり本日は晴天なり!」
「変声機か!」
その答えを聞いた彼女はそれを口元に持って行き、アイビスが口を開きそのような事を呟くと、枯れ木を思わせる声が聞こえてくる。
「お主まさかそれで……いやそんなものでどうにかできるものか!」
それを見た本来の声の主が動揺し、自身に待つ結末を予期し声を荒げる。
それを前にした彼女の目は冷たい。
「情報が少ないとはいえ百年以上敵として対峙した相手よ。声だけならデータは十分だし、体については…………まあパペットマスターの真似事でもすればいいでしょ」
アイビス・フォーカス、世界最強が臨戦態勢に入るのに呼応し部屋の温度が瞬く間に上昇し、部屋の温度が一万度を超え、三人が存在する部屋全体がプレッシャーから揺れ始める。
「落ち着け姉貴!」
善とアイビスの距離はおよそ二メートル。彼の得意とする射程圏内ではないが、アイビスからすれば既に苦手な距離だ。
すぐに立ち上がり机に足をかけ距離を詰める準備を開始。
視線を横にずらせば雲景の手にはいつの間にか巨大な筆が握られており、額には無数の汗が張りついており、窮地を前に立ち向かう気概があるのは理解できた。
「君のその行為は意味がない。だからこそここは手を引け」
何とかして止めなければ
そう考える善が一歩踏み出し、アイビスの視線が善に注がれた時、その声は聞こえてきた。
「「!」」
その声を聞いた瞬間、アイビスと善の動きが静止する。
信じられない声を耳にしたという感情から首をそちらに向ける。
「此度の西本部の代表は私だ。彼はどうしても護衛につきたいと言ってね。私は必要ないと断ったのだが一向に引かなかったので、仕方がなく連れてきたのだ」
声は雲景が現れた西本部が入ってくる入口から聞こえ、徐々にだが足音も聞こえ始め、時を追う如き声もはっきりと聞こえてくる。
結論はどうであれ、ここで雲景を殺せば、長きにわたり神教を苦しめて来た大きな要因を一つ排除できる。これはまごう事なき事実である。
にも関わらず二人の意識は既にそちらには向いておらず、西本部入口に注がれていた。
それも当然のことだ。
四賢人の一角雲景が敬い、なおかつ護衛を申し出る人物といえば一人しかおらず、奥から聞こえるテレビ越しで何度も聞いたことがある声。そして現れたその姿を目にすれば、抱いていた予感が確信に変わる。
「ともあれ、ごきげんよう諸君。私が西本部の代表、クライシス・デルエスクだ。よろしく頼む」
入口から現れたその姿を前に息を呑む。
光さえ反射する程鮮やかな黒髪に白金の刺繍がされた紫の法衣。三百歳という長寿を感じさせない若々しい肌に中性的な麗しい貌。
世界中で知るものはいないというイグドラシル同様世界最大クラスの知名度を誇る男。
賢教ナンバー2にして実質の支配者、枢機卿クライシス・デルエスクが彼らの前に現れた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さてさて、賢教の実質的な統治者がついに登場です!
彼に関しては以前からずっと出したかったキャラクターなので、今回の話まで辿り着けて本当によかったです。
とはいえこのスローペースな進行は本当に申し訳ない。
リアルの方の都合により短めになってしまったのですが、ご了承いただければ幸いです。
明日は普通の量に戻ると思うので、楽しみにしていてください。
それではまた明日、よろしければご覧ください。




