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四大支部会議 一頁目


 ホコリ一つ見当たらない丁寧に磨かれた床を、ボロボロのジーンズに同じくボロボロの黒の皮ジャンを纏った原口善と、紺色のアオザイを纏いハイヒールを履いたアイビス・フォーカスが並んで歩く。

 普段ならば二人の間には取り留めのない会話が続くはずなのであるが今の二人にその様子はなく、仏頂面で歩く善の一歩前を歩くアイビスは、不機嫌な様子を隠そうともせず早足で歩いている。


「おいおい姉貴、少し落ち着け」


 履いているハイヒールの甲高い足音を廊下に響かせる彼女に対し、善が言葉をかける。

 その言葉を聞き振り返った彼女は不自然な程に目と口を吊り上げ、全身を憤怒の感情で染めている。

 纏う空気は彼女の周りのみ温度が上昇し、『気』を視認することができる善に関して言えば、彼女の周りが勝つ火山から溢れるマグマのように真っ赤に染まっているのを確認することができた。


「落ち着け? 今落ち着けって言った? あのね善。この状況を前にして怒りを感じていないとするなら、そんなの私じゃないわ。私の皮を被った偽物よ」


 彼女の怒りの理由は明白だ。

 西本部の戦いが終わった数十分後、世界中で西本部陥落というビッグニュースが流され始めた。

 テレビやラジオ、インターネットはもちろんの事、新聞や雑誌でもすぐさま取り上げられ、事態の深刻さを伝えていた。


 その内容は多岐にわたり、被害規模の紹介や敵戦力の分析。各報道局が秘密裏に撮っていた映像の紹介やミレニアムの思惑についてなど、様々な事柄がそのメディアの限界に迫る形で表現されていた。


「…………まあ、そりゃそうなんだが」


 千差万別というにふさわしい内容や伝え方。だがそんな中でもとある内容に関してだけは、あらゆる情報機関が同様に取り上げ、そして同じ結論に辿り着いていた。


 その内容は至ってシンプル。『この戦いにおける敗因はなにか』という内容だ。


 ここまでならばそう大した問題ではない。

 これほどの大事件なのだ。その点に関し考察したり発表することはむしろ自然と言える。


 問題は各種情報機関が辿り着いた結論の大半が、此度の戦いの最大の敗因は『神教』にあると結論づけた事である。


「それとも何かしら? 神教を辞めたあんたからすれば、然程心の痛む話じゃありません、とでも?」

「あのなぁ……」

「今回の一件であんたらはかなり注目を浴びたし、むしろありがたいってことかしら!?」

「待て待て、落ち着け姉貴」


 その結論に達した理由は単純なもので『神教が戦力を出し惜しみしたから敗北した』というものだ。

 なぜそう判断したかといえば、四大勢力が出している『保有戦力』の規模が原因だ。


「俺だって腹が立つのは同じだけどよ、それを表に出した所で意味がねぇ、いやそれどころか事態がややこしくなるだけだ」


 『賢教』は言うまでもなく四大勢力の中で最も多くの戦力を出資した。

 それは自らが治める西本部を防衛するにあたり、当然の義務と言えるだろう。


 戦力が手薄で、ここ最近最高戦力を失った『貴族衆』は、人材ではなく武器を貸しだした。

 この結果西本部防衛戦ではエクスディン=コルが出てくるまでの間は、一般兵が持っている武器の差により、パペットマスターの妨害を受けたにもかかわらず西本部側が終始優勢に事を進めていた。


 『ギルド』に関して言えば数はそこまで多かったというわけではなかったが、ギルドランキングのトップクラス、『メタガルン』と『アトラー』を派遣し、他にも十を超えるギルドを戦場に置いていた。

 中でも善率いるギルド『ウォーグレン』の面々はミレニアムとの対峙やパペットマスターの足止めなどに大きく貢献し、大きな評価を得た事で取材も受けた。


 このように他四大勢力が大方良好な評価を受ける中、神教に向ける視線は極端に厳しい。


 だがそれも仕方がない事ではある。

 単純な『強さ』という意味合いでは賢教に並ぶかそれ以上のものを保有している神教が、一切手を貸さなかった。

 その結果が此度の敗北だと各種情報機関は結論づけたのだ。


「…………悪かったわ。それと一応聞いておくとあんたまであいつらの妄言を信じてるわけじゃないわよね」

「当たり前だ。そういう理由があったからこそ、姉貴はある程度意を汲むことができる俺を出動させたんだろ。その点については疑ってねぇよ」


 無論神教が手を貸さなかったのは賢教からの要望があったからこそである。

 そんな条件下における唯一の抵抗が自分を使う事であったと善はしっかりと覚えているのだが、その点について賢教は彼らの想像だにしない答えを返した。


「ほんっとムカつくわ。ああもう、今すぐ犯人を見つけ出して、血祭りにあげたい!」


 驚いた事に、賢教は神教に対し手出しをしないようになどと頼んではいないと答えたのだ。

 無論神教は賢教のその発言を否定し、その際に残しておいたデータを提示しようと考えるが、その苦労も水泡に帰する。


 彼らが取っておいたはずのいくつものデータが、いつの間にか痕跡一つ残さずなくなっていたのだ。


「盗んだ相手が誰かはわかってんのか?」

「証拠もなければ痕跡も一切なし! 八方塞がりよ!」


 短く、そう尋ねる善。

 対してアイビスはいっそ清々しいとでも言いたげな様子で笑いながら、吐き捨てるようにそう言いきる。


「けど裏で誰が糸を引いてるかはわかってるわ。こんなセコイまね、十中八九……いいえ九割九分九厘クライシスのクソ野郎よ」

「泥棒王じゃなくてか?」

「クライシスよクライシス! 一番奥にいるのはあいつに決まってるわ!!」


 その後彼女は自身が犯人であると考えている存在の名前を口にするのだが、その表情はまさに悪鬼の如きものである。


 枢機卿クライシス・デルエスク。


 教皇の座の相談役にして賢教ナンバー2の男。

 最高戦力である四賢人の半数を自由自在に使うことが可能で、賢教内部においても教皇の座を抑え最大の支持を得ている存在。

 加えて高齢で寿命が尽きかけている教皇に変わり仕事の大半を仕切っており、裏では権謀術数の限りを尽くし、自分にとって都合のいいように世界を動かしていると言われる、現賢教の実質上の支配者。


 先日の戦いで死亡したゼル・ラディオスが敬愛していた上司でもある男だ。


「いつもの予想だな」

「あーダメだ。今本人を見たら十回殺して十回生き返らせて、最後にもう一回殺しちゃう気がする。マジやばいわ。頭が狂う」

「まあアンタの趣味に口を挟むことはしねぇよ。で、それはそうと今回の会議の予定はどうなんだ?」


 周囲の空間が軋む程の殺意振りまくアイビスを見て、このままではまずいと認識した善が口を挟む。

 すると彼女もやるべきことを即座に思い出し、先程までの殺意や怒りを彼方へ飛ばし、自身のこめかみに右手の人差し指を当てて息を吐く。


「…………まあ下手に奇をてらわず普通に協力関係を結ぶ予定よ。そのためにあたしが来たわけだし」


 現在二人が向かっているのは四大支部の代表が一同に集う会議場。

 神の座イグドラシルの右腕である彼女にさえ伝えられていない、秘密の場所だ。


 二人がそのような場所を目指す理由は、つい先日の西本部襲撃の件が大きな理由だ。

 西本部が陥落した翌日、世界中が混沌としていた。

 犯罪件数はほんの数日で前年度の合計を上回るほどの勢いにまで膨れ上がり、四大勢力に所属していた様々な町や村が離反。たった一日で世界中が混乱の渦に巻きこまれた。


 この事態を重く見たイグドラシルはすぐさま四大勢力の代表を収集する緊急指令を発動。四大支部から代表を選出し、会議を行う事が決定した。


「定石だな。けどまあよかったじゃねぇか。不幸中の幸い、九死に一生……いや肉を切って骨を絶つか? とにかく被害規模は想定より大分抑え目だ」

「まあね。それと肉をきって骨を絶つだけは誤用よ」

「っと、そうか。『ことわざ』…………だったか。難しいもんだな」


 しかし驚くべきことに、それでも被害は抑え目であったと二人は認識している。

 その理由はゼル・ラディオス及び西本部の奮闘が大きく、その功績があるため怒り心頭中のアイビスもなんとか平静を保っていた。

 とはいえ、彼女がこれ以上ない程怒っていることに変わりはなく、これから始まる話し合いにおいて、最大の障害になるであろう賢教の面々によっては、その場で戦争が起こる可能性があることさえ善は感じていた。

 なにせ神教崩壊を企てる過激派からすればこの事態はこの上ないチャンスであり、この流れに乗らない理由がないのだ。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか)


 ゼル・ラディオスの死亡により代理で訪れる相手について考えながら、二人は先へと進み続けた。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


先日で大きな戦いが終わり、物語は新たなステージへ。

といっても今回の話はそこまで長い内容ではなく、いわば戦後処理です。


これから先の彼らの行動指針や、得た情報をどのように使うか


後は登場人物達の三者三様な様子を描ければと思います。

肩の力を抜いて見ていただければな~などと思っていますので、よろしくお願いします

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