表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
28/1358

少年少女、死闘を演じる 六頁目

予告通り遅くなってしまい申し訳ありません。

次話を投稿します。

楽しんでいただければ幸いです。


 その信念は決して貫き通すことができない、その言葉を何度聞いただろう。


 胸に秘めたその思いを、口にするたびに嘲りを受ける日々。


 何度も何度も胸を抉る言葉を受けながら、それでも少年はその思いを抱き続ける。


 自らの進む道が正しいと信じ少年は愚直に前に進む続ける。




「風刃・纏!」


 刃に風が纏われる。

 風属性を刀身に留められたそれは、敵を斬りつければ鋭利な刃物以上の効果を期待できるものへと変貌。


「shishishishi!」


 康太の一撃に咄嗟に反応し、こちらへの警戒心が薄まっている怪物に一歩ずつ近づいていく蒼野だが、その過程で狂戦士と目が合う。


「…………っ」


 全身に残る力が狂戦士の一睨みでみるみる削られていくのがわかる。ほんの数分前に命を奪われかけた記憶が鮮明に蘇るが、それでも彼は止まらない。


 手の届く範囲にいる人の命を守りたい。


 その思いが恐怖を凌駕し、少年の足を前へと進ませる。


「風刃…………」


 全身を覆っていた鉄の守りはなく、攻撃は必ず当たるであろう状況。

 その刃を振り抜けば敵を殺し、安心が得られるかもしれない。


 それでも少年はその道を選ばない。


 幾度となく困難にぶつかった。幾度となく否定されてきた、困難な道のりをあえて進む。


「突貫!」


 狂戦士の下っ腹を抉るかのように剣を前へ突き出し、自らの選んだ道を示す一撃の名を唱える。

 その瞬間、周囲一帯にあるゴミ箱や水たまり、果ては屋台や小屋さえ吹き飛ばす程の突風が吹き荒れ、その中心には蒼野と狂戦士の二人が存在した。


「う、おぉ!?」


 サングラスの奥で目を細める積が、吹き荒れる突風に吹き飛ばされぬよう足に力を込め、正面から衝突する二つの存在の行く末を見守る。


「ShiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiBaaaaaaaaaaaa!!!」


 蒼野は最後まで気が付かなかった。

 目の前の存在がこの土壇場で策を施してきていたことを。


 狂戦士は最後まで知る由もなかった。

 目の前の少年が夢見がちな大馬鹿者だという事を。


 狂戦士がこの土壇場の状況で行ったのは全身の補強、すなわち強化であった。

 全身に鋼の属性粒子を注ぎこみ、鋼を容易く凌駕する強度を会得。


 もしも蒼野が殺す気で攻撃していたら、狂戦士の一手により渾身の一撃は強化された部位に容易く防がれていただろう。

 鋼の躰に傷一つ付けられず、返す刀で殺されていたはずであった。


「吹き飛べ…………」


 それでも、蒼野はその罠を超えていった。

 ただの偶然ながらも、人々が嘲笑う信念を掲げたからこそ超えていけた。


 蒼野が選んだ答えは、遥か彼方に吹き飛ばすというもの。殺すための一撃ではなく、生き残るための、彼にとっては当たり前の選択肢。


「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

「吹き飛べ!」


 思えばこの戦いは彼らにとって翻弄され続ける戦いであった。

 あらゆる策は破られ、常に想像を絶する結果が待ち受けていた。

 ただの一度も優位な状況を得られない、死と隣り合わせの戦いだった。


 だがほんの一瞬だが康太は狂戦士の意識を逸らし、蒼野は狂戦士の予想を上回る一撃を放った。


「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 喉が千切れる勢いで、狂戦士に負けない勢いで声をあげる蒼野。

 彼が撃ちだした風の衝撃は、あらゆる攻撃を遮る硬度と重量の体でさえその勢いを殺しきれず、狂戦士は身を浮かし小島の方角へ吹き飛び、


「っっ!?」


 その一方で自らの放った攻撃の余波に耐えきれず、康太と積のいる方角へと転がっていく蒼野。

 瞬き程の間かもしれない。他人が見れば何とも思わない程の短い間のことかもしれない。


「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 それでもこの一瞬この瞬間、彼らは目の前の怪物に確かに打ち勝ったのだ。


「ど、どうなった!?」


 僅かに降っていた雨が止み、雲の隙間から月が顔を覗かせる。

 積の視線が小島のシンボルである銅像に衝突する狂戦士を確認すると、視線は目の前に立つ蒼野に向けられる。


「お、おいお前までかよ!」


 全身の力を使い果たした蒼野が崩れ落ちるのを見た積が、大型二輪にから飛び降り彼を抱え上げる。

 そんな蒼野はと言えば息は絶え絶え、いつ気を失ってもおかしくないその状況で、


「行こうぜ、これで……今度こそ本当に終わりだ」


 永遠のような一瞬が通りすぎた事を確信し、蒼野が笑うが、


「!?」


 小島から上がった土煙をふと見た積の心臓が、迫る危機に早鐘を打つ。

 その後全身を鷲掴みにするような不安感が駆け巡り急いでその場所を凝視すると、狂気を身に纏った災厄がその身を乗り出したのが目に映り、次の瞬間にはその姿を消す。


「……マジでおかしいだろあいつ」


 口から洩れるのは、乾いた笑い。


 蒼野の武器を解析したからこそ積はわかる。先の一撃は不殺の心を貫いた末の一撃だ。

 敵が死なないことはわかりきっていたことだが、だからといってすぐさま動けるほど甘い一撃ではない。

 だというのに、まるで傷など負っていないというようにこれまでと同じように目の前に狂戦士は現れる。


「aaaaaaaa…………」


 目の前に現れた狂人が腕を振り上げ、彼らの命を奪おうとする。まさにその瞬間、


「Th!?」


 突如狂戦士の体が宙に浮き、無様な踊りを舞いながら宙を舞い、その後地面にその身を打ち付ける。


「雷が同じような場所に幾度か落ちた事が気になってはいたが、まさかこんな事になっていたとは」


 次いで、積の背後から声が聞こえる。

 その声を聞き積の胸中に様々な感情が入り乱れるが、その根底にある感情は――――安堵だ。


「報告感謝するぞ女。まさか」


 振り返り声のする方角に目を向けた時、彼は見覚えのある風貌を視界に収めた。

 刃を思わせる細目に銀髪を背後で縛っている色白の蛇を連想させる容姿に、賢教の証であるカソックを着こんだその姿。

 その男の横には、町の方角へと走っていった少女の姿。


「私の目の届く範囲で、私の領地を荒す馬鹿者が見つかるとはな」


 骨と皮でのみ形成された細長い指を鳴らしながら舌打ちを行い、高圧的な態度を声と表情で表すその姿。


 それは康太が今回の作戦を立案するにあたり考えた作戦の、最後のピース。


 この絶望的な状況を覆す最後の一手。


 西本部の長、ゼル・ラディオスがそこにいた。

 



 どうすれば圧倒的な力の差を覆せるか、古賀康太は考えた。


 ただ単に地上で戦うだけでは勝てないと悟り橋を落とす奇襲を考えた。

 自分たちの攻撃では動きを止められないと考え、自然と科学の力を借りた。

 そして、それでも埋まらぬ差を埋めるため。もう一つ策を立てた。


「まったく、遅すぎだっての」


 何度も一ヶ所に落ちる雷を見て不安感に苛まれると、自分の愛する賢教の領地で起きている異変に跳びつくと考えた。

 自分たちで勝てず、地形の変化や自然現象の変化を利用しても勝てない相手。

 その相手に勝つため、単純な戦力を味方に付けようと考えた。


 その結果が今に至る。


 三十程の部下を引き連れたその男が狂戦士の前に立ちふさがり、背後に佇む部下に対し右腕を掲げ、待機を命じる。

 彼らの目の前で全身を撃ち抜かれた狂戦士の体から煙が昇るが、肉が焦げ付くような音を発しながら傷口がふさがり始め、ほんの数秒後には銃痕は全て消えた。


「傷の自動修復まであるのか」


 生唾を飲み息を呑む積の両脇で、ごそごそと動き出す感覚がする。

 確認して見れば康太が目を覚まし、苦しそうなうめき声をあげていた。


「本部長、小島の状況を確認しました。隊員三名の死亡を確認。加えて、この町の町長の死亡を確認しました。ですがその……」

「どうした?」

「いえ、この町を騒がしていた犯罪者の正体なのですが」


 拳四つ分ほどの大きさの正立方体の結晶を両腕で抱えた女性が、突如ゼル・ラディオスの真横に現れ報告を始める。

 しかし報告の途中で言葉は途切れ、歯切れの悪い表情で自らの上司から視線を外した。


「『ラウメン』の正体はこの町の町長よ。追っていたアタシ達が確認したわ」

「なんと……エリザ君、それは本当かね」


 その言葉に驚き部下の女性に聞き直すゼルだが、首を縦に振る姿を見てため息をつく。


「私の愛する賢教の民が此度の件の犯人とは……非常に残念だ。が現状最大の問題はそれではない」


 そう口にして彼がチラリと視線を向けた先に存在するのは、災厄の如き狂戦士。


「一桁台は『神器』を持ち、それ以外は援護に回れ。これ以上この害虫を生かしておくな!」


 言葉に反応するように、ゼル・ラディオスの背後で構える部下の面々。

 その動きに呼応して動き出した狂戦士を前に、聞きなれない言葉を耳にして眉をひそめた康太の勘が再び反応。

 目の前の怪物は懐にではなく虚空に手を伸ばし、それに呼応するように空を裂き謎の物体が現れた。


「あれは?」


 その正体が何かわからず疑問の声をあげるゼル・ラディオスであったが、そんな彼の視界に僅かに入った物は、見たこともない輝きを放つ黄金の鎖であった。


「なんだあれは!」


 未だその全貌を見せるには至っていない康太であったが、それが僅かばかり姿を現しただけで、拮抗していたか有利な状況であったはずの戦力差がいとも容易く覆る予感がする。


「お、おい! 暴れるなって!」


 自らの勘が示す可能性に身震いし体を動かそうと躍起になるが、自由に動かない体は立ち上がる事さえままならず、積の脇で動き回るだけだ。


 銃を構えたまま動かぬ20人に、『神器』と呼ばれる武器を持ったゼル・ラディオスを除く10人。


 狂戦士と、その背後で油断なく彼らを見守る積、蒼野、康太の三人。


「「…………」」


 僅かな時間の事であった。その場にいた全員が各々の視線の先を見据え睨みあったまま動かず、数秒が経つ。すると、


「aaaa…………」


 それまで臨戦態勢であった怪物が目にも止まらぬ速さで姿を消した。


「え?」

「なに?」


 意外な展開に目を丸くする康太と積。

 次いで辺りを覆っていた重苦しい空気が薄れるのを感じると、二人はついに自分たちの命を掴んでいた怪物の魔の手から逃れられたことを実感した。


「終わったんだな! 本当にそれでいいんだな!?」


 息を吐き脱力する蒼野に康太。叫び声をあげ喜ぶ積。三人の様子を見た優が彼ら三人に近づこうとして…………銃口を突きつけられる。


「え?」


 突然の事態に理解が追い付かない少女にそれを見て驚きの声をあげる少年三人。


「いいや、まだ何も終わってないさ」


 そこに聞こえてくる、冷酷という言葉を体現したかのような冷たい声。


「そうだろう、邪教を信仰する蛮族どもが」


 心底侮蔑するという思いを込め、吐き捨てるように投げかけられるその言葉。


 雨は止み、月はその姿を現した。


 怪物は去り、戦いは終わった。


 しかしそれでも、彼らの長い一日はまだ終わらない。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


死闘終結! 

それでもまだ戦いは終わらない、な最新話。

恐らく次回、次々回で終わると思いますので、最後までぜひお楽しみください。


それでは、また明日もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ