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闘争潮流 五頁目


 ミレニアムを含む全員が驚く中、全身に巻きつけられた拘束など考慮しない様子で立ち上がる。


「いてててて…………原口善め。派手にやってくれたな」

「何故立ち上がれるソードマン!」

「ん?」


 それからすぐに善がそう口にすると、自分へ向けられた子供達の武器と対峙する善とミレニアムの二人を見て彼も状況を理解。


「気絶したとでも思ってたか?」

「っ!」

「まあその点については間違いはないよ。ただ、お前が思うほどしっかりと気絶をさせれたわけじゃなかった…………それだけの事だ」


 しかし彼は自身の調子を崩すことなくそう告げると、子供たちの持つ武器を瞬く間に叩き落とし、善やミレニアムのいる方角とは、全く違う方向へと歩き始めた。


「どこへ行く。ソードマン」

「捕まって監獄島はごめんこうむる。とくれば、敗者はおとなしく立ち去るさ」

「…………好きにしろ」

「あぁ?」


 ソードマンのややぶっきらぼうな発言を聞き、善が眉をひそめる。

 というのもその時善が目で確認できたミレニアムの纏う練気の様子が思いもよらぬもので、何故そのような形なのかが疑問であったのだ。


「HA!」

「おっとあぶねぇ!」


 とはいえ、この状況でその疑問に頭を割く余裕はない。

 迫る脅威を前にして再びゼオスに目くばせをすると、ソードマンが消え去ったのを確認しゼオスが能力を展開。


 元々関心がそこまでなかったミレニアムもそれを阻むような事はせず、蒼野と優が現れた黒い渦の中に体を埋めていった。


「……原口善、貴様はどうする」


 次いで康太と積も黒い渦の中へと進んでいき、驚くほどすんなりと事が進んだ事実に僅かに動揺しながらその体を沈めていくゼオス。

 その時ふと気になった様子で背後を振り返った彼が口にしたのは、この場に残る最後の一人に対するささやかな『不安』の念であった。


「おめぇらさえいなくなりゃ戦闘に集中できる。そうすりゃ勝機も見えてくる。俺の事は気にせずに、さっさと逃げろ」

「……そうか」


 拳の嵐をあしらい、距離を取った善が頬を掻きながらそう告げると、ゼオスは短く返事を返し、自身が最も頼りになると感じた男の背中を確認し、黒い渦の中に足を漬け込んでいく。


「あ、そうだゼオス」

「……?」


 その時、そんなゼオスに対し善が言い忘れていた事を思い出しふと口を開くと、それに気づいたゼオスが振り返る。


「あいつらに、しっかりと傷を治す様に伝えとけ。明日からの仕事に、影響があっちゃいけねぇ」


 その時ゼオスが目にしたのはこれまでにない程穏やかな笑みを浮かべた原口善の姿であり、その姿を目にした瞬間、ゼオスの胸にこれまで感じたことのない感情が去来。


「……………………その言葉は、貴様から直接話せ。面倒だから俺は伝えん」


 彼はなぜそのような言葉を口にしたのか自分でもわからないまま、黒い渦の中に体を埋めた。




(驚いたな)

 

 黒い渦の中に体を沈めていく最後の一人の姿を確認しながら思い浮かべるのは、自身に返された最後の言葉。

 これまで仕事の指示に関わらず大抵の事は二つ返事で返していた男の、思いもよらぬ返答であった。


 それは彼にとってこの上なく喜ばしい変化であり、その行く末がとても楽しみとなる物である。

 そしてそれを耳にして、元々高かった闘志が、更に燃えているのが自分自身で理解できる。


「さて、どうすっかね」


 とはいえ、状況は芳しくない。

 何せ戦ったところで勝ちの目はなく、逃げるにしてもゼル・ラディオスを置いていくわけにはいかない。

 なので善が今しなければならないことはゼル・ラディオスを回収してからの撤退となるのだが、それは既にミレニアムも理解しており、それだけは絶対させぬと重力の壁がゼル・ラディオスとの間に敷かれている。


 絶望的、今の状況を現すとするならばその一言にまとめられる。


「では…………征くぞ」


 目の前の存在が少しでも気を抜いてくれればチャンスもあるのだろうが、纏う『気』に乱れはなく、チャンスの一つも見えてこない。


「ぬっ!」

「なに?」


 両者にとって予想外の事が起きたのはそんな時であった。


「ゼル・ラディオス、貴様!」


 これまで一切攻撃を通さなかったミレニアムの鎧の関節部位に、数本の針が刺さっている。

 それをしでかしたであろう男がいる方角へと顔を向けると、彼は視線だけで殺そうとしているかのような表情でミレニアムを睨みつけている。


「ふん!」


 ミレニアムが練気を巻き散らしゼル・ラディオスへと近づいて行き、瀕死の彼の息の根を止めるために拳を振り下ろし――――それよりもほんの一手早く、善がゼル・ラディオスの肩を掴み、一気に距離を取る。


「引くぞ!」


 彼の口から発せられるのは、この千載一遇のチャンスを決して逃しはしないという確かな意思。

 これ以上長引かせたところで、なに一つとして得る物はないと確信を抱いた男の声だ。


「引く? 貴様はなにを言っている?」

「あ?」


 しかしここで、善にとって思いがけない返事が耳に聞こえる。


「あの不届きものを前にして逃げるだと? 何の成果も得られずに……逃げるだと?」

「は?」


 そう口にしたゼル・ラディオスの顔には無数の血管が浮き出ており、その様子に唖然としていたところで、彼は思い切り蹴り飛ばされた。


「なんだと?」


 それはミレニアムにとっても心の底から以外であったことであり、頭を戦いの事だけで埋めている彼も思わず足を止め、自身から百メートル近く離れた位置にいる二人の様子を観察する。


「今帰れば、この男が隠しているであろう秘密が何もわからずに終わってしまう」

「西本部を破壊され! 世界中を自身の良いように扇動するために使われ! その上で何の成果も得られずに終わってしまう!!」

「そんな事が…………あっていいわけがない!!」

「おいおい」


 そうした中、善とミレニアムが耳にしたのは、西本部を背負った男の慟哭にも似た魂の叫びだ。

 それを前にしてミレニアムは言葉を失い、善は頭を掻き毟りため息を吐いた。


「ならなんだ? お前はどんな成果を求める?」

「奴の体の秘密だ。衝撃を通さず、疲れを知らない。挙句の果てには、関節に我が針を撃ちこんだにも関わらず、痛みを感じた様子もない」

「そこまでわかりゃ、ある程度の仮定も立てれるじゃねぇか」

「仮定が欲しいのではない。確かな成果を私は求めているのだ!!」


 目の前で堂々と語る男を前にして、善は思わず頭を痛くする。

 『蛇騎士』などという大層な名を貰っている事については十分に承知していたのだが、まさかここまでしぶとく粘る等、思ってもいなかったのだ。


「仕方がねぇ…………」

「おっと原口善。貴様はここまでだ」


 こうなれば殴って気絶させるしか手はない


 そう思った善が一歩前へと進むのだが、そんな彼に対し、広げられた掌が向けられる。


「どういう事だ?」


 その姿に対し、彼が困惑の声を上げる中、


「これから得る成果を、邪教の者に見せるわけにはいかない。残るのは、私一人だけだ」


 ゼル・ラディオスは善に対し、予想だにしない返事を行った。




「はぁ!?」


 投げかけられた言葉を前にして、善の口から再び驚愕の声が漏れる。

 先程以上に信じられないという様子で口を開き、目を丸くする。


「お前……何言ってるのかわかってんのか?」


 完全に圧倒され、満身創痍の晒し続けた男の言葉に対し、冷静で的確な言葉を投げる善。


「理解できなかったか? 私はここに残り、貴様は去る。それだけの事だが」


 それを前にしてもゼル・ラディオスの態度に変化はなく、その様子に空いた口が閉じなくなる。


「ああそうか。貴様は私一人で相手をすると思っているのか。残念ながらそれは違う」

「なに?」


 そしてそんな全に対し彼はそう語り、それを聞き善はやっと意識を現実まで戻すことができた。


「見るがいい信仰薄き邪教の徒よ。これが、これこそが賢教だ」

「…………マジかよ」


 そうして彼が手を向けた先は、彼らがやって来た西本部の方角。

 そちらに目を凝らせば、大きな砂埃が立ち上がり、その奥から数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の賢教の兵士が、波のような軍勢を作りやってきていた。


「ゼル・ラディオス様!」

 

 最前列には神器を持った戦士が並んでおり、その後ろには数えられない程の兵士が構えている。

 彼らは皆西本部で負った負傷を癒し、目には確かな熱を宿し、黄金の王に敵意を向けている。


「諸君、なぜここに来た。私は君たちに待機せよと命じたはずだが?」


 突如現れた大軍勢を目にして息を呑む善を前に、ゼル・ラディオスが口を開く。

 その顔に浮かんでいるのは既に答えを知っている者特有の笑みであり、部下を鼓舞するような言動でもなければ、いたわるような様子もない。


「ご冗談を! あの時出された指示の本質は、あの悪しき存在に対する復讐でしょう! 弱った我々では足手まといになる。だからこそ傷を癒し、やって来いという事であると!」

「私たちは信仰深いあなたの部下なのですよ。心の底から尊敬するあなたの指示の本質を、見抜けないわけがないでしょう!!」


 先頭を歩く神器部隊の面々が笑顔を顔に浮かべながら続けざまに言葉を紡ぎ、最後の発言に呼応するように背後の部下たちも獣の如き咆哮をあげながら武器を掲げる。


 彼らは知っているのだ。


 数多の地で武勇を馳せたその雄姿を。

 賢教に所属する民を愛するその姿を。


 だからこそ彼らは心の底から彼を尊敬しており、だからこそ彼の元へと馳せ参じ、戦う事を選んだ。


 知らぬふりをせず、自らの勇を見せつける事を選んだのだ。


「よかろう!! 戦うからには必ず成果を得て帰る! 大半が命を落とすかもしれんが気を落とす必要はない。我らが示す勇は! 必ずや誰かが皆が愛する知の故郷へと持ち帰る!」

「応!!」

「死を恐れるな! 例え汝が死のうともその屍を踏み越え誰かが先へと進んでいく!!」

「応!!!!」

「………………」


 狂信の域に到達した信仰心に、善は言葉を口にできない。

 神教のような自由な信仰心とは全く違う、鉄のような信仰心に思わず圧倒される。


「ということだ。貴様はお役目ごめんだ原口善」


 そうして普段と変わらぬ顔で西本部を全てを統べる長がそう告げるながら手を振ると、善もそれ以上の反論はできず口を閉じる。


「…………いいんだな」


 とはいえ、それはほんの一瞬の出来事だ。

 待ち構える凄惨な結末を前に彼は念押しするようにそう告げ、


「無論だ。貴様は理解していない様子だからこそあえて言ってやる。これが、これこそが賢教だ」


 それに対し、ゼル・ラディオスは当たり前だと言い返す。


「…………そうかい。まぁ成果が手に入らないのは残念だが、そこまで言われちゃ仕方がねぇ。俺は変えるとするよ」


 すると善は全てを理解し踵を返すのだが、


「…………あぁ、いや待て原口善。貴様には一つ聞いておかなければならなかった」

「あん?」

 

 その時ふと思いだしたような様子で、ゼル・ラディオスが善に問う。

 これだけは聞いておかなければと内心で抱いていた疑問を彼に聞く。


「この戦い、私を見捨てれば早々に逃げれたはずだ。何故私を助けた」


 別れ際に口にしたその問いは、神教を悪とする彼にとってはどうしても尋ねなければならない重要な事であったのだが、対する善の表情は理解不能な生物を目にしたようなものであった。


「なんだ? 何か変なことを言ったか私は?」

「何を馬鹿なこと言ってんだお前は。死にかけの奴が目の前にいて、無視して逃げれるかよ」

「……なんだそれは。無駄な善意という奴か?」


 さも当然と語る善に対しゼル・ラディオスの表情が曇る。

 善が口にした意思は、それほどまでに意外なものだったのだ。


「敵対する賢教の私を、リスクとリターンの採算も考えないそんな下らない理由で助けたと。生き残れる道を捨ててまで助けたと?」

「悪いかよ。てか俺は今はギルド所属だ。おめぇらの敵になった覚えはねぇ」

「ふん、貴様のそれはただの自殺だ」


 あっさりと言いのける善に対しゼル・ラディオスはそれ以上の言葉を口にしない。

 普段ならばグチグチと言い続けるところを一言にまとめ彼は言いきる。


「……………そこまで言うなら理由を変えてやる」


 すると善は頭を苛立ちを感じた様子で再び口を開き、


「見捨てちまったら寝覚めが悪い……それだけの事だ」


 はっきりと、目の前の『賢温神寒』を掲げる男に言いきった。


「…………そうか。感謝する」


 それを聞いたところで彼は小さな声でそう口にして、


「これは礼だ。好きに使え!!」


 ポケットから何かを取りだすと、善へと向け投げつけた。


「こいつは………………いや待ておい! お前今!?」


 それは小さな紫色の袋に包まれていたものであり、中身が何か気になった善が口を開けようとするのだが、その時になり彼が口にした信じられない言葉に気が付くのだが、


「征くぞ!!!」

「応!!!!!!!!」


 善が最後まで口にするまでもなく、彼らは先へと進んでいく。

 自らの強さに絶対の自信を持つ黄金の王の元へと駆けていく。


「…………」


 そうして善が最後に目にしたもの。


「なに笑ってやがるんだよ馬鹿野郎共が」


 それは誰もが笑みを浮かべ前へと進んでいく――――――――彼には理解できないものであった。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


四人だけだった死刑台同然の壇上に多くの者達が集い、

待ち受ける未来を半ば理解しながらも笑みを浮かべて進んでいく。


はっきりと言える、神教と賢教の違いですね。

同じ人数が集まったとしても、神教でこれができる人はごくわずかでしょう。


まあ逆に言えば、ここまで意思統一ができているからこそ、

神教に対する恨みも賢教の総意として抱くことができるわけですが


兎にも角にも次回、クライマックス


タイトルは『西本部』


ぜひご覧ください!

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