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闘争潮流 二頁目


 目の前の存在を前に五人の子供達は思わず息を呑んだ。

 突如現れた黄金の王ミレニアムは、彼らに対して殺意や敵意の類を抱いてはいない。

 それこそ意識さえしていないほどだ。


 にもかかわらずその場に存在するだけで周囲の空気が膨張し、彼の姿を認識した子供たちはその存在間の大きさを前にして荒い呼吸を行い続けていた。


 この男には勝てない。


 ミレニアムを見る五人全員がすぐさまその答えに辿り着く。

 すぐに撤退をしなければならないと理性が訴えかけるが、それは同じ舞台に立った今、不可能であると本能が無情にも告げてしまう。


「お、なんだなんだ。いきなり止まったかと思えば『ウォーグレン』の餓鬼どもじゃねぇか」

「お、お前は!?」

「……エクスディン」


 とはいえ彼らもむざむざと自身の死を受け入れるつもりは一切ない。

 この状況を突破しようと脳をフル回転で働かせ続けるのだが、そんな彼らの前に、次いでエクスディン=コルが現れる。

 その姿を確認すると同時に積の口から同様の声が漏れ、ゼオスの全身から殺意が溢れる。

 それを確認したエクスディンの口からは心底楽しそうな笑いが漏れるのだが、


「待てエクスディン」


 自身へと投げかけられた短い言葉を前にして、笑みは掻き消え視線が声の主の方へと注がれる。


「どうしたんですかい大将?」

「ここで彼奴等を殲滅する意味がない。引くぞ」


 その後彼が口にした提案を聞きほんの一瞬だが彼は硬直。しかしすぐに正気を取り戻すと、耳にした言葉が信じられないという様子で、口を開く。


「おいおいおいおい! 正気か大将! この餓鬼共は俺達に歯向かう邪魔者だぜ!?」

「我が世界は力による支配だが、無差別な戦いを行いたいわけではない。摘む命も必要なものだけでよい」

「…………てことはなんだ。大将はこいつらを邪魔ものとは思ってないと?」

「左様」


 チラリとパペットマスターに視線を移しながらそう告げるミレニアムを前に、エクスディン=コルが面倒げに頭を掻く。


「優しいこって。しかしちと甘すぎますぜ大将。この餓鬼共はあれだ。近い将来必ず面倒な敵になる。俺の勘がそう告げてる」

「二度三度と同じことを言わせるな。此度は引け」


 そう口にしながら銃を構えるエクスディン=コルに対し行われる黄金の王による二度目の静止。

 それを聞いた彼は勘弁したのか銃を下ろし肩をすくめると、その瞬間ゼオスが動きだした。


「…………死ね」

「て、めぇ! この糞野郎! 大将の深い深い慈悲の心に対する、感謝の念を少しは持ちやがれよ!!」


 迫るゼオスの勢いは半年前と比べれば遥かに早い。

 その思いもよらぬ速度を前にエクスディン=コルが動き出し、その姿を認識した康太が対象よりも早く銃を構え照準を合わす。


「貴様らもだ。せっかく拾った命を、無駄にするな」

「エエ。全くもっテその通リ」

「……!?」


 二人の少年の抵抗とそれを待ち構える戦争屋。

 目前に迫った衝突は、黄金の王が勢いよく拳を振り下ろしゼオスを大地に沈め、パペットマスターが放った糸による斬撃で康太の両腕が吹き飛んだ事で終わりを迎える。


 驚くべきはその威力と速度だ。


 エクスディン=コルの肩を持っていたはずのミレニアムはその場にいた誰にも気づかれることなく一歩前に出ており、いつの間にかあげていた腕を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

 パペットマスターは先程対峙した時とは段違いの速度で腕を動かし、康太が引き金に手を掛ける暇などなく、後の一手を封じ込めた。


 中でもミレニアムが無造作に行った拳の威力は圧巻だ。


 ゼオスが地面に衝突するとともに周囲の大地が崩れ、それを眺めていた少年達を風圧だけで吹き飛ばす。

 そして五人の中で最強であるゼオスが下った光景を目にすれば、残る彼らの中に僅かにだが残っていた戦意も砕け散った。


「なんでだ」


 ただ一人、吹き飛ばされ地面に沈んだ少年と同じ顔をした彼を除けばであるが。


「?」


 ひっくり返った地面の山の中から、蒼野が立ちあがる。

 そうして口から出てきたのは、彼が抱いた純粋な疑問であり、彼の発言を聞き、ミレニアムは疑問符を浮かべる。


「それだけの力に意思、『境界なき軍勢』なんていう組織を作りだすカリスマだって備えてる。だというの……何でここまで暴力的な手段に出る?」


 口からついて出た疑問は、平和な時間を愛する少年にはどうしても理解できない問題点。

 自分は持っていない様々な物を持ちながらも、何故最も血が流れる道を選ぶのかという問い。


「そうしたいからそうする。戦いを求めるのを目的とするも、世界を統治するのを目的とするも、ただそれだけの話よ!」


 そう口にするミレニアムの声には強い意志があり、ただそれだけの言葉を吐きだしただけだというのにさらに空気が重いものに変化。


「暴力…………いや戦いを求める? それで世界を統治するのが目的だって?」


 優や康太は歯を食いしばるが、そんな中、蒼野の中で違和感が生じる。

 不意に、自身より高い位置にそびえ立つ黄金の王の瞳をじっと見つめる。


「…………」


 その合間に優がゼオスに近づき回復を行い、康太と積の二人が、エクスディンを注視する。


「………………………………おかしい」


 生きた災害の如き存在達を前に彼らが抱く感情は様々だが、そんな中ふと蒼野の口からそのような言葉が溢れ出し、


「おや、まだ撤退していなかったのか?」


 公園に植えられていた木々の半分が原形を失い、大地がひっくり返った公園の中に新たな声が聞こえてくる。

 その場にいた面々の大半が振り向いた先にいたのは『十怪』の一員ソードマンとギャン・ガイアだ。


「っ!」


 新たに現れた二人に息を呑む康太と積。


(神も仏もいやしねぇな)


 彼らを前にして康太と積が思い浮かべる答えは全く同じものであるのだが、それもおかしなことでhsない。

 なにせこの世界で最悪クラスの犯罪者である『三狂』と『十怪』の半数がこの場に集まっているのだ。

 その感想は至極当然のものと言える。


「僕たちの目的は達成した。ならばここで足を止める必要はないんじゃないか?」

「その通りだ」


 退屈げにそう口にするギャン・ガイアの言葉に頷くミレニアム。

 彼らにとって唯一の救いは、目の前の怪物たちにこちらに害する意志がない事で、


「撤退だ。これ以上、こ奴らに構う理由はない」


 そう口にしながら踵を返すミレニアムを前に積が安堵の息を吐く。


「待て! ミレニアム!」

「エエエエェェェェェェナンデトメルノォォォォォォ!?」


 その瞬間、蒼野が手を伸ばし待ったをかけ、安堵の感情と百八十度真逆の声が積の口から溢れた。


「どうした? まだ我に用があるのか?」

「…………正直、あんたに感じた違和感の正体はまだわからない。けどこれだけは言える! 俺は……いや俺達は! 決してあんたの目的とは相いれないって!」

「ほう。ならばどうする?」

「今の俺達じゃ絶対に無理だ。けどいつか! 俺か他の奴かはわからないが誰かが! 必ずお前を打倒する! それだけは………………それだけは言いきれる!」

「…………」


 蒼野は語る。

 自分のように平和を求める声の者がこの世界には数多と存在し、そんな者達が決して黄金の王を許しはしないと。

 その思いが、いつか彼の野望を打ち砕くのだと。


「…………フ、フフフ」


 その言葉と強い瞳を前に、彼は笑う。


「フフフ、フハハハハ、HUHAHAHAHA!!」

「ミレニアム?」


 これ以上楽しいことなどありはしないと腹の底から笑い出し、パペットマスターの不審げな様子の声を耳にしながら振り返り、古賀蒼野の側に近づいていく。


「打倒する? 平和を求める声が? この我を打ち砕くと?」

「ああ、そうだ。誰もできないのなら――――――どれだけ時間を掛けてでも俺があなたを超えて見せる」

「面白い事を言う! 原口善でも聖騎士でもなく! 他ならぬ貴様が! いつか我を打倒すると!!」


 そう語る彼の姿に、蒼野を小馬鹿にした態度はない。

 これ以上嬉しいことはないとでも言いたげな様子で笑い、勢いよく背後を振り返る。


「聞いたか! パペットマスター! エクスディン!」

「…………エエ聞きマシタ」

「おうとも。な、やっぱここで殺しておいた方がいいって!」


 すると彼は背後に控える二人に対しそう尋ね、二人は全く別の態度を彼に見せる。


「馬鹿な事を! 誰が殺すものか! こ奴は、そうこ奴のような人間こそ! 我が望む愛しき怨敵! 全身全霊を賭けて打倒するべき、最大の障害なのだ!」


 声を張り上げそう語る姿に、蒼野の心臓が早鐘を打つ。

 しかしここで引いてしまえば何かが終わると感じた彼は、立ち上がれぬままでも何とか睨み、それを見てミレニアムは歓喜の感情をさらけ出す。


「引くぞ! 我らがここで行えることは最早ない! 愛しき怨敵を迎え入れるために、今は引くぞ!」



「あんたは――――!」


 そう告げながら再び帰路に着こうとするミレニアムだが、その足が一歩前に出る事はない。


「おらぁ!」

「ム!」


 木々をへし折りながら大砲のような勢いで人間が飛んでくる。

 それを容易く掴んだミレニアムが見たのは、血が滲む勢いで拳を握り、一呼吸で迫る男の姿だ。


「まったく…………君が悠長に話をしているからこんなことになる。アレが来た方向からして、恐らくまだ動けた部下も軒並み再起不能にされたはずだ。これ、一体どうするんだい?」


 露ほどの関心もないという様子で現れた善を眺めるギャン・ガイアの言葉に唸るミレニアム。

 彼は一瞬だまったかと思えば厳かな声色で言葉を発する。


「確かに、これは我の失策だ。奴の相手は責任をもってしようじゃないか」

「そうかい。じゃあ僕は」

「だが、最低でももう一人は必要だな。いやまさか、ここまでするとは思わなんだ」

「なんだって?」


 するとそれを最後まで聞いていたギャン・ガイアが、ミレニアムの言葉に疑問を持つ。

 それからすぐに振り返り見たものは、空を埋め尽くす無数の針。


「確かに、これはもう一人はこの場に残る必要があるな!」


 雨の如き勢いで迫る脅威を、快活な声と共に前に出たソードマンが全て防ぐ。


「さあて、この攻撃の発生源は……あそこか。誰か攻撃を頼む!」

「あいよ!」


 その後ソードマンの声に従いエクスディン=コルが銃を撃ちだした先にいたのは、体中の至る所に深手を負いながらも強烈な敵意を向けるゼル・ラディオスだ。


「なんだぁ。奴さんずいぶんとボロボロじゃねぇか。ほっといても死ぬんじゃ……って、あぶねぇ!」


 満身創痍のその姿を目にしてエクスディンの口からは下卑た笑い声が発せられ、余裕の表情を浮かべながら照準をそちらに合すのだが、それよりも早く善の拳がエクスディンの鼻を掠める。


「く、そ……ぶち殺してやる!」

「落ち着けエクスディン」

「あぁ!?」


 感情に身を任せ銃口を善へと向ける彼であるが、しかし引き金を引くよりも早く、銃はソードマンの手でゆっくりと下ろされ、自身を睨みつけるエクスディン=コルに対し穏やかな声が発せられる。


「あんたの真骨頂が発揮されるのは正々堂々とした一対一ではなく不意打ちや乱戦だろう。正面からのタイマンならば、最強クラスの原口善や無限の弾丸を撃ちだすゼル・ラディオスは少々相性が悪いと思うのだが…………どうかな?」


 相手を尊重する思いやりが籠った口調に声色、そして至極当然の指摘を聞き、エクスディン=コルが興奮状態から脱し、構えかけた銃をゆっくりと下ろしていく。


「…………おたくの言う通りかね。それで、俺に何か頼みたいことでもあるんじゃねぇの?」


 無論彼の言葉に対し全面的に肯定したわけではなく、この提案を受け入れた代償に、恐らく何か要望が飛んでくるのだろうと思い、エクスディンはソードマンにそう尋ね、


「察しが早くて助かる。貴殿のその恨みの報復、ぜひ私にさせてほしい!」


 その言葉を聞きイキイキと語るソードマンを前に、エクスディン=コルは肩を落とす。

 これだから戦闘狂は面倒だと、内心で吐き捨てる。


「そうかい。なら俺はギャン・ガイア同様帰らせてもらうかね」


 その後エクスディンはギャン・ガイアと肩を並べながらその姿をくらませ、一歩遅れてパペットマスターの姿も消えていく。


「感謝するぞお前達!」


 それを見送ると同時に腰に携えている二本の剣を抜き、体の前で十字に構えるソードマン。


「誰が相手でも面倒だったがソードマンか。純粋な実力じゃ一番面倒だなおい」


 彼らがそうして話を進める一方で五人を守るよう前に出ている善が口を開き、


「他の奴らを潰せないのは残念だが、奴らは確実にここで仕留めるぞ」


 ゼル・ラディオスが太陽の輝きを背負った針を顕現させる。


 そして


「流石は原口善。流石はゼル・ラディオスだ。予定にはなかった事態だがよかろう! その命、ここで積んでやろう…………」


 世界最強の悪が、真っ赤な闘気に身を包む。


 西本部で行われた戦いが終わりを迎え、多くの者が舞台から降りた。

 今壇上に残るは、五つの小さな命と対峙する四人の強者。


 此度の物語の最終章が、ここに紡がれる。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で今回の物語における最後の戦いを演じる演者の登場です。

このまま勢いよく最後までなだれ込んでいく予定なので、よろしくお願いします。


あと、蒼野がミレニアムに覚えた違和感は、今の時点ですぐにわかるものです。

考えていただければ幸いです。


それではまた明日、ぜひご覧ください!



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