闘争潮流 一頁目
「積! 壁!」
「またか! 流石に粒子がなくなってきたぞ」
西本部を賭けた戦いは幕を閉じた。襲撃した者達は撤退を始め、専守防衛をしていた兵士たちは傷を癒し始め、二人の男が意地と信念を胸に駆けだした。
「クカカカカ! どうシタノDEATHか。防戦一方DEATHね!」
「うっせぇ。ドタマ撃ち抜いてやるからさっさと止まれ!」
だがそんな事はもはや彼らには一切関係なく、戦場から離れた自然公園で少年少女は狂気の化身を相手に踊り続ける。
「クカカカカ!」
「わかってた事だけど、流石に人形を使いだすと一気に強くなるわね!」
「エエもちろン。それで、どうしますカ?」
「は?」
「降伏宣言をするナラ、命だけは取らナイであげまショウ」
「冗談!」
戦いが始まってから十分が経過しようとしていた。
一進一退の攻防を続けていた両者であったが、パペットマスターが人形を取り出した事で、戦況は一気に傾いた。
それまでギリギリのところで食い下がっていた蒼野達は防戦一方の状態となり、パペットマスターが操る人形が戦場を支配したのだ。
「冗談デハありまセン。何故なら君たちにはこれ以上戦ウ理由がない」
「なに?」
「つい先ホド、西本部が陥落しました。これにて戦いハ終了DEATH」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間子供たちの中で張り詰めていた糸が千切れ、銃を向けていた康太の意識が僅かに乱れる。
「隙だらけDEAH……」
「くそっ!」
その一瞬の隙を突いたパペットマスターの人形が康太に迫り、人形が剣と同化した腕で攻撃。
すぐさま回避に移る康太だが、完全には避けきることができず右肩に攻撃が掠り、そ全身に電流が奔ったかのような感覚が襲い掛かり、耐えきれずに膝をつく。
「毒……か!!」
「エエそうDEATH」
呼吸をするだけでも全身が激痛に苛まれ、耐えきれなかった康太が荒い息を吐きながら地面に丸まる。
パペットマスターからすればいつでも殺せる存在となった康太であるが、彼はわざととどめの一撃を振り下ろさず、毒々しい色合いの鎧を纏った人形の刃となっている右腕を彼の首筋に当てたまま静止する。
「やめろぉ!」
考えるよりも先に蒼野の体が突き動かされ、悲鳴にも似た叫びをあげながら迫るが、パペットマスターは人形を操るのに使っていない、西本部の妨害に割く必要がなくなったもう片方の腕から糸を出すと、巨大な拳を形作り蒼野を殴り飛ばす。
「さて……マダ戦いマスか?」
迂闊に動くことができない面々を眺めながら地面を小突き、再び木の棺を取りだす。
すぐに優とゼオスが破壊や妨害を企て前に出ようとするが、康太の首筋を捉えた刃が少しでも動くと、動こうとするゼオスを優が抑え、その隙を突いて人形には無数の糸が絡みつく。
「マア……こちらは構いまセンが」
まさに絶望的な状況ではあるのだg、そんな中で優が蒼野に念話を送る。
(どう、分かってきた?)
(先に出した方は完璧にわかった。でも、今出した奴の正体全部まではわからない)
(オッケー。アタシでもわかる奴はいる?)
(ああ。今是認に説明する。まず――――)
「おやおや、秘密の会議DEATHか? ワタシも混ぜてくだサイ!」
「!」
そのようにして脳内会議を続ける子供たちであるが、念話を感じ取ったパペットマスターが今度は数体の人形を操り、蒼野と優へと襲撃。
先頭を走る一体目の人形の標的にされた優は何とか攻撃を凌ぐことができたが、続いて襲い掛かってくる二体目に襲われた蒼野は耐えきる事ができず吹き飛ばされた。
「サテ、そろそろ答えを聞きまショウ」
腹に響く嫌な笑みを木霊させながら、残虐さを隠そうともしない目が蒼野を射貫く。
「ン?」
その時、ふと嫌な感覚がパペットマスターの胸に去来する。
その原因は劣勢で今にも死にそうな少年が状況に似合わぬ強い視線で彼を見返したことであり、
「行くぞ!」
ほんの少し、僅かな違和感を胸に感じた瞬間、それに呼応するように人形の攻撃に耐えきれず吹き飛んだ蒼野の口から力強い叫びが溢れ、その瞬間戦況が大きく動きだした。
「ゼオス! 優!」
「……三分だ。それ以上は稼げん」
「二人ともきっちり決めてきなさいよ!」
「コレハ!?」
これまで人形の動きに対して五人で何とか拮抗していた状況が、瞬く間に覆される。
先頭を走るゼオスと優の二人が十体程の数の人形相手に大立ち回りを演じ、残る蒼野と積が脇をすり抜け本体である人形師に迫りつつある。
「どういう事DEATHか? なぜ突然君たちはそこまで動けるように……」
思わぬ劣勢を前に優とゼオスの相手をしている人形の内の一体を手元に戻そうとするが、その動きは優が地面から撃ちだした水の柱に阻まれてしまう。
「あんたが今呼び戻そうとした人形、そいつの名前は『イーター』だ」
「!」
「巨大な口が特徴的な四足歩行の人形で、機動力と牙に塗られた毒を使っての戦い方が得意な奴だ」
すると蒼野が確かな確信を持ってそう口にし、その名前を聞き彼は明らかに動揺する。
「キミは!?」
確かに今パペットマスターが使っている人形の名は蒼野が告げた通りであるのだが、その胸中を満たす驚きは凄まじい。
何せ彼は一万体以上の種類の人形を駆使する人形師だ。
今言った人形に関しては相手を惑わしたり騙すために類似品も幾らか用意している固体で、その中の一体の名前をピタリと当てられるなど、思ってもいなかったのだ。
「なぜ知ってイルのDEATHか?」
「言っただろ。あんたに勝つために……強くなったって!」
その言葉の意味の深さをパペットマスターは瞬解できない。
知る由もないのだ。目の前のまだ幼い少年が、かつて抱いた過去の後悔を取り戻す為にどれほどの努力をしたのか。
日々の訓練の合間合間に多くの人達を巻きこみ、人形師のあらゆる戦闘記録を脳内に納め、その対応策を一つ一つ作り続けた事実を知るわけがないのだ。
「見えた!」
「ムゥ!?」
その成果が、彼らの間に横たわる明確な差を埋める。
糸の動きを誘導し、人一人が通れるだけの穴を作る。
すると蒼野、積の順番で黄緑色に発光する糸の嵐から抜け出し、目前にいるパペットマスターへと歩を進める。
「積!」
「クソッ! これで死んだら化けて出てやる!」
目視できない程の速度の糸の連撃を蒼野がその身一つで抑え込み、そんな蒼野の脇を積がくぐり抜けると引き絞った弓矢のように体をのけ反らせながら跳躍。持っていた鉄斧を渾身の力で振り下ろす。
「チッ!」
無論、それを黙って受け止めるほどパペットマスターという人間はお人よしではない。
積が迫って来るのを認識した時点で回避するために動きだし、振り下ろされる斧の射程圏内から離れようと試みる。
「油断したな……パペットマスター」
「!」
のだが、そのタイミングで不意に彼の両膝と両肩、そして両手の甲を鉛玉が撃ち抜いた。
「キミは!?」
慌てて銃弾が撃ちだされた方角に目を向ければ、先程までうずくまっていた康太が口に何らかの液体が入った試験管を咥えながら自身に銃口を向けており、それが彼の全身を襲った毒に対する解毒薬であることはすぐにわかった。
「俺達をガキだと侮ってたな? 動けなくしたら意識を向けず完全に放置とは…………舐めやがって!」
「はぁ!」
「チィ!」
体の動きが限されたとはいえ手首は動かせる。
すぐさま新しい糸を垂らし振り抜くと、鉄斧を振り下ろす積と彼の間で、火花が飛び散る。
「うぉ!?」
「クカカ!」
拮抗した状況は長くは続かない。
押し負けた積は吹き飛ばされ、危機を脱した人形師が嗤い――――再び自身へと影が迫る。
「!」
「ここまで来て……止まれるかよ!」
「蒼野!!」
油断した彼の体を不可視の刃が斬り裂き、声の主が全身の至る所を傷つけながら前へ進む。
「しつこいDEATH」
人形を駆使していないと言えども未だ二人の間には明確な差があり、一騎打ちとなれば瞬く間に葬り去られる。
そこまでわかっていてもなお、少年は血反吐を吐きながら前へと進む。
「そうか! わかりマシたよ! 君のそれは恋心ダ!!」
どれだけの猛攻を受け、どれだけその身を斬り裂かれても、なお進み続ける蒼野。
その様子は彼が何度も見てきたものであり、その身に宿った感情の正体を口にしながら嘲り嗤う。
「いいや。違うさ」
その言葉を否定しながら蒼野は、自身の刃が届く射程圏内へと続く最後の一歩を大きく踏む。
「俺がお前を憎む理由は単純だ。ただお前を野放しにできないからだ」
「なニ?」
「半年前のあの日、俺は地獄を見た。あの光景を笑いながら作りだすお前を心底恐れた」
「……地獄DEATHか…………」
全身を赤く染めた蒼野が血を吐きながら攻撃を続け、パペットマスターがそれを受ける。
語る二人の姿は物静かなもので、目前に控えた大爆発の前のそれは予兆のようであった。
「誰かが! お前を倒さないといけないと思った! でもまだ誰もできてなかった! それなら!」
血反吐を履きながら叫び、感情の赴くままに攻撃を繰り返す蒼野。
「それなら?」
それを受ける人形師はまっすぐな瞳で彼を射貫き、数多の攻撃を数本の糸で防ぎ続ける。
「俺が! 俺達が! お前を止める他ないだろ!!」
「なるホド。君ノ気持ちはよくわかりました」
その果てに蒼野は声高らかにそう宣言し、天へ掲げた刃を振り下ろす。
「アァそれでも! それでもキミの刃は届カない!!」
しかし、どれほどの激情を刃に乗せたとしても、目の前の壁は崩せない。
蒼野渾身の一撃は彼が手にしていた刃のない剣を細切れにされたことで封殺され、目を見開く少年をパペットマスターは蹴り飛ばす。
「!」
その時パペットマスターが見た光景。
それは――――自分に向け挑発的な笑みを浮かべる少年の姿だ。
「今言ったよな。誰かがお前を倒さなけりゃいけないって……それは俺以外でもいいんだ」
そう口にする蒼野を前にして、彼は自分の失態に気が付いた。
目の前の少年の告白に意識を注ぎ過ぎ、周囲の警戒をほんの僅かに怠った事実を認識。
残る四人に対し、すぐさま意識を切り替え、
「!」
その瞬間彼が捉えたのは、自身の側まで四方から迫る、四人の少年少女の息遣いだ。
「「はぁ!」」
タイミングを合わせた四方向からの攻撃がパペットマスターを襲う。
それに対抗するために体を動かそうとするパペットマスターだが、顔の前まで迫った攻撃を前にして間に合わない事を認識。
決着の瞬間が秒単位で迫ってくるのを理解し、世界中を混沌に陥れる人形師が想像だにしなかった敗北に晒されるその瞬間、
「ほう、これは以外だな」
この場にいる誰にとっても思いもよらぬ事態が訪れた。
『境界なき軍勢』が西本部に襲撃をかける際、ミレニアムや『十怪』の面々には個々に明確な役割が存在していた。
ソードマンやギャン・ガイアの役割は強敵の撃破であり、ミレニアムはそれに加え全世界に自らの意思を発信するのが目的だ。
エクスディン=コルの役割は西本部に対する決定打を与えることに加え、ミレニアムの演説の撮影である。
そんな彼らと同じようにパペットマスターにも明確な役割が存在している。
一つは、西本部を混乱に貶めることだ。
前もって操れる状態にしておいた面々を操作し、エクスディン=コルが西本部に潜入するまでの時間と様々なトラップを仕掛ける時間を稼ぐことが目的だ。
これに加えてパペットマスターにはもう一つ大きな役割が割り振られている。
それは『境界なき軍勢』が撤退する際の経路の確保だ。
西本部から少し離れた位置にいるパペットマスターは人形の操作と同時に周囲の人避けも担っており、西本部から撤退した面々の大半は、パペットマスターのいる場所を通り逃げる算段になっていたのだ。
ゆえに、蒼野達からすれば想像だにしない事態ではあったが、パペットマスターからすればこの展開は至極当然のことであった。
「「え?」」
力強さを感じさせる声を前に四人がほんの僅かに意識を向ける。
声の主を確認したと同時に四人は明後日の方向へと吹き飛んで行き、体勢を立て直す傍ら、信じられないものを見ているという視線でその姿を視界に収める。
「いや、むしろ貴様らしいと言うべきか」
その姿を見間違えるわけがない。
全身を黄金の鎧で攻勢された偉丈夫。
『境界なき軍勢』を指揮する黄金の王。
世界最強の犯罪者。
『三狂』の一角ミレニアムが彼らの前に君臨した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の物語もついに終盤に突入。
ここに来てミレニアムの登場です!
ここから先の展開を、ぜひご覧ください!
それと今回の戦いで未だに力量差があるものの、時折パペットマスターが押されている事についてですが、これは圧倒的な情報量から来る対策が成功した結果です。
普通に戦えば蒼野達は決して勝てないのですが、パペットマスター相手に対してだけは、ほんの少しながらも覆せる可能性があるのです。
それではまた明日、ぜひご覧ください!




