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スピーチ/理想世界

「ダメです、映像が変わりません!」

「一ヶ所からではなく数十いえ数百…………数千を超える場所から同時にハッキングを受けています。しかも一つ一つの妨害の規模が大きい。ウイルス対策のプログラムや人員を総動員しても、処理が追い付きません!!」


 突如起こった大規模なハッキングを前にして、対応に当たっている職員が声をあげる。

 思わぬ事態を前にして手を動かす彼らの目は目の前にある四角い画面を注がれており、凄まじい速度で動く十本の指が、事態の深刻さをありありと示していた。


「そう、報告ありがと。できる限りでいいから抵抗を続けてちょうだい。それすらしなくなっちゃうと、逆転の一手も撃てなくなるわ」


 神教首都ラスタリアの情報管理室が混乱に包まれ、その様子を見ていた世界最強が重々しげに息を吐く。

 世界中の様子を映す衛星カメラやラスタリア全域に取りつけられていた監視カメラの映像。TVやネットなどのカメラや画面の数多くが、現在西本部で行われている大規模な戦いの様子を移し続ける。

 この突然の異常事態はラスタリアだけでなく全世界で起こっている事態であるという事で、彼女の思考は、この事態をどのようにすれば解決できるかに注がれている。


『まず最初に問おう。貴様らは今の世界に満足しているか?』


 映像の向こう側から聞こえてくるのは、戦いに飢えた獣の重厚感のある厳かな声。

 その声を前に、情報管理室にいる多くの人々が一度だけ大きく肩を揺らす。


「…………みんなはここで抵抗を続けるように。私はすぐに電子世界にダイブします」


 画面の向こう側から語りかける黄金の王の姿と、世界中というかつてない規模のハッキングを前に、アイビス・フォーカスが声をあげ部下に指示を出し、部屋から出て行き自室に戻ろうと動き出す。


「…………この規模は、確実に『電子人』が絡んでいるわね」


 廊下を歩き上階へのエレベーターに乗ったところで更なる異変に気づき、彼女はガラス張りとなっている一面から外の景色を確認。

 此度の件における犯人を明確にする。


『遥か昔、粒子のない次代の人間は真に無力であった。

 人間は天変地異に翻弄され、限られた資源と自分たちの暮らしのバランスに日々頭を悩まされ、加えて各々の個性が薄い時代を生きていた』


 エレベーターに取りつけられていた小型のテレビから黄金の王の姿が流れ、外にある伝言掲示板や小売店にあるショーウィンドウの中を目を僅かに細め眺めると、あらゆる情報機器に黄金の王の姿が映しだされている。

 その場に居ずとも見るだけで威圧感を与えるその男が自分たちに語りかけている。


 その事実を前にした人々が、足を止め、テレビやラジオ、インターネットや他の情報機器に意識を向ける。

  世界中がミレニアムがあげる革命の火に晒されていく。


『しかし言い伝えによれば粒子発見後、人間は全てを超越した存在になった。天変地異を克服し、それまでの生活で頭を悩ませていたエネルギー問題を解決。今ではかねてから問題になっていた寿命の問題を克服したものまで現れ、千年前からは科学文明まで大きく開拓してきた』

『他にも様々な面で、人間は進化してきたと言えるだろう』


 告げる彼の声には人間の進歩というものに対し強い思いが込められており、頭部までを黄金の鎧で纏ったゴツイ見た目から発せられる空気とは全く別の、穏やかな声色を前に全員が緊張をほぐす。


『だというのにだ、人間は大きな進歩をしたというのに……世界は未だ進歩することをためらっている!』


 そうして多くの人々が話の内容にまで意識を割くことができるようになったところで、黄金の王の魔の手が話を聞く人々の心に直接伸びていく。


『おかしいとは思わぬか?』

『歴史は進み人々は大きく進歩した。もはや我々に不可能などという言葉はなく、望むままに生きることができる。しかし我々は未旧時代の人間が作りだした脆弱な『法』や『システム』という理に縛られている!』


 力強い声でミレニアムが叫び、それを聞き、ある者は困惑し、ある者はそうであると頷き、ある者達はミレニアムと『境界なき軍勢』が、何を目的としているのかを理解しはじめる。


『我らが望むのは旧時代の産物たる支配体制の破壊。力なき神の座が治める現行政府を破壊し、そして強き者が弱き者の上に立ち、世界を牽引する社会の実現だ』


 エクスディン=コルが自身へと向けるカメラに対し、瓦礫の山の頂上に君臨するミレニアムが新たな世界の形を宣言。

 それを聞き戦場に集う同志は湧きあがり、エクスディン=コルが動画サイトを確認すると、悲喜こもごもな反響が画面全体に映しだされていく。


「ひゅう! すげぇ反響だ! もしこいつが正規のテレビ放送だったのなら、今年の視聴率ナンバーワンは決まってただろうに、惜しいねぇ!!」


 その様子を確認し軽口を叩きながらエクスディン=コルは耳に付けた拡声器のスイッチを押し、脇に置いておいたマイクを掴み口の目の前に持っていく。


「さぁて! これからはこの放送を見たり聞いたりして送られて来たコメントを元に、あのクッソ強い覇王様にインタビューをさせてもらおうと思う! 

 気になる事があれば、ジャンジャン送って来いよ~」


 口ではそう言う彼であるが、流石に初めての生放送で思うようなコメントが流れてくるとは思っていない。

 なのでポケットから事前に用意しておいた質問をまとめたメモ用紙を取り出し中身を確認。

 ミレニアムやパペットマスターと話し合い、今回の生放送で伝えなければならない質問の順番に目を通し口を開く。


「えーと、最初の質問は……こいつにするか」


 画面に流れる文字を確認したフリをしながら、画面の向こう側にいる人物達に意識を向けるエクスディン。


「さて大将、最初の質問だ!」

「来るがいい」


 戦場に木霊する叫び声さえ覆い隠す程の声が拡声器から周囲一帯に広がり、話を始める彼へとミレニアムが向き直る。


「おい、誰がのんびり話していいなんて許可を出した?」


 それを遮るように、一個の銃弾のような勢いで善が瓦礫の山から姿を現す。


「うむ、まあ許可証の類はないんだがね、強いて言うのならば俺かな?」


 吹き飛んで行った善とミレニアムの距離はおよそ五百メートル。善ならば一秒どころか一歩で詰められる距離であり、一気に接近しようと試みる彼であるが、その一歩を踏みこむよりも早く、白と黒の剣を構えたソードマンが割り込んできた。


「ソードマン!」

「ミレニアムの相手をする前に、少し俺と遊んで行かないか原口善?」


 なぜここにいるのだと先程まで彼が暴れていた戦場に視線を向ければ、複数いた万夫不当の神器使い達が全員敗北を喫し地面に沈んでいる。


「クソが!」


 その光景を見た善が短くそう呟くと、目の前にいる脅威は白と黒の長剣を駆使し、空間を歪ませるかのような勢いで荒々しく動き回る。


「邪魔をするなソードマン! おめぇはただ暴れたいだけだろうが! それなら後でじっくり相手をしてやる!」

「いやいや! 悪いがこの戦いの意義は極めて大きくてね! 俺も道楽で戦える程、甘いものじゃないんだ!」

「そうかい! ならおさらどいてもらわなけりゃならねぇな!」


 一呼吸のうちに千を超える衝突が繰り返され、ソードマンの手にする剣先から柄までが全て真っ黒な剣が、善の拳を浅くだが斬り裂き、ほんの一瞬その身が硬直する。


「もらったぁ!」


 痛みによってか、それとも体を酷使しすぎたからかはソードマンにはわからない。

 だがほんの一瞬であろうと動きが硬直するという大きな隙を彼が逃すわけもなく、彼はこれまで以上に両手の剣を強く握り、柄が潰れる程の力を込めて刃を振り下ろす。


「ま、そうなるわな」

「なんだと!?」


 はずなのだが、ここで彼にとって不思議な事が起こる。

 振り下ろすはずだった両腕が何かに掴まれたかのような勢いで真後ろに引っ張られ、どれだけ力を込めて振り下ろそうとしても解くことができず、胴体をがら空きにした状態で硬直する。


「何だこれは! 強力な念力でも使えるのか原口善! 密かに力自慢である俺が動けなるなど、どのような種を用いている!?」

「その点については悪いが教えられねぇな。なんせ今後も末永く使っていくネタなもんでな」


 宣言と共に一歩踏み出し撃ちだされた善の拳がソードマンの体を抉る。

 完全に隙だらけの姿を晒していたソードマンはその威力に耐えきれず、崩壊寸前となっていた西本部の残り半分の壁に衝突し大きな亀裂を作る。

 しかし善はそれを見届けるよりも先に、ミレニアムへと向け飛びあがる。


「たく、だらしねぇなおい!」


 のだが、そこで彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「戦争屋!」


 その声を聞き頭に血が昇る。

 自身の右腕にして最高の友を奪われた恨みから全身が沸騰したような感覚に襲われ、ミレニアムを前に方向転換し殴りかかりたい欲求に駆られる。


「てめぇは……」


 声のする方をチラリと見れば、彼は未だ空に浮かぶ円盤に乗っており、自身へと向け銃弾の雨が降り注いで来ている。


「黙ってろ!!」


 だがそれらを理由にそちらに向かう事を善はしない。

 私情を完全に切り離し、迫る弾丸の前を前にして虚空を蹴り、射線からすぐさま脱出。

 ミレニアムへと向け、一直線に向かっていく。


「いい一撃だったが惜しいな。あの程度の威力では、俺は倒せないぞ!」


 のだが、僅かにエクスディンへと時間をかけているうちにソードマンが戦線に復帰し、再び善の前に立ちふさがる。


「異様に丈夫じゃねぇか!」

「実は体の丈夫さにも自信があってね! まだまだいけるぞ俺は!」

『まだまだいけるっつーのなら、ノータイムで立ち上がってほしかったところだぜ。おかげさまで放送中止の危機だったぞおい!」

「すまない。どうも体が思うように動かなくてな。助けるのが遅れた!」

「はいはいそーですか。ま、こいつは守れたしおじさんも無傷だし、問題はないがな!」


 そう口にしながらエクスディン=コルは拡声器のスイッチを再びオンにさせ、自身へと向かってくる相手を始末するミレニアムに再びカメラを向ける。


『さあ気を取り直して第一問だぜ大将! そもそもの問題だがあんたの言う新世界における強者ってのはどんな奴らだ? 戦闘力の高い奴らか?』

「否だ。この俺が口にする強さとは、拳の強さだけを指すものではない。

 政治ならば政治力で、音楽ならば音楽で、力のある者を強者という」

「そういう奴らが上に立ち、下の奴らを支配するってか。それなら今とあまり変わらないように思えるんだが?」

「大いに違う。我の作る新世界は言うなれば完全な実力社会だ。先程言った分野を例にするならば、その科目に関する事にのみ視点を当てる」

『つーことはあれか。上に対するお世辞やらなんやらだったり、音楽なら音楽以外の面は重要視しないってことか?』

「その通りだ。加えて言っておくと、組織票やワイロの類も許さん。そのような行為を行う者には単純明快な『力』による制裁が待っていると考えてもらってよい」

「なるほどな。各々の分野における純粋な『力』が重要ってことか!

 んじゃあ第二問だ! 今おたくが求めてる『力』ってのは、一体なんだ……ておい、あぶねぇじゃねか!」


 質問を続けるエクスディン=コルであるが、その放送が最も厄介であると認識した兵士たちが攻撃目標を彼の乗る円盤に定め、銃弾の雨を撃ちだす。


「たくっ! 邪魔者たちは消えろ消えろ!」


 それらを前にしたエクスディンは銀の円盤を見事に操作しそれらを躱しながら更なる指示を与えると、それに反応し円盤の下部分から銃口が現れ反撃。

 見張り台などから顔を出している面々の周囲に撃ちだされた弾丸が当たり、周囲一帯に地属性粒子が広がり壁を作る。


「全てだ! 我は全ての……あらゆる力を望んでいる!」


 その最中、黄金の王が宣言する。


 銃弾が発砲される音に爆発物が鳴らす轟音。そして戦場で絶えず上がる怒声に悲鳴。

 その全てをかき分け声が木霊し、エクスディンが携えているカメラから世界中へと伝えられる。


「新たな世界を作りだすのには様々な『力』が必要だ。

 現体制を叩きつぶすための単純な『力』。

 新世界を樹立するために必要な『力』。

 それらは相反するものであり、それらを成しえるために必要な『力』は無数にあると我は確信している」

「ゆえに! 我は集う全ての『力』を歓迎する!

 これを見聞きしている全ての者の大いなる一歩、それを踏み出す意思を評価する!」


 自分を移すカメラへと向け手を差し伸べる黄金の王。

 誰もが圧倒される世界最凶にして最強の犯罪者が手を差し出し語るその姿は、それを見聞きしている全ての人々に奇妙な思いを抱かせた。


 この男は――――本気で世界に革命を起こすつもりであると認識させた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて本日から始まる数話が今回の西本部襲撃編の肝、敵方の目的が明確に表される回です。

まだ伝えきっていない事に関する詳細に関しては明日に回すとして、

今の時点で語っている事をまとめると、

彼の言う新たな世界は、分野ごとに区別分けされた完全実力世界。

水面下の戦いやら個々人の関係性や権力などを完全に廃した、分野ごとにおける成果や実力だけに重点を置いた世界です。

それでその分野の頂点に座した存在が下の者に対し下の者を支配しその分野の成長を目指し、下の者はそれに従いながらも腕を磨き、頂点を目指し、頂点に立てば下の者を新しく従えその分野の成長を自分なりの方法で目指すというものです。


そしてこの意に沿わぬズルをしたものは、単純な力で制裁を与えるという制度があります。


細かいことは明日また書いていければと思います。


それではまた明日、ぜひご覧ください!



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